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手紙 02


 萌黄色の草が茂る草原を越え、柔らかにそよぐ春の風を浴びる。

 徐々に暖かさを増していく陽射しに眠気すら覚えながら、ボクらは港町カルテリオの正門へ向かう道を歩いていた。


 魔物除けとしての役割を持つ、見上げるように聳える巨大な壁。

 海に面した区画を除いて、都市外周をグルリと覆うように築かれたそれは、人々が平穏に暮らすため必要不可欠な代物だ。


 けれどここ最近、この堅牢さを前面に押し出した光景が徐々に変わりつつある。

 例えば北側に在った小さな正門が取り外された。これは新たに大きな物へと造り替え、より大きな荷などを運び入れやすくするため。

 衰退の一途を辿っていた地方の港町カルテリオは、徐々にその人口を増しつつあるからだった。




「たった数日離れていただけだってのに、もうこんなに」


「古い無人の家屋はほとんど取り壊されてるみたいね。よくもまあここまで思い切った事を」



 交換途中である正門をくぐって町へ入ると、四方八方至る所から、金槌を叩く音が聞こえてくる。

 目をやればノコギリで木材を切っていたり、老朽化した家を引き倒していたりと、都市の中は大改装の真っ只中。

 たった1年ほど前まで、ただのひとりとして勇者が居らず、弱り切っていた町とは思えぬ活気。


 町の規模が大きければ大きい程、比例して勇者は数を増す。けれどその逆も然りで、勇者が居れば町は発展するのだ。

 王国の隅にポツンと存在していた港町は、サクラさんという定住してくれる勇者が見つかったことで、良い循環に入っているようだった。



「でもクルス君、君は町の西側には行かないこと。いいわね」


「えっと、どうしてですか? あっちも確か、ものすごい勢いで建物が建っていますけど」


「君にはまだ早すぎるもの。例えこの世界では成人の扱いだとしてもね」



 そんな中を、ゆったりと眺めつつ進む。

 けれどふと立ち止まったサクラさんは、とある一点を凝視しながら、鋭い視線を向けるのだった。


 イマイチよくわからない彼女の言葉を聞き、ボクも視線を追ってみる。

 するとその先に在ったのは、真新しい簡素な看板。おそらく工事を行っている人たち向けに設置された、案内標識だ。

 木の板に殴り書きされたそいつを見てみると、町の西側を指す部分に書かれていた文字は、"新歓楽区画予定地"。


 歓楽街とはすなわち、夜の街だ。

 ボクはその字を読んだ瞬間、少しだけ顔が赤くなるのを感じてしまう。



「おや、クルス氏も興味がおありですか~?」


「そそそ、そんなことは! ボクは別に……」


「悪いだなんて言ってませんよ~。むしろ男性であれば、多少なり関心が向くのは当然かと」



 顔を赤くするボクへと、すぐ隣に立っていたディノータさんは、ノンビリと揶揄してくる。


 てっきり彼女とは野盗討伐依頼が完了した後、そこで別れると思っていた。

 けれどまだ取材が完遂していないと判断したか、野盗の引き渡し後もボクらに同行している。

 とはいえ元々ディノータさんは、カルテリオへ長期の派遣をされているとのことで、主だった荷物はまだこの町に置いているのだけど。



「あまりウチのをからかわないで頂戴な。純情なもんですぐ混乱するんだから」



 そんな彼女を遮り、サクラさんは嘆息気味に釘を刺す。

 ボクはサクラさんの助け舟に安堵しかけるのだが、一方でディノータさんもこの程度で怯む気はまったくないようだ。

 常に微笑み細められた目を僅かに開くと、綻ぶように笑いを漏らす。



「サクラ嬢はまるで、クルス氏の親御さんのようですね~。もしくは……、奥様でしょうか」


「な、なにを言って……」


「いえいえ、夜の街へ通う夫を嗜めるような口ぶりだったものでつい~」



 一転して今度は、サクラさんがたじろぐ。

 ディノータさんの言葉に若干視線が泳ぐ様は、普段飄々とし人を挑発する姿を思えば、なかなかに珍しい。

 やはりこの人物、一筋縄ではいかないようだ。


 ただこの部分は彼女にとって、本当に気になる部分とは言えないらしく、すぐさま視線を明後日の方へやる。

 サクラさんはそんな様子に安堵の色を漏らすと、軽く咳払いをし別の話を振るのだった。



「……で、貴女はあとどれくらい取材をすれば満足なのかしら」


「多くの人に面白く聞いてもらうためにも、せめてもう少しくらいネタを集めたいところですね~。もしかしてご迷惑で?」


「正直に言ってしまえばね。貴女個人がどうこうっていうよりも、自衛手段を持たぬ人を連れてだと、あまり危険な場所に行けないのよ」



 言葉に反し若干本音を隠しつつ、サクラさんはその理由を口にする。

 実際のところ、ディノータさんはこういった稼業に従事しているためか、一定の護身手段を持ってはいるらしい。

 けれどそれは主に人を相手としたモノであり、基本的には魔物を相手とするボクらへ同行するには、あまりにも不足していると言わざるを得ない。

 ボクがお師匠様から自衛手段を教授された今、向かう先の選択肢はより危険になりつつあるのだから。


 ディノータさん自身も、この点ばかりは自覚していたようだ。

 しばし細い目をなお細めて思案すると、「仕方ありませんか」と呟いてから、指を一本立てた。



「ではせめてあと1度、最後にもう1カ所だけ同行を許可してもらえれば」


