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錆色の教会 03


 王都ラベリアの中心へ建つ、巨大な白亜の王城。

 王都へと到着した翌日、そこへとやって来たボクらは、城に入って早々メイドさんたちによって連行された。

 理由は祝宴を前に、相応しい衣装へ着替えるため。

 考えてもみれば当然か、ボクらが着ているのはただの旅装束であり、王や大勢の貴族たちの前に出るような格好ではないのだから。


 メイドさんのひとりがアルマを預かってくれるというので、彼女に任せボクらは着替えを行う控室へ。

 ただそこに入るなり、来客用に用意されているという大量の服をアレでもないコレでもないと、幾人ものメイドさんに囲まれ試着を繰り返すハメになった。


 そうして着せられたのは、ほんの少し触れ合うだけで擦り切れてしまいそうな、薄く繊細に織られた生地の服。

 本来旅と戦いに明け暮れる勇者と召喚士では、まず一生袖を通すことのないであろう、超が幾つも付くような高級生地だ。



「緊張する?」


「当然じゃないですか。もう、歩くだけで破けてしまいそうで……」


「そこまで神経質にならなくても大丈夫だって。踊りにも対応できるんだから、その程度じゃ破れたりしないからさ」



 大量に掛けられた服の中から、メイドさんが選んだ一点を苦労して身に着ける。

 けれど動くのもおっかなびっくりであり、ボクはすぐ近くで腰に手を当てるサクラさんに、呆れ混じりに笑われるのであった。



「踊りですか……。新年のお祭りで踊った程度のことしか出来ません、ボクは」


「十分だと思うけどね。それに踊りが苦手なら、ホールの隅で大人しく壁の花を気取ってればいいわよ」


「……精々目立たないよう大人しくしています」



 目の前に置かれた鏡を覗きこみ髪を直しつつ、サクラさんはカラカラと笑う。


 そんな彼女はメイドさんたちによって、真っ黒ながら光沢のある、少しだけ露出が多いドレスを纏っていた。

 やはりメイドさんたちから見ても、彼女には黒が似合うと感じたらしい。

 着替えのため控室へ連れ込まれるなり、速攻で大量に置かれた衣装の中から、これが選ばれたのだった。


 ただ考えてもみれば、召喚した時にサクラさんが着ていた服は、これよりももっと上等な生地だったようにも思える。

 異界である"ニホン"という国で作られたというあの服は、今にしても正体不明の黒く艶やかな代物。

 邪魔だと言うサクラさんによって、早々に処分されてしまったけれど、今思えば勿体ないものだと思う。



「やっぱり肌が見えすぎかな?」


「……ギリギリ問題ない範疇だとは思いますよ。少々悩ましい格好だとは思いますが」



 サクラさんは自身の着る衣装を指で摘まみ、ドレスの露出が過剰ではないかと心配する。

 でもこの格好で往来を歩くのであればともかく、今回は祝宴に出席するのだ。

 こういった経験はないけれど、たぶんこの程度なら大丈夫なはず。なにせ度々こういった経験をしている、メイドさんたちによるお墨付きなのだから。


 そこで気恥ずかしさから視線をそらしつつ、その旨を口にする。

 けれどサクラさんはそんなボクへと、人前で特大の劇物を投げつけるのだ。



「まぁ、露出に関してはクルス君は気にしないか。君は私が裸同然な格好をしょっちゅう見てるんだから」


「ちょっと、何を言ってるんですか!」



 彼女が口走った内容を聞いたメイドさんたちは、「あらまあ」と言わんばかりに口元に手を当てている。

 間違いなく彼女らは、ボクとサクラさんが"そういった関係"であると勘違いしたに違いない。


 ただサクラさんが口にしたのは、以前に彼女やアルマと一緒に、シグレシアの温泉地へ行った時のことを口にしているに違いない。

 あの時に来ていた湯浴み着は、用途こそ大きく違えど、確かにこのドレスよりは露出が多かった。

 湯によって濡れていたのも相まって、さらに艶めかしい有様だったのだから、言ってる事は間違いないのだけれど。

 あとはカルテリオに在る我が家の裏庭へ作った、風呂での事だろうか。



 ともあれ一通りの着替えは終えた。

 あとはこのまま控室でゆっくりし、会場の準備が整い呼ばれるまで待機するだけ。

 世話役であるメイドさんが淹れてくれた茶を前に、ボクとサクラさんは若干窮屈な衣装のまま、ソファーで比較的楽な姿勢を取る。

 そうしていると、控室の扉がコンコンと鳴り、開かれた扉からは見知った人物が姿を現した。



「準備は……、済んでおられるようですね」


「なんとかね。まだ始まってもいないのに、もう脱いでしまいたいけど」


「そう仰らずに我慢をして下さい。一旦始まってしまえば、思いのほか早く終わるものです」



 姿を現したのは、昨日も協会本部で顔を合わせたユウリさんだ。

 ただ彼女はサクラさんのようなドレス姿ではなく、鎧こそ無いもののこれまで見てきた騎士装束のまま。

 近衛隊に所属するユウリさんにとっては、これこそが正式な礼装なのだから、当然と言えば当然か。


 そのユウリさんは、そろそろ会場の準備が終わりそうと口にする。

 ならば行こうかと腰を上げるのだけれど、彼女はサクラさんの前に歩み出ると、流麗な動作で一礼し手を差し出すのだった。



「ではサクラ殿、ここからは自分がエスコート役を」



 ユウリさんの手は、サクラさんを導くべく差し出されたもの。

 彼女らの姿はまるで、良家の子女に付き従う騎士のようだ。……実際似たような物だけれど。



「クルス君じゃダメなの?」


