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手紙 01


 草原に出れば魔物に出くわし、森へ入れば常に魔物の気配に怯え、山へ分け入ればやはり魔物の足音に神経を張り詰めさせる。

 大昔、"黒の聖杯"と呼ばれる謎の存在が現れるようになって以降、この世界において魔物は常に身近な存在となっていた。


 なにせ出現率が低い土地に築かれた都市や、同じく比較的少ない地域を選んで敷かれた街道を除き、魔物は大抵どこにでも現れる。

 土地によって出現する魔物の種は違えど、こればかりはどうしようもない。


 しかしそんな危険な中にあっても、果敢にそこで生計を立てる人間は存在する。

 植物採集者や狩猟を営む者、大規模な農園を持つ人間に、旅人を移送する乗合馬車の御者。

 皆命の危険と隣り合わせながら、日々報酬と引き換えにこなし続けている。


 とはいえそれら真っ当な稼業の人たちだけでなく、脛に傷を持つ人間もまた存在する。

 魔物だけが危険ではないと言わんばかりに旅人を襲う、街道付近に根城を持つ野盗の類もそうだった。



「お前ら逃げろ、逃げろ!」


「や、厄日だ……。よりにもよってあいつが!」



 大陸の南部、沿岸域に国土を置くシグレシア王国。

 この小さな国の南部へ位置する港町カルテリオ。そこからさらに東へ半日ほど行った先で、野盗たちは突然の襲撃者から逃げ惑っていた。


 この日ボクとサクラさんは、近隣の町に居を置く商会から依頼を受け、街道近くに出没する野盗の討伐に来たのだ。

 ただサクラさんの姿を見た野盗たちは、すぐさま逃げ惑い始める。

 ここいら一帯では、既にサクラさんの存在は知られており、畏怖の対象になっていたからだ。



「"黒翼"は留守なんじゃなかったのか!?」


「聞いていないぞ。"黒翼"が来るなんて!」



 しかし恐れ戦き逃げ惑う野盗たちは、サクラさんを指し妙な名で叫ぶ。

 その名からは畏怖と感嘆、あるいは強い絶望感すら漂っており、この名が侮蔑の意味を含んではいないことを示していた。

 けれどそう呼ばれる側のサクラさんは、こいつがいたくお気に召さないらしい。



「その呼び方は止めなさい! 次に言ったらブッ飛ばすわよ!」


「ヒイィィィ!」



 野盗たちが発する呼び方に、サクラさんは激昂し逃走を計る野盗らを追いかけ回し、拳を握って恫喝していた。

 討伐を依頼されたのだから、どちらにせよ殴り倒すというのに。


 勇者を勇者足らしめる特徴の黒髪に、女性にしては高い身長と、弓手特有の鎧に身長ほどもある大弓。

 これらの特徴を持つ者を野盗らは"黒翼"と指し恐れ戦くのだけれど、こいつはつい最近サクラさんに付いた二つ名であった。

 どうやらボクらがコルネート王国へ行っている間に付いた名らしいのだけれど、戻ってくるなりこの名を耳にしたサクラさんは、愕然とし恥辱に顔を染め悶絶するのだった。



「ボク個人としては、別に嫌いじゃないんですけど……」



 ボクは野盗相手に大暴れするサクラさんの姿を見ながら、小さく呟いた。


 こういった二つ名の存在は、勇者として多くの人に認められた証拠であると、召喚士たちの間では言い交わされる。

 むしろ二つ名を囁かれるようになって、本当の意味で勇者として一人前であると。

 現在王都に居るゲンゾーさんも"戦鬼"などと称されるそうだし、彼と同じく王国最強の一角を担うとされるもう一人の勇者も、"双槍の死神"と呼ばれるらしい。



「あたしとしてはもうちょっと、"黒翼"って名前らしい軽快な戦いをして欲しいんですけどね~」



 野盗を追いかけ回し、拳を振るって野盗たちを薙ぎ倒していくサクラさん。

 そんな彼女を目で追うボクの隣からは、不満気な声が響く。

 どこかノンビリとはしているけれど、不満だと言わんばかりな声の主へ振り向くと、そこに居たのは1人の女性。



