錆色の教会 07
「こ、これを本当にわたくしが着て旅をするのですか……?」
徐々に陽も高くなり、大勢の人々が行き交う大通り。
その一角へ建つとある店に入ったボクらは、困惑するメイリシア司祭へと、店へ置かれていた服を強引に試着させていた。
薄いカーテンで仕切られた試着室から出てきたであろう彼女は、目の前に立っていると思われるサクラさんとアルマに、試しに纏った衣服を見せる。
「似合ってるじゃないの。真っ白な法衣も良いけど、こういうのもなかなかに」
「おねーちゃんステキだよ」
「そうそう、無難と言えば無難だけれど、十分似合ってるって」
試着室から出てきたと思われるメイリシア司祭へと、サクラさんとアルマは素直な称賛を口にする。
持って入った服は、何の変哲もない町の人たちが着ているような衣服。
司祭であると一目でわかるような格好で旅が出来ないため、極力目立たぬようにと選んだものだった。
「ですが、このような同年代の娘さんが着るような格好を……」
「あら、お気に召さない?」
「む、むしろ逆です! 孤児院で同年代の子供たちと居た時以来なので、どう振る舞ってよいものか」
たぶん所在なさ気にしているであろうメイリシア司祭は、自身の着る服に対しとまどいの言葉を発する。
ここまで話してくれた限りだと、彼女は元来が孤児であり、教会の運営する孤児院で育ったのだという。
ただ普通に歳相応の格好をし、他の子たちと一緒に遊んでいたのはその時期まで。
彼女はすぐに教会に入り、以後は聖職者としての道を歩んでいたようだった。
なので以後はずっと、簡素な白を基調とした法衣、あるいは寝間着くらいしか着ていないとのことだ。
「なら良い機会じゃない。これからはそういった服を着る機会も増えるんだから」
「そうは申されましても……」
「ならあのやたら目立つ法衣のままで旅をする?」
「……わ、わかりました。ご厚意に甘えさせて頂きます」
僅かな衣擦れの音と共に、メイリシア司祭は観念の言葉を口にした。
どうやらサクラさんによって着方を直されたことで、自身が碌にそういったものを知らぬ、ある種の非常識であると自覚したためのようだ。
なぜさっきから推測の言葉なのかと言えば、ボクはそちらを見てはいないため。
流石に女性陣の着替えにお邪魔する訳にもいかず、少し離れたところで背を向け、自分の着る外套を物色しているのだった。
どのみちそろそろ新調したいと思っていたので丁度良いし、試着室にはカーテンが掛かってはいるけれど、やはり居心地の悪さは否めない。
「それじゃ、これを一式買うってことで」
ともあれ無事メイリシア司祭の服選びは済んだようだ。
サクラさんが財布を開き小銭を数える音を背後に聞き、ボクはホッと胸を撫で下ろす。
まだ何も済んではいないけれど、少なくとも彼女が司祭であるとバレにくくなるための準備は進んでいる。
ただ安堵し手にした外套を会計しに行こうかとしたところで、背後に近寄ってくる人の気配。
てっきりアルマが近づいてきたのかと思うも、その人物は若干たどたどしい口調で、問いを向けてくるのだった。
「く、クルスさん。どうでしょうか?」
振り返った先に居たのは、購入する服を纏ったままのメイリシア司祭。
法衣を着たままでは目立ちすぎるため、彼女は購入したこれを着たままでいることにしたようだ。
ただボクはなによりも、向けられた問いにどう答えるかを必死に思案する。
いかな聖職者とは言え、女性から纏う服の感想を求められたのだ、下手な返しなど出来ようはずがない。
見れば彼女の背後へ立っているサクラさんが、財布の中身を指先で探りながら、意味深な視線をこちらへ送っている。
意図するところは間違いなく、「ちゃんと褒めてあげなさい」といったところか。
「とても素敵ですよ。さっきアルマも言ってましたけれど」
「本当……、です?」
「当然。法衣を着ている姿もサマになっていましたけれど、そういった普通の格好もよくお似合いで。もちろん褒め言葉として」
ボクは満面に笑顔を浮かべ、とりあえず浮かんだ言葉を発していく。
一瞬だけチラリと背後のサクラさんを見れば、微妙そうな表情ながら、こちらに非難めいた視線は向けていなかった。
満点とは言えそうもない表情だけれど、最低限の合格点はもらえたようだ。
「でも貴女でしたら、大抵の服は上手く着こなせると思いますよ」
「そ、そのようなことは」
