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愛玩人形の空 04


 太鼓の音に、大通りを行き交う人々の愉快そうな笑い声。

 それらが響く外とはうって変わり、薄い木窓によって遮られたこの部屋は、どこかヒンヤリとした空気が漂っていた。


 ボクは部屋へ置かれた椅子に腰かけ、少しばかり俯いた状態で縮こまる。

 僅かに顔を上げてみれば、どこか呆れ顔をしたサクラさんが、憮然とし卓に頬杖着いてこっちを見ていた。



「その1、今した話が根本的に君の妄想であるという説」


「それはちょっと、極力否定したいところです」


「ならその2、君が実のところ、とんでもない人たらしである説。どっちがマシ?」



 ジトリと、視線を向けるサクラさんの言葉に、ボクは余計に身体を委縮させてしまう。

 王都ラベリアで春に行われる、大祭の最終日であるこの日。ボクらはこれから、教会が説経を行う広場へ向かおうとしていた。

 ただ準備をする最中、先日メイリシアさんと会った時に感じたことを、会話の中でつい漏らしてしまったのだ。


 するとサクラさんは準備の手を止め、もう少しばかり時間があるからと椅子へ腰かけた。

 あとは今の通り、どこかお説教めいた空気の中、気まずい想いをするハメになっている。



「まぁ……、薄々気づいてはいたけどね」


「そうなんですか?」


「雰囲気がおかしかったもの。たぶん今まで閉鎖された環境で育ったせいで、下卑た欲求も悪意も無く親しく接してくれるクルス君に、コロッといっちゃったのね」



 メイリシアさんから向けられたのは、おそらく好意の類なのだと思う。それも特に強いやつだ。

 流石に隠そうともしないそれに気付かぬほど鈍感ではなく、いったいどうしてボクにと思っていたのだけれど、サクラさんには思い当たるフシがあったらしい。


 考えてもみれば、メイリシアさんの周囲に居るのは、基本信仰に身を捧げた人たちばかり。

 もしくは下劣な欲望を向ける人間か、権力闘争に明け暮れる生臭司祭など、彼女にとって好ましくない人間たち。

 普通の教会関係者の中にも、色恋に現を抜かす人が居ないとも限らない。けれどあまり多数派だとは思えなかった。



「おまけに服を買った時とか、過剰なまでに褒めてたもの。あれで心動かされちゃったのかも」


「自分でもやり過ぎだったとは思ってます……」


「止めなかった私も悪いけどさ。まさかここまでチョロい娘だとは思ってもみなかった」



 サクラさんは大きく息をつき、自身の不覚も一緒に嘆く。

 全てがボクのせいであるとは考えていないようで、そこは若干ながら気持ちを軽くする要因となってくれた。



「それにしても、初々しいもんね。私みたいな大人には、眩しくて仕方ないわ」



 ただ実のところ、こんな空気を出したのは彼女なりの冗談であったらしい。

 さっきまでの険しい様子は一変、カラカラと笑い立ち上がるサクラさん。

 彼女は立ち上がり軽装の鎧を纏って短剣を腰に差すと、全身を覆うような大き目の外套を身に着けた。


 そうだ、今は何よりも目の前に迫る事態を片付けなければ。

 ボクもサクラさんと同じように、簡単な鎧や武器を身に着けてフード付きの外套を被る。今日は普段着ている、召喚士のローブは無しだ。



「覚悟は?」


「大丈夫です。薬品も用意出来るだけ準備しましたし、これ以上出来ることは思い浮びません」


「上等。なら行くとしましょ」



 肩から少しばかり大きな鞄を下げ、そいつを軽く叩く。

 中からは陶器や瓶のぶつかる小さな音。中にはここ数日をかけて調合した、諸々の効果を持つ代物が入れられている。


 サクラさんはその音に納得したのか頷くと、自身もフードを被って扉を開く。

 足早に階段を下り、前もって清算しておいた宿の受付を通りすぎて外へ。

 祭りの賑わいが最高潮に達しつつある大通りへ出ると、人混みに混ざって都市中央部へと足を向けた。


 道の端を埋め尽くさんばかりに並ぶ出店に、この日のために集まってきたであろう、妙技を披露する大道芸人たち。

 そのせいで通れる範囲が狭まり、余計に混雑する大通りを何とか進んでいく。

 平時であれば全身を覆う外套も奇異に映るかもしれないけれど、この人混みにあってはそれを気にする人もない。

 もし注目する人が居たとしても、むしろ次の場所へ移動する最中の、大道芸人かなにかだと思うはず。



「本番を前に、少しだけ腹ごしらえでもする?」


「止めておきます。流石に今は飲み物以外を胃が受け付けてくれませんし」


「なによ、準備万端なんじゃなかったの」


「物資と覚悟の面では完璧ですよ。でも胃の調子までは対象外ですので」



 大通りを歩いていく中、サクラさんは視界に入った露店の一つを指す。

 それはつい先日、ボクが王都名物の中で比較的気に入ったと口にした、煮物を扱っている出店。

 きっとサクラさんは、ボクの緊張を解そうとして行ってくれたに違いない。


 けれど実際のところ、今はそれどころではなかった。

 この後でメイリシアさんを広場から連れ出し、路地裏を抜けて馬車に待機しているアルマやユウリさんと合流、王都を脱出しなければならない。

 いくら当面この町には来れないとわかっていても、暢気に食べてはいられないはず。少々濃い目な味付けに加え、匂いが強めという理由もあるけれど。