「そう言われましても。弓なんて使ったら捕まえる前に大怪我……、いやむしろ死んでしまいますよ」


「でも相手は野盗ですよ~? 別に不都合はないんじゃ」


「報奨金の額が大違いなんです。依頼主から受け取る額は同じでも、騎士団に差し出した時の額が」


「勇者さんも大変なんですね~。実は意外と懐事情が危ういので?」



 彼女は手にしたメモ帳へと、インクに浸したペン先を奔らせていく。

 そしてボクと同じくサクラさんの動きを眺めつつ、次々と質問を口にしていった。


 間延びした声と、柔和そうな表情をした女性だ。

 ただ発言そのものはどこか棘がというより、ズケズケと踏み込み鼻先を削り取らんばかりの苛烈さがあり、ついつい反応に困ってしまう。

 そんな彼女は、今回野盗の討伐を行うボクらへ同行を申し出てきた人物。

 ボクらがコルネート王国へ行っている間にカルテリオへ来たという彼女は、王都エトラニアに拠点を置くとある商会の人間だった。



「巷で噂の"黒翼"とその召喚士、家計は火の車だった! なんて書くのはしのびないんですが~。これはこれで人目を引きそうですけど」


「勘弁してください。別に窮してる訳ではないので」


「ならもっと、読者の気を引けるネタを提供して欲しいところですね~」



 喋りながらも忙しなくペン先を奔らせ、愚痴らしきモノを溢す女性。

 こんな面倒な要求をしてくるのには、彼女の属する商会が営む稼業に関係がある。

 ディノータと名乗った彼女が籍を置く商会が行っているのは、王都の住民たちへと"情報"を販売する事業。

 王都の内外で起きた出来事を、専属の吟遊詩人を介して面白おかしく聞かせるというものだった。


 引退した元勇者が始めた商売らしいけど、案外王都では好評を博しているらしい。

 前回王都へ行った時には、そんな物があるなんてまったく知らなかったけれど。



「いっそのこと適当に脚色して……」


「怒られませんか、それ?」


「ちゃんと前もって冗談であると示してやるなら問題ありませんよ。同時に本当の内容も告示しますし」



 実際にディノータさんが属する商会がやっているのは、真実を伝えるというよりも、興業としての意味合いが強いらしい。

 王都の中では大衆娯楽の一種として認知されているらしく、最近では後追いで同じ事をする商会も現れているとのこと。

 ただやはり最初に行い人気を博した優位さからか、他の追随を許さぬ人気を誇っているようだった。


 そう自慢気に告げるディノータさんの耳は、一目見てわかるほどピクピクと動いていた。

 同時に彼女の腰辺りから生えている、ふさふさとした尾もまた、先の方が動き振られている。

 彼女は亜人だ。アルマよりも少しだけ尾は短いし、耳も若干張りがあって半分立っているが。



「クルス君、全員ノしてやったから縛っちゃって」



 ボクがそのディノータさんと話している内に、サクラさんは野盗連中を全員片付けてしまう。

 死屍累々。……とは言っても全員生きているけれど、20を超える全てが意識を失い地面に倒れ伏す様は、圧巻というよりも滑稽さすら感じてしまう。


 面倒臭いとばかりに肩を廻すサクラさんに苦笑しながら、ボクは近くに停めていた大型の馬車へと戻る。

 檻状に作られた荷台からロープを取り出し、ひとりずつ拘束すると、サクラさんは雑に全員をそこへ放り込んだ。

 錠を締め3人揃って御者台へ座り、意識の無い野盗連中を乗せた馬車は、一路依頼主の待つ町へ向かうのだった。




「早速ですけど、瞬く間に依頼を達成した黒翼の、現在の心境などお聞かせ願いたいと~」


「……できればその呼び方、勘弁して貰いたいんだけど」


「そんな謙遜なさらず~。流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの勇者さん、これだけの悪党を瞬時に倒してしまうだなんて。始めてまだたったの1年とは思えませんよ」


