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親友 01


 ガラガラと木製の車輪が小石を撥ね、春先の長閑な陽射しの中を進んでいく。


 昨日に手早く諸々の荷物を纏めたボクらは、翌朝早くにカルテリオを出立した。

 ここ最近は都市カルテリオも人口が増えてきたおかげか、商人たちが利用する乗合馬車の発着数も格段に増えている。

 もちろん町に居を置く勇者たちが、周辺に巣食う魔物を定期的に駆除しているというのもあって、街道周辺の安全がより高まったおかげ。

 逆にそのせいで野盗などは増えたけれど、それだって国から協会へ届いた依頼を受けた勇者たちが、積極的に排除していた。


 おかげでノンビリと移動できるのは良い。

 けれどだからこそだろうか、困った状況を誤魔化す術には乏しいと言えそうだ。



「なるほどなるほど、クルス氏はなかなか召喚士として芽が出なかった、と」


「同期の中では落ちこぼれの部類だったと思いますよ。今はどの召喚士見習いも、技量を無視して召喚を実行しますけど」


「でも今はこうして、国内でも有数の実力を持つ勇者と一緒なんですから、結果的には大躍進と言えますね~」


「……一応、そうなりますか」



 一瞬窓の外を眺めるボクであったけれど、すぐさま視線は馬車の中へと戻される。

 視線の先、対面の座席へ座るのは、亜人の女性であるディノータさんだ。

 ボクらは緒事情あって王都へ向かう道中なのだが、彼女もまた定時の報告などを行うため一度王都へ戻ると言うので、同行することになったのだ。


 ただ実のところ、本音を言えばディノータさんの同行は遠慮願いたかった。

 決して彼女を嫌ってはいないのだけれど、王都へ向かう目的が目的だけに、あまり同行者を擁したくはなかったのだ。

 今乗っている乗合馬車だって、そのために大金を積んで貸し切っている。

 とはいえ下手に断ろうとすれば逆に勘繰られかねないと、渋々ながら同行を了承したのだった。



「ところで見つけた例の物ですけど~、何が書かれているかわかりましたか?」



 ボクがサクラさんを召喚するまでの話をした後、ディノータさんは今最も聞かれたくない質問を突然に投げかける。

 例の物、それが何かなど言うまでもない。彼女を伴って行った"嘆きの始祖塔"で発見した、絵の中へ隠されいた手紙に記された内容の事だ。


 一瞬ビクリと身体が反応しそうになるも、それを必死に堪え極力自然な苦笑いを浮かべる。

 ……少々、引きつった笑みになっているかもしれないけど。



「残念ながら何も。読めそうな人に頼んだんですけど、これがまた全然ダメで」


「それはそれは残念ですね~」


「まったく、自信満々引き受けてたのに困ったもんですよ」



 ハハハ、と。肩透かしを食らったと言わんばかりに笑って見せる。

 今回の件、"嘆きの始祖塔"で見つけた手紙の翻訳をオリバーに依頼したことは、ディノータさんも既に知っている。

 けれどあれが読み解けたなどと教える訳にはいかない。なにせ書かれていた内容は、今の時点でただの民間人である彼女に知られてはならないのだから。

 当然オリバーにも、彼の相棒であるカミラにも口止めはしてある。


 密かに心の内でオリバーに謝りながら、ボクは誤魔化さんと軽い笑いを発する。

 するとディノータさんは、元々細められている目をなお細め、小さく口角を上げていた。



「ふぅん……。まぁいいですけどね~」



 だがこの反応から察するに、案外とっくに勘付かれている可能性は高そうだ。

 手紙の内容までは知らずとも、こっちが翻訳に成功し、それに関わる理由で王都へ向かっていると推測するくらいには。


 でもこれ以上触れては、自身が厄介事に巻き込まれかねないと考えているのか、ディノータさんはあまり突っ込んでは来ない。

 ならばその推測に甘えることにし、ボクは通用していない誤魔化しを継続することにした。

