表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/347

手紙 05


 梯子を登った先、"嘆きの始祖塔"屋上に出たボクは、見えた景色に感嘆の声を漏らした。

 平野部に広がる一面の緑、南に見える広大な海、北側に望む険しい山々。

 王都に在る王城でもなければ、到底お目にかかれない高い位置からの景色に息を呑む。



「流石にこうも高いと、ちょっと寒いわね」



 サクラさんは大きく伸びをすると、塔内の若干籠っていた空気を肺から吐き出す。

 流石に息が白んだりはしないけれど、それでも塔がそれなりの高さを誇るため寒く、彼女は腕を抱き身を震わせていた。


 少しだけ塔の縁へ移動してみようかと思うも、足の竦むような高さについつい躊躇ってしまう。

 一応手摺は付いているのだけど、それだって長年風雨にさらされ続けた木製の代物、頼りになんて出来やしない。

 ボクは腰が引けてしまったのを誤魔化すように咳払いすると、それとなく周囲を窺う。



「結局何もなかったけど、もう一度下りて探してみる?」


「別にいいのでは。ディノータさんもそれなりに収穫があったようですし。やるとしても精々、本棚の中身に目を通すくらいですか」


「そういうのが一番面倒なのよね。いったい何日かかることやら」



 高所からの景色をひとしきり堪能したサクラさんは、振り返ると階下を指さす。

 登ってくる最中にざっと見た限り、いかにもといった特筆する点はなかった。壁に書かれた文字以外には。

 依頼の完遂を目的とするなら、もう一度降りて虱潰しに調べ、大量に納められた書籍などの一つ一つに目を通すということになる。


 ただここに至ってようやく、サクラさんも報酬額が見合わないと考えたらしく、腕を組んで嘆息していた。

 本の全てを読んでいては、おそらく10日やそこらでは終わりそうもない。

 たった1日だけでも金額が見合わないと感じるほどに、今回協会本部から受けた依頼の報酬は激安なのだ。楽しさもいい加減何処かへいってしまう。



「こんな塔を造らせるくらいだし、相当な資産を持っていたのは疑いないけど……」


「もし消えた遺産が見つかれば、とんでもない事になりますね。見つかればですが」


「……やっぱり帰るとしましょ。今までだって欲に駆られた勇者たちが散々探し回って、まるで見つからなかったんだし」



 サクラさんも流石に、今から何日もかけて存在するかが不明な、それも額でさえ定かでない物を探す気は起きないらしい。

 軽く手を振って撤収を口にすると、ゆったりした動きで梯子の方へ歩こうとした。


 ボクも頷くと、慎重に梯子へ足をかけようとする。

 しかし階下へ降りようとするのを拒むように、耳を突く甲高い音が聞こえ、驚きから足を踏み外しそうになってしまう。



「な、なんですか~!?」



 驚きの声を上げるディノータさんは、キョロキョロと周囲を窺う。

 彼女は突然のそれに困惑し、少しだけ短い尾を脚の間へ巻き込んでいた。

 ボクは梯子を降りるのを中断し、彼女に落ち着くよう告げながら同様に周囲を窺うと、すぐさま音の発生源に気付く。



「サクラさん、あそこ!」


「わかっている。鳥ね、それも随分と大型の」



 空の一点を指さす。そこには大きく翼を広げ、滑空する鳥の姿があった。

 どこか禍々しい気配を放つ、黒に染め抜いたようにも思える色の巨鳥。まず魔物に違いない。

 さっきの高音の発生源は、まず間違いなくあいつの鳴き声だと思う。


 北部の山地には、亜人たちが操るミルータという巨大な鳥が生息する。

 もっともあれは魔物ではなく動物であり、おまけに国境付近の山地からはまず出てこないそうなので、アレはミルータではないはず。

 となるとボクらが知らない魔物だろうと考え、肩に下げた鞄から使えそうな物を探りつつ、自身も落ち着かせんと軽口を発した。



「これまた随分と黒い羽を持った鳥ですね」


「そうね、大きさを考えなければまるで烏みたい。見た目もほとんど同じみたいだし」


