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生命の値 01


「念話……?」


「ええ、勇者と召喚士の間だけで行える、意思疎通の手段です」



 慣れ親しんだ町を早朝に出発し、ボクらは一路街道を南へと進む。

 夏の気配すら感じさせる陽気に汗ばみつつ歩き、ボクはこれまで特別必要とはしていなかった、とある術を口にした。

 町の中に居るのであればともかく、これから行くのは何も知らぬ未知の土地。万が一ということがある。



「てことは、私とクルス君の間でなら使えるってこと?」


「そうですね、ベリンダとミツキさんとか、ソニア先輩とタケルとか。召喚士と召喚された勇者の間で、限定して行えるものですね」


「携帯……、とはちょっと違うか。特定の相手としか使えないのなら」


「基本的には双方が使う意志を持っている状態で、波長が合った時のみ発動するので、使い所もちょっと難しいそうなんですが」


「この世界って召喚以外に魔法の類はないのに、こういうところだけ妙にファンタジーなのよね……」


「ふぁん……、なんですか?」



 確かに特定の1人にしか通じぬ手段、発動する条件もあって使い所が難しいのに変わりはない。

 それでも一切使い道がないということはないだろう。例えば……、人前で内緒の話をするとか。


 でも言われてもみれば、存在するとは言えあまり有効な術ではない気がしてくる。

 サクラさんと使ってみるのを密かに期待したけれど、あまり乗り気ではない彼女の様子に肩を落とす。

 するとそんなボクらの後ろから、少しばかり高い声が向けられた。



「いやはや、さすがは勇者様と召喚士様。私ども凡人には想像も及ばぬ能力をお持ちのようですな。そんなお方たちに護衛をして頂けるとは、一生の思い出になりますです、はい」



 媚を全開といった声に振り返れば、そこに居るのは馬車の御者台へ腰を降ろし、揉み手せんばかりな笑顔を向ける男。

 彼は港町へ移動するボクらが、ついでとして護衛を請け負った行商人だ。


 中肉中背でこれといった外見的特徴も無い、身も蓋もなく言えばどこにでも居そうな人物。

 常にニコニコと笑顔を絶やさぬのだけど、会話中ずっとおべっかを言い続けるのが、面倒臭いと言えば面倒臭い。

 たんに勇者であるサクラさんの機嫌を、損ねたくなくてやっているだけの可能性もあるけれども。


 目的とする港町は、ここから更に2日ほど行った先。

 その間ずっとこの調子で話しかけられ続けるのかと思うと、少々うんざりする。

 普段は外面の良いサクラさんも、「ええ」や「そうね」などの、適当な言葉しか返さなくなってしまった。



「それにしても、王都ではなく地方を周りたいとは感激いたしました。はい」


「王都は勇者がかなりの数居ますからね。今さら行ってもやっていくのは難しいでしょうし」


「だとしてもです。陛下の居られる王都の守りも重要ですが、やはり民あってこその国。地方ので苦しむ民を放ってはおけませんね。はい」



 言ってる事はその通りだろうし、悪い気はしないのだが、最後に付けられる「はい」はどうにかならないのだろうか。

 その度に強くなる揉み手と相まって、非常に鬱陶しい。

 一応は護衛の依頼者なのだから、無下に扱えないというのはある。

 ただここまで過剰に相手を湛えると、逆効果になって行商人としてはダメなんじゃないかと思うのだが……。



 ボクらはそんな行商人と共に、更に南下し鬱蒼とした森の中を貫く街道を進んでいく。

 森と聞くと先日町を襲った強力な魔物、森の王を思い出すため嫌な感覚を受けるも、今のところは魔物が現れる気配はない。

 だが油断をしていては、いつ足元をすくわれるかわからないと思い、緊張しながら周囲を窺う。

 後ろをゆっくり進む馬車へ乗る男も同じようで、時折物音にビクリとしながらキョロキョロとしていた。


 この男、最初に会った時は確かに行商人であると名乗った。

 ただ行商人は大抵、行った先々で商品を売ると同時に何かを仕入れ、また別の土地へ移動し同じことを繰り返していく。

 なのだけれど、見たところ彼の乗る馬車の荷台には、これといった荷が存在しない。



「えっと……、オスワルドさん」


「はい、何でありましょうか」



 ボクが名前を呼ぶと、行商人のオスワルドさんは笑みを強める。

 おそらく勇者と召喚士であるボクらへ、顔を売る好機と考えたのかもしれない。



「オスワルドさんは行商人……、なんですよね?」


「ええ、それはもちろんです、はい」


「今は何も積んでないようですけど、普段は何を扱ってらっしゃるんですか?」



 どうしても気にかかり、道中ずっと抱くも聞けずにいた問いを口にする。

 するとオスワルドさんは笑顔を張りつかせたまま、一瞬だけ動きを止めると丁寧な口調で答えた。



「行商人が何も荷を積んでいないのは、確かに不思議に思われるかもしれませんね。ですが私は何でも扱うというのではなく、特定商品に特化した商いをしておりまして」


「はぁ……」


「普段は王都へと荷を運んでいるのですが、今回は仕入れる商品の手配するための旅なのです。人の役に立つモノ、とだけお答えしておきましょう。これ以上は商売上の秘密ですのでご容赦下さい」


