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愛玩人形の空 05


 ゆっくりと壇上で前に出て、用意された一段高い場所へ立つ。

 広場に詰めかけた大勢の信徒たちを前に、緊張からだろうか息を呑むメイリシアさんの様子が、一目でわかった。

 緊張している理由が、多くの人を前に大役を押し付けられたせいなのか。それともこれからとんでもない暴露をするせいかはわからない。

 けれど大きな心労が圧し掛かっているであろう事は想像に難くなく、ボクはただ自身の胸に手を当て、彼女に言葉無く声援を送るばかりだった。



「お初にお目にかかる方も多うございましょう。わたくしは司祭を務めさせていただいております、メイリシアと申します」



 群衆が静かに耳を傾けるのを確認したメイリシアさんは、まず簡単な自己紹介から始める。

 王都へ初めてきた信徒も多いようなので、掴みとしては無難かもしれない。

 誠実さを表に出していけば、後々するであろう暴露も、多少なりと受け入れ易くなるかもしれないから。



「今回わたくしが皆様にお話しいたしますのは、人同士の繋がり、信頼についてです」



 ただ即座に本題を切り出す訳ではないようで、彼女はそれらしい内容から口にしていく。

 案外ここいらは、騎士団の側から指南された手段であるのかも。

 それに教会の他の司祭たちも、メイリシアさんが何か余計な発言をするのではと警戒しているかもしれない。



「神はこのように仰っておられます。汝人を謀る事なかれ。信頼を築くには時間が掛かる、されど失うのは一瞬の事。そういった教訓も込められているのではないでしょうか」



 ボクは教会が祀る神や、扱う聖典などについて碌な知識はない。

 けれどどうやらこういった内容は存在するらしく、信徒たちは熱心に聞き入っている。

 最初に話していた壮年の司祭の時には、多くの人が眠そうにしていたのと比較すれば雲泥の差だ。



「孤児であったわたくしは、幼き頃より教会で信仰に身を捧げ、多くの司祭様方から良くして頂きました。時には親兄弟のように、時には友のように。長い時間を掛け熟成した関係は、信頼という言葉を用いるに十分なものだったのでしょう。しかし――」



 小鳥が囀るように、可憐な声で話し続けるメイリシアさん。

 彼女は徐々に感極まったように感情が篭っていき、信徒たちも集中しその話へ耳を傾ける。

 だがそれは唐突に終わりを告げる。遂にはメイリシアさんが、本題を口にする時が来たのだ。



「教会は……、信仰を第一義とするべき司祭たちは、わたくしの信頼を裏切りました」



 ザワリと、広場に集まった大勢の信徒たちはざわめく。

 事前にこれを知っていたボクら以外、壇上で椅子に腰かける他の司祭たちも、それは同様だった。

 だがそんな困惑にも動じず、メイリシアさんはより声を大きく張り、叫ぶように感情を発露させていく。



「司祭は清貧を尊び、人々へ無償の奉仕を行うべき存在。ですが現実は大きく異なります。毎夜の如く娼婦の下へ足しげく通い、便宜と引き換えに商人から袖の下を受け、あまつさえ教会の地下に賭場を設け享楽に耽る。これが信仰に身を捧げた者の姿でしょうか!」



