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親友 02


 シグレシア王国の王都エトラニアへと到着したボクらは、真っ直ぐその中心である王城へと向かった。

 人口にして約60万を誇る、この国最大の都市であるここは、様々な誘惑が町中へ溢れている。

 諸々の面白そうな出店や、地域特産の食材などと言う心惹かれるそれらを無視し、市街を周回して走る交通機関を使い中心部へ。


 王城へ続く門の衛兵に声をかけ、サクラさんは懐から小さな指輪を取り出して見せる。

 すると兵士はビシリと敬礼すると、簡単な検査のみで易々と城内へ入れてくれた。

 以前この城へ滞在するために、名目上の貴族家令嬢となったサクラさんの地位を利用したのだけれど、なるほど確かに存外役に立つらしい。



「では、しばしお待ちください」



 城内へと入り、1階に在る騎士団の管轄区域へ。

 そこで受け付けの女性へ声をかけ、知己の間柄であり騎士団内で相当に上の地位に立つゲンゾーさんに取り次ぎを頼む。

 するとここでもサクラさんの地位が功を奏したか、応接間へと案内されそこで待つこととなった。


 出された茶を啜るボクの横で、サクラさんは柔らかなソファーに腰かけながら鞄を漁る。

 中から取り出したのは、"嘆きの始祖塔"で発見した絵だ。

 アバスカル共和国の首都リグーの全景を描いたそれの中には、後から付け足したように黒点が記されている。

 おそらくそここそが、黒の聖杯が関わる場所に違いない。



「ここに行けば、何かが見つかるんでしょうか……」


「さあね。なにせ描かれてから何十年と経つんだもの、今頃ただの更地になっていてもおかしくはない」



 横から覗き込んだボクが、実際に自分たちが行くという訳ではないにしろ、重要な手掛かりになるのではという意図を口にした。

 けれど絵を手にしたサクラさんはそれを卓の上に置くと、肩を竦め望み薄であると返す。


 嘆きの始祖塔を建てた元勇者は、その時点で今から50年以上前の人物。

 となればリグーの町も、多少なりと景観が変わっていてもおかしくはない。

 それに秘匿してそうな情報を知る勇者が出奔したのだ、共和国も色々隠滅を計っているのが当然かも。



「なんにせよ、実際にどうこうするのはお役人の仕事。私たちの役割はここまで」


「……そ、そうですよね」


「おっさんに諸々全部渡したら、大人しく温泉に繰り出しましょ」



 サクラさんが地図を取り出したのは、すぐさま説明に取り掛かるためであったようで、黒の聖杯の正体云々には関わらないという姿勢を崩さない。

 軽い調子で告げる声に苦笑しながら頷くと、ボクは再び茶へと手を伸ばす。

 ただ手に取る前に応接間の扉は開かれ、見慣れたいかつい体躯を誇る、壮年の域に入った男が姿を現すのだった。



「久しいなお前ら。急にどうしたのだ?」



 応接間へ入ってきたのは、王都近隣で活動する勇者たちを取り纏める立場であり、王国最強と呼ばれる勇者の一翼を担うゲンゾーさんだ。

 彼は随分と気楽そうな格好をしており、親しい人間に会えたとばかり、満面の笑顔を浮かべていた。

 どうやら今の時期、彼はあまり多忙を極めてはいないらしい。



「ちょっと急ぎ報告したい事があってさ。突然押し掛けて悪かったわね」


「なんだなんだ、黒翼(ノワール)ともあろう者が血相変えおって。その平たい胸より重要な話か?」


「……コロす。色んな意味で」



 ゲンゾーさん相手にしては、珍しく殊勝に挨拶するサクラさん。

 けれどそんな様子を見て、ゲンゾーさんの方はは普段通り軽口を叩くのだった。最近のサクラさんにとって、少々ドギツイ内容を。

 口元を引き攣らせるサクラさんは、そこでようやくいつもの反応に戻る。


 けれどすぐさま咳払いし、懐から例の紙片を取り出す。

 それをゲンゾーさんに渡し読むよう告げると、静かに腰を降ろして茶を啜るのだった。



「……どこでこんな情報を?」


「カルテリオの西に、嘆きの始祖塔って昔の勇者が建てた塔が在るでしょ。あそこ」


「ああ、協会が定期的に探査依頼を出してるやつか……」


「正確には、そいつは翻訳した物だけど。本物はこっち、隠し部屋に飾ってあった絵の中に納められていた」



 淡々と、あるがままを事務的に報告していくサクラさん。

 彼女が次々と卓の上に置いていくそれを、ゲンゾーさんは一つずつ手に取り、険しい表情でジッと眺めていた。


 彼にとってこの話、まさに青天の霹靂であるはず。

 なにせ件の勇者が没したのだって、ゲンゾーさんがこの世界へ召喚されるよりもずっと以前なのだ。

 これまで話に聞いただけの遠い存在が、ここに至って急に現れ劇薬を置いて行ったのだから。



「参ったな。今頃になってこんな爆弾が」


「一応報告の義務は果たしたから、私たちは帰るわよ。別にこの件で報酬を要求はしないんであしからず」


「まぁ待て待て。もうちょっと落ち着いて話をさせろ」



 頭を抱えるゲンゾーさんに対し、サクラさんは立ち上がると即座に撤収を口にする。

 ただすぐさま間の卓を越えて伸ばされた腕によって掴まれ、その目論みは失敗に終わってしまった。


