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蜃気楼の都 10


 黒の聖杯が発する防御の水流を避け、サクラさんは接近する。

 それに対する対抗手段として、今度は魔物を次々と召喚されていく。

 現れた魔物をボクが牽制し、サクラさんがその隙を見ては屠りつつ、矢を番え黒の聖杯へ一撃。

 迫る矢は再び水の壁によって阻まれるも、彼女はその間に短剣を握り接近していく。この繰り返しだ。


 きりがないとすら思える、ある意味で単調なこの行動ではあるけれど、これが現状でボクらの採り得る最もマシな戦い方だった。

 けれどそれでいい、黒の聖杯が広い空間でないと存在できないのなら、水と魔物の死骸で次第に狭くなっていくここはそれに反するのだから。



「サクラさん、そろそろ手持ちが無くなりそうです!」


「こっちも武器が限界ね。矢はまだあるけど、短剣がもう……」



 とはいえ延々戦い続け、手持ちの武器や道具は消耗し尽くしている。

 ボクは牽制に使っていた薬品が底を尽きかけ、サクラさんは手にした短剣が限界を迎えようとしていた。

 そろそろ数十とは言えない数の魔物を屠っているのだ。とっくに切れ味なんて有って無いようなものだろうし、今は半ば鈍器としての使い方をしている。


 周囲には大量の水が撒き散らされ、切り裂かれたリザードの死体が無数に散乱する。

 多少広い地底湖とはいえ、人よりもずっと大柄なリザードだけに、100に迫る数が倒れればある程度狭くなっていく。

 それに黒の聖杯が発生させた水も相当量に及び、今は転がったリザードを足場にして戦っているような有り様だった。



「そろそろ何かそれらしい兆候でも見えればいいんだけど」


「……今のところ、変わった様子はありませんね。本当にこれで効果があるんでしょうか」


「運を天に任せる他ないわね。もし間違ってたら……、気合を入れてあいつをぶっ壊すしかないか」



 ただ広い空間で黒の聖杯が存在できないというのは、あくまでも想像の域を越えない話。

 もしこれが間違っていたとしたら、いったいどうすれば良いというのか。

 サクラさんがヤケクソ気味に言うように、気合だの根性だので迎え撃つしかないのかと思うも、現実的ではないというのもわかる。

 せめて何か、打開策が見いだせれば……。



「クルス君、考えるのは任せるわよ。私は出来る限り拮抗してみせる」



 サクラさんも今のままでは、消耗するばかりだと認識しているらしい。

 再び弓を構え矢を番えると、僅かな希望をこちらへ託すように声を発し、再び駆け出した。


 そのサクラさんは接近するフリをして、群れとなったリザードの近くへ移動する。

 黒の聖杯が迎え撃つため生み出した猛烈な勢いの水は、固まっていたリザードを易々と吹き飛ばした。

 これであれば武器がボロボロであっても、現れた魔物を倒していくことができる。


 けれど黒の聖杯が知性を持っていることは、これまでの経験からなんとなくわかる。

 一定の学習能力を備えているであろうそいつは、2度3度と自身の生み出した水の勢いが、同じく生み出したリザードを薙ぎ払う光景を見て行動を変えた。

 魔物を生み出す勢いを抑え、水流のみでサクラさんを攻撃するようになったのだ。



「何か……、打開できる策は」



 今のままではジリ貧だ。それにこんな調子で、いつになったら倒せるというのか。

 サクラさんは回避しながら矢を放つのだけれど、やはり防がれるばかりで矢を消耗する一方。

 それに魔物を召喚しなくなったことで、空間を埋めていく速度も著しく落ちた。


 ボクは襲い掛かる焦りに突き動かされ、衝動に身を任せるまま地底湖を走った。

 水へ沈むように横たわるリザードの死骸を飛び越え、壁に伝って走り、振り返って周囲を眺める。

 けれどそんな闇雲な行動で、打開策なんて見つかろうはずがない。