 正直助かる、本当にあの内容へ踏み込まれでもしたら、完全に無視する以外に無くなってしまうから。


 メモ帳を捲り色々と書き込み始めたディノータさんに安堵し、ボクは再び窓の外を眺める。

 ただ視界の端には、馬車の中で腕を組んだまま座り、眠っているように瞼を閉じたサクラさんが。

 けれど本当に眠っているということはないはず。きっと彼女の頭の中には今頃、オリバーによって翻訳された内容が渦巻いているはずなのだから……。







『最初の"黒の聖杯"は、人の手によって召喚されたみたい』



 昨日の昼間、カルテリオの我が家でサクラさんが告げた言葉に、ボクは身体を震わせた。

 けれどその時は一瞬だけれど、彼女が何を言っているのか理解できなかったのだ。言葉の上ではわかっていても、本質的な部分を。



『やらかしたのはアバスカル共和国。塔の持ち主が召喚された国ね』



 サクラさんは淡々と、手にした翻訳済みの紙へと視線を落とす。

 オリバーによってニホンの言葉に直されたそれは、ボクには読めない代物ではあるけれど、彼女が冗談なく読み上げているのがよくわかる。

 それほどあの時のサクラさんは、平坦な言葉に反し困惑の色が強く滲んでいた。


 大陸東の雄、アバスカル共和国。

 嘆きの始祖塔の持ち主であった例の勇者が召喚されたかの国は、西のコルネートと並び大陸に覇を唱える国家。

 もっとも国家間の戦争がない現代では、それも歴史の上で習うといった程度だけれど。


 そのアバスカル共和国が、世界にとって脅威たる"黒の聖杯"を召喚したというのは寝耳に水。

 とはいえいまだもって根本的な原理は不明なれど、勇者を召喚するという現象を引き起こせるのだ。魔物を……、黒の聖杯を召喚するというのも可能なのかもしれない。



『この話が本当だとすると、手紙を残した人はそのために召喚されたということですか……』



 魔物が大陸へ出現し始めた時期、真っ先に各国へ協力を呼びかけたのが共和国。ボクはそう習った。

 しかしサクラさんが読み上げた内容が真実だとすれば、実際にはそうではないようだ。

 どういう理由でそんな状況に至ったかは知らないが、自分たちの不始末を解決すべく、今度は対抗できる戦力に活路を見出したのかも。


 けれどボクのした想像は的外れ。手紙に記されている内容は、もっと違うものであったらしい。



『逆みたいよ。黒の聖杯召喚によって魔物が現れ、そのせいで勇者を召喚するようになったんじゃなくて、勇者を召喚していたら誤って黒の聖杯を召喚したみたい』


『……どういう意味です?』


『こいつに書かれていたのが本当なら、黒の聖杯が現れる以前から、アバスカルは勇者を召喚していた。他国と戦争するための兵器としてね』



 小さく息吐き告げるサクラさんの言葉に、ボクとカミラは言葉を詰まらせた。

 彼女はこう言っているのだ、元々勇者とは、共和国によって兵器として召喚された人たちであると。


 現在でこそ国同士の小競り合いもほとんど存在しないこの大陸だが、魔物出現以前はそれなりの規模で戦場が存在した。

 そのために召喚した勇者であるが、不測の事態で異形の存在まで呼び寄せてしまい、本来の目的を果たすどころではなくなった。

 魔物の出現によって、古の文献を参考に勇者召喚の儀式を確立させたという話が、でっち上げであるというのもありえない話ではない。

 そもそも召喚の技法は、アバスカル共和国から各国へ伝えられた物なのだから。



『絵に記されていた黒い点。アレはおそらくそこで召喚が行われたか、何がしかの手掛かりのある場所かも』



 手紙が隠されていた絵の一か所が、黒く点で記されていたということ。

 そして文脈として不自然に思えた、塔の主によって壁へ書かれた「黒く染まりし手に、祈りの言葉を刻もう」という文言。

 これらに対しボクは、この時になってようやく意図が見えた気がした。