 舌打ちすらしかねない表情で、観念して腰を降ろすサクラさん。

 彼女が大人しく座ってくれたのに安堵し、ゲンゾーさんは苦笑しながら自身も再び腰を降ろすと、神妙な顔となった。



「当時にも、アバスカルが黒の聖杯発生の原因ではないかという疑いはあったらしい。王城にある機密記録を見る限りではな」


「で、結局その時はどうしたのよ」


「追及するもはぐらかされて終わりだ。なにせ確固たる証拠が何一つないんだからな」



 どうやら推測の上だけではあるが、当時もこういった可能性は浮かんでいたらしい。

 けれど責任を問うよう求める程の根拠は得られず、結局アバスカル共和国からの勇者召喚法の教授という餌もあって、各国ともに矛を収めたのだと。

 実際当時は続出する魔物への対応に苦慮し、それどころではなかったというのが本当のようだけれど。



「ともあれよく見つけてくれた。すぐにこれをどうこうは難しいだろうが、外交のカードくらいにはなるかもしれん。裏を取ってからになるが」


「役に立ててなによりだわ。それじゃ私たちはこれで、今からクルス君の奢りで温泉に行くもんで」


「だから待てと言うとろうに。そう急いで帰る必要もなかろう」



 再度立ち上がり、逃げるように歩を進めるサクラさん。

 そしてこれまた腕を伸ばし、逃げる彼女を掴み留めようとするゲンゾーさん。

 低い卓を挟んでガシリと拘束されるなり、両者は毎度のように喧々囂々やり合うのだ。



「おっさんのことだから、急いで帰らないとまた厄介な命令をされちゃうじゃない!」


「命令とは失礼な。ちょっとした"お願い"程度のものしかせんわい」


「どっちだって同じよ! ていうかまず厄介の部分を否定しなさいよ、お願いだから!」



 最初の神妙な態度はどこへやら、サクラさんは殴り飛ばさんばかりの勢いで吐き捨てる。

 でも気持ちは理解できる。過去に同じような展開で、何度ゲンゾーさんから無理難題を吹っ掛けられてきたことか。

 なのでサクラさんが無理にでも逃げ出そうとしているのは当然。温泉という愉快な時間も待っている事だし。


 ただ彼女も既に、薄々気づいているに違いない。こうなった以上もう逃げられないのだと。

 なにせゲンゾーさんは、シグレシア王国における勇者たちの頂点。直接の指示系統はないとはいえ、実質ボクらへ命令を下せる人物なのだから。



「実はだな、この件でアバスカルとの国境地帯へ、誰かを向かわせたいと考えておるのだ」


「だから人の了解も得ず話を進めないでよ!」


「まあそう言うな。今回も破格の報酬を約束する、金はいくら有っても困らんぞ」



 既に暴れんばかりの動きで振り払おうとするも、やはり膂力では到底ゲンゾーさんには叶わない。

 ニカリと笑んだまま、余裕綽々サクラさんの腕を放さぬ彼は、制止をものともせず用件を口にしていった。


 こうなればもう、サクラさんの律義さを恨むしかあるまい。

 他に頼る先が無かったとはいえ、ゲンゾーさんにこの件を伝えに来た時点で、ボクらの命運は決していたのだ。

 ああ、今なら嘆きの始祖塔の主と同じく、過剰に過ぎる嘆きの言葉すら書き留めてしまえそうに思える。



「……ったく、仕方ないわね」


「受けてくれるか。そいつはありがたい、持つべき物は知己の間柄だな」


「その代わりちゃんと報酬は払いなさいよ! それと、危ない橋だと思ったらすぐに逃げ出すから」


「構わん構わん。下手に信用の置けぬ者に任せるのを思えば、お前さんらに頼む方が余程気が楽というもんだ」



 遂には強固であったはずなサクラさんの意志も折れてしまう。

 ゲンナリと肩を落とすと、ゲンゾーさんが縋る手を払いドカリとソファーへ落ちていく。



「んで、今度は一体何をさせたいの?」


「うむ、基本的にはワシの指定する土地へ行ってくれるだけでいい。そこでちょっとばかり、指示された通りに動いてくれればいいのだ」



 いかにも大したことはないと言わんばかりに、嫌な笑顔を向けるゲンゾーさん。

 ただ彼がしてくる依頼なんて、大抵は碌でもないものばかりだ。

 最初は自身を追ってきた弟子入り希望の勇者と戦わされた。次は貴族内での不正を暴く手伝いだったか。

 なのでこの"ちょっとばかり"が、大層な労を呼び込むのは想像に難くない。



「んで、私たちはいったいどこに行けばいいのよ」


「どちらにせ、いずれ一度は行かねばならん土地だ。なにせそこは今のお前さんにとって、"実家"と言って差し支えない地だからな」


「実家? ……それってつまり」


「嬢ちゃんに預けた貴族家の令嬢という仮初の立場、知っての通りあれはまだ有効なままだ。そこでお前さんにはアバスカル共和国との国境地域、バランディン子爵領に向かってもらう」



 ニカリと笑むゲンゾーさんの言葉に、サクラさんは遂に項垂れてしまう。

 名前としてのみ知る、騎士団が所有する架空の貴族、バランディン子爵家。

 現在サクラさんが書類上の養女となっているその領地へと、ボクらは足を踏み入れることになるようだった。



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