親友 06
太く頑強な戦馬の蹄、あるいは巨獣の牙とでも言うべきか。
そんな印象さえ抱かせる、本来人の力では到底振り回せぬ金属の大槌。
勇猛さと凶暴さを併せ持ったそれを握る人物は、しなやかな肢体を躍動させ、荒れた山地を足場など気にすることもなく駆けていた。
その人物、勇者であるミツキさんは領都ツェニアルタ近郊の山地で、魔物を追い縦横無尽に駆け回る。
彼女は見つけた巨躯の魔物へ背後から接近、硬質の表皮を槌の尖った面で強かに打ち付け、一撃のもとに絶命させるのだった。
「なかなかやるじゃない。最初に会った時とは見違えた」
「当たり前でしょ。アタシがどれだけ苦労したと思ってんの」
「あの性格で思い切りよく矯正するのは大変だったみたいね……。大人しいのは相変わらずだけど」
そんなミツキさんの戦いぶりを、ボクらは遠巻きに眺める。
感嘆の声を漏らすサクラさんに対し、腕を組み誇らしげに返すのはベリンダだ。
自身の相棒である彼女を誇らしげであると同時に、しみじみと苦労が窺い知れる。
最初に会った時のミツキさんの印象は、とても大人しい人というものだった。
召喚された当初、騎士団の施設から出て魔物と戦う事を嫌がり、ベリンダの私室から出てこなかったくらいに。
それが今ではご覧の通り、勇者の中でもあまり使う人の多くない戦闘用の大槌を振るい、勇猛果敢な戦いを繰り広げている。
人の体重程もある重厚なそれは、単純に扱うのが難しく、とても人を選ぶ武器であるというのに。
「変われば変わるものねぇ。あんな凶悪な武器をいとも簡単に」
「あんたの弓だって人のこと言えないでしょ。どこで作って貰ったのよ、そんな特注品。……いくらかかったの?」
「少しだけ伝手があって、王都で注文したの。値段はそうね、このくらい」
「ちょ、馬鹿じゃないの!? それだけあれば何年暮らせると思って……、ていうか下手したら家とか買えるわよ!」
「代金を払ったのは私じゃないし。依頼の報酬に含まれてたから、財布は全く痛くない」
彼女らはミツキさんの戦いを眺めつつ、和気藹々とやり取りをしていた。
なんだか1年前の時よりも、2人はずっと砕けた会話をしている気がする。
あの頃はもう少しだけベリンダも緊張気味だったし、微妙に対抗意識を持っていたはず。
けれど会わない期間が逆に上手く作用したのか、今ではまるで友人の如き親しさだ。
ボクはそんな2人のやり取りと、ミツキさんの戦いを交互に眺める。
そうしていると、瞬く間に3体の魔物を打ち倒したミツキさんは、軽く息を弾ませながら戻って来た。
「わ、わたしの戦いはどうでしたか?」
「立派な物よ、想像以上。私も勇者としてのキャリアはそう変わらないから、あまり偉そうには言えないけど」
「そんなことはありません。さくらさんにそう言っていただけると、頑張った甲斐がありますから」
おずおずと、ミツキさんは問いかける。戦う様は素晴らしかったけれど、こういう点では元の性格が顔を出すようだ。
そんな彼女へと、サクラさんが称賛の言葉を送る。
向けられた言葉に表情を開かせ、若干頬を染めて喜ぶミツキさんへと、ベリンダは小さく「アタシの苦労も察してよ」と呟いた。
実際ミツキさんがこうも戦えるようになったのは、ベリンダの苦心があってのものだとは思うけど。
それにしても、彼女がこうも戦えるようになって安心した。
ほとんどとまでは言わないけれど、勇者たちの多くは旅立って1年もせぬ内にその役目を終える。
ある者は自身の力量を見誤り凶暴な魔物に食われ、ある者は険しい山地で足を滑らし、ある者は異界での生涯に悲観し。
ミツキさんもまたその一例となってしまうのではと、密かに心配する時はあったのだ。
サクラさんを交え彼女らは、その後も少しばかり周辺の魔物を狩り続けた。
どうやら丁度良く採取を依頼された素材があったようで、注意点を口にしながらミツキさんは大槌を振るう。
流石にこういった点はここいらを拠点とするだけはあり、ボクらは教えられる一方だ。
「これで全部集め終えたの?」
「はい。これだけあれば十分だと思います」
「それじゃそろそろ戻りましょ。……あんまり屋敷を空けてると、流石に怒られるのよ」
持って来た背嚢へと採取した素材をありったけ詰め込み、ズシリと重いそれを背負う。
2人でやると流石に早かったようで、本来なら3日くらい要するかもと言われていたそれは、ものの半日で依頼分の回収が完了した。
サクラさんが遠距離から攻撃できるというのも、大きな要因であったようだ。
採集した素材でパンパンに膨らんだ背嚢を眺め、サクラさんは町への帰還を口にする。
基本的には歓迎の祭りが始まるまで、自由にしていて良いと言われたものの、言葉通りに受け取ることも出来やしない。
ツェニアルタの町では宴の準備が進みつつある、本人が留守にしていては立つ瀬がないというものだ。
若干切実なサクラさんの主張によって、いそいそと町へと戻るため山を下っていく。