「……まあ、そのくらいなら。どこか当てはあるの?」


「今のところは無いのですが~。そこはこれから考えるということで」



 のほほんと、ディノータさんは歩きながら告げる。


 なんだかやけにノンビリとしている気もするけれど、案外彼女に付き合って貰うくらいの方が、今は逆に好都合なのかも。

 なにせコルネート王国から戻ってまだたったの数日。疲労はまるで抜けきっておらず、今も若干身体のダルさが残っている。

 ディノータさんが同行しても問題ないような、小規模の野盗討伐や近隣の魔物退治といった簡単な内容で丁度良いのかもしれない。


 ならば都合よくディノータさんが取材に同行出来るような、簡単な依頼でも探すとしよう。

 そう考えたボクらは、野盗討伐依頼の完了報告も兼ね、カルテリオの勇者支援協会支部へと向かう事にした。



 辿り着いた協会支部兼宿は、町に入って見たのと同じく、工事の真っ最中。

 こちらもまた外装だけでなく建物そのものを拡張、……というより隣に建っているのと合体をしつつある。

 現在カルテリオには、総勢で20人もの勇者が居を置いている。今のままでは、多く居る勇者たちに対応しきれなくなっていくためだ。



「ただいま戻りましたー」


「なんだい、もう帰ったのか。よっぽど仕事に飢えてるみたいだね」


「まさか。単純に早く戻って休みたかっただけですって」



 その協会支部へ入って声を掛けたのは、ここを管理するクラウディアさんだ。

 彼女は元々ただの宿屋であるここの主人なのだが、宿泊事業だけではやっていけぬと、ボクらが来る以前より、副業として協会支部の代行業を兼ねていた。


 もっと勇者が増えた現在ではどちらかと言えば、協会支部管理者としての仕事の方が忙しいらしい。

 本来20人もの勇者を抱える都市ともなれば、委託ではなく正式に本部から人を寄越し、支部としての機能を確保するのが普通。

 それでもクラウディアさんがここを担っているのは、姉御肌な気質に加え、生来の面倒見の良さから慕われているためであった。



「報酬の受領も確認……、と。えらく簡単だったみたいね」


「あいつら、私の姿を見ただけで逃げ出したのよ。おかげで戦いらしい戦いはほとんど無かったわ。追いかけるのに少々難儀したけど」


「流石は"黒翼(ノワール)"。名が売れると損が無いでしょ」


「止めてよクラウディア。個人的には非常に不本意なんだから、その名前」



 顔を合わせ、諸々の確認を済ます。

 すると顔を上げたクラウディアさんとサクラさんは、愉快そうな笑みと苦笑と交えたやり取りをした。

 何気に気が合うこの2人、大抵は顔を合わせる度にこうして会話に花を咲かせている。


 とはいえ最近は協会支部としての仕事が忙しいためか、会話の最中もクラウディアさんの手は止まることがない。

 以前は魔物から採取した素材の換金に四苦八苦していたというのに、随分と見違えたものだと思う。



「ところでクラウディア、それって新しく届いた依頼?」


「正解。王都の協会本部から届いた物でさ、書き写して今から掲示板へ貼るところ」


「本部からなんてまた珍しい。内容は?」



 サクラさんは親しさ故にだろうか、忙しそうにするクラウディアさんの手元を覗き込む。

 そんな彼女が目にしたのは、新たにカルテリオ支部へ舞い込んできた依頼。


 今回野盗を討伐したように、ここ協会には方々から依頼の類が舞い込んでくる。

 大抵は魔物から得られる素材の採取であったり、無法者の退治や行商人の護衛、果ては新作武具の試験使用など雑多な依頼が届けられる。

 ただ今回来ているのは、協会の本部が直々に送ってきた内容ということで、ボクは少しばかり緊張に身体を固めた。



「あんたたち、"嘆きの始祖塔"って知ってる?」



 本部から来る依頼というのは、大抵は面倒臭い内容が多い。

 そこでどうせ読まねばならないのだからと、サクラさんは内容を問うのだけれど、クラウディアさんから逆に聞き返されたのは、耳にしたことのない名前。


 ボクとサクラさんは顔を見合わせ、知らないとばかりに首を横へ振る。

 するとクラウディアさんは「召喚されてまだ1年なら当然か」と口にし、件の塔とやらについてを話してくれた。



「カルテリオの西に、狂信者の森が在るでしょ。そのさらに西へ1日ほど行った草原に、ちょっとした立派な塔が建ってんのよ」


「その辺りって、これといって何もないですよね。そんな場所に塔がですか?」


「別に見張り塔の類とかじゃないのよ。もう何十年も前に、ひとりの男が酔狂で建てただけ」



 教信者の森より1日ほど西と言えば、まだまだ国境には程遠い地域。

 かといって海上交通の要所でもないはずで、そんな場所に塔が存在するというのは、少々変に思えた。

 けれどどうやらかなり前、それこそクラウディアさんが生まれるよりもずっと昔に、居住目的で建てられた塔であるらしい。


 妙な名が付けられたその塔に行き、内部の調査を行う。

 それが今回協会本部から届けられた依頼。たったそれだけの、廃墟の探索を目的とした内容。

 これであればディノータさんを連れていくのに丁度良いと、サクラさんは話を聞く内に乗り気となっていく。

 けれどボクはあまりに簡単と思えるその内容に、逆にざわつくような感覚を覚えてならなかったのだ。



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