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親友 07


 カン、カンと断続的に金属を打つ音が、領都ツェニアルタの市街に鳴り響く。

 人口にして5万に届かぬ、そこまで大きいとは言えぬ町。その至る所から、同じような音が。

 少しだけ顔を覗かせ下を覗いてみれば、大勢の人たちが荷物を手にし、談笑を交わしながら通りを行き交っていた。


 ボクはそんな光景を、市街中心部に建つ酒場から眺める。

 屋上階を使った客席の一角、隅の方へ座りノンビリと視線を向けているのは、町中で行われている祭りの準備。

 バランディン子爵家の養女となったサクラさんを歓迎するために行われる、2日後のそれに向け急ぎ進められている光景だった。



「暇だ……」



 町の人たちは自身の抱える仕事の合間を縫い、準備に奔走しているに違いない。

 けれどそんな忙しそうに動き回る人々を眺めるボクは、小さく呟きテーブルに突っ伏す。


 周囲が忙しない状況で、独り何もせずノンビリしているのは気が重い。

 けれど実際のところ、ボクは祭の準備に際しなにも役割が存在しなかったのだ。

 なにせボクはあくまでも、主役であるサクラさんにくっついて来た召喚士でしかない。求められる物など存在しないし、下手に手伝っても逆に気を使わせるだけ。



「なんていうか、随分と大がかりなんだよな。いくら目立つためとはいえ」



 聞かせるような同席者など居ないというのに、言葉に出して率直な感想を呟く。


 この祭りが、サクラさんを歓迎するための宴というのは建前。

 そもそもの目的はシグレシアからアバスカル共和国へ人を潜入させるため、国境監視を行っている向こうの兵の気を逸らすことだ。


 ただ近くに見えているのは、看板か何かだろうか。民家の半分ほどもある巨大な板へと、数人の男たちが一心不乱に塗料を塗りたくっている。

 年に一度の祭りなどであればともかく、子爵家の養女が初めて町を訪れたことを歓迎するにしては、相当に手が掛かっていそうだ。

 やり過ぎ、と言ってもいい。



「このくらいでないと、連中の目は引けませんもので。少々派手にしようかと」



 そんなボクの独り言へ反応する声が聞こえ、ハッとして振り返る。

 まだ真昼間であるため、酒場に人はほとんど居ない。おまけにこの屋上階には、ボクだけしか居なかったために。


 ただ慌てて振り返った先に居たのは、バランディン子爵家で執事を務めるリガートさん。

 執事、というよりも事実上の当主である彼は、どういう訳か屋敷ではなく酒場に姿を現していた。



「えっと、どうしてここに」


「少々野暮用がございまして。それにしても感心しませんな、どこで誰が聞いているとも知れません、発言は慎重に願います」


「す、すみません……」



 困惑する僕へと、リガートさんはピシリと注意を口にする。

 確かにこれはボクが不用意だった。国境地帯でアバスカル共和国の兵が監視をしている、というのは基本的に秘匿されている話。

 いくら周囲に人が居ないからといって、退屈を紛らわすため口にして良い話ではなかった。

 現にリガートさんが近づいていたのにも気付かなかったののだから。



「まあいいでしょう。幸いにも他に人が居ませんでしたので」



 ただ彼はそれだけ言えば、もう十分であると考えたようだ。

 軽く咳払いをしお説教を打ち切ると、ここに来た用件を口にしていく。

 基本的には多忙なリガートさんだ、偶然ここに居合わせたというのは考え辛いと思ったのだけれど、その想像は正しかったらしい。



「実は貴方にお客人が。今は屋敷でお待ち頂いております」


「お客……、ですか?」


「昔馴染みの召喚士さんですよ。つい最近この町で再会されたとか」



 そのリガートさんが口にした用件というのは、ボクを訪ね屋敷に人が来ているというもの。

 口振りからすると、訪ねてきたのはおそらくベリンダだ。

 つい昨日も会ったばかりだけれど、何か急ぎの用でもあるのかもしれない。



「わざわざすみません。そのために来て下さったんですか?」


「いえいえ、少々別件の用事もあったもので、物のついでに。それよりもお客様がお待ちですぞ、今はサクラ様がお相手をして頂いていますが」



 どうやら市街地に別の用件があったらしく、ボクの事はそのついでであったようだ。

 リガートさんに過度の足労を敷いていないことへ安堵しつつ、ボクは促す彼の言葉に従い、料金分の金銭を置いて席を立った。



 酒場の階段を下り、領都ツェニアルタの大通りへ。

 小走りとなって町の奥へ建つ領主邸へ向かい、門番を務める新米騎士と会釈を交わして邸内へ。

 そこで応接間の前で息を整えて扉を開き、待たせたことを詫びながら僅かに愛想笑いを浮かべる。



「……えっと、どうかした……、の?」



 しかしボクの浮かべた笑顔は、一瞬にして引き攣るハメになってしまう。

 何故なら応接間の中へ一歩踏み込むなり、強烈に肌を焼くような鋭い緊張感に襲われたため。

 一瞬にして感じるその空気に、つい裏返った素っ頓狂な声で、無意識の問いを口にする。


