表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/347

錆色の教会 04


 コルネート王国の女王による乾杯の合図を皮切りに、そこは一気に歓談の場へと変わっていった。

 参加する人々は思い思いに相手を見つけ、捉まえては言葉を交わしていく。


 中には商談めいた内容をする男たちや、貴族同士らしき意味深な会話をする老人。

 そして供されている料理や酒を前にするも、それを手にすることなく噂話へ没頭するご婦人方など。

 この場にいる人たちはそれぞれが、ここへ来た目的を果たすべく動き回る。



「貴女がサクラさんですね。是非一度お会いしたいと思っていました」


「アルガ・ザラでの一件、是非詳細を聞かせてください」



 そんな中、サクラさんは早速大勢の人たちに捕まるハメとなる。

 少しばかり驚き困惑する彼女の周りには、既に黒山の人だかり。

 早々に質問をぶつけてくる一団は、年齢も性別も多様ではあるけれど、とある共通の雰囲気を纏い、揃ってある特徴を持っていた。



「陛下も仰っていましたが、本当なら自分たちが解決しなくてはいけなかったのに。……まさか

あの町が、あんな事態に陥っているとは」



 サクラさんよりも幾分か年上だろうか、黒髪をした男性は苦渋の色を顔に浮かべる。

 彼はここコルネート王国で召喚された勇者だ。

 いや彼だけではない、今サクラさんを取り囲んでいる十数人に及ぶ全員が黒髪という、異界より来た勇者の特徴を持ち合わせていた。


 彼らはコルネート王国内でも、かなり名の知れた勇者たちであるらしい。

 この場へ招待される程の名士でもある彼ら勇者は、黒の聖杯破壊という偉業を成し遂げたサクラさんと、少しでも言葉を交わそうと集まっていた。

 何処の国であっても、あれを破壊した経験を持つ勇者など、ほとんどお目にかかれないのだから当然か。


 ただサクラさんがこの国で名を売ったのは、なにもアルガ・ザラで黒の聖杯を破壊したからだけではないらしい。



「出来ればダンネイアでの一件も、聞かせてもらいたい」


「噂には届いていますよ。闘技戦決勝の後、取り囲まれた優勝者を助けるために単身舞台へ躍り出て、数百のゴロツキを薙ぎ倒したって」



 どちらかと言えば、サクラさんをこの国で有名にしたのはこちらが原因だろうか。

 南部の都市ダンネイアで行われた闘技戦。そこで優勝した闘技者のロウハイクは、雇用主の怒りを買い、裏工作の末大勢の人間に取り囲まれた。

 そんな彼を助けるためサクラさんは立ち向かったのだけれど、興奮気味に話す勇者のひとりが言っていた、数百人というのはいくら何でも盛りすぎだ。



「ち、ちょっと待ってください。流石に話へ尾ひれが付き過ぎで……」



 当然サクラさんは、慌ててそれを否定する。

 なんだか大変そうだ。あの場でボクも一応戦っていたのだけれど、そんな事に話が及んでは、きっと自身も彼女の二の舞になってしまう。

 そこで取り囲まれるサクラさんからコッソリと離れ、大人しく壁の花と化す選択をするのだった。


 テーブルの上から適当に料理を取り分け、果実水が入ったコップを掴み、比較的人の少ない一角へ。

 移動した先で、空腹だとばかりに皿の料理を口にすると、空気を察してかボクに話しかける人は居ない。

 元々顔も売れておらず、サクラさんほどの話題性もないのだ。それも当然なのだけれど……。


 そうして壁の花……、と言うには少々暢気に時間を潰す。

 ただ祝宴はなかなか終わる気配が見られず、まるで子供のように退屈を覚えてしまったボクは、気まぐれを起こしテラスへと歩いた。


 春がもう間近とはいえ、南方のシグレシアに比べればまだまだ寒い王都ラベリア。

 加えて高く聳える王城の上階ということもあって、テラスへ吹く風は弱くも冷たい。

 もっとも温かな屋内に居たせいで熱を持った身体には心地よく、ボクは夜風に当たり気持ち良さからつい気を抜いてしまっていた。



