愛玩人形の空 03
カランカラン。となるドアベルの音。
春もすぐ間近ではあるけれど、まだ寒さの残る空気は乾燥し、そのおかげか音は硬質に響き扉を開けた自身へ降り注ぐ。
店の中へ入ると、少しばかり眼つきの悪い店員が、ギョロリとこちらに視線を向ける。
普段であればこの時点で居心地の悪さを感じてしまうはず。けれどボクはその視線を気にもせず、真っ直ぐ店の奥へと進んでいった。
店員がジッとではないけれど、それとなく観察しているのに気付く。
けれど別段問題はない。なにせあの店員の正体は騎士であり、こちらの素性を見極めようとしているだけなのだから。
「いらっしゃい。何か必要なもんがあったら言っとくれ」
「花飾りと、それによく合った人形をひとつ欲しいのですが」
「ちっとばかり来るのが遅かったなお客人。今の時期はもうどこに行ったって、手に入る物は限られるぞ」
「土地に不慣れなもので。道に迷い王都へ来るのが遅れてしまいました」
ボクの姿を見るなり、奥から現れた少しばかりいかつい店主。彼といくらかの意味深なやり取りを交わす。
するとしばしの沈黙を経て、店主は店の奥に繋がる扉を指すと、無言のままで頷き通るように促すのだった。
ここはコルネート王国の騎士団が、市街で任務を行う際に使う拠点の一つ。
さきほどの合言葉交じりの会話は、こちらが敵意の無い味方であることを証明するための物だ。
案内役の騎士のひとりに先導され、店の奥へと入っていく。
するとすぐに小さな金属扉が見え、一見して牢にも思えるそこをくぐった先には、先客として見知った顔が腰を降ろしていた。
「クルス殿、あまり時間を掛けられぬようお願いします」
「わかりました。出来るだけ手短に」
案内をしてくれた騎士の忠告に、小さく頷く。
彼はその返事に頷き返すと、先客とボクだけを置いて部屋から出て、金属の扉を軽く閉めた。
扉が閉まり騎士が去ったのを確認すると、先客へと近づく。
「申し訳ありません、お呼び立てして……」
「構いませんよ。どのみち打ち合わせとかで、近い内にお会いしたいとは思っていましたから」
その先客である彼女、メイリシアさんは立ち上がると申し訳なさそうに頭を下げる。
今日は彼女に呼ばれ、こうして騎士団の拠点を訪ねてきた。
どういう用事があるのかはまだ知らされていないけれど、なにか知らせたい事なり、話しておきたい内容でもあるのかもしれない。
ただ今回ここへ来ているのはボク一人。サクラさんは宿に残って、アルマの面倒を見ている。
こうしてボクだけで来たのは、単純にメイリシアさんが指名したというのに加え、薬品の調合などが粗方済み暇を持て余していたからだ。
「その……、クルスさんたちの準備はどうですか?」
なんだかふわっとした、話題に困って振ったかのようなメイリシアさんの言葉。
隣に腰を降ろしてからそれとなく見れば、手元で自身の指をいじりながら、彼女はチラリとこっちを見ていた。
少しだけおかしな様子を見せるメイリシアさんに、ボクはそれなりに順調であると返す。
「そ、そうですよね。……わたくしも、覚悟は済んでいる、……はずです」
やはりどうにも様子が変だ。
前回会った時には、そこまでおかしな様子を見せてはいなかったというのに。
メイリシアさんの態度が妙であるのは気にかかる。けれど騎士の人にも言われたように、あまり時間は豊富ではない。
なにせ彼女は教会を抜け出し、こうして私的な用事という名目でここへ来ているのだ。
教会からは少々距離が離れているけれど、あまり長時間留守にしていれば、変に勘繰られる可能性も。
「えっと、ところで用件はいったい?」
メイリシアさんが自ら話し始めるのを待ってあげたいところではある。
しかし口籠る彼女を待っていては、時間の方が足りなくなってしまいかねないため、こちらから切り出すことに。
するとメイリシアさんは思い出したようにハッとすると、慌てて用件を話し始めた。
「実は、王都を出た後のことなのですが……」
「王都を出た後、ですか? 一応予定としては、砂漠を迂回しながら南下して、シグレシア王国に向かう事になりますけれど」
「は、はい。わたくしはどの道この国には居られなくなりますから、行く先を用意して頂き感謝しています」
彼女が切り出したのは、春の大祭で盛大にやらかした後に関して。
広場で教会の内情などを暴露した後、ボクとサクラさんが彼女を連れて市街を逃走。町の南側に用意しておく馬車へ乗り込み、そのまま王都を脱出する手はずとなっている。
そこからユウリさんと町の外で合流し、一路シグレシアに向けて南下。近衛騎士である彼女の権限も使い、国境を越えるという単純な計画だ。
勇者や召喚士と違い、彼女は教会の人間。国境越えも煩雑な手続きなどは必要としない。
なので王都さえ脱出してしまえば、あとは自然の猛威が振るわぬよう祈るばかりな、特別過酷とは言えぬ行程が待つばかり。
しかしメイリシアさんは、不安気な素振りを見せる。
生まれてからこのかた、王都より出たことがないせいかと思い問うも、彼女は首を振って否定した。
「王都以外で、この国以外で暮らすのは一向に構いません。ですが具体的に、どこで生きていくかの目処が立っていないのです」
