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錆色の教会 01


 視界一面の黄金色である砂漠地帯や、岩と僅かな雑草ばかりしか見えない荒れ地。

 そんな南部地域を通過し辿り着いたのは、コルネート王国中部に広がる、自然豊かな一帯。

 王国最南端の都市ダンネイア、そして砂漠に在る"蜃気楼の都"アルガ・ザラと経由し、ボクらは王都のあるこの地域を、貸し切り状態な乗合馬車で進んでいた。



「それにしても、まさか王都にお呼ばれするとは」


「最初はサッサと帰る予定だったんですけどね。まさか速攻で協会が乗りこんで来るなんて」



 都市アルガ・ザラにおいて、発生した黒の聖杯を破壊。

 その後他の都市へ救援を要請したボクらであったが、体力の落ちた亜人たちの世話を焼いている内に、いつの間にかその話はお偉方の耳に入っていた。

 結果コルネート王国の勇者支援協会は人を派遣し、ボクとサクラさんへ王都へ行くよう要請したのだ。



「彼らにだって面子があるでしょうに。どうしてわざわざ招待なんて」


「だからこそじゃない? このまま歓待や礼もせず返したら、後々陰口を叩かれかねないもの」



 おそらくあのような大事が、他国の勇者によって解決されたというのは、彼らの面子にも関わる話であったに違いない。

 なのにどうしてその当事者を王都へ呼ぶのかと思うも、サクラさんにはまったく逆の発想が浮かんでいたようだ。


 陰口が云々というのは、きっとボクらのするものではなく、おそらく外交の舞台において。

 こういった話は、隠そうとしても存外漏れてしまうらしく、特に相手の国にとって恥と言える内容であれば金にすらなってしまう。

 本当に面倒臭い限りだけれど、そういったモノへの予防線としてこちらを歓待しようとしているようだった。

 幸いにもまだ、1ヶ月ほどこの国には留まれることであるし。そこを断る理由もこれといってなかった。



「折角のお招きなんだから、精々豪遊させてもらうわよ。碌に何日も水さえ手に入らない環境だったんだもの、気晴らしには丁度良いかも」


「気晴らしですか。……アルマがそれを出来ればいいんですが」



 街道の小石を撥ね揺れる乗合馬車の上で、サクラさんは長椅子へ寝転がりのんびりと告げる。

 けれどそんな彼女を眺めるボクは、自身の膝を枕とし寝息を立てる少女の頭を撫でながら、少しばかりの不安を口にした。


 サクラさんによって、家族が失われたことを宣告された亜人の少女。

 そのアルマは自身の仲間である亜人たちの下へ帰ることなく、その後もボクらと共に居ることになった。



「どうかしらね。子供が喜ぶような場所があればいいけれど」


「傍目には平静に見えますが、きっと相当に傷付いていると思うんです。どうにか気を紛らわせてあげないと」



 ただアルマは実のところ、こちらが想像していた程には大きな混乱をきたしてはいなかった。

 案外口には出さないまでも、直感的にこのような事態を、薄々ながら想定していたのかもしれない。

 そう半ば断言出来てしまうほどに、幼い少女の様子は落ち着いており、サクラさんによれば告げた時も沈みこそすれ泣き出したりはしなかったようだ。


 けれどだからと言って、こんな幼い子供が平気でいられるとは思えない。

 今回突発的に組み込まれた王都行きが、アルマの思考を余所に散らす結果になってくれれば。



「ホント、クルス君ってアルマのお母さんみたいよね」


「兄、とかじゃないんですか。もしくはせめて父親くらいにして貰えると……」



 そんな考えに駆られるボクであるけれど、サクラさんから見ればそれは親が子に対してする心配と酷似していたらしい。

 どこか揶揄するような口調で告げる彼女に、ボクは僅かに顔を赤く染めるのだった。



「なんにせよ、私たちが見ていてあげればいいのよ。家族のようにね」


「……はい」


「さっきも言ったように、私たちはただ楽しむだけ。あんなに大きな町なんだから、アルマの気晴らしも出来るはず」



 そう言ってサクラさんは、乗合馬車の窓から頭を覗かせる。

 ボクもそれに倣って外へ顔を出してみると、馬車が進む方向には遠目にも巨大な町の影が浮かび上がっていた。


 シグレシア王国の王都エトラニアも、かなり巨大な町だった。

 けれど向かう先に在るそれ、コルネート王国の王都ラベリアは、国の規模に比例しとてつもない大都市。

 東のアバスカル共和国の首都リグーと並び、大陸における最大の町だ。



 そのコルネート王国王都ラベリアへの正門をくぐり、乗合馬車は大通りを進んでいく。

 都市外周の壁を越えたばかりの地域というのは、大抵は比較的都市内でも貧しい者たちが住む区画であることが多い。

 けれど窓の外から眺める町並みは整然としており、小奇麗な服を纏う住民たちや、飾り付けられた商店、それに頑丈そうな民家が立ち並んでいた。



