錆色の教会 02
春の足音を肌に感じさせる、窓硝子越しの温かな陽射し。
勇者支援協会コルネート王国本部の、応接間へと降り注ぐその光を浴び、ボクは自然とウトウトしてしまう。
けれどこの場で居眠りなど許されず、こっそり自身の腿を抓った。
目の前には協会本部の責任者である壮年の男性が座り、今後についてを説明してくれている。
アルマなどはとっくに暖かさへ身を任せ夢の中。けれど大人であるボクはそうもいかない。
それに少し視線を横へ向ければ、同じくこの部屋へ来ているユウリさんも居て、同じく真剣な様子で話を聞いているのだった。
「以上になります。なにかご質問があれば?」
粗方の説明を終え、男性は静かに問う。
ボクらは明日、王城で催される祝宴に出席する予定であり、その場でアルガ・ザラにおける功績に関し王から一言賜るらしい。
ただそんな場に出た経験などなく、間に立つ協会としては、出来る限り粗相のないように消化したいという思惑があるようだった。
「陛下からお言葉を賜った後は、好きにしていて良いんですよね……?」
ただボクはおずおずと小さく挙手し、確認するように問いかける。
参加者たちが王城の大広間に集まり、そこで諸々の予定されていた内容を進行、その後は踊りや歓談などが行われるとのこと。
けれどそんな場、ボクらにとって居心地の良い場所であるとは到底思えない。
「ええ、今回の祝宴は他にも色々と目的があってのものですが、貴方がたが呼ばれるのは、おそらく最後になるはず」
「中座する、というのはダメなんでしょうか」
「出来れば退出は避けて頂きたい。貴方がたは今回の祝宴における、主役の一画。おそらく多くの人が話しかけてくるはず」
とはいえそんな我儘、許しては貰えそうもない。
こちらは呼ばれた側なのだからと思わなくはないけれど、ああいった場に参加する人間にとって、最低限のマナーというものであるらしい。
ならば今回は大人しくそれに従う他ない。立場的には、シグレシアの勇者を代表しているようなものなのだから。
ボクは内心で密かに肩を落とすのだけれど、代表ということでふと思い出す。
卓を囲むように置かれた、一人掛けのソファー。そこに座るユウリさんへと視線を向ける。
どうやら彼女は今回、公式にシグレシアからの使節としてコルネートへ来ているようだ。
両国の間には、現状これといって問題らしい問題は起こっていない。
というよりも、圧倒的な国力を持つコルネートと小国のシグレシアでは、相手にならないのだけれど。
ともあれ両者は定期的に交流を計っているようで、今回はシグレシアの騎士団代表として、ユウリさんが派遣されたようだった。
「王都の一等地にある宿をご用意いたしました。そちらをご利用下さい」
「えっと、別に協会の宿でも構わないのですが……」
「貴方がたは陛下が呼ばれたお客人、そういう訳には参りません」
一応知らせるべき内容は話し終えたとばかりに、立ち上がる協会のお偉方。
ただあまりに高い宿ではこちらがくつろげない。そこでもっと安い、具体的には勇者御用達である、協会に備わった宿で十分と口にする。
けれどもその淡い要求は、すぐさま却下されるのだった。
一方のサクラさんは、彼の発した言葉に苦笑交じりながら頷く。
そして社交辞令混じりではあると思うけど、立ち上がり柔らかな動作で頭を下げた。
「では滅多にない機会ですので、今夜はラベリアを堪能させて頂きます」
「そうして頂ければ幸いです。では自分はこれで失礼を」
きっと立場的に、かなり多忙な人物なのだろう。
協会の責任者である男性は、いそいそと応接間を出ていくのだった。
残されたボクらは、顔を見合わせ肩を竦める。
とりあえず今夜は宿で一泊し、明日王城へ行ってから祝宴に参加するための準備をする。
なので日が落ちるまでは自由。ボクらは短い時間を、少しばかりの観光に費やすことにした。
ユウリさんはこれまで2度ほど来たことがあるそうで、そのまま宿へと行き休むとのこと。
一方のボクらは、こんな土地へ来ることなど滅多にない。なので少しの時間も勿体ないと、町へ繰り出すことにした。
さっきは協会本部を探すのが主な目的であったため、町中をノンビリ眺めることが出来ていなかった。
なのでこうしてゆっくり観光目的で歩くと、一層このラベリアが巨大で、かつ豊かであるのが窺える。
特筆すべきは町にゴミ一つ落ちていない点だろうか。
常に清掃を行う人間が居るということであり、そういった部分に予算を投じれるだけの豊かさが、この町にはあるという証だった。
「凄いですね……。見て下さいよ、あの教会」
「教会というか、お城に近いわね。どれだけ金掛けてるんだか」
ラベリアの市街を歩いていると、どうしても目に付く建物が2つ存在する。
1つは言うまでもなく、都市というよりも国の象徴であり、中心でもある巨大な白亜の王城。
