生命の値 03
アルマを保護してから2日後。その午前に、ボクらは目的地である港町の正門へと到着した。
道中はアルマと出会った以外、これといった騒動や魔物による襲撃すらなく、麗らかな陽気に包まれながら延々と森や草原に敷かれた街道を往くのみ。
道中では誰ともすれ違わなかったため、あの時ボクらが通りかからなかったら、アルマはどうなっていたのだろうと思う。
「ようこそお越し下さいました。一同首を長くして待ってましたよ」
港町の正門へと辿り着いたボクらを迎えたのは、正門を護る女性騎士。
町への入場時、身元を証明するために勇者支援協会発行の身分証を提示するなり、彼女は満面の笑みで歓待した。
当然この町へ向かうと、事前の連絡などしてはいない。
なのでボクらを待っていたというよりも、勇者という存在が町へと来るのを心待ちにしていたようだった。
「ど、どうも。そんなに勇者が来るのは珍しいんですか?」
「それはもう。私がこの港町に配属され2年になりますが、その間訪れた勇者は5組だけです。もっともその人たちも、1週間と経たず旅立たれましたが……」
たったそれだけの期間、それも数少ない来訪では常時居ないも同然。
地方の町を護る勇者が少ないというのは聞いていたけど、想像以上に勇者不足は深刻のようだ。
ならどうやって魔物から町を護っているのかと思うが、この答えは港町を取り囲む高い壁。
貿易港と漁港を兼ねた港を中心に築かれたこの町は、付随する倉庫や住宅地、商店や農地に至るまでの全てを城壁で囲っている。
海に面した部分は流石に剥き出しだけれど、そこを除けば町へ入るにはこの正門を通らねばならない。
ここに来るまでの道中は一度も遭遇しなかったけど、この周辺は魔物が多少手強い傾向があると聞く。
なのに勇者が居ないとなれば、ただひたすらに守りを固める以外の道はなかったようだ。
一応勇者が来るたびに魔物の駆除を依頼しているため、なんとか細々と流通を保てているそうだけれど。
「ですので勇者さんが来られて、町の皆もきっと喜ぶはずです。私としては少しでも長く、この町に居てもらいたいところですね」
「そうですね、ここが気に入れば」
「そう思って頂けるよう願っています。ようこそ、港湾都市カルテリオへ」
女性騎士の言葉に、ボクは無難な相槌を打つ。
そもそもここへ来ると決めたのは、サクラさんが魚を食べたいと言い出したのが発端。
そこまで長居する予定ではないけれど、あまりにも住民たちが困っているのであれば、しばらく居てもいいのかもしれない。
どちらにせよサクラさんの気分次第なところはあるけれど。
正門をくぐったボクらは、女性騎士から医者の居る場所を聞き出し、早速そちらへ向かうことに。
本来なら最初のこの町の協会へ顔を出す必要があるけど、まずはアルマの身体に異常がないかを確認するのが先決。
正門を潜ってすぐに見えたのは農園。女性騎士の話によると、城壁に囲まれた町の半分近くが農地となっているそうだ。
外に農地を確保するのが難しい以上、内側だけで自分たちが食べていくだけの量を作らなければならないということか。
前に居た町と比べれば、農地を除いた規模は2~3割程度といったところ。
市街地はそれなりに活気はあるようだけど、決して大きいとは言えない都市規模だ。
「えっと、いいんですか? もう町に着きましたし、報酬は前払いで頂いていますし」
「乗りかかった船ですから。別段急ぐ旅でもありませんし、最後まで見届けさせてもらいますよ。はい」
ノンビリと市街を歩き医者のもとへ向かうのだが、背後には小石を跳ねる車輪の音が響く。
ここカルテリオに到着した時点で、オスワルドさんとの契約は終了している。
だが彼はアルマを医者に診せ、その後役人に預けるまで着いて来るようだ。
ここまでの道中、彼は再三アルマと意思疎通を図ろうとしているのだが、その度に悉く失敗していた。