 おそらく嘆きの始祖塔を築いた元勇者は、これを誰かに伝えたかった。そして救いの手を差し伸べていたのだと。

 実際に見つけられるのが、自身の死後相当な月日が経った後だとしても。



『どう……、するんですか?』


『言ったでしょう。まずは王都へ行って、協会のお偉いさんに報告する。私たちに出来るのはそのくらいだもの』



 この言葉に異論などあろうはずもなく、ボクはサクラさんと共に荷物の準備を始めた。

 1ヶ月は持つであろう量の荷を纏め、置いて行かれることへの不満に頬を膨らませるアルマを宥め、カルテリオの教会を預かる身となったメイリシアさんに預け。

 そうして翌日の早朝から、またもや旅の空となったのだった。







 ボクはそんなことを思い出しながら、馬車の中で対面に座るサクラさんへもう一度視線を向ける。

 さっきまでと異なり、彼女は閉じていた目を開き窓の外へと顔を向けていた。


 呆けたように遠くを眺めるサクラさんの表情からは、疲労感を感じてならない。

 なにせ2ヶ月に渡るコルネート王国での活動から戻って、まだ10日程度しか経過していないのだ。

 始祖塔の探査と巨大な魔物の討伐もあって、当然のように疲労が抜ける間もないし、精神面でも強く圧し疲労が掛かっていそうだ。



「サクラさん、これが終わったらまた温泉にでも行きませんか?」



 そんな窓の外を眺めるサクラさんへと、ボクはちょっとばかり気晴らしの提案をしてみる。

 この件に関して彼女は、並々ならぬ関心を抱きつつある。けれどこうも思っているはずだ、これ以上深入りしてはならないと。

 自身の責任感からか、王都へ報告に行く所まではするとしても、後は然るべき人間に任せるべきだと。


 自意識過剰ではないかと思えるも、きっとそれはボクのため。

 下手に掘り起こしてしまえば、何が出てくるかわからないのだ。今の安定した日々を護るためにも、自身の好奇心を内に押し込む気であるらしい。

 ならばせめて代わりに、気晴らしの一つでも提供するのがボクの役目。



「……そうね、折角王都の近くまで行くんだし、少しくらい遊んでも罰は当たらないか」


「予算なんて気にせずとまでは言えませんけど、前回と同じくらいの宿には泊まれると思いますよ」


「クルス君持ちで?」


「も、もちろんです! 大船に乗った気でいてください」



 王都の南には、勇者たちが共同で建設した小さな町が存在する。

 そこは勇者らの故郷である、ニホンを抽象的に模した作りをしており、温泉と豪勢な宿が並ぶ一大歓楽地となっていた。

 遊ぶには少々値が張るけれど、そこでならサクラさんも多少気分転換できるのではないか。


 そう考え提案してみたのだけれど、いつの間にやら予算はボクの財布からという状況に。

 とはいえ言いだしたのも自分だし、これでサクラさんが気晴らし出来るなら安いものかも知れない。



「ならお言葉に甘えようかな。人の財布で豪遊なんて滅多にない機会だし」


「えっと、手加減して貰えるとありがたいですが……」


「良いお酒も頼んじゃおうかな。ディノータさんもどう?」



 2人分くらいならば、しばらく個人的な趣味を控えればなんとかなる。

 けれど3人となれば流石に厳しいかと肝を冷やすも、突然に同行を誘われたディノータさんは、くすくすと笑みながら首を横へ振っていた。

 たぶんボクの懐具合を心配したのと、自身が一時的な同行者であるため断ったのだろう。たぶん仕事の都合もあるけれど。


 密かに安堵の息を漏らすボクを余所に、サクラさんは一転して上機嫌となる。

 鼻息交じりに再び窓の外を眺めるのだけれど、ボクには笑顔なサクラさんの表情の奥へ、ちょっとばかりの不安感が澱んでいるように思えてならなかった。



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