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愛玩人形の空 01


 無垢な少女の機嫌を取るため差し出された、愛玩人形のようなものである、と。

 メイリシアさんはボクへ、自身の立場をそう例えて口にした。


 少女というのは、教会の教えを守る都市の住民たち。

 そして愛玩人形というのは、そんな住民たちの前に晒され、人気取りの道具とされている彼女自身を指す。

 ただ同時に彼女は、このままで居続けたくはないと言っていたので、少なくとも人形で在ることを善しとはしていないようだった。



「当面は大人しくしていて下さい。決行の日はこちらで指示をします」



 王都ラベリアの中でも、比較的人の少ない区画。

 閑散としつつも建物の密が高いそこを歩きながら、道を案内する騎士は静かに呟いた。


 地下で騎士団の長と話をしたボクらは、教会の権威を削ぐための策略へ協力要請をされた。

 それを承諾したボクらとメイリシアさんは、以後騎士団の策に乗り行動することとなる。

 ただ細かい点などはこれから詰めていくとのことで、とりあえず今日の所は解散と相成ったのだ。



「貴族の愛妾に云々という件については、当面はこちらでなんとかします。しばらく人の目が多い場に置いておけば、件の貴族も無闇に女性を侍らそうとするのは控えるかと」


「大丈夫、なのですか?」


「……その点は、我々を信用していただく他ありません。ですが全力は尽くします」



 ボクらからしてみれば、他国のゴタゴタに引きずり込まれ厄介だと思いはする。

 けれど今までの経験を鑑みれば、今回はあまり武器を取っての血生臭い話とは思えず、諦めさえ超えればなんのことはない。

 ただ一介の司祭である彼女はそうもいかず、騎士へと不安を漏らす。


 騎士は少しだけ逡巡し、立ち止まると彼女へ曖昧とも思える約束を口にした。

 けれど簡単に大丈夫だ、心配ないなどと言わないあたり、まだ信用していいようにも思える。



「とりあえず、最初の山場はこの後ね。どんな言い訳をして教会に戻るか」


「それは大丈夫……、だと思います。わたくしは普段から、町中の商店や孤児院へ使いに出る機会がありますから」


「ならそれを盾にするしかないか。逃げ回っていたのに関しては、他人の空似って事で知らぬ存ぜぬを決め込んでしまいなさいな」



 いつの間にか眠ってしまったアルマを背負うサクラさんは、メイリシアさんの隣を歩きながら、難しい表情で思案する。

 目下問題となるのは、教会の人間から逃げ回っていたのをどう言い訳するか。

 何人もの追跡者から逃げ周っていたのだ、流石に理由の一つくらいは必要になるだろう。

 もう教会に戻らないというのはダメなのかとも思うけど、今はまだあそこに居てくれた方が、なにかと都合が良いのだとは騎士団長の言であった。


 となると今度は、そんなメイリシアさんを助ける手段が必要となる。

 騎士は懐から小さな紙片を取り出すと、彼女にソッと手渡した。



「では我々は、その工作を行うとします。メイリシア司祭、何かを聞かれた時には、ここに言っていたと主張してください。口裏を合わせることは可能ですので」



 それには都市内にある、とある商店の場所が記されていた。

 どうやら商店に偽装はしているけれど、この国の騎士団が諸々の行動を取る時に使う拠点の一つに違いない。

 確かにここであれば、もし本当にメイリシアさんが来たのか尋ねられても、嘘をつき通すことが可能だ。



 そうこうしている内に、暗い路地を抜け人の喧騒が聞こえる通りへと近づいていく。

 ここからは顔を突き合わせているのもマズイ。そう考え、メイリシアさんや騎士とは別行動を取ることにした。



「また後日ね。それまでは気をしっかり持って」


「は、はい。皆さんお気をつけて」


「私たちはそこまで大変じゃないけどね。それじゃ、健闘を祈るわ」



 簡潔な激励を口にし、ボクらは彼女を置いて路地から出て行く。

 ワッと押し寄せるように流れていく人の中を進み、一瞬の一瞥だけを交わして騎士と別れ、素知らぬフリで大通りを歩く。


 まずこれからしなくてはいけないのは、当初の予定通り宿屋の確保。

 ボクら自身は別に誰にも狙われてはいない。けれどあまり目立つのは避けたいため、安宿を探そうかと考える。

 けれどサクラさんは逆に、それなりに高価な宿の方が、従業員の口は堅いだろうと口にした。

 それに勇者であることは一目見ればわかる、下手な場所に泊まるよりは、そちらの方がより目立たないかもしれない。


 彼女の現に納得し、大通りを歩きそれなりに立派な構えをした宿の一つへと入る。

 値は少々張るけれど、運よく2部屋空いているとの事で、ボクらはそこを数日借り拠点とすることにした。



「それじゃ、また後でね。アルマが疲れているみたいだし、私たちは少し休んでるから」


「わかりました。夕食前には起こしに行きますね」



