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生命の値 02


 魔物の襲撃を受けた奴隷商の一行。その中で唯一助かった少女は、夕方には意識を取り戻していた。

 無理をせぬようにとオスワルドさんの馬車へと乗せ、以後はボクらも少女の世話を理由に同乗する。

 家畜の胃袋から作られた水筒の水を、グイグイと飲み干していくこの子は、おそらく5歳かそこらになったばかりだろうか。



「これも食べなさい。水だけだと胃に悪いから」



 2本目の水筒へ手を伸ばす少女へと、サクラさんは塩と砂糖を多く練り込んだ菓子を渡す。

 衰弱した子供の身体には辛い食事に思えるけど、食べずにここからの道のりは厳しい。

 向かう予定としていた南部の港町が、最も医者の居る可能性が高い土地。そこまでは耐えてもらわなくては。


 もう一度この幼い子供を診てみれば、非常に整った容姿をしているのに気付く。

 今は身なりこそ少々汚れているものの、この容姿であれば欲しいと手を上げる輩は多く居るはず。

 そして奴隷として売買されそうになっていたこの少女の、価値を高めるであろう要因が容姿以外にもう一つ。



「ねぇ、亜人っていったいなんなの?」



 その要因、亜人であるということについてが気になったのか、サクラさんは小声で訪ねてくる。 彼女の撫でる少女の頭には、髪の毛へ埋もれるように隠れ垂れた動物の耳が。

 そして服の下から盛り上がるように主張する尾。これこそ亜人が持つ特徴の一つだ。



「魔物がこの世界へ現れるのと同時期に、突然見られるようになった種族のことです。特徴は見ての通り、動物と見紛う部位を身体に持っている点ですね」


「その言い方だと、魔物とは異なるってことよね?」


「ハッキリとしたことは……。ただ魔物と違って、ほとんどの亜人は温厚です。むしろ普通の人よりも」



 身体へ特徴的な部分を持つ亜人は、その多くが人里離れた集落で暮らしている。

 この少女は大きな耳を持つが、服に隠れ表に出ぬ特徴を持つ者も多く、中には大きな町で暮らす者も居ると聞く。


 そんな亜人たちだが、とある共通している点を持つ。

 容姿端麗、眉目秀麗。これらは亜人を表すのによく用いられる言葉だ。

 つまり身体の特徴を差し引いても非常に整った容姿を持つ者が多く、それが故に亜人は度々その身を狙われる。



「容姿に加え元々数が少ないというのもあって、好事家が高値を付けるそうです」


「だから余計に狙われる……、と」


「亜人を探し出して一攫千金、なんて考える輩が居るとは聞きますね」



 身を寄せ合い、隠れるように造った小さな亜人の集落。そこを襲撃する野盗や奴隷商は枚挙に暇がない。

 おそらくこの少女はそうやって見つけ出され、攫われたのだろう。

 先ほど見た子供たちが、同じく亜人であったかはわからないが。



「それにしても、私も亜人の子供は初めて見ました。まだ小さいとはいえ、噂に違わぬ美貌ですねえ、はい」



 行商をするというオスワルドさんにしても珍しいのか、先ほどから興味深そうにジッと少女を見続ける。

 そんな視線に気付き嫌がったか、少女は菓子を食べるのを止め、ボクの後ろへと隠れてしまった。



「おやおや、私は嫌われてしまったようですね。はい」



 大の男から観察されるように凝視されては、子供が嫌がるのも当然かもしれない。

 少女はボクの背後へ隠れ、ローブを握り締めオスワルドさんの視線から逃れていた。



「大丈夫だよ。この人は怖い人じゃない……、と思うから」



 内心で密かに、「たぶん」と付け加える。

 ただどうにか安心させようと、とりあえず言った言葉ではあるが、あまりその言葉を信用してはもらえてなさそうだ。

 正直自分自身でもあまり信用してはいないのだから当然か。



「ところでお嬢ちゃん。どこから来たのか教えてもらってもいいかしら?」



 そんなボクの後ろへ隠れる少女へと、サクラさんは柔らかな声色で問いかける。

 おそらくこの少女は、港町についた時点で役人へ預けることになるはず。