「あなたも……、逃げて来られたのですか?」


「え?」



 そんなボクの耳に柔らかな、小鳥が囀るような声が届く。

 こんな夜にどうしてと、つい本当に小鳥のそれかと錯覚するような声へ振り返ると、そこにはひとりの娘が立っていた。


 彼女は厚手のショールを肩から羽織り、キョトンとした様子でボクを見つめている。

 けれど羽織ったそれの下に見えるのは、白亜の王城にも負けぬ真っ白な法衣。

 教会の司祭たちが身に着ける、抜けるように白い法衣を身に纏う娘。ボクはその彼女に、見覚えがあった。



「あ、はい! その、ちょっと退屈で……」


「わたくしも、似たようなモノです。連れてきて頂いた先輩方のするお話は、わたくしには少々考えの及ばぬ内容で」



 ラベリアに到着した昨日、協会本部へ顔を出した後にした王都見物。

 その時最初に向かった教会で、大勢の人々から注目を浴びていた若い司祭。間違いなく目の前に居るのは、あの時の人物だ。

 ボクは問い掛けに慌てて返すと、彼女は小さく笑んでから、すぐ表情を僅かに曇らすのだった。


 彼女が言う先輩というのは、きっと教会の上役か他の司祭を指しているのだと思う。

 そして件の先輩たちは、今もホールの中で行われている歓談の場で、この若い司祭には出来ぬ小難しい話をしているようだった。



「確か、昨日お会いしましたよね」


「よく覚えていましたね。一瞬目が合っただけだと思ったんですけれど」


「ご一緒でした方たちと、とても楽しそうにしていらしたもので。わたくしの記憶には強く残っていました」



 ほんの瞬きする程度、時間にして数秒もないであろう間。

 たったそれだけであるのに、彼女もまたボクの事を覚えていたようだ。なんだか気恥ずかしい想いがする。


 勝手な想像なのだけれど、会場を居心地が悪いと感じ逃げ出したボクを、同類だと思ったのかもしれない。

 見るからに大人しそうな、内向的な気質が露わな司祭の娘。でもそこで思い切って話しかけて来たのだろう。

 ならこっちも折角の機会だ、この祝宴が終わるまでの間、互いに話し相手となるのも悪くは無さそうだ。


 ボクは一歩だけ彼女に近付き、笑顔を浮かべる。

 そして会話の取っ掛かりとして、彼女を見た時に感じた率直な感想、若くして司祭になっているという点を褒めることにした。

 あまり年齢に関わる部分を突っ込むのは野暮な気もするが、他にネタが無かったというのもあって。



「非才の身であるにも拘らず、このように責任あるお役目など」


「そうですか? 昨日見た限りだと、あんなにも人気があるし凄いと思うばかりですが」


「住民の皆様には、とても良くして頂いています。わたくしのような若輩に、ああも声を掛けて頂けて」



 ボクとそう変わらない、むしろ近くで見ると1つか2つ年下ではと思える娘。

 彼女は胸元へ手を当てると、祈るように目を閉じてかぶりを振り、自身には過ぎた立場であると口にした。

 なんだか謙遜が過ぎるようにも思うけど、案外こういった聖職者らしい面が、王都の住民たちに好ましく思われているのかもしれない。



「ところで昨日お見かけした、一緒に居られた女性が、陛下からお言葉を頂戴していらっしゃいましたが?」


「えっと、ボクらは南のシグレシア王国から来たんです。陛下の前に出ていた彼女が勇者で、ボクは召喚士なんです」


「そうでいらしたのですね。ではあの時の小さな女の子は、もしかしてお二方の……」


「違いますよ。家族みたいなものではありますけど」



 少しだけそわそわとした様子を見せ、彼女はジッとボクを見て問い掛ける。

 人の関係を想像し邪推をするというのは、司祭であっても存外関心を引く話の種であるようだった。


 ボクは祝宴が終わるまで、そんな彼女の相手を務めさせてもらうことにした。