 宿へと入って部屋を確保するなり、サクラさんは背負うアルマへ視線を向けて告げる。

 幼いアルマにとってみれば、わけわからない状況に放り込まれ、黙って延々と着いてきていたのだ。疲労が色濃く圧し掛かっているのは想像に難くない。


 そこでサクラさんはアルマをベッドに寝かせ、自身も少しばかり休息を摂ろうと考えたらしく、部屋へと入っていった。

 ボクはそんな2人を見送ると、自室へ戻ろうとする足を止め、逆に階下へ降り併設の酒場にある一画へ腰を降ろす。

 滞在費用は騎士団が後で負担してくれるというので、その点ばかりは気にしなくていいことに安堵しつつ、酒精の弱い果実酒を頼み周囲を窺う。


 酒場の中には数人の客たちに混ざって、勇者と召喚士らしき姿もある。

 けれど昨日の王城で行われた祝宴に居た人間……、ではないはず。

 とりあえずこちらを知る者の居ない、安心できる宿を確保できたことに胸を撫で下ろした途端、ボクもまたうつらうつらと舟を漕ぎ始めるのだった。





 結局それからの数日、ボクらはとりたてて忙しさに晒されることもなく、平穏な時間を過ごした。

 平穏と言えば聞こえはいいが、つまるところは暇。

 こちらの居場所くらい把握しているはずなのに、騎士団からの接触もなくメイリシアさんも尋ねて来ることはなかったのだ。



「準備、大分進んだわね」


「毎年の事ですから、作業をする側も慣れているのでは」


「見てよあの大きな櫓。……周りで盆踊りでもしそう」



 ノンビリとした空気を纏い、宿の2階へ設けられた部屋の窓から、ボクらは町の風景を眺める。

 ただ普通に眺めているだけなら、最初の1日ですぐに飽きてしまうはず。例えここ王都ラベリアが、世界に名を轟かす大都市だとしても。


 けれどこうして飽きずに眺めていられるのは毎日……、というよりも時間ごとに刻々と変化していくため。

 ラベリアにおける春の訪れを祝う大祭が近づいており、町はその準備により彩られていくからだ。



「でもこうして外を眺めているばかりってのもね」


「流石に飽きましたか?」


「観光の一つでも出来れば不満はないわよ。でもそうもいかないし」


「いつ知らせが来るとも限りませんしね。観光は諦める他ないでしょう」



 暇であるとは言え、ここ数日ボクらはほとんど宿の外に出ていない。

 いつ騎士団が訪ねて来るとも知れず、下手に町中を歩き周れないためだ。

 宿の主人には、怪我の療養をしていると伝えているため、怪しまれずには済んでいるけれど。


 ただ大人のボクらはいいけれど、まだ幼いアルマには耐え難いようで、代わりに近場の店で買ってきた小さな人形を与えている。

 思いのほか気に入ってくれたそれを、毎日抱いて眠っている様は非常に可愛らしく、宿の中で過ごすボクらの心を癒してくれていた。


 しかし人形を抱くアルマの姿を見て、ボクはメイリシア司祭の事を思い出す。

 自身を愛玩人形と称した彼女は、今頃教会でどうしているだろうかと。

 そんなことを考えるボクの様子に気付いたのか、サクラさんは開いていた木窓を半分閉めると、茶の入ったカップをこちらへ寄越して問う。



「そんなに気になる?」


「当然です。今頃教会内でどんな目に遭っているか」


「そこまで酷い扱いはされないと思うけどね。なにせあの子は教会の宣伝役なんだから」



 ボクが心配しているのとは反対に、軽く平然と言い放つサクラさん。

 彼女の言う事は、間違っていないのかもしれない。確かに人々の前に顔を出し、愛想を振り撒くことがメイリシアさんには求められている。

 もし暴力でも振るって顔に傷でも付こうものなら、きっと住民たちは疑いの目を向けるだろうから。



「だと良いんですが」


「随分と気に掛けるわね。もしかしてあの子にホレちゃった?」


「……冗談は勘弁してください」



 サクラさんはニヤリとし、毎度の愉快そうな素振りでボクを小突く。

 良い肴だと言わんばかりなその言葉に、あえて若干の呆れを交えて返しておく。



「弄り甲斐が無いったら。でもそうね、逆に向こうがどう思ってるかを聞けば少しは面白いかも」


「なんのことです?」


「さてね。抑圧された環境に居ると、案外そういった面では爆発し易いのかしら」



 なんだかよくわからない言葉を発するサクラさん。

 詳しく聞いてみようかとも思うも、少々面倒な話をされてしまいそうで、ボクは疑問を発することなく口を噤む。

 そうしていると彼女は、半分だけ開いた窓の外から見える景色に何かを感じたか、窓を完全に閉め室内の蝋燭に明りを灯した。まだ真昼間だというのに。



「ようやく来たみたいよ」



 そう言うと、やれやれとばかりに肩を竦め、扉の方を視線で指す。

 もしかして騎士たちが、経過の報告か以後の予定でも持って来たのだろうかと思った途端、扉を叩く小さな音が響くのであった。



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