とはいえかなり気にかけており、彼なりに思うところがあるのか、しっかり見届けたいようだ。
ただ当の本人であるアルマは、馬車に乗っている間中はずっとボクの膝の上に。
そして今のように歩いている時は、服の裾を常に掴んでいられる位置を保っていた。我ながらよく懐かれたものだ。
「と、ここですね。ごめん下さい、どなたかいらっしゃいませんか?」
教えられた場所へ行くと、そこに在ったのは周囲の民家に比べ随分立派な医院。
そこの扉をノックしてしばらく待つと、中から白衣を着た一人の女性が現れる。この人が医者なのだろう。
中に入れてもらい事情を話すなり、女医さんはアルマを連れて診察室へと入っていく。
その間ボクらは部屋の外で待つことにし、置かれていた椅子へと腰かけた。
「良かったです、すぐにお医者さんが見つかって」
「そうね。正門のところに居た騎士が、医者は一人しか居ないって聞いた時には、正直どれだけ待たされるかと思ったものだけれど」
「いやはや、運よく空いてて助かりましたね。はい」
むしろボクはこの町へ辿り着く前、医者自体が居なかったらどうしようとさえ思っていた。
ここは王都や地方ごとの中核都市ではないため、まったく居ないという可能性も考えられたためだ。
むしろたった1人であっても、医者が居るだけまだこの町は恵まれている。
「……それにしても遅いですねえ。どこか悪いのでしょうか」
しばし待ち続けるも、診察室からアルマが出てくる様子が無い。
そわそわとし始めたオスワルドさんは立ち上がり、診察室入口の扉前を行ったり来たりしながらチラチラと扉を眺める。
それでも出て来ぬため観念しもう一度座り直すと、今度は医院内の調度品などを眺め始めた。
何を扱っているのかは未だに不明ではあるけど、行商人として各地を回っている人物だ。様々な物品に関心があるのかもしれない。
「お待たせしました。今のところどこも異常はありません」
ただちょうどその頃合いを見計らったように、診察室の扉が開けられる。
中からアルマの手を引き出てきた女医さんは、笑顔で別段おかしなところは無いと告げ、ボクはその言葉に胸を撫で下ろした。
「良かった……。では連れて行っても大丈夫なんですね」
「問題はありませんが、奴隷商に捕まっていたという話ですし、よろしければこちらで保護いたしましょうか?」
その提案に一瞬、言葉に甘えようかと考える。
穏和で真面目そうな女医さんだ、彼女に任せてしまっても別に問題はなさそうに思える。
しかし一応ボクらにも、行きずりとはいえ彼女を拾った責任というものがあるため、最後までそれを果たすのが筋か。
「折角の申し出ですが、このまま役場へと連れて行こうかと思います。どうもボクに懐いてくれているようですし」
「……そうですか、わかりました。では彼女の件で何か困った事でもありましたら、またお越しください」
心配そうな表情をして見送る女医さんに多少の謝礼を渡して、医院からアルマの手を引いて出る。
万が一という状況を考えれば、医者のすぐそばに居てもらう方が安心ではあるのだろう。
ただアルマの家族も探してもらわねばならないのを考えると、早く然るべき場所で保護してもらうべきだと考えた。
医院を出た頃には、太陽も丁度真上に差し掛かっていた。
少しばかり空腹感を覚えるも、通る道すがらは出店らしきものが見られず、そのまま市街地の中心部へ。
そこに建っていた役場へ入るも、ボクはしまったと言葉を漏らす。
「もう少し時間を潰してから来るべきでしたか」
「お昼時だものね。出直す?」
役場の中は閑散としていて、役人たちの姿が見当たらない。
どうやら昼食を摂りに揃って外へ行ってしまったようだ。
流石に空にするのは如何なものかと思いはするも、来る時間帯をもう少し考えればよかったか。
サクラさんは後で来るかと案を出すも、一応は確認として大きく人を呼んでみる。