 そのため少しでも情報を聞き出しておいたおいた方が、スムーズに進むと考えたためだ。


 しかし少女はオスワルドさん程ではないのだが、少しだけボクの背後から覗くようにサクラさんを見るだけで、その問いに応えようとはしなかった。

 お菓子を上げた時は大丈夫だったのだが、コミュニケーションはまだ難しいらしい。

 少しばかり寂しそうな空気を出すサクラさんは、ボクへ任せるとばかりに視線を送り、馬車の縁へ腰かけ肩を落としていた。



「ええっと……。そうだ、まずは名前を教えてもらえるかな?」



 背のローブを掴まれているため、背後の少女へと顔だけを向ける。

 まだ多少の警戒をしているのだろうか、少女は少しだけ躊躇したような様子を見せた後、おずおずと小さな声で名前を名乗った。



「……アルマ」


「アルマだね。お家はどこにあるのかわかるかな?」



 なんとか名前は聞き出せた。これを機にと続けて問うも、アルマと名乗った少女は首を横に振る。

 住んでいる町や村の名前を聞けど「ない」と答え、家の周りに何があったかと聞けば「山」とだけ答える。

 残念ながら、これではマトモな手掛かりにすらならない。


 このくらいの歳の子になると、自身の住んでいる場所くらいは知っているもの。

 だが亜人の多くは、人目を忍んで山奥などに隠れ住んでいる例が多い。

 きっとアルマの住んでいた場所も、そうやって造られた隠れ里のような場所なのだと思う。

 となれば、元の家に帰してやるのは少々骨が折れるかもしれない。それはボクらの役目ではないだろうけれども。




 そこから延々南下を続け、森を抜けた辺りで日も暮れ始めた。

 視界の広い草原へ出たところで、この日は移動を終了。野宿の準備を始める。


 適当に拾った石による即席のかまどを使い、干し肉と干し野菜を水で煮ただけのスープを作る。

 決して美味しいとは言い難いそれだが、冷たいままで齧るよりはずっとマシ。

 スープを金属製のカップへ入れ、ガチガチの固いパンをスープに浸しアルマへと手渡す。



「熱いから気を付けて食べるんだよ」



 アルマはボクへ引っ付いたまま顔を向けると、言葉も無く頷き手にしたスープへスプーンを差し込む。

 非常に熱そうにではあるが、思いのほか熱心な様子で食べ進めていく。

 そんなアルマ姿を見ると、道中にまともな食事を摂らせては貰えてなかったことは容易に想像がついた。



「それにしても、本当にクルス君にべったりね……」



 集中してスープに向かうアルマの姿を見ながら、サクラさんは不思議そうに言う。

 それには同感で、ボクだって正直どうしてここまで懐かれているのか謎だ。

 一応アルマへ理由を聞いてはたのだが、どうにも要領を得ない。


 案外引き離された家族にでも似ているのかもしれないが、どちらにせよ見ず知らずの地で一人寂しくしているよりは良いはず。

 今の時点でアルマがボクへくっつくことで、安心感を得られるならそうさせてあげればいい。

 ただサクラさんは少しばかり寂しいらしく、空となったカップを置き肩を竦め苦笑する。



「どういう訳か、昔から小さい子には好かれないのよね……。近所の子たちにも怖がられてたし」


「そうなんですか?」


「町内会の餅つきだって、私が杵持つと子供が逃げるし。ハロウィンの時だって、お菓子を用意して待ってたのにうちだけ子供達が避けるし……」



 言ってる言葉の意味はよく理解できないが、子供も参加するような行事があるも、サクラさんのもとには子供が怖がって近寄らなかったらしい。

 でもちょっとだけ、その子供たちの気持ちがわかる。

 ぶつぶつと不満気に呟くサクラさんの眼は、若干据わっているようでちょっとだけ怖い。


 人前では本来の軽い性格を隠し、生真面目な性格を装い振る舞っていたのだろう。

 おそらくそれが逆に、子供たちの眼には怖いお姉さんとして映ってしまったのだ。



「大丈夫だよアルマ。サクラさんは別に、取って食いやしないから」


「……微妙に言葉へ含みを感じるんだけど。クルス君はどうやら、私へ色々と思うところがあるようね」