「なら仕方ないか。繊細なクルス君に付き合って、私も我慢するとしましょ」


「別にいいんですよ、食べたって。でも妨害してくる教会の人間に、香草臭い人間だと思われなければいいですね」


「なかなかに言ってくれる。……見えてきたわよ」



 僅かに緊張を紛らわす、軽口のたたき合い。普段通りなそれを消化し、互いに口元を綻ばせる。

 ただ前方に目的の場所が見えてきた途端、サクラさんはフード下にある目元を鋭くするのだった。


 町の中心部にほど近い区画に在るその広場は、開始時間にはまだ早いというのに、既に多くの人々が集まっていた。

 王都や各地方に住まう、熱心な教会信者たちが集まっているのか、まさに人の坩堝と化している。

 立っているだけで息苦しくなりそうな、想像以上の密度にゲンナリと肩を落とす。

 けれどやる気を削がれている場合ですらなく、ボクはもう一度自身に気合を入れ直すと、サクラさんと手を繋ぎ人の壁を掻き分けていった。



「すみません、通してください。クルス君、離れないでよ!」


「そうは言われても……。って痛たたた」



 ただ想像以上に信徒が多いのか、碌に前へは進めない。

 多くの人々がより前で説教を聞きたいと考えているようで、押し合いへし合い、ボクはサクラさんと危くはぐれかけてしまう。

 こんな場所で一度でも見失ってしまえば、きっと祭りが終わるまで合流出来やしない。

 そこでサクラさんのちょっとだけ冷たい手を必死に握り、なんとか前へと進んでいく。


 悪戦苦闘、信徒たちとの戦いを制し、揃って前の方へ。

 説経が行われる壇上がしっかりと見える場所に辿り着くと、安堵の息を漏らすのも束の間、自身の荷物を手探りで確認する。

 この人垣を越えて、折角作った薬品を紛失したり割ったりしたかと思うも、なんとか無事に済んだようだ。


 ここに至ってようやく人心地着く。

 けれどサクラさんの隣で呼吸を整えるボクの耳に、すぐ近くへ居る信徒たちから、囁くような会話が聞こえてきた。



「ありがたいものだ、毎年こうして司祭様方のお話を聞けるのだから」


「遠路はるばる来た甲斐があるというものさ。特に今年は、ほれ」


「ああ、メイリシア様がお話をされるのだろう。若くして司祭にまでなられたお方だ、さぞ素晴らしい内容に違いない」



 今か今かと待つ、熱心な教会の信徒たち。彼らはこの日の目玉である、メイリシア司祭の出番を心待ちとしているようだった。

 ただ信徒たちは知らない。その彼女が、自分たちの穏やかな心情をぶち壊しに来るのだと。

 そう思えば少々可哀想に思わなくはないけれど、だからと言ってメイリシア司祭に黙したまま、これからも教会の言いなりになれと誰が言えようか。


 むしろこういった大々的な場で、いっそのこと全部瓦解してしまえばいいとすら思える。

 そうすれば少なくとも、信徒たちが敬意を抱く教会本来の姿に、戻る切欠となるかもしれないのだから。



「おお、司祭様方がおいでになったぞ」



 ボクがこの場を共に混乱させる決意を固めていると、周囲からざわめきが漏れる。

 見上げれば人の背よりもずっと高い壇上へと、十数人に及ぶ法衣を纏った人間が、ゆっくり登っていくのが見えた。

 その中にはメイリシア司祭も居り、彼女はどこか達観したような無表情を顔に張りつかせていた。


 おそらく緊張しているのだと思う。

 司祭たちに混ざって壇上で並ぶ彼女に、念を届けるように頑張って貰いたいと考える。

 するとそんな気持ちが届いたという訳ではないだろうけど、メイリシア司祭は大勢の人間に混ざるこちらに気付いたのか、一瞬安堵から表情が綻ぶのが見えた。



「彼女、こっちに気付いて安心してくれたみたいですね」


「"ボクに"の間違いでしょ」



 メイリシア司祭の様子が変わったのは、サクラさんも当然のように気付く。

 ただこちらは少々異なる感情を抱いたらしく、ついさっき宿で見せたのと同じ、ジトリと音がするような視線を向けてくるのだった。

 サクラさんが言うのはたぶん間違っていないだけに、そんなことはないと否定するのも憚られてしまう。


 そんな気まずさを払うべく、無理やりに咳をし誤魔化す。

 丁度そうしたところで、壇上に立つ中でも最も高位と思われる司祭、王城の祝宴でボクとメイリシア司祭を見咎めた壮年の男が前に歩み出ていた。

 男は広場に集う群衆を一瞥すると、教会から発せられた鐘の音が町中に響き渡るなり、張りのある声で早速説教を始めるのだった。



「……サクラさん、我慢してくださいね」


「わかってるわよ。子供じゃないんだし、このくらい何でもないって」



 男の発する声は淡々とし抑揚がないため、速攻で眠気を誘う。

 それとなく見てみれば、始まってまだ数分も経っていないというのに、そこかしこでうつらうつらと舟を漕ぐ人の姿が。

 城では高圧的であったあの司祭、実のところ聞かせる喋り方が上手くないらしい。


 サクラさんも微妙に目元が怪しくなっていたため、ボクは小声で話しかける。

 メイリシア司祭の出番は、確か4番目。

 もし次の人までもこうであれば、彼女が話すまでの間に眠りかねないと、半ば本気で思えてしまうのであった。



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