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蜃気楼の都 09


 南部の都市ダンネイアにあった闘技場を彷彿とさせる、巨大な空間。

 あの闘技場ほどではないにしろ、地下に広がるこの広大な空間は、町で使う水の大元となる地底湖なのだと思う。

 何故"思う"なのかと言えば、現在そこには水がまるで存在しないため。

 本来であれば水で満たされているはずなそこには、ただひたすら乾いた岩が剥き出しとなっていたからだ。



「サクラさん、アレを」


「見えてる。案の定ね」



 地底湖であった場所の中央を見てみれば、そこには宙へ浮かぶ小さな物体が。

 遠巻きではあるけれど、アレは間違いなく黒の聖杯だ。

 手にしたランプの光が届いていないにも関わらず、何故か浮かんでいるそいつがハッキリと目に見えるのは、それ自体が