 地下に潜ってどれだけの時間が経過したのか、その感覚は歪み始めているけれど、もういい加減夜が明けていてもおかしくはない。

 このままでは亜人たちの体力も落ちていく一方だし、外ではアルマが待っている。それに矢だって尽きてしまう。

 焦りと苛立ちは平静さを覆い潰し、無意識に動く腕はそれを解消すべく、硬い壁を殴りつけていた。



「ん?」



 ただ硬く拳など逆に砕かれかねないと思ったそれに触れ、ボクは違和感を覚える。

 殴りつけた拳は多少の痛みこそあるものの、血を流すでもなく赤くなるだけで、むしろ壁の方が凹んでいるくらいだ。

 見れば立っていた場所周辺の壁が、岩ではなく粘土質の土で出来ているのに気付く。



「なんでここだけ? ……何もしないよりはマシか」



 岩盤の中へあるはずな地底湖で、どうしてこんな場所がと思いつつも、打開への取っ掛かりが僅かでもあれば。

 腰に差していた短剣を握ると、逆手に持ちその粘土質の壁へと突き立て掘り進めた。


 黒の聖杯相手に一進一退しながら奮闘するサクラさんを背に、なんとか壁を掘っていくうちに辿り着いたのは、見るからに人工的に固めて作られたと思われる壁。

 短剣を突き刺すも硬いそれに辟易しながらも、さらに少しばかり削り進めていくと、あるところから水が沁み出してくるのに気付いた。


 思い返してもみれば、教会内の扉からここまで、ちゃんとそれなりに通れる広さの道があった。

 地面だって歩くのにそこまで不自由はせず、元々は天然の洞窟かも知れなくとも、人の手が入っているのは言うまでもない。

 なのでこの壁はかなり以前、先に在るものを防ぐために設置されたのではないか。



「サクラさん、ここを壊してください!」


「どうしたのよ、いきなり」


「とにかくお願いします! 今のところこれ以外に手が思いつきません」



 急いで振り返ると、残り少なくなりつつある矢を温存し戦うサクラさんへと、壁の一点を指し告げる。

 ボクの力では、いつまで経っても穴など開けられやしない。


 彼女はこちらが切羽詰った様子なのを、すぐさま感じ取った。

 地面から噴き出した水流を回避し小さく頷くと、手にしていた矢を矢筒に納め、勢いよくこちらへ駆け出した。

 倒れたリザードを足場にし一足飛びに駆け寄ると、握る弓を大きく振り上げ、指さしている壁面へと勢いよく叩きつける。


 ほとんどが金属でできた、非常に巨大で頑強な弓は鈍器さながら。

 叩きつけたことによる空気の衝撃すら感じるそれによって、強固な筈の壁は一瞬にして崩壊するのだった。



「って、なにこれ!?」



 壁を破壊したサクラさんは、直後に壁から噴き出してきた水を、超人的な反射神経で避ける。

 さっきまで黒の聖杯が使ってきた攻撃手段だけに、ついつい驚きが強かったようだ。

 けれどこれは聖杯が召喚したものではなく、間違いなく元々この場に有ったもの。



「水は枯れていなかったんですよ。この地底湖へ繋がる先に残っていたんです」



 破壊された壁から、轟々と音を立て流れ込む水に、ボクは推測が合っていたことへ安堵する。

 元々天然の洞窟であったここまでの道だけれど、地底湖を見つけた町の住人たちによって、水を運びやすいよう広げられたに違いない。

 そして更にここへ繋がる水の道が別に存在した。あえてそこが埋められていたのは、昔の人たちが水源の枯渇を案じ、過度に使えぬよう調整をしたのだろう。

 けれど長い年月によってそれは忘れ去られ、こうして空っぽの空間だけが残った。


 上では黒の聖杯によって引き起こされたであろう、幻覚の住人にしか出会わなかった。

 なので地底湖が枯れたと考えた本来の住人たちは、とっくに町を捨て逃げ出しているに違いない。

 砂漠を越えてアルガ・ザラへと来る途中に見かけた、非常に大規模な隊商(キャラバン)。あれもその一部なのかもしれない。