町に入るとすぐに勇者支援協会へと向かい、回収した素材の引き渡しを行う。
あまり高額ではないけれど、そこそこの額になった報酬を受け取り協会を跡にすると、ベリンダ達はそそくさ武具店へ向かおうとしていた。
「これで防具の新調ができるわ。取り寄せしたまま受け取れてなかったのよね」
そう口にするベリンダは、とても嬉しそうだ。
防具はミツキさんが使う物なのだそうだけれど、よく見れば彼女が着ているのは随分と消耗している様子が見える。
おそらく召喚を行った頃に購入した時の物を、ずっと大切に使っているのだ。
また明日、絶対に会おうと妙に念押しするように告げるベリンダたちと別れ、ボクらは屋敷へと足を向ける。
ただその途中でサクラさんは立ち止まると、自身の顎へ手を当てハッとして呟いた。
「ミツキたちを見て思ったんだけど、私たちって相当に上手くいってる方よね」
「……今頃気付いたんですか」
サクラさんが口にした内容へ、ボクは若干の呆れ混じりに肩を落として返す。
実際彼女の言うように、ボクらの勇者としての活動はこれまで、少々と言わず上手くいきすぎていた。
とはいえひとえにサクラさんの実力あってのものだし、そこを他者から批難される筋合いはない。
相応に危険な目にも遭ってきたし、たぶん他の勇者たちが経験する以上の厄介事に巻き込まれても来た。
死なずに済んでいるのは、運が良かっただけではないかと思える状況も多々ある。
「いや、わかってはいたのよ。けれどああも苦労しているのを見ると、改めてさ……」
「金銭面だけで言えば普通の勇者が何年もかけて、……いえ、10数年かけて得る額をたった1年で稼ぎ出しているはずです。それ以外にも色々ありますよ、さっきベリンダに言われたようにその武器とか、カルテリオに在る豪邸とか」
「ねえ、私の態度って嫌味っぽくなかった?」
「そこは大丈夫だと思いますけど……。でも多少羨ましいと思ったかもしれませんね」
彼女が気にしていたのは、つまるところその部分であったようだ。
苦労に苦労を重ね、初めて買った防具を大切に手入れしてここまで使っていたミツキさんと、お金が溜まって防具の新調が出来るのを喜ぶベリンダ。
そんな彼女らに対し、自慢が過ぎたのではないかと。
別に自慢しようというつもりはないけれど、勇者として活動を始めて以降の話をすると、どうしても成功談がほとんどになってしまう。
その数が極端に多いボクらは、たぶん他の勇者たちから見れば相当に羨ましい存在。
きっとサクラさんに付けられた黒翼という二つ名も、最初こそからかい混じりで付けられたけれど、今では羨望と嫉妬が混ざって口にされているのだと思う。
名前を付けた張本人には、たぶんそんな意図はないと思うが。
「でもベリンダは、きっと嫉妬したりはしませんよ。そういう気性ですから」
「随分と彼女の事を理解しているのね」
「付き合いだけはそこそこ長いですからね。ボクにとって数少ない"親友"ですし」
「ああ、そう……。あの子も可哀想に」
ジトリと、サクラさんはこちらを半眼で見下ろすと、大きく嘆息するのだった。
1年前のボクであればともかく、今は彼女が言わんとしている事くらいは理解できる。
サクラさんが言いたいのは、ベリンダが抱く感情についてに違いない。
そう考えたのは、ベリンダの纏っていた空気というか表情が、つい先日コルネート王国で知り合ったばかりの、メイリシア司祭とよく似ていたからだった。
ベリンダがそんなまさかと思うも、サクラさんから見てもそう思えるようなので、この直感は信じる他なさそうだ。
どうやら彼女は最初に会った時、ネドの町に居た時から、とっくに気付いていたらしいのだけれど。
「わかってて親友と断言するんだから、君も大概悪い男ね。そんな風に育ってお姉さん悲しいわ」
「茶化さないで下さいよ。それにベリンダのためにも、この方がいいと思います」
「そこは否定しないけど。私たちだってまだ2年目に入ろうかって段階、色恋にうつつを抜かしてはいられないってね」
基本的にベリンダの素振りに気付かないフリをするのは、この部分が大きな理由。
まだボクらは勇者と召喚士として、足場を固めていく時期。
いくら名を売って資産を増やしているとはいえ、無数にいる勇者たちの中で、新米に毛が生えた程度であるのに変わりはないのだから。
そういうのはもっと余裕を持ってから、せめて勇者たち以外の人たちにも名を知られるようになってからの話。
……それに今はまた別の理由で、ベリンダの方を向くことができない。
ボクはそんな事を考えながら、再び歩を進めるサクラさんの隣を歩きつつ、チラリと彼女を見上げる。
「……なに?」
「いえ、別に。それより早く戻りましょう、リガートさんに怒られてしまいます」
視線に気付くサクラさんの訝しげな表情から、ソッと視線を逸らし歩を早める。
そして誤魔化さんと急かす言葉を吐きつつ、自身の感情を前に抱えたまま、隠すようにツェニアルタの大通りを小走りとなるのだった。