「そう……、ですか」



 笑顔のまま口から発せられる言葉には、なにやら有無を言わさぬものを感じさせる。

 これまでの過剰とも言える馴れ馴れしさや褒め方とはうって変わって、この話題に関してこれ以上の干渉は不要と言わんばかりだ。


 出立を急ぐあまり、ボクは護衛をする相手の選定を間違えたのだろうか。

 道中の数日を一緒に過ごすのだ、本来ならば酒場の主人らにこっそりと話を聞き、どんな人物であるのか探りを入れておくくらいはしておくべきだった。

 何かよろしくない商いをしているとは限らないが、少々怪しい臭いはする。深入りはしない方が無難か。



「まぁそうですよね、色々ありますもんね」


「そうですとも。行商人には秘密が多いものなのです、はい」



 と言ってお互いに笑う。しかしボクの笑いは乾いたものであり、彼の笑いは裏に含むものを感じさせる。

 とてもではないが、楽しさとは無縁の笑い声であった。



「ねえ、ちょっと止めて」



 裏で憶測飛び交う笑顔の応酬をする一方、それに参加していなかったサクラさんは、その間ずっと周囲の警戒を続けていた。

 そこで何かを見つけたのだろうか、馬車を停止するよう声を出す。

 その視線は森の奥へと注がれているが、ボクの位置からは何も見えない。



「どうしましたか?」



 ボクはそうサクラさんに問いかけ、オスワルドさんはとりあえず状況もわからぬまま、馬車を止めようと手綱を繰る。

 ただサクラさんの手に弓が握られていない様子からすると、魔物を発見したという訳ではなさそうだ。



「今、なにかが見えた」


「動物とかじゃないです? 魔物……、っていう感じではなさそうですし」


「ちょっと見てくる。待ってて」



 そう言って荷台に置いた弓を持つと、繁る木々の間へと向かう。

 弓を持ったのは念の為であるようで、矢を番える気配はない。

 サクラさんは藪を掻き分け少しばかり行ったところで動きを止め、こちらを振り向き大きく手招きをした。

 ボクとオスワルドさんは一瞬だけ顔を見合わせると、何事かと後を追って藪の中へと分け入る。


 するとさほど進まないうちに、ボクはサクラさんが何を見つけたのかを悟った。



「これは、……酷いですね」


「全滅ね。魔物の仕業かしら」


「おそらく」



 木々の間を分け入った先で見えたのは、街道から森へと突っ込み横転した馬車だった。

 10人以上は乗れるであろうその大きな馬車は、横倒しになり荷台が大きく歪んでいる。


 見たところ、この馬車は魔物に襲われたようだ。

 周囲には武器を持って戦った痕跡があり、剣や槍といった武器を持つ、3人ほどの男たちが息絶えていた。

 混乱の最中に逃げ出したのか、荷車を引いていた馬は見当たらない。

 横転した荷車の周辺には、襲撃した魔物の生命源とされてしまったであろう、年端もいかない少年少女たちであったものが数人分転がっている。


 確認できるだけでも、大人の男が3人に子供が少なくとも8人。

 家族とはとても思えない。母親の姿が見えないし、肌や瞳の色からすると子供たちの出身も、それぞれバラバラのようだ。

 となるとこれはやはり……。



「奴隷商……」


「そうですね。間違いないと思います、はい」



 ボクの呟きに対して、後ろからついてきたオスワルドさんは相槌を打つ。

 おそらくこの予想は合っている。大の大人に連れられた、共通性の無さそうな大勢の子供。

 真っ先に浮かぶのは、子供の売買を生業とする連中だ。

 ただサクラさんは怪訝な表情をし、ボクの顔を覗き込んでくる。



「奴隷商?」


「間違いなく。あ、奴隷商というのは人を商品として売買し利益を得……」


「それは知ってるから説明は要らないわよ。こっちの世界には奴隷市場が存在するってこと?」



 どうやら言葉そのものの意味を聞いていたのではなかったようだ。

 こっちの世界には存在するのかと聞いたということは、あちらの世界ではそういったものが存在しない、或いは今は無くなったのかもしれない。



「このシグレシア王国ではご法度ですけど、隣のアバスカル共和国あたりでは、公然と売買されているそうです」


「そう……。ご法度て事は、かなり罪も重いの?」


「大抵奴隷売買に関わった者には、死罪が言い渡されますね」


「それはまた厳しいわね」



 この世界には奴隷の存在が不可欠な国もあるし、一方でそれを必要としない国もある。

 そしてここシグレシア王国は、奴隷の使役というものを必要とせず、非常に厳しい罰則を敷いた国であった。

 ただ他国よりも遥かに厳しい罰を設定しても、それが儲かるとなれば、手を出す輩というのは多少なりと存在する。



「当然非合法ですが、王都には地下の奴隷市場が存在するっていう噂もあります。様々な地域から攫ったり、親に売られたりした子供たちを売買していると」


「そう……。てことはこの子たちもそうなのね、可哀想に」