「なるほど、これがこの大陸最大の国ってわけか」


「単純な経済力という面であれば、おそらくコルネートは大陸でもっとも豊かな国だと思います。比較的ですけれど、治安も良いですし」


「エトラニアも大きな町だったけれど、こっちは規模が違うわね」



 サクラさんはボクらが居を置く国、シグレシア王国の王都エトラニアと比較し、感じ取った豊かさを口にした。

 ボク自身ここラベリアに来るのは当然初めて。けれど"輝白"などと称されるこの都市については、遠い異国にあっても噂として届いている。


 他国から来た使節団などは、町に入るなりその威容に圧倒され、自国との差を思い知らされるのだとも聞く。

 そうなるのも当然で、ボクもまた町並みと都市中央に聳える王城を目にし、これが世界の中心かと思い知らされるばかりであった。



「さて、このまま観光するのも悪くはないけど、とりあえずは用事だけ済まそうか」



 大通りの一画に設けられた、乗合馬車の集まる広場。

 そこへと到着し馬車から降りたサクラさんは、荷物を降ろしながら周囲を見渡し告げた。



「一旦協会本部に顔を出すよう言われていますから、まずはそちらに」


「面倒だし、いっそ直接王城に向かいたいところなんだけどね……」



 王都ラベリアへと招待されたボクらであるけれど、どうやら王城で行われる宴席に出席するハメになるらしい。

 ボクらは名目上、都市アルガ・ザラで発生した事態を解決した褒美として、コルネートの王が直々に招待したという形になる。

 けれどこの国に入るための手続きそのものは、シグレシアとコルネート両国の騎士団間で行われていた。

 そのため騎士団直轄の組織である勇者支援協会が、ボクらを案内するという形式を取る必要があったとのことだ。


 サクラさんの言うように、甚だ面倒なのは確か。

 けれどここは他国。無用なゴタゴタを避けるためにも、相手の流儀に従うのが無難かもしれない。




「ここですね。流石はコルネートの本部、建物の大きさが……」



 しばし町中を歩き、人に道を訪ねてようやく辿り着いた、コルネート王国の勇者支援協会本部。

 大抵は各国の首都に置かれたその本部だけれど、これまたシグレシアにあるのとはあまりにも違う。

 あちらの本部は木造で3階建てほどの建物だったが、こちらは完全な煉瓦造りで、高さも5階分はありそうだ。



「いいから入りましょ。こんなので怯んでちゃ、この後で王城に行ったら気絶するわよ」



 けれどサクラさんは平然とした様子で、アルマの手を握ったまま協会本部へと入っていく。

 この程度はなんでもない、今更驚くほどのものでもないと言わんばかり。

 彼女のそんな図太いとも思える言葉にハッとし、ボクも追いかけて中へ入る。


 入るなり協会の受付に立つ女性に声をかけ名を告げる。

 すると彼女は急いで奥へ引っ込み、壮年の男性を一人引き連れて戻って来た。



「お待ちしておりました。シグレシア王国の勇者サクラ嬢と、召喚士のクルス殿ですね」



 現れた男性は、こちらの名を口にし深く頭を下げる。

 彼は自身がこの協会本部を預かる身であると自己紹介すると、奥の部屋へとボクらを案内した。

 協会本部の責任者となると、各国の騎士団や軍の中でもそれなりに高い立場。

 にしては随分と腰を低く接しており、それだけにアルガ・ザラでの一件は、彼らへ大きな衝撃を与えたことの証明に思えた。


 その責任者である男性に案内され、本部奥に在る応接間へと通される。

 中へ入ると大きく、いかにも柔らかそうなソファーが鎮座しており、正面の卓には多くの茶菓子やお茶が準備されつつあった。

 これは余程の歓待をされるのだろうと、密かに浮足立つ。

 けれどボクはそれと同時に、ソファーに座っていた一人の人物に視線がいった。



悠莉(ゆうり)? どうしたのよ、こんな場所で」



 見覚えのある、腰を降ろした人物。

 その人の名を呼ぼうとしたのだが、ボクより一足先に声を発したのはサクラさんだ。


 応接間の中に居たのは、本来であればこの国に居るはずがない人物。シグレシア王国の王城で近衛騎士を務めるユウリさんだ。

 元が勇者である彼女は、ボクらがシグレシアの王城である依頼を受け滞在していた最中、幾度か顔を合わせ世話になっていた人であった。



「お二方とも、ご無沙汰を。……そちらのお嬢さんとは、お初にお目にかかりますが」



 相変わらずの、少々肩っ苦しい言葉使い。

 けれど以前に会った時とそう変わらぬユウリさんの口調に、ボクは再会を驚きつつもどこか安堵するのだった。

 しかし元が勇者であるとは言え、現在は他国の騎士である彼女がいったいどうしてここに。


 初めて顔を合わせるアルマと、腰を落とし柔らかな握手を交わすユウリさんを、ボクとサクラさんは困惑しながら見下ろすのであった。



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