「慇懃無礼、って言葉が頭をよぎるわね……」



 依頼主が居る町へ移動する最中、馬車の上ではディノータさんによる取材が行われる。

 とはいえサクラさんはどうにも彼女が苦手なようで、少しだけ身体を傾け背を向けていた。

 もっとも苦手なのはディノータさんだけでなく、自身に付けられた二つ名の方もらしい。



「そもそも誰よ、こんな小っ恥ずかしい名前を思い付いたのは」


「あたしが聞いたところによると、カルテリオの勇者さんたちらしいですよ~。異界に在る変わった国から来た方とか、世にも珍しい動物の勇者さんとかー」


「あいつ等か……。戻ったら説教の一つもしてやらないと」


「こっちとしては、非常にありがたかったですけどね~。ついでに彼らからもお話が聞けましたし」



 どうやらサクラさんに付けられた2つ名、出所は随分と近いところであったらしい。

 前者はおそらくオリバーのことだろう。そして後者は、間違いなくまる助だ。

 ちなみに、サクラさんの帰還後痛い目をみるであろう彼らが付けたその二つ名。"黒い翼"と書いて"ノワール"と読むらしい。なんだかよくわからない読みだけれど。

 ディノータさんはその彼らもまた、自身の取材対象であったと告げる。



「あいつ等から、なにか面白い話でも聞けたのかしら?」


「色々と興味深い内容を。もっとも主には、貴女に関してですけど」


「私? 私なんて何の変哲もない一介の勇者よ。あの2人を調べた方が、よほど面白いと思うけど」


「普通に考えればそうですね~。でもここまでの経験や実績を鑑みると、やはり"黒翼"が一番気になるところで」



 異界の国として知られた、ニホンとは異なる国で生まれたオリバー。そしておそらく世界で唯一であろう、人間以外の種による勇者のまる助。

 彼らはきっと、王都で話題に上れば多くの人が食い付く特上のネタに違いない。

 けれどディノータさんはそんな2人ではなく、あえてサクラさんに焦点を当て調べることにしたようだった。



「サクラ嬢は召喚されてたった数日で、要危険指定な魔物である"森の王"を討ったとか」


「あれは私だけの力じゃないもの。もう1人一緒に戦った子が居たわよ」


「あえて王都を選ばず地方の都市へ行き、そこで奴隷商の一団を壊滅。次いで巨大な未確認の魔物を討伐しました」


「主にゲンゾーさんの力でね。私だけじゃたぶん無理だった」


「そこも含めてですよ~。なにせ彼はシグレシア王国において、知らぬ者が居ない最強の勇者。そのゲンゾー氏が評価する期待の新人となれば」



 彼女は最近噂に上ることの多いサクラさんを、良い取材対象と考えたらしい。

 確かにここ最近、というよりも召喚されて以降の彼女は、まだ新米勇者であるというのに随分多くの出来事をこなしてきた。

 中には熟達した勇者ですら厳しい、高位の魔物すら屠ってきたのだから。


 それに王都の著名人、王国最強の勇者との呼び声高いゲンゾーさんとも懇意にしており、これまた話題性に拍車をかけていた。

 多くの人が関心を向けるのも、当然と言えば当然か。



「他にも色々、関わっているのではと思われる噂はありますけど~……。これらは確証が無いので保留ということで」



 なにやら意味深な素振りで、口元を歪ませて笑むディノータさん。

 国内に関して言えば、特に王都あたりではあまり人に言えない依頼も受けてきた。

 たぶん彼女はその事を指しているのだろうけど、あまり突っ込んで調べる気が無さそうなあたり、引き際は心得ていそうだ。



「こう言ってはなんだけど、貴女ってなかなか油断ならなそう」


「よく言われます。褒め言葉として受け取っておきますね~」



 ノンビリとした言葉尻に反し、相当にしたたかな気配を漂わせるディノータさん。

 サクラさんもまた、油断ならぬ相手であると考えたらしく、揺れる馬車の上で若干張り詰めたやり取りが繰り返される。

 それはもう、後ろの荷台で気絶していた野盗が起きてしまうほどに。



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