「そんなことはありませんよ、決して。ほら、そういう表情をするから怖がられるんですって」



 サクラさんの視線を受けるアルマは、それに気付くなりまたもやボクの背後へと隠れてしまう。

 そういった反応を示され続けてしまい、さしものサクラさんもそれなりに凹んだようだ。

 打ちひしがれたように肩を落とし、「やっぱり私は子供に好かれない」と呟き、外套を敷いた地面に寝ころんでふて寝をしてしまった。


 ただボクはちゃんとサクラさんを好意的に見ている。

 なので逆説的に、それはボクが子供ではない証拠なのだろうかと、半ばどうでもよい思考をしてしまった。



 そこからしばしノンビリしていると、サクラさんに続き食事を終えたアルマも眠ってしまう。

 ボクの肩へかける薄手な外套の下、小さな寝息を立てるアルマ。

 少女の持つ長く垂れた耳を撫でていると、火の番をしていたオスワルドさんは、またもやアルマを眺めつつ口を開く。



「まるで親子ですね。いやはや羨ましい」


「せめて兄妹って言ってくださいよ。さすがにそんな齢じゃありませんし」


「おっと、これは失礼。ですがそうして貴方の側を離れない理由もわかります、迫害を受ける機会も多いでしょうから、自分を助けてくれた相手に懐いてしまうのでは。はい」



 焚火越しに見るオスワルドさんの赤い目は、アルマを捉えつつ神妙そうに語る。

 魔物の出現と同時期に現れた謎の種族、亜人。

 どうしたところで魔物と同一視する人は居り、警戒と嫌悪を纏い向ける眼は、どうしたところで消えるものではない。

 例えそれが、何十年以上と経った今であっても。



「ですが勇者もまた、似たような目に遭う事が多いようで」


「……勇者も、ですか」


「自分たちには到底叶わぬ魔物の討伐を、易々と成し遂げますからねえ。見た目は自分たちと同じようでも、異世界から来たという時点で気味が悪く思う人も居るようですよ。はい」



 亜人に関する話を切欠とし、オスワルドさんはサクラさんへも視線を向ける。

 そこで口にされたのは、ボク自身わかってはいつつも、あまり耳にしたくはない内容だった。


 ボクなどは小さい頃から、勇者という存在に対し強い憧れを抱き続けていた。

 それはお師匠様という、勇者と共に各地を渡り歩いた元召喚士が身近に居たため、その存在に対し別段悪い印象を抱かなかったから。

 ただそうではない人たち、普段勇者や召喚士と関わり合うことのない人たちは、また違う考えを持つのかもしれない。


 幼くして孤児となったボクを引き取ってくれたお師匠様は、町から少し離れた森の中に居を構えていた。

 その当時のボクは全く気にもしていなかったが、やはりそういった事情もあったはずだ。

 オスワルドさん曰く、勇者の多い王都や大きな都市はともかくとして、地方ではそういった感情を持つ人も少なくはないという。



「魔物の血を引いてるとか、人を食べて力を吸っているから勇者は強いに違いない。中にはそんな話をする人も居ますね。はい」


「酷い噂話もあったもんです」


「いやまったくもって。ですがかく言う私も、行商に出る前は半分信じておりましたよ」



 根も葉もないというよりも、どこからそういった発想が出て来たのか問い質したくなるような噂話を口にしながら、オスワルドさんは可笑しそうに笑う。

 ただ他人事ならば苦笑いで済ますような話も、当事者であるボクらとしては洒落にならない話だ。

 これから先、そんな話を真に受けてしまった人とも接する機会がある可能性を考えると、うんざりしてしまう。


 だが今から向かう港町が、そういった土地である可能性はまだ否定できないのだ。

 町へ入るもボクらは追い出され、アルマは捕まり売り飛ばされる。そんな展開が待っていないとは限らない。

 ボクはそんな嫌な想像を振り払い、ゆっくりと敷いた外套の上へと寝転がると、いまだくっついたままであるアルマと共に眠りにつくことにした。



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