「さっきから思っていましたけど、お綺麗なんですからもっと自信を持っていいのでは? 町の人たちだって、メイリシアさんに見惚れていたことですし」
少しばかり嬉しそうな表情を見せる彼女の様子に気を良くし、ボクは続けて褒める言葉を捲し立てる。
すると彼女は一瞬固まったかと思うと、途端に顔を真っ赤に染めていく。
自身の熱を持った顔を隠すように掌で覆い、消え入りそうな声で「まさかそんな」と繰り返す様は、妙に可愛らしいものがあった。
これは彼女に機嫌を良くして貰うという目的もあるけれど、別段ボクは嘘を言ってはいない。
実際に王都の住人たちは、メイリシア司祭を目的に教会前に集まっていた。そのくらい元々の人気がある人なのだから。
ただいくらそう思っていても、これは褒めすぎであったようだ。
上気する程に顔を真っ赤に染め、硬直してしまったメイリシア司祭の背後で、サクラさんは呆れ顔をして見下ろす。
「と、ともあれ出ましょうか。食料も買わないといけませんし」
若干冷たい視線に耐えかね、ボクは回れ右して店の外へ逃走を図る。
サクラさんの向けてきた視線からは、失望と糾弾、あとは呆れ果てたような感情が色濃く、このままでは窒息してしまいそうに思えたために。
急ぎ財布から幾ばくかの金銭を取り出すと、店の人に押し付ける。
サクラさんが払う予定だったメイリシア司祭の服と、ボクが使う外套、そして彼女が来たことへの口止め料を多めに。
そうしてそれこそ逃げ出すように店を出ると、メイリシア司祭の腕を掴み、急ぎ適当な路地へと飛び込むのだった。
彼女の腕を掴んだまま、少しばかり路地を駆け、周囲に人が居ない場所へと移動する。
あまりメイリシア司祭の姿を見られたくないというのと、店内に漂った居心地の悪さからつい走ってしまった。
すぐさま後ろからは、アルマを抱き抱えたサクラさんが追いついてくる。
その頃にはサクラさんの表情も普段通り。涼し気な目元ながらも苦笑気味になっており、密かに安堵するのだった。
「あの……、ありがとうございました。こんなに良い物を」
「気にしないで下さい。それにメイリシアさんが着ているのは、どこででも見るような普通の服なんですから」
サクラさんの様子にホッとし力を抜く。
するとそんな感情を余所に、軽く弾む息を整えていたメイリシア司祭は、再度礼を口にした。
彼女からすれば、頼みごとをした上にお金まで払わせたという気まずさがあるに違いない。
こっちとしては別にそこまで気にせずともいいだろうにと思い、あえて軽い調子でそれを告げる。
けれど彼女はボクの言葉に小さく首を横へ振ると、ジッとこちらの目を見つめ、穏やかな表情を浮かべた。
「だとしてもですクルスさん。こう言っては神に仕える身として如何かとは思いますが、わたくしは神よりも以前に、貴方に感謝をしなければいけません」
僅かに染まったままの頬で、ボクを見続けるメイリシア司祭。
彼女は少しして振り返ると、サクラさんにも丁寧な言葉で礼を口にするのだった。
聖職者にそうまで言われては、今更道中の同行を断る事など出来やしない。元々断りはしないけれど。
そう考えたボクは彼女へと、準備の続きをするため別の店へ行こうと告げる。
ただ振り返って別の通りへ向かおうとした矢先だ。路地の向こうから、数名の人影が近付いて来るのに気付いたのは。
「クルス君、下がっていて」
その人間たちは、一見して町の住人たちであると思える。
しかしサクラさんはスッとボクらの前へと、立ち塞がるように出たのを見て、これが普通の住人たちではないのだと理解した。
よくよく見れば、歩き方などが全員まるで同じ。それになんとなくだけれど、身体つきも鍛えられているようにも見える。
「……教会の人間でしょうか」
「たぶん違うわね。外套の下に武器を下げている」
突如として路地へ張り詰めた空気に、つい腰が引けそうになる。
もしやメイリシア司祭を探す教会の人間かと思うも、サクラさんはそうではないと断じた。
見れば確かに、羽織っている衣服の下が少しばかり盛り上がっている。短剣か何かの柄が押し上げているのだ。
連中の視線はこっちを、というよりもメイリシア司祭を向いている。
教会の人間でないなら何者だろうかと考えつつ、警戒感からメイリシア司祭とアルマの前へ立ち腰の武器へ手を伸ばす。
ただ柄へと触れようかという時、連中の内一人が静かに近寄ってくるなり、端的にこう言ったのだ。
「メイリシア司祭、我らと共に来て頂きたい。教会に対し含むところをお持ちならば」