 何がしかの理由によってか、それとも攫われたことで親元から引き離され、遠く見知らぬ地で不幸にも命を落としてしまった子供たち。

 そんな命散らした幼い子供たちへ近寄ると、サクラさんは膝をつく。

 彼女はそのまま子供たちを前に目を閉じ、静かに黙とうをする。そのやり方はこちらとは変わりないようだ。



「それにしても、いまだ奴隷売買なんてする人も居るんですねぇ。この国の法を知らないでもないでしょうに、はい」


「危険性が大きい代わりに、利鞘もかなりのものですからね。こういった商売は無くならないんでしょう」



 オスワルドさんの言葉にボクは、個人の考えというよりも、一般的に言われている内容を口に出した。


 子供は攫えば罪になるが、捕まる危険の代わりに元手はタダ同然。

 そして親から買い取ったとしても、その支払われる額は極僅かで済むのだと聞く。子を売る親は口減らしが主な目的だからだ。

 一方で子供たちが商品として並べられてしまう頃には、その身体へと法外な値がつく。まさに未来と生命の値段。


 それら奴隷とされた子供たちを買うような輩の多くは、労働力として子供を欲しているなんてことはない。

 自身の邪で下劣な欲望の昇華に利用しようと欲し、買う。そしてそういった需要があるからこそ、新たに供給が生まれる。


 胸糞悪い話ではあるが、これが現実。

 察しの良い彼女の事だ、きっとこのくらいは想像がついているのだろう。

 祈りを捧げるサクラさんの背中を見ながら、ボクはそんなことを考えていた。



 サクラさんの黙とうは、長く続けられている。おそらくは子供たち一人一人に。

 ボクはその姿を見つめ続けていたのだが、ふと横転した馬車の横へ目を遣ると、車輪の影に隠れるように倒れていた子供に気付く。

 その子供は血こそ流しているものの、僅かに腕が動いたように見えた。


 気のせいであるかどうかを考える間もなく、少しだけくすんだ赤毛をしたその子供の側にすぐさま駆け寄り、脈を診る。

 ……まだ死んではいない。気絶しているだけだ。



「サクラさん! この子だけまだ生きています」



 不幸な中の救いか、まだ命を繋いでいる子が居た。

 叫ぶボクの声にサクラさんはすぐさま駆け寄り、子供の状態を確認する。



「呼吸はある、心肺蘇生の必要はないか。頭部の外傷もないけど、さすがにわからないわね……。119を呼ぶわけにもいかないし」



 彼女は小さく呟きながら、何がしかの手順を思い出そうとしているようだ。

 だが自身の手に負えないと判断したのか、とりあえず安静に横になれる場所へと移そうと言った。

 それがいいだろう。ボクとて医者ではない、こういった場合の対処法など僅かしか知らないのだから。



「望み薄ですが一応、他に生きている子が居ないか確認してきます。その子を馬車へ」



 生き延びた子供を抱き上げたサクラさんは、オスワルドさんの馬車へと運び横にさせる。

 その間にボクは、他に生き残りの子供が居ないかを調べて周った。


 しかし残念ながら、残る子供たち全員が息を引き取っていると判る。

 奴隷商らしき男3人は、生死の確認すらしなかった。

 ボクも騎士団員の端くれ、そのような事は許されないのだろうが、この時ばかりは個人の感情が優先されてしまう。

 ただどちらにせよ遺骸はボロボロ、到底生きているようには見えなかったのだけれど。



 馬車へと戻ると、オスワルドさんは子供の様子をジッと眺め、サクラさんは周囲の警戒をしていた。

 見れば子供の息は安定しているようで、命に別状はなさそうだ。

 ただ実際の状態は不明であり、町に到着したらすぐ医者に診せる必要はある。



「今のところは大丈夫そうですね」


「そのようで。どこから来たのかは知りませんが、王都まであと1週間もあれば着くというのに。いやはやこんな場所で襲われるなんて不運なものです。はい」



 唯一の生き残りである子供を、心底不憫に思っているのだろうか。

 オスワルドさんはいまだに目の覚まさぬ子供を見つめ、深く息を吐いていた。



「ねえ、クルス君」



 子供のことを可哀想に思い見ていたボクらの背後から、サクラさんが近づいてくる。

 今のところは周囲に魔物の気配などはないようで、その雰囲気からはあまり緊張感は感じられない。

 だがサクラさんは緊張感の代わりに、どういう訳か困惑したような雰囲気が漂っている。



「私はこっちの情報に疎いせいで、知らないだけなんだろうけれど……」


「どうしました?」


「こういう子って、それなりに居るものなの?」



 と言ってサクラさんは、気絶した子供の髪を少しだけ撫で、その赤毛を一房摘まむ。

 だが摘まんだと思ったものは、髪ではなかったらしい。一房の髪ではなく、それはもっと形ある塊……、耳だ。

 その意外な物を見た瞬間、ボクは無意識のうちに呟く。



「……この子、亜人だ」

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