 彼女もまた気の合わぬ人々の間に放り込まれるのを善しとせず、ここで見ず知らずに近い相手と、雑談を交わす方が気楽であったらしい。

 ただ最後までそうして時間を潰すことは叶わない。なぜならこの冷たい空気と柔らかな談笑漂うテラスへ、割って入る声が響いたからだ。



「メイリシア司祭、こんな所に居たのか」



 突如背後から聞こえてきた声に、隣で笑っていた彼女は身を強張らせる。

 そして振り返るのだけれど、ボクも同じく背後へ視線を向けてみると、そこには彼女と同じ真っ白な法衣を纏った壮年の男が。

 メイリシアというのは、まず彼女の事で間違いないのだろうけど、そういえばまだ名前すら聞いてはいなかったのを思い出す。


 そのメイリシアと呼ばれた司祭は、現れたもう一人の司祭の方を向くも、なにやら親し気な様子は感じられない。

 むしろ怯えているような、また横顔からは一瞬だけれど、嫌悪しているような色が窺えた。



「貴族の皆様も、君を探しておられた。すぐ戻りなさい」


「は、はい……」



 どこか威圧的な、壮年の司祭による声。

 そんな圧に推された彼女、メイリシアさんは小さな声で了解を口にすると、ボクへ会釈だけしてホール内に戻ってしまった。


 後に残されたボクは、どうしたものかと立ち尽くす。

 そんな姿が目に入ったのか、壮年の司祭もまたホールへ戻ろうとする前に、ジロリと一瞥するのだった。



「なんだね君は」


「えっと、ボクは……」


「まぁ何でもいい。ともかくアレには近寄らぬことだ、雑音の存在は悪影響を与える」



 とてもぞんざいな、こちらをただの物としか見ていないようにすら思える言葉。

 実に不愉快なその男は、舌打ちでもしかねない調子で振り返ると、そのままメイリシアを追い戻ってしまった。


 ひとり残され、見咎める者の居なくなった肌寒いテラス。

 そこで腹立ち紛れに軽く手摺を叩き、僅かながら腹立ちを解消しておく。

 ただそんな姿を、見逃さぬ人間が1人だけ居たようだった。



「なんだか性格の悪そうな人ね」



 いったいどこから発せられたのか、響く声にまたもやビクリと身体を震わせる。

 聞き馴染んだその声の主を探しキョロキョロと周囲を窺うと、テラスとホールの間にかかっていたカーテンの陰から、サクラさんが姿を現した。


 彼女はホール側を眺め、さきほどの司祭に対し不快気な感想を漏らす。

 いつの間にここへ来たのかはわからないけれど、サクラさんもまたボクと同じ印象を抱いたようだ。



「いつの間に……。もう解放されたんですか?」


「少し前にね。逃げようと思ってここへ来たんだけど、なにやら青少年が淡い青春を謳歌してたから、つい隠れて見守る選択を」



 クスクスと、ボクをからかう言葉を吐き出す。

 彼女は自身を取り囲む勇者から逃げ出したのか、それとも全員に応対し終えたのかはしらないけれど、なんとか自由の身となったようだ。

 ただどうやら逃げ込んだ先では、ボクがメイリシアさんと話していたため、邪魔せぬようカーテンの陰へ隠れていたらしい。



「さっき一緒に居たのって、昨日見た司祭の子よね」


「ええ。彼女もこっちに気付いていたそうですよ、当人がそう言っていました」



 どうやら、メイリシアさんとその話に及んだ時点では、まだサクラさんはここへ来ていなかったようだ。

 サクラさんは「やっぱり綺麗な子ね」と呟くのだけれど、直後に「でも」と続け、ボクも同感な印象を口にした。



「なんだか厄介事を抱えてそう。嫌な感じがプンプンするわ……」


「ボクもそう思います。たぶん、教会の内部でですが」



 ただでさえこんな場所に、本来なら清貧を旨とする教会の人間が居たのだ。

 ここまでの経験からくる直感が、そこに違和感を感じろと、強い警鐘を鳴らしている。

 それは彼女を迎えに来た司祭を見て、半ば確信を持って言えるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