「本来ならばクルス殿でも構わないのですが、立場的に貴女は少々不都合がありまして」



 ただいったいどうして彼女がと思っていると、サクラさんも疑問に思ったようで、差し出された手を握る前に問う。

 するとユウリさんは少しばかり困った様子で、ボクでは都合の悪い理由を口にした。


 サクラさんはシグレシアの王城へ居る時、そこへ留まる理由として、書類上バランディン子爵家という貴族の養女となっている。

 それは一時的な、受けた依頼をこなすためだけに必要な物だったのだけれど、後々役に立つという理由で依頼完了後もそのままとなっていたのだ。

 どうやらユウリさんが言う立場というのは、預かったままであるその地位を指しているようだ。



「クルス殿が悪いとは申しません。ですがその……、こういった場では家格がどうしても物を言いますので」


「ほんっとうに面倒臭いわね。やっぱりあの時、無理やりにでも突き返せば良かったかしら」



 非常に申し訳なさそうに告げるユウリさん。

 ただ考えてもみれば、騎士団が諸々の作戦などの際に用いられる架空の貴族位とはいえ、サクラさんが書類上立派な貴族家の息女であるのに変わりはない。

 その彼女がこういった場へ立っていても不自然が無いのに対し、一方のボクはただひたすら場違いなばかり。


 騎士団へ所属する召喚士も、一応は騎士の端くれではある。

 けれど然程名も売れていない一介の召喚士と、近衛騎士であるユウリさんでは格の違いは否めなかった。

 それに近衛ともなれば、当人の代限りではあるけれど貴族に準ずる扱いもされる。



「でもそういう理由なら仕方ないか。それじゃ、ひとしきり出番が終わるまでお願いね」


「賜りました。貴女に恥をかかせぬよう、精一杯隣で補佐させていただきます」



 ともあれそういった理由があるのであれば、受け入れる他ない。

 差し出されたままなユウリさんの手を取るサクラさんは、ニコリと笑むのだった。


 ユウリさんは基本的に無表情が張りついているけれど、シグレシアの王城ではそこが良いとメイドさんたちには案外好評だった。

 双方ともに女性ではあるけれど、揃って並び立てば違和感を感じない組み合わせ。

 たぶんボクが横に並ぶよりは、ずっと見栄えは良いに違いない。実に虚しい限りだけれど。



 そんなユウリさんに導かれたサクラさんの後ろを歩き、城内に在る最も大きいとされる祝宴の会場へ移動する。

 道中すれ違ったメイドや執事たちは、こちらの姿を見かけるなり立ち止まって会釈をしていた。

 どれだけ大勢の使用人が居るのかと呆気に取られる中、その使用人たちによって作られた道を歩き会場へ。

 その会場では既に多くの来場者たちが居り、囁くような会話で祝宴の開始を待ちわびていた。



「大丈夫ですよ。名を呼ばれればそのまま前へ出て、陛下の前で跪けばいいだけです」


「簡単には言うけど、あまり大勢の前に出るのは得意じゃないっていうか」


「そう気にされる必要はないかと。陛下からお言葉を賜る人数は、今回だけで何十人も居ます。流れ作業のようなものですから、前の人たちに倣えばいいのです。サクラ殿はおそらくトリですが」


「……最後の一言で壮絶に気が楽になったわ」



 ユウリさんの言葉に、サクラさんは乾いた笑いを漏らす。

 会場にはざっと見た限り400か500といった数の参加者が居り、視線は王の前へ出た人間に降り注ぐはず。

 ボクなどは前に出ず後ろで眺めていれば良いらしいけれど、矢面に立つサクラさんは堪ったものではなさそう。

 おまけに彼女が呼ばれるのは最後の予定。普段は飄々としているサクラさんでも、流石に緊張は避けられないようだった。


 けれどここでゴネても避けられはしない。

 サクラさんは軽く深呼吸して覚悟を決めると、エスコート役であるユウリさんと腕を組み、会場の中へ入るのだった。



 そこからはもう、ただ流れに身を任せるだけ。

 大勢居る参加者たちの中に混ざり、姿を現したコルネート王国の女王陛下へと、一斉に頭を下げる。

 陛下の脇へ控える人物が名を読み上げ、対象者は前に出て短い言葉を賜っていく。



「シグレシア王国、勇者サクラ殿」



 そうして告げられていた通り、何十人もの人間が呼ばれた後。遂にはサクラさんの名が読み上げられる。

 するとさっきまでの緊張などどこへやら、涼しげな微笑みと真面目さが同居した表情で、名を呼ばれたサクラさんは前へ出る。


 すぐ後ろには付き添うユウリさん。

 ただ彼女は少し進んだところで立ち止まり、その場で片膝を着き頭を下げる。

 そしてサクラさんはもう少しばかり進んでいき、コルネートの国王陛下の数歩手前まで行くと、同じく片膝を着くのだった。



「此度は砂漠の地にて、良き働きをしてくれた事に感謝する。そなたに出来る礼は限られるが、今宵は存分に楽しむとよい」



 膝を着くサクラさんを見下ろし、それだけ告げるコルネート王国の女王。

 側に仕える人物が、「戻ってよし」と口にすると、サクラさんは立ち上がって一礼し元いた場所に歩いていくのだった。


 本来であれば、この国が召喚した勇者たちによって解決しなければいけなかったから、その点は感謝する。けれど彼らの手前、あまり褒め称えることは出来ないが勘弁してほしい。

 たぶんさっき女王がした発言の意図するところは、こんなところだろうか。

 けれど確かにユウリさんが言ったように、思った以上にアッサリと終わった。

 ボクは最後であるというサクラさんの出番が無事終わったことに、密かに安堵の息を漏らすのだった。



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