「すいませーん、誰かいませんか」
声は石造りの建物内を響くばかりで、これといった反応はない。
完全に留守なのだろうかと思い、サクラさんの言う通り出直そうかと踵を返す。
ただ扉の取っ手へ手を掛けたところで、役場の奥から眠そうな顔をしながら一人の若い男が出てきた。
どうやら留守番がてら昼寝をしていたようだけど、留守番が昼寝していては用を成さないのではないだろうに。
とりあえず彼以外他には居ないようなので、アルマの件について一通りの事情を説明する。
「ああはいはい、わかりました。それじゃあとりあえず、こっちで名前書いて下さい。全員の氏名と、子供の名前もね」
眠気以上にどうにもやる気の無さそうな男の言う通り、紙へと指示された内容を記入していく。
記入欄も何もないただの更な紙なのだが、本当にこれへ書いてしまっても良いのかと、一抹の不安が過る。
それでも一応書き終えた紙を男へ渡すと、サッと目を通しただけで「結構です」と言い、アルマの手を何も言わずに引いて奥へと連れて行ってしまった。
ボクらはそのあまりにも事務的な、……と言うには抵抗のあるやり方に呆然とする。
そうして首を傾げていると、奥から男が顔を覗かせて「もういいのでお帰り下さい」とだけ言い、再び引っ込んでしまった。
アルマとまともに別れの挨拶すらさせては貰えず、どうしたものかと少しの間立ち尽くす。
しかしいつまでもそうしては居られず、もう自分たちの役目は終わったのだと思い、ボクらは揃って役場の外へ出た。
「こちらにはお役所仕事なんて言葉がありますが、それどころじゃありませんでしたね……」
「偶然ね、私の居た世界でも同じ言葉があるのよ」
対応の素っ気なさ適当さに、ボクらは揃って深く息を吐く。
これは先程の女医さんに預けておくのが、正解だったのかもしれない。
「ええっと、では私はこれで失礼いたします。はい」
ともあれこれで一通りの義務は果たし、オスワルドさんもこれでお役御免と考えたらしい。
彼は深々と頭を下げると、役場の外で待たせていた馬車へと乗り込んでいく。
「ここまでありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。相場以下の値で護衛をしてもらいましたし、良い思い出になりました。はい」
ボクもまた丁寧に頭を下げ、また機会があればと言って役場の前で別れる。
少々言葉の語尾などで個性の濃い人ではあったし、最後まで扱う商品が何かを知ることはできなかった。
だが道中ずっと行動を共にしていると、多少の感慨はあるようだ。
アルマも居なくなったことだし、再びサクラさんと2人だけになるのが、少しばかり寂しいように思えなくはない。
「では行きましょうか。まずはこの町の協会支部に顔を出さないと」
「ここにも在るんだ……。ほとんどの町に支部が存在するの?」
「全部とは言いませんが、一定以上の規模を持つ町には在りますね。このカルテリオくらいになれば、まず間違いなく」
王国南部に点在する港湾都市の内、ここカルテリオという町は比較的小さい部類に入る。
けれども1万に迫る人口が居るはずで、このくらいであれば勇者の支援協会が支部を設置しているのは間違いない。
この町へどれだけの期間留まるかは未定だけれど、しばらくはここを拠点に魔物を狩っていくのだから、当然協会には世話になる。
その旨をサクラさんへと告げると、先程の役人に対して少々不快な想いをしていたのだろう。気分転換も兼ねて先に食事をしようと言い出した。
周囲に人通りがあるため大きな声では言わないが、「魚がいい、魚」と小さく駄々をこねるように連呼している。
とりあえずは彼女の機嫌を回復させるためにも、先に昼食を摂るのが良いかもしれない。
港の近くに行けば魚介を出す店もあるだろうかと考え、少しだけ寂しくなった2人で、ノンビリと通りを歩き始めた。