 応接間に居たのは、サクラさんとベリンダ、そしてミツキさんだ。

 卓を挟んで向かい合う彼女らの内、サクラさんとベリンダはジッと互いを凝視し身動き一つしない。

 そしてミツキさんはそんな彼女らの間で、アワアワと困った様子で視線を行き来させていた。



「く、クルスさぁん。ようやく戻ってきてくれましたかー」



 悲痛な、それはもう悲痛な声を発し、縋るように近づいてくるミツキさん。

 彼女はグッとボクの袖を握ると、応接間の隅へと誘導し、溜め込んだであろう心労を溜息と一緒に吐き出した。



「いったいどうしたんですか、この酷い有様は」


「さっきからずっと、こんな調子なんです……。もうわたし耐えられそうにありません」



 彼女はもう限界だと言わんばかりに、足先を扉の方へと向ける。

 今にも我慢が決壊しそうで、すぐ部屋から飛出してしまいたいようだ。

 そんなミツキさんを宥めながら、もう一度だけ互いに睨み合うサクラさんとベリンダへ視線を向ける。


 ……世の男たちにとって、是が非でも避けたい状況というのは、いくつか存在すると思う。

 あくまでも個人的な見解ではあるけれど、"女性同士の喧嘩に巻き込まれる"というのは、その中でも10指に入る出来事ではないだろうか。

 直接やり合っている内容や、こうなった状況までは知らない。

 けれど室内に漂う空気から察するに、現在彼女らが著しい交戦状態にあるのは間違いない。昨日まで、あんなに親し気であったというのに。



「それで、何が原因でこんなことに」


「えっと……、クルスさんに教えていいものかどうか」


「ボクに知られてはマズイような理由なんですか?」


「まぁその、……クルスさんは知らない方がいいと申しますか、なんと言いますか」



 こんな状況に至った理由を尋ねるも、ミツキさんの口は重たい。

 視線はボクと戦闘真っ只中な2人の間を行ったり来たり。どこへ救いの手を求めて良いのか迷っているようだ。


 とはいえ要領を得ないため、これでは対処のしようすらなかった。

 そこでもう一度ミツキさんへ事情を問うのだけれど、それは急に立ち上がったベリンダによって阻まれる。



「別にあんたが気にする事じゃないから」


「そうは言っても、この状況を放っておくなんて……」


「だから気にしなくていいんだってば! ていうかクルスが入ると余計ややこしい!」



 突然に激昂したベリンダ。彼女は頬を赤く染め、横槍は御免だと突き放してきた。

 サクラさんの方へと視線をやると、反して彼女は苦笑を浮かべ、意味あり気な視線を送ってくる。


 彼女ら2人の様子と、ミツキさんの口籠る感じから、なんとなくではあるが一端を察する。

 これは間違いなく、ボクが中心に据えられた内容だ。

 部屋へと入ってくる前、いったいどのような口論が交わされたかは知らないけれど、あまりこちらに聞かれたくはない内容であるらしい。

 そしてその主張だか意志だかを巡って、彼女らは火花を散らしているようだった。



「ともかく、アタシは絶対に認めないからね!」


「ご自由にどうぞ。でも最終的な結論が、貴女の望む通りになるとは限らない」


「わかってるわよ! ……行こうミツキ」



 平静なサクラさんに対し、感情の昂りを抑えられぬベリンダ。

 彼女は大きな声で叫ぶと、いまだ困惑するミツキさんの手を引き、応接間から出て行ってしまった。

 ただ出て行く時、チラリとボクの方を見た視線が気にかかる。少しだけ寂しそうな、口惜しそうな、そういう感情が入り混じったものだった。


 残され再び沈黙した応接間で、ボクはさっきまでベリンダが座っていたソファーへ腰を下ろす。

 そしてゆっくりと視線を上げてサクラさんを見ると、彼女は困ったように見返し口を開いた。



「いい加減気付いてるでしょうに。あの子の考えている事くらい」


「……まあ、なんとなく予想は付きますが」


「ならそれで正解。私は言ってあげただけ、早々上手くはいかないって」



 サクラさんもまた、ベリンダの思うところにはとっくに気付いていたようだ。

 むしろそれは最初から、彼女らが初めて会った時点でとっくに勘付いていたのだと。



「挑発してませんか、それ」


「ちょっとだけね。どのみち最終的には、君が答えを出してあげないとだけどさ」


「ぜ、善処します」


「辛いわね。モテる男は」



 若干嫌味ったらしく告げ立ち上がるサクラさんは、喉が渇いたと言って応接間から出て行ってしまう。

 ボクはそんな彼女の背を見送り、腰かけていたソファーへと身体を投げ出した。


 答えを出すように言われたものの、結論なんて最初から決まっている。

 ボクはこれからも、彼女の側で召喚士としてやっていくつもりなのだ。この地へ残るベリンダと離れて。

 なのでベリンダのことはこれからも、"親友"として考える。去っていったサクラさんの背を思い出しながら、そう口に出すのだった。



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