「もしかして、サクラさんのお仲間ですか?」


「ブッ飛ばすわよ」



 背負っていた大弓を手にし、矢を番え迎え撃つ準備をするサクラさん。

 彼女に軽口を叩きつつ準備をしていくと、硬質な弓でポカリと頭を叩かれてしまう。

 サクラさんへ付けられた、"黒翼"という二つ名を指して揶揄してみるも、当人は想像以上に気にしていたようだ。


 けれどそれ以上は気を逸らすことなく、番えた矢を引き狙いを定める。

 そんな彼女の行動に反応したかは定かでないけど、悠々と空を旋回し甲高い鳴き声を放っていた巨鳥は、身体を捻り一気に急降下してきた。



「ディノータさん、下に退避を!」



 迎え撃つ体勢を整えたボクとサクラさん。けれどディノータさんに関しては、魔物に対し抗う力を持たない。

 一瞬だけ振り返り、彼女へ梯子を下り退避するように告げる。



「そうしたいのは山々なんですが~……」



 サクラさんが射た矢によって、一度距離を取る巨鳥の魔物。

 その隙に退避しようとしたディノータさんであったが、梯子へ手を掛けた途端、困ったようにこちらを振り向く。

 いったいどうしたのかと思い、彼女のもとへ駆け寄って下を覗き込む。

 すると階下には数体の魔物が徘徊し、こちらを見上げ呻り声を上げていた。たぶん臭いを追って上がってきたのだ。



「いつの間に……。これじゃ逃げることも出来やしない」


「ど、どうしましょうかぁ」


「上ってくる様子は無さそうですし、とりあえずここで身を低くしていて下さい。下の階にも、外にも落ちないように」



 ただこの状況でも幸運なのは、下の階に居る魔物が梯子を使えるほど器用ではないということか。

 ならばディノータさんにはここで伏せていてもらい、ボクらは早々に魔物を片付けないと。


 一応念のため、下の魔物をどうにかしようと鞄から物を取り出す。

 来る時に採取した、水に濡れることで破裂する木の実を手にすると、腰に下げていた水筒へ入っていた水を少しだけかけてやる。

 すると見る間に水を吸い込んでいく実は、手にミシリと軋むような感触を伝えてきた。


 すかさず階下へ放ると、固い床に跳ねる音がした直後、耳をつんざく大きな破裂音。

 数匹いた魔物の内、1匹は間近で発生した音によって気絶。残りも足をフラつかせたり、驚いて距離を取ったりする。

 これでもし万が一、ディノータさんが下に落ちてしまったとしても、警戒してすぐに襲ってきたりはしない。……はず。


 仮にコイツの中に金属片でも仕込めるのなら、案外強力な武器になってくれるかもしれない。

 具体的にどうやるかは、まるで見当が付かないけれど。



「クルス君、アイツの動きを止める手段とかない!?」



 下の光景に安堵する間もなく、サクラさんからは少々難しい要望が飛んでくる。

 彼女は大弓から矢を射続けているのだけれど、なかなか巨鳥の魔物へ致命打を与えることが出来ていないようだった。

 なにも動きを捉えられないという訳ではない。むしろサクラさんの技量と、彼女が持つ"スキル"があれば大抵の敵には当たる。



「風を起こして矢の軌道を逸らすなんて。まったく、面倒臭いったらないわ」


「あの巨大な翼が厄介ですね……」



 大きく広げられた黒い対の翼は、魔物の巨躯を浮かび上がらせる以外の役割も担うようだ。

 サクラさんが攻撃してきたと察知するや否や、ヤツは接近を停止、空で滞空しつつ翼を激しく振るい、自身の前に強風を巻き起こしているようだった。

 魔物にしては、なんとも頭の回る。



「止める手段と言われても……。ってそうだ、アレが」


「何かあるの? この際何でもいいわよ、現実的な案ならね」



 よもやこんな存在が現れるとは思ってもいなかったのか、サクラさんはちょっとだけ焦りの色を滲ませる。

 これまで塔を訪れた勇者たちは、怪我人すら碌に発生しなかった。なのでこうも攻撃の当たり辛い魔物が来るとは想定外。

 きっと今までは偶然出くわさなかった、あるいはこの巨鳥は最近棲み付いたのかもしれない。


