手紙 06
ザクリ、ザクリと切り裂く音が、塔の屋上へ吹く風音に混ざる。
魔物の身体から使えそうな素材を得るべく、サクラさんは短剣を使って翼や爪などを、丁寧に採取していく。
特に羽などは強くもしなやかなので、矢の材料とするには丁度良さそうだと口にするくらいで、意気揚々強靭なそれを根元から切り落としていった。
この世界に召喚した当初は、食用となる魔物の血抜きすら目を逸らしていたのを思えば、格段の進歩だと思える。
そんな彼女を余所に、ボクは塔の一角で膝を着いていた。
視線の先には、魔物が落下した際の衝撃によって崩れた、塔の壁面付近の石材。
長年に及ぶ風雨に晒され続け、碌に手入れもされてこなかった影響で、ちょっとした衝撃で壊れてしまったらしい。
「壁の隙間に空間がありますね。随分と暗い、たぶん光を取り入れる窓が無いんです」
「隠し部屋、ということでしょうか~?」
「おそらくは。そうか……、これが原因だったんだ」
覗き込むディノータさんも、すぐさまこれが人為的に造られた空間であることを察する。
ここからではよく見えないけれど、中は多少なり広く造られているようで、小部屋と称せるくらいの空間はありそう。
これだけの空間だ、まさか塔の建設時に生じた欠陥という事はないはず。
「クルス君、そっちはどんな感じ?」
「ここから入るのは危ないと思います。そうですね……、下の階に降りてどこかで壁を壊す、というのが無難じゃないかと」
「なら早速行きましょ。案外大当たりかもよ」
必要そうな素材の採取を終えたサクラさんが、同じく後ろから覗き込んでくる。
彼女はボクの率直な意見を耳にすると、気になって仕方がないとばかりに、そそくさと梯子の方へと向かった。
下には魔物が居るというのに、平然と梯子すら使わず飛び降りる。
幾度か斬撃らしき音と魔物の鳴き声が響くと、「早く降りて来なさいな」というサクラさんの声がし、残されたボクらは顔を見合わせる。
恐る恐る梯子を伝って降りてみると、そこには5匹ほどの魔物が斬り倒され、床に骸を晒していた。
「ここでいいの?」
「そうですね、物は試しに」
魔物を早々に排除したサクラさんは、自身の大弓で北側にある壁を軽く叩く。
そして頷いたボクへ了解を返すように、愛用の武器を振り上げ壁へ強かに打ち付けた。
こちらもまた経年の劣化によってか脆くなっており、サクラさんの一撃によっていとも容易く大きな亀裂が。
生じたそれへ手を突っ込み、引っぺがすように壁面の石を取り払っていくと、奥へと小さな金属製の扉が姿を現した。
塔を登っていくにつれ強くなっていった違和感の正体に、ボクはようやく確信を持つ。
この"嘆きの始祖塔"は階を上がる毎に、徐々にではあるが室内の空間が狭まっているのだ。
塔の北側の部分から狭くなっていくも、室内が同じ円形であるのに加え、家財道具の配置などでそうであると気付きにくい。
ご丁寧に狭くなっている北側には窓も取り付けず、屋上に通じる梯子は南側に設置されていたため、外の広い空間も相まって異常はないと錯覚してしまうのだ。
「開けられそうです?」
「ちょっと丈夫そうだけど、たぶんいける。そこに転がってる燭台を取って頂戴」
とはいえその隠された空間へ現れた扉も、大きな錠によって閉じられている。
こちらは永年の風雨に晒されていないせいか、それなりに丈夫そうではあるけれど、サクラさんは平然と床を指した。
転がっていた鉄製の燭台を手渡すと、サクラさんは強引に錠へと差し入れる。
壊れることも厭わず捩じり、力いっぱい引っ張ると、これまたいとも簡単に扉は破壊されてしまった。
あんまりな力技に、つい苦笑が零れてしまう。
「ここは……、書斎ですか」
「おそらくね。随分と狭いけれど、一応机やら何やら揃ってるし」
中へ踏み込んでみると、非常に狭いながら壁も綺麗に造られた小部屋になっていた。
ほとんど物は無いけれど、小さな机に1つだけの書架。そして一枚の絵が飾られている。
狭っ苦しいとは思うけれど、書斎としての体は成しているように思える。
おそらく探すとすればここだ。
今までこの"嘆きの始祖塔"を探索してきた勇者たちが、見つけること叶わなかった小部屋。
ここに何の手がかりもなければ、完全に空振りに終わるはず。
そう考えとりあえず3人がかりで書架の本を全て運び出し、中に目を通していくことに。
しかし小部屋が厳重に秘匿されていたのに反し、置かれていた本はそこまで珍しくはないものばかり。
内容も雑多というか、商売の基礎を記したものであったり、旅行記に果ては子供向けの童話など多岐にわたる。
非常に古いが状態の良い物が多いので、好事家にでも売れば高値が付いてくれるかもしれない。とはいえこれが資産かと言われれば首を傾げてしまう。
「本の分類に一貫性が無さ過ぎね。法則も……、あるんだかないんだか」
「適当に目についた物を放り込んだ、って感じですか~」
「まさか本当にただの書斎? 死期が近づいて気まぐれに埋めてしまった、とか」
サクラさんとディノータさんは揃って、運び出した本を眺めつつ怪訝そうにする。
一方のボクは本の中身を探るのを早々に引き揚げ、再度小部屋の中へと入っていた。