何処か静かな土地に在る教会で過ごせれば良い。彼女は漠然とそのように考えていた。
けれどいざ直前になってみれば、それがあまりにも具体性に欠けると思えてきたらしい。
ボクらが本来居を置くシグレシア王国は、あまり教会の威光が強く働く土地ではない。
各町に教会の建物はあるけれど、大抵閑散としており、信徒の数もそう多くはなかった。
メイリシアさんはそこを気にはしていないみたいだけれど、だからこそ不安感も多いのだろう。突然に他国から来た人間が、受け入れて貰えるのだろうかと。
「正直に言いますと、一から教会を建てる自信はありません。かと言って、教会に反旗を翻した身で、あちらの方たちに協力を求めるのは……」
「そんなに気にするような状況なんですか? ボクは教会をよく知らないので、なんとも言えませんが」
「事情を話せば協力そのものは願えます。しかしわたくしには、そうする事に抵抗があるのです」
グッと身を乗り出し、自身の苦悩を口にするメイリシアさん。
同じ神を信仰する教会であっても、国境を越えればほとんど両者間に交流はないと聞く。
なので悪辣を行うコルネート王国の教会から逃げてきた彼女を、受け入れるのには問題が無いそうだ。
ただ逆に交流が無いからこそ、自分の居場所を得られるという確信も得られていないに違いない。
「と言っても、ボクの知る限り向こうの教会は相当に人手不足ですしね」
「行けば迎え入れてもらえる、と?」
「ボクらが拠点を置く町の教会なんて、司祭さんが高齢で引退を考えていましたからね。……たぶんまだ後継者は見つかっていないはず」
シグレシア王国の南部、我が家のある港町カルテリオなどは、高齢な司祭の夫婦だけで細々と営んでいた。
アルマをボクらが迎え入れたのは、司祭たちだけでは子供たちの面倒が見きれず、併設していた孤児院を畳まざるを得なくなったため。
信者は多少なりと居たけれど、司祭職を継いでくれる人となれば早々に見つかりはしない。
町を離れてしばらく経つけれど、おそらく今もなお後継者は未定のままなはずだった。
ただそこまで考えて、ボクはメイリシアさんへ視線を向ける。
まだ意思確認はしていないけれど、都合良く両者の願いを叶える手段はあるじゃないかと。
「一度来てみませんか? カルテリオに」
苦悩するメイリシアさんに告げたのは、カルテリオに来て司祭を継いではどうかという案。
実績無く無理やり司祭職に押し込まれたとはいえ、彼女はそれなりに知識を修めているとのことで、その点では問題が無いはず。
それにカルテリオは特別長閑な田舎ではないが、ここ王都ラベリアに比べれば、遥かに規模が小さな町。
完璧にとは言えないけれど、静かな場所でという彼女の希望に多少は合致してくれる。
「教会を畳んでしまおうかと、司祭さんも悩んでいたんです。ならいっそのこと、メイリシアさんに継いでもらうというのもありかなと」
「わ、わたくしが……」
「遠い異国の地で、知人の一人も居ないよりはマシかもしれませんよ。度々留守にはしますが、ボクらもそこで暮らしていますから」
考えてもみれば、これが最も無難であるかもしれない。
母国を脱出し、見知らぬ異郷の地で暮らすというのは、相当に心労が溜まるのは想像に難くない。
ならばせめて自らの知る人間が僅かでも居る地なら、気苦労の軽減も出来るだろうというもの。
「クルスさんの住んでいる町……。ほ、本当によろしいのですか?」
「向こうがどう言うかはわかりませんけど、話を持ちかけるくらいなら出来るかなと」
話を持ちかけると、メイリシア司祭は一気に表情を明るくする。
彼女はグッと身体を前に押し出すと、ボクの手を掴んでハッキリと告げたのだった。
「是非、お願いします!」
「国境を越えた後、シグレシアの王都にも行かれるんですよね。もし王都が気にいられたようなら、そっちの教会と相談してからでもいいですし」
「いいえ。わたくしは是非とも、クルスさんが勧めてくださった土地へ行きたいのです」
近衛騎士であるユウリさんが連れ出したとなる以上、彼女はそのまま何処かへ去るとはいかない。
一旦シグレシアの王都へ向かい、向こうの騎士団や教会に顔を出さなくては。
おそらくそこであれば、希望に叶う地は見つかる。でもメイリシアさんは、カルテリオに行きたいという意思を示していた。
「わかりました、ボクから話をしておきます。でも期待し過ぎないでくださいね」
「それで十分です、感謝を致します。……ああ、良かった。あちらでもクルスさんとお会いできるのですね」
ボクがカルテリオの司祭に提案をしてみると告げると、メイリシアさんの表情はホッと安堵の色に染まる。
ただその直後、彼女が頬を染め発した言葉に、ボクは少しだけ妙な感覚を覚えた。
この感じ……、どこかで覚えがあるような気が。
「これからもよろしくお願いします。できればその、……ずっと」
彼女はそう言って、包み込むように握っていた手へ力を込める。
そうして向けてくる満面の笑顔に、ボクはもう何か月も前に見た、これとは異なるけれど似た空気を思い出す。
シグレシアの王都エトラニア。そこでとある任務を帯び潜り込んだ屋敷に居た、庭師の青年が向けてきたそれと、似ている気がしてならなかったのだ。