 ボクは打開策を求めるサクラさんへと、鞄から取り出した2つの物を見せる。

 片方はついさっきも使った、濡らすことで破裂する木の実。

 そしてもう片方は、少しだけ大振りな瓶へ納められた緑色の液体。



「そいつは?」


「矢を貸して下さい。今からこいつを仕込むので、合図をしたら――」



 手渡した物の用途を説明しながら、受け取った矢の1本へと、麻紐で木の実を固定していく。

 魔物を牽制していたサクラさんにそれを渡すと、今度は緑の液体が入った瓶の口へ手を掛け、木の実へかける体勢を整える。

 目配せをしたサクラさんが頷くのを確認し、急いで開いた瓶を傾けると、ドロリとした強い粘性ある液体が滴る。



「……今です!」



 緑の液体が木の実を濡らしたところで、ボクは空を見上げ魔物との距離を測る。

 頭の中で数を数え、魔物との距離が丁度良い頃合いであると考えたところで、矢を番えたままのサクラさんへ合図した。


 間髪入れず、緑色に染まった木の実を括り付けた矢が射放たれる。

 しかしその矢は真っ直ぐに魔物へは向かわず、少しばかり離れたところを通過しようとしていた。

 魔物も迎撃の必要性なしと判断したか、滞空を止めこちらへ急降下しようとする。



「掛かった!」



 そんな魔物の行動に、サクラさんは笑みを浮かべ叫んだ。

 ボクも同様にニタリと口元を歪ませた直後、巨鳥の真横を通過しようとしていた木の実付きの矢が破裂。

 粘液の付着した木の実は砕け、共に四方八方へ勢いよくばら撒いた。


 無数の破片は油断していた巨鳥を襲い、緑色の粘液は翼を汚す。

 一瞬だけその事態に混乱したか、けたたましい鳴き声を上げるのだが、魔物はすぐさま持ち直し再度こちらへ滑空しようとした。

 しかしただ粘性があっただけの液体は、空気に触れたことによって次第に凝固していく。

 翼の自由を失った巨鳥は動きを妨げられ、ゆらりと落下し始めるのだった。



「上出来よクルス君、これでさっきのはチャラにしてあげる」


「やっぱり忘れてなかったんですね……」



 巨躯を落下させ、塔の屋上へ轟音立て墜落。

 それでもなお暴れようとする魔物へと、短剣を握りしめたサクラさんは駆け出しながら、笑顔で片目を閉じた。

 ついさっき彼女の二つ名、"黒翼(ノワール)"を弄ったのを、これで相殺してくれるらしい。

 ボクはそんな言葉を向けつつ、手にした短剣を魔物の頭部へ突き立てるサクラさんに苦笑する。


 それにしても、これは新しい戦い方を構築できた気がする。

 サクラさんの弓による遠距離攻撃。そしてお師匠様直伝の、諸々な効果を持つ薬品類。

 これらを組み合わせれば、もっと柔軟な戦法が採れるのではないか。そんな明るい兆しが見えてくる。



「お待たせしました。大丈夫でしたか?」



 ともあれこれで当面の危機は去った。

 ボクは振り返ると、律儀に床に伏せ待っていたディノータさんへ声をかける。



「は、はい~。あたしは大丈夫なんですけど……」


「どうかしました?」


「えっと、あれはどうしたことでしょう」



 ただ彼女は困ったような、困惑したような素振りを見せる。

 それは突如現れた巨大な魔物に驚いてというより、また別の理由であるように思え、首を傾げてしまう。


 彼女がおずおずと指さす先を見ると、落下してきた魔物による衝撃か、塔の一部が破壊されていた。

 しまったと思い、肩を落とす。

 なにせここは貴重な史料が眠っているかもしれないのだ。もしかして王都の協会本部から、説経の一つでも頂戴するかもしれない。

 そう考えどうしたものかと頭を抱えるのだけど、直後にボクはディノータさんが、別の事を言いたいのであると気付く。



「……これは」



 衝撃によって部分的に破壊された塔の屋上。

 その崩れた断面の一部に、妙に違和感を感じてならない、空洞らしきものが見えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