 怒気すら混じっている、メイリシアさんの叫び。

 暴露という言葉では収まらない、あまりにも盛大な教会の恥部に、信徒たちは言葉すらなく唖然とし固まるばかり。

 司祭たちまでも同様で、止めに行くどころか混乱に身体を固め、目を見開くばかりだ。


 それを余所に、なおも彼女の言葉は止まらない。

 曰く、司祭の一人は信徒の女性を無理やり自室へ連れ込んでいる。曰く、ある司祭は変装をして毎夜酒場に繰り出し、相当額のツケが溜まっている。

 なんとも俗な内容が目白押し。あまりにも酷いその内容に、信徒たちだけでなくボクらまで開いた口がふさがらなかった。



「これはまた、随分とぶっちゃけてるわね」


「かなり鬱憤が溜まっていたみたいですね。……そんな連中にあんな要求をされたんじゃ、彼女が耐え切れなくなるのも当然ですか」


「どうやらその"要求"、今から話してしまうみたいよ。その前に私たちの出番が来たけど!」



 呆れ混じりな声で、隣に立つサクラさんとひそひそと言葉を交わす。

 メイリシアさんは拳を振り上げんばかりな熱弁を振るい、いかに司祭たちが堕落し、教会の内部が歪みつつあるかを説いていく。


 ただそんな内容も、遂には最後の部分へ差し掛かる。

 とはいえここに至って、司祭たちもようやく我に返ったらしく、メイリシアさんに殺到しようとしていた。

 サクラさんはその事を告げるなり、フードをより目深に被って、人の山から飛び出していく。

 ボクもまた彼女と同様に、前に立つ人々を掻き分けると、壇上へ向け一目散に走るのだった。



「なんだ、貴様等!」



 広場へ置かれた大きな舞台。そこへと近づき一気に駆け上がるボクとサクラさん。

 とはいえ一応教会も、人が上がってこぬように警備を行う人員を配置はしていたらしい。

 簡素な法衣を纏った、おそらくまだ新米な司祭。サクラさんは制止しようとするその司祭の顔面へ、迷うことなく拳を振るう。


 哀れ勇者の拳を食らい、速攻で意識を失いつつふっ飛ぶ司祭。

 もちろん気絶程度で済むよう、サクラさんは手加減をしているのだけれど、この光景はなかなかに鮮烈であったらしい。

 同じく駆け寄り制止しようとした司祭たちは、一斉に怯え後ずさっていく。

 そしてその間も、メイリシアさんの暴露は続いており、遂に内容は最大の劇薬と言える部分に及ぶのだった。



「わたくし自身も、つい先日司祭長様からこのように命じられました。"貴族の愛妾となり男に抱かれろ。そうすれば教会の権威はより強くなる"と」



 そして最後の最後、自身に強要された内容に及んだ時、遂には堪忍袋の緒が切れてしまったようだ。

 呆気に取られ再び静かとなる群衆に向け、メイリシアさんは力の限り叫ぶ。



「わたくしは祈りを捧げる者だ、教会の道具ではない! 返しなさい、わたくしが全てを捧げる教会本来の姿を!」



 ボクらは感情の赴くままに叫ぶメイリシアさんの近くへ駆け寄り、制止しようとする司祭たち、つまりは彼女の言う堕落した者たちから守る。

 近付く司祭を蹴り飛ばし、あるいは法衣を掴んで投げ飛ばし、顔面に一発見舞い気絶させる。


 ただもうメイリシアさんも、粗方言いたい事は言ったはず。

 これ以上はもっと大勢が殺到するかもしれず、そうなると気絶させるだけというのは難しくなってくる。

 ならばこの辺りが潮時と、ボクは肩で息する彼女に撤収を告げた。



「行きましょう。あまり長くなると、信徒たちの混乱にも巻き込まれます」


「わ、わかりました。お願いします」


「こっちへ。このまま都市を脱出します」



 彼女の手を握り、舞台上から駆けて飛び降りる。

 ちゃんとしっかりした走り易い靴を履いているおかげか、メイリシアさんは思いのほか易々と着地すると、共に広場から伸びる路地の一つへと飛び込んでいく。

 サクラさんはもう少しだけ留まり、追いかけてくる教会の人間を牽制する役割。

 なのでここからしばらく、路地を行く行程の半分少々は、ボクが彼女を守らなくてはいけなかった。


 広場の騒動が波及しているのか、路地にまで聞こえてくる町中の喧騒は、どこか混乱混じり。

 笛や太鼓の音も聞こえるけれど、やはり人々のざわめきが主。

 どうやら起こした騒動は、十分都市内に動揺を広げつつあるようだ。



「少しの間頑張ってください。ここを耐えれば、あとは馬車に乗り込むだけです」


「は、はい!」



 路地の中で手を引き走りながら、振り返ってメイリシアさんへ檄を飛ばす。

 さっきは想像以上に軽い身のこなしだったけれど、やはり普段走り回るようなことがないせいか、彼女は荒く息を弾ませていた。

 それでもなんとか息を吸い込み、強く手を握り返して返事をする。


 体力を考えれば、あまり長くは走り続けられないかもしれない。けれどなんとか耐えてもらわなければ。

 そう思いながら、ボクは路地の中に他の人間が入ってこぬよう祈りながら、メイリシアさんの手を引き続けた。

 しかし事はそう簡単にはいかないらしい。



「止まって!」



 馬車が待機する場所まで、もう半分少々という頃。

 そろそろサクラさんが追いついてくるだろうかと、期待をしていたボクの前に現れたのは、一見してただの王都に住まう人々。

 見たところ酒に酔っているであろう、小さな壷を持ってフラフラと歩く男たちは、ボクらの方へと近づいてくる。


 愉快さと卑猥さを合わせたような、品の無い笑い声。

 大きく腕を振って小壷の中にある酒を撒き散らしながら迫る男たちだけれど、ボクは直感的に、そいつらがただの酔っ払いではないと感じた。

 すぐさま腰に差した短剣に手を伸ばす。すると男たちの眼つきが一気に鋭くなり、上着の下へ隠していたナイフを取り出す。

 やはりただの酔っ払いに扮していただけだったらしい。



「クルスさん、あの人たちは……」


「妨害ですよ。たぶんどこかから、計画が漏れてしまったんです」



 こいつらは教会の人間というよりも、こういった荒事を専門に商う人間に違いない。

 かといって教会が雇ったという事ではないだろう。メイリシアさんが暴露している最中、教会の主だった司祭たちの反応を見る限り。

 あくまでも推測だけれど、教会が今のまま堕落してくれた方が得をする人間。たぶん繋がりのある商人あたりが寄越した連中。


 いったいどこで漏れたのかは知らないけれど、ボクはこの国の騎士団長へ密かに悪態つきながら、意を決して短剣を引き抜く。

 そして同時に襷に掛けた鞄へ手を突っ込み、用意しておいた諸々の薬品へ触れた。

 メイリシアさんに傷一つ付けず、サクラさんが来るまでなんとか耐えてやろうと決意しながら。



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