もう1つは石材剥き出しな色ではあるものの、随所に細かな彫刻が施された、城の6割ほどというこれまた巨大な教会。
普通町に置かれた教会は精々、2階建て程度でしかないのを考えれば、あまりにも贅を尽くした建物だ。
そんな城と見紛うような教会を目にし、サクラさんは嘆息混じりになかなか俗っぽい言葉を吐く。
なんだか怒られそうにも思うけれど、基本的には清貧を尊ぶはずの教会なだけに、彼女の気持ちもわからなくはなかった。
「試しに教会を覗いてみましょうか。アルマもそれでいい?」
「う、うん……」
別段ボクは信仰に篤いということはなく、旅先で必ず教会に立ち寄ったりもしない。
とはいえ町の名所などを知っているわけでもなく、とりあえず目についた教会を覗いてみるというのは無難な考え。
そこで町の中心部に建ち聳える教会を指し、そこに行ってみてはどうかと口にした。
膝を曲げて目線を下げ、手を繋ぐアルマにも聞いてみる。
けれど何処か元気がなく、やはりアルガ・ザラでの一件は、幼い少女に深い傷を負わせている様が確信できるものだった。
ならばこそ、尚更気晴らしをさせてあげる必要が。
そう考えたボクはアルマの手を引き、教会へ向けあえて小走りで向かった。
大通りに面して建つ教会に近付くと、そこには大勢の人たちがたむろしているのに気付く。
その集まっている人々は、歓声とも感嘆ともつかぬ声を発していた。
いったい何があるのだろうと気になり覗いてみると、人垣の合間から見えたのは、純白の法衣を纏った教会の司祭たち。
「……司祭が目当てで集まっているんでしょうか?」
格好は今まで見てきたよりもずっと豪奢だけれど、見たところ何人か居る司祭たちに変わった様子はない。
どこにでも居そうな、ただの聖職者たちだ。
けれどボクは首を傾げ思いつつ、隣へ立つサクラさんへ怪訝に問うと、彼女はもう少しばかり奥の方を指しながら返した。
「たぶんね。というよりも、お目当てはあの子だと思う」
「あの子、ですか」
サクラさんが指したのは、教会の出入り口に当たる場所。
そこから出て来ようとしていたのは、他の司祭たちと同様の格好をしてはいるものの、彼らよりもずっと小柄な人物。
男の司祭たちが多くを占める一団の中にあって、その人は数少ない女性。それにたぶんかなり若い。
ボクとそう変わらないであろう、成人したばかりかそれに近い年齢の娘。
「あの齢で司祭だなんて、随分と評価されているのね」
サクラさんは顎に手を当て、歩いて出てくる娘に対し率直な感想を口にした。
穿った見方をすれば、ともすればそれは嫌味にも聞こえる。けれどたぶん、あの娘を見た多くの人が抱く感想だ。
たださっきもサクラさんが言っていたように、この人垣はおそらくあの若い司祭が目当て。
この町ではかなり有名な人物であるようで、彼女が会釈をしたりする度に、人々からは歓声が巻き起こっている。
見れば柔らかな目元や、スッと線を描くような高い鼻など、一目見てハッとするような美人だ。
実際聖職者であってあの容姿ならば、さぞや目立つに違いない。
「あのおねえちゃん、美人だね」
いつの間にかサクラさんに肩車をされていたアルマも、そんな司祭を指して感想を口にする。
さっきまでの元気がない様子が一変とまでは言わないけれど、今は気があちらへ向いているようだ。
まだ幼いアルマにしてもそう言わせるほど、あの若い司祭は整った容姿を持っていた。
「そうねえ。私とだとどっちが美人かなー?」
「んー……。サクラ!」
「お、正直な子ね。ご褒美に後でお菓子を買ってあげよう」
少しばかり気分を持ち直しているアルマへと、サクラさんは冗談めかしたやり取りを試みる。
するとアルマも調子に乗ってか、サクラさんの頭に抱き着きながらじゃれるのだった。
ボクは密かに、アルマが気を紛れさせたことに安堵する。
そうして2人を眺め頬を綻ばせていたのだけれど、ふとさっきの司祭がこちらに視線を向けているのに気が付いた。
司祭の娘と視線がぶつかると、彼女は小さく微笑む。
しかしボクにはその司祭の娘が向けた笑みが、どこか寂しそうであり、痛々しさを内包したものに見えてしまった。
「どうしたのよクルス君、頬なんて染めちゃって」
「え? あ、いえ……。ちょっとさっきの人がこっちを見てたもので」
「司祭の子? もう行ってしまったみたいだけど」
司祭の娘と視線が合い、ボクは少しばかり驚いてしまっていたようだ。
サクラさんの揶揄する言葉を受けハッとするのだけれど、次に向いた時には、既にさっきの娘はどこかへ行ってしまっていた。
おそらく教会の中へ戻ったのだとは思うけれど。
サクラさんの邪推とからかいが混ざった言葉に加え、彼女の肩から響くアルマの笑い声。それらに困り苦笑いを浮かべ誤魔化す。
けれどボクはさっき見た司祭の浮かべていた、色々な感情が混ざり訴えかけるようにすら見える意味深な笑みが、頭から離れないのだった。