空っぽになった書架を動かし、裏側に何かがないかを探るもこれといって何もなし。
まさか本当に2人が言うように、ここはただの書斎でしかなく、塔に埋め込んだのは持ち主の酔狂なのかもとすら思えてくる。
ボクは動かした書架を元に戻すと、次に壁の一角へと移動し呟く。
「あとはコレくらいだよな。一番怪しそうなのは」
そう言って、壁に掛かる額縁へ納められていた絵を手に取る。
高い場所からの視点で描かれたであろうそれは、5つの尖塔と巨大な外壁に囲まれた、特徴的な外観を持つ都市の絵。
実際に見たことはないけれど、おそらくこの特徴から察するに、描かれているのはアバスカル共和国の首都"リグー"だ。
塔の持ち主であった元勇者も、かの国で召喚されたと聞く。
なので感傷からこういった絵を持っていてもおかしくはない。けれど2階で壁に殴り書かれていた文字を見た後だと、それは少々おかしいようにも思える。
「……あの感じだと、たぶん彼はアバスカルを嫌っていたはず」
「まず間違いないでしょ。私は芸術面に疎いけれど、ああも見事に感情が乗った文字を見たのは初めてだもの。むしろ憎悪すらしてたんじゃない?」
手にした絵を見下ろし呟くと、いつの間にか近くへ来ていたサクラさんも同意を口にする。
彼女は一度読んで記憶していたであろう、階下で書かれていたそれを空で読み上げていく。
「『我らは一介の道具なり。意志無く、魂も無く、明日への希望も夢も無い。羽虫より軽く、砂漠の礫よりも尚小さき我らが命は、籠の目から零れ落ちる泥水の如き。嗚呼、塵芥の者たちに、せめてもの誇りを。黒く染まりし手に、祈りの言葉を刻もう』」
「よく覚えてますよね」
「なんだか意味深だもの。ついつい一発で覚えちゃったわ」
肩を竦めカラカラと笑うサクラさん。
彼女の読んだその言葉を反芻し、確かに強く意志めいたものが込められていると改めて思っていると、ふと描かれた中のある部分が気になり始めた。
黒く染まりし手に、祈りの言葉を刻もう……?
異界の国、ニホンの言葉で書かれたそれをサクラさんが読み上げた時、ボクは最初"黒く染まりし"の部分が、血の事であると思った。
多くの命を手に掛け奪った罪に対して、贖罪の気持ちを抱いているのだろうかと。
しかし流れたばかりの血は黒いとはいえ、普通は赤と書くだろうに。それに最後の一文であるここだけ、なんだか唐突というか脈絡がない気がしてならない。
黒と言われて思い出すのは、やはり勇者や召喚士にとって因縁深い存在、"黒の聖杯"だろうか。
それであればある程度はわかる。けれど今度はそこ以外の部分が、意味として成り立たない気がする。
「なんだか訳がわからなくなってきました」
「同感。せめて考えてる事の要点くらい、メモか何かに残しておきなさいっての」
「それはそれでどうなんでしょう……。でもやっぱり、恨んでいる国の絵を飾るなんて不自然です。いったいどうして」
ボクはそう思いながら、卓の上に額縁ごと絵を置く。
だがいくら外気に晒されていないとはいえ、何十年もの月日は木を朽ちさせるのに十分であったらしい。
手入れすらされていなかったそれは、置いた時の軽い衝撃で、簡単に繋ぎ目が外れてしまうのだった。
「あーらら、壊しちゃった」
「壊したんじゃなくて、壊れたんですよ。でも丁度良かった、どっちにしろ開けようと思ってましたし」
若干言い訳がましくも思えるけど、好都合とばかりに絵を額から外す。
いくら古い絵とは言え、こうも普通の額に飾った絵にとんでもない値が付きはしないはず。……たぶん。
部屋の中へ手がかりがあるとすれば、これくらいしか思い至らない。
なので額から外した絵を矯めつ眇めつしていると、少しばかりおかしなことに気付く。
「何か見つかった?」
「ええ。この部分なんですけど、おかしくないですか?」
絵の中の一点を指すと、サクラさんのグッと顔を寄せ覗き込む。
都市の全景を描いた絵の中で、そこだけ明確に後から付されたとわかる、黒い点が置かれていた。
首都リグーの外れ、外壁のすぐ近くにそれはあるのだけれど、ただの汚れというには少々作為的に思える。
「それにこれ、中に何か入ってそうです」
「開けてみて。慎重にね」
加えて紙の厚さが、部分的におかしい気がしてならない。
数枚重ね描かれてある紙の中で、この部分だけもう一枚層が厚いようだった。
後ろにはいつの間にやらディノータさんも来ており、彼女も見守る中で剥がしにかかる。
手元で作業をする用の小さなナイフで、紙と紙の隙間へ刺し入れ、ゆっくりと剥がしていった。
ベリベリと音を立てる中、慎重に慎重に開いていくと、中には案の定2つに折り畳まれた紙が。
なんとか取り出したそいつを開くと、そこには見たことも無い文字が躍っていた。
「これも向こうの文字ですか?」
当然ボクには読むことは出来ず、すぐさまサクラさんに手渡す。
おそらくは塔の持ち主が記したであろう、異世界で用いられている文字に違いない。
受け取ったサクラさんは、手にした紙へ視線を落し読み進めようとする。
けれど彼女の表情はすぐさま顰められ、いったいどんな内容が記されているのであろうかと、強い不安感に襲われるのだった。