「なんにせよ、これで空間が埋まってくれるわね」


「あとはこっちの想像が合っている事を祈るばかりですが……」


「大丈夫だと思う。よく見てみなさいな」



 向こう側に蓄えられた水が相当量なためか、崩れた壁の箇所から流れ込む水の勢いは激しい。

 出現するリザードを倒したり、黒の聖杯が召喚する攻防の水とは比較にならない速度で、地底湖の空間を埋めていく。

 けれどこいつを行う理由となる、狭い空間を黒の聖杯が嫌うという想像が間違っていれば全て無駄。


 そう考え心配に拳を握るのだけれど、サクラさんは宙へ浮かぶ黒の聖杯を指す。



「狭い空間で存在出来ないかどうかは、まだ判別がつかない。けれどヤツが嫌がっているのは確かみたいね」



 見れば黒の聖杯は遠目にもわかるほど振動し、再びドス黒い粘性のある液体を、器から溢していく光景が。

 それにさっきよりも浮かぶ位置が高くなり、何がしかの異変が起きているのは明らか。

 サクラさんの言うように、それは意志を持つであろうそいつが嫌がっているように見えた。



「畳みかけるわよ。牽制に仕える物はもうまったくないの?」


「ほんの少しだけですが。これを使ってください、空気に触れると炎上します」


「了解。なら早速使わせてもらうとしますか」



 上着のポケットから取り出した、最後の一つとなる小瓶。

 それを受け取ったサクラさんは、黒の聖杯へと放り投げる。

 ただ緩やかな放物線を描き飛ぶそれを、ヤツは叩き落すまでもないとばかりに、悠々と動き回避しようとした。

 けれどその直前、小瓶は粉砕され中に入っていた紙片を撒き散らす。


 舞う紙は空気へ触れるなり炎を纏い、小さな動きで回避しようとしていた黒の聖杯を、激しい炎に巻き込んだ。

 放り投げると同時に矢を番えたサクラさんによって、小瓶が空中で貫かれたためだった。



「やりましたか!?」


「流石にアレだけじゃ無理かな。追い打ちをかける」



 けれど魔物の肌を焦がすことが出来る程度では、黒の聖杯を破壊するには至らない。

 サクラさんはもう一撃を加えるべく矢を射放つのだけれど、それは下より巻き上がった水によって、再び落とされる。

 空中に漂っていた炎は霧散し、中から現れたのは少しばかり煤に汚れた黒の聖杯。やはりあれだけでは、大した効果は得られなかった。


 ただ直接的な打撃には至らずとも、知性を持つヤツの動揺を誘うには十分。

 黒の聖杯は遂になりふり構ってはいられなくなったか、次々と魔物を召喚し、やたら滅多に水流を呼び出しては振り回してくる。

 それでは余計に空間を狭くする一方にだろうと思うも、今度は激しい水流が上へ向かい、穿つように天井に叩きつけられた。



「あいつ、いったい何をする気で……」


「おそらく天井を突き破るつもりね。狭い通路へ逃げられないなら、通れる道を作ってしまえってことよ」


「そんな――」



 馬鹿な、と告げようと口を開く。

 けれどその若干馬鹿げているとすら思える行動は現実となり、延々と上に向け噴射され続ける水流によって、遂には天井へ大穴が開き大量の岩が崩落していく。


 ボクらは急いでその場から移動し壁際へ。

 見上げてみれば開いた穴の先には、少しばかり広い空間が。

 おそらく地下内に在る小さな空洞を繋げ、最終的には外へ飛び出そうという算段らしい。



「この機を逃す手はないわね。クルス君、荷物は任せた!」



 上に空いた空洞へと、黒の聖杯は上昇していく。

 ただ逃亡を計っているであろうそいつを、サクラさんは易々と逃してやる気などさらさら無い。

 彼女は弓と数本の矢だけを持ち、残りの荷物を全てボクへと押し付けると地面を蹴って跳躍、崩落しつつある岩を足場にし黒の聖杯を追うのだった。



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