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親友 05


 召喚士ベリンダ。彼女との付き合いは、ボクが召喚士見習いとして騎士団に入ってからのもの。

 同じ時期に騎士団へ入り、同じく同期たちの中で落ちこぼれの烙印を押され、たった1日という差で勇者召喚を成した。

 ベリンダはそんな妙に縁を感じてしまう、ボクにとって数少ない"親友"と言える存在だった。



「サクラ……? それにクルスも!?」



 振り返った2人の内片方、ボクにとってそれなりに長くの付き合いがあったベリンダは、こちらに気付くなり驚きに目を見開く。

 無理もない、王国中部の都市ネドで別れてから早1年、その間は互いに所在も知らず連絡も取れていなかったのだ。

 突然に現れ背後から声を掛ければ、呆気に取られるのも当然と言えば当然だった。


 ベリンダの相棒である勇者のミツキさんもまた、同じく口を半開きとする。

 彼女はボクとサクラさんを交互に見て、困惑し言葉を発しかねているようだった。



「貴女たち、この町で活動していたのね」


「あ……、アタシらはずっとここよ。そう言うそっちこそ、カルテリオに居るんじゃなかったの?」


「ちょっと事情があってね。つい昨日来たばかりなのよ」



 どうやら向こうは、こちらが何処を活動拠点としているかを知っていたようだ。

 ベリンダは驚きに言葉を詰まらせながらも、正確にボクらが拠点を置く町の名を口にした。


 どうやら勇者となって以降、立て続けに功績を挙げ名を売っているサクラさんの評判は、ベリンダたちの耳にも届いていたらしい。

 ……サクラさんが嫌がっている、例の二つ名も込みで。

 けれど所在が知れるも、こちらがなまじ有名になったせいで、突然手紙を寄越すのも気が引けたのだという。



「クルス君、町の外に行くのは中止」


「了解です。どこか手近な店にでも入りましょうか、話をするなら腰を落ち着けた方がいいでしょうし」



 さっきまで乗り気であった近隣の魔物討伐だけれど、今は揚々と中止するサクラさん。

 ボクだってそれには賛成だ。こうして偶然にもベリンダたちに会えたのだ、ここで手を振ってサヨナラとはいかない。



 そこでどこか近場の、比較的静かそうな店を選んで扉をくぐる。

 店主に言って奥まった席へ案内してもらうと、早速注文した酒を持ち、再度挨拶がてら乾杯をするのだった。



「さくらさんは髪を……、お切りになったんですね。よくお似合いです」



 さっきまで困惑していたミツキさんは、乾杯後に少しだけ飲み、サクラさんを見て微笑み呟いた。

 とは言え彼女は向こうの世界において未成年。飲酒が禁止されているとのことで、律儀にも果実水を飲んでいるのだけれど。


 その彼女が真っ先に思ったのは、サクラさんの長く艶やかだった黒髪が、バッサリと短くなっている点。

 ネドの町で接していた頃、ミツキさんは随分とサクラさんを慕っていた様子だった。

 印象に残る姿だったのも含め、余計にそれが気になったようだ。



「切ったというか、切られたのよ。詳しくは話せないけど、少々トラブルがあってさ」


「切られた? もしかして無理やりに……」


「戦いの最中に短剣でズバッとね。顔に刃が届かなかっただけ幸運だと思うしかないわ」



 カラカラと笑うサクラさん。けれど話を聞くベリンダとミツキさんの目は、またもや見開かれる。

 短剣でやられたということは、戦った相手が人間であるという事に他ならない。

 それにこちらの人間より遥かに強力な勇者が、そのようにやられたという点から、彼女たちは相手が同じ勇者であると察したはず。

 詳しくは言えないと念押しているためか、それ以上は根掘り葉掘り聞いては来ないが。


 ベリンダはあまりこの件を追及してはマズイと考えたか、軽く咳払いをする。

 そして話題を一番最初に戻し、テーブルに身を乗り出しボクへ顔を近づけた。



「それでクルス、あんたはいったいどうしてここに来たのよ。特別面白い場所でも、上等な魔物が居る土地でもないってのに」


「……どこまで話したものかな」


「話せる範疇でいいわよ。どうせワケ有りなんでしょ?」



 ベリンダはそれでも一定の譲歩からか、全てを話さなくてもいいと告げる。

 この辺りは昔から、彼女の気が利く面だ。快活で強引ではあっても、空気を読んで良い具合に場を落ち着かせる能力に長けていた。


 けれどそれに甘え"親友"であるベリンダに対し、嘘で塗り固めた言葉を吐くのは心苦しい。

 ボクは極力核心部分は避けつつも、彼女らに開示できる部分を選んで話すことにした。

 具体的には、諸事情あってサクラさんがここの領主であるバランディン子爵家に、養女として入ったという点を。



「ここの領主が養女を迎え入れたってのは聞いてたけど、まさかサクラがだなんて……」


「勇者が貴族に……、ですか。そういう事もあるんですね」



 その話をするなり、ベリンダとミツキさんは力を抜いて感嘆の声を漏らす。

 この様子からするとどうやら、彼女らはバランディン子爵家が騎士団が任務遂行のため用いる、偽貴族であるという点までは知らないらしい。

 ボクらだってゲンゾーさんと偶然知り合い、彼の厄介事へなし崩し的に巻き込まれなければ、これを知るに至らなかったかもしれないけれど。


 ただベリンダは話を聞き反芻するなり、呆れたように苦笑を漏らし、ジトリとサクラさんを眺める。



「勇者として有名になって、今度はお貴族様になって。そこはかとなく野心めいたものを感じるんだけど……」


「流石にそれは気のせいよ。下手に権力を持つなんて私は御免、面倒臭いもの」


「……地方領の貴族家に長子として入る時点で、十分権力あると思うけど」



 まあベリンダの言う通りなのかもしれない。

 貴族は気楽そうに見えても、その実相当量の責務を負うよう求められるとも聞く。

 けれどその分だけ権威は強く、領内においては王様同然と言っても過言ではなかった。

 バランディン家が偽貴族であることを知らぬベリンダには、そこの養女となったサクラさんが、遥かに手の届かない存在に見えているようだ。


 ただそんなことを考えているであろうベリンダは、ふと視線を泳がせ始める。

 どうしたのかと思いきや、彼女は僅かに言い澱んだ後、妙な問いを投げてくるのだった。



「んで、……あんたはどうするの?」


「ボク? えっと、どうするのかってのは?」


「だから、サクラはお貴族様になったんでしょ。つまりあんた召喚士として廃業じゃない、今後どうするのかって聞いてるの!」



 立ち上がりテーブル上に荒く手を着くベリンダは、再び身を乗り出してくる。

 グッと力のこもった声で問い詰めてくる彼女の圧に、ボクはつい仰け反り椅子ごと転げそうになってしまう。



「サクラは将来的に領主様になる。ならあんたは!? 大抵勇者を失った召喚士は、騎士団に戻るか引退するか。ひ弱なあんたが騎士団で何をするっての」


「そんなハッキリひ弱って言わなくても……。ボクだってあれから少しは筋肉だって付いたんだよ」


「いったいどこがよ、その程度付いてる範疇に入れたら他の騎士に失礼ってものよ」



 多少ベリンダの物言いが口惜しく、ボクもまた立ち上がり言い返す。

 けれどこれまで彼女と口論をした経験は多々あれど、一度として勝った記憶がない。

 少々気が強いベリンダには言葉で勝てる気がせず、ついつい腰が引けてしまう。


 ただ彼女はそれ以上突っ込んでくる気はないようで、軽く咳払いをすると、どういう訳か僅かに頬を染めた。



「だ、だからさ……。クルスさえ良ければ、アタシたちと一緒に」



 どこか恥ずかしそうにするベリンダ。彼女は一転して消え入りそうな声で、何か誘いめいた言葉を発しかける。

 なにかとは言うものの、流石にここまで言われれば意図くらいは察するというもの。

 彼女はボクに対し、共に行こうと誘っているのだ。


 ベリンダの気持ちはありがたい。行き場を失ったボクに、手を差し伸べてくれているのだから。

 けれど勇者であるミツキさんの負担が増してしまうし、そもそも勇者1人に対し召喚士は2人も必要が無い。

 もっともミツキさんは反対する気などないらしく、神妙な表情でこちらを見ていた。

 それにそもそもの問題として、彼女は根本的な勘違いをしている。



「ベリンダ。勇気を振り絞ってるところ悪いけど、私は別に勇者を引退しないわよ?」


「……へ?」


「勇者としての活動は継続するってこと。それに行きがかり上こうなったけれど、養子に迎えるのが私だけとも限らないし」



 その勘違いを訂正したのは、ここまで黙って聞いていたサクラさんだ。

 彼女は小さく挙手すると、申し訳なさそうに割って入り、ベリンダの勘違いを訂正するのだった。


 なのでこれは根本的な問題だ。サクラさんはそもそも勇者を引退しない。

 第一これは一時的な、依頼を消化するためだけの地位。本気で領主になるなんて話ではないのだから。

 この一件が片付いた後、頃合いを見計らって適当な役者を呼び寄せ、領主としての後継者に据えると聞いている。

 リガートさんはもうとっくに、そのように手配を進めているはずだった。



「そ、それを早く言いなさいよ!」


「ベリンダ、顔が赤いよ」


「五月蠅いわね! ああもう、思い切って損した……」



 顔を真っ赤に染め、ベリンダは立ったままで背を向ける。

 ミツキさんはそんな彼女を宥めるのだが、微かに表情はヒクついており、今にも笑い出してしまいそうであった。



「でもありがとうベリンダ。もしそうなった時には、申し出を受けさせてもらうかもしれない」


「……その時にはちゃんと手土産を持って来なさいよ。恥をかかせた罰として」



 それでもベリンダの申し出は嬉しく、ボクは向けられた背へ礼を告げる。

 勝手に勘違いして恥ずかしがっているだけにも思うけれど、もし万が一そうなった時には、奮発した土産を持って頼み込みに行くのがいいかも。

 もちろんそうならないのが一番だけれど。

 サクラさんもそんなベリンダへと、なんだか微笑ましそうな視線を向けていた。



「ってことはさ、少ししたらカルテリオに戻るの?」


「うん、そうなる。向こうに家だってあるし」


「……そう。なら帰る日までは会いに行ってあげる、暇を見てだけど」



 ベリンダはそう言って、ビシリとボクを指さす。

 少なくともここ領都ツェニアルタへ滞在中は、度々様子を見に来ようという考えのようだ。


 彼女はボクを見ていたかと思うと、次いでサクラさんへギラリとした視線を向ける。

 一方でサクラさんはそれをやり過ごし、ミツキさんと顔を見合わせると、小さく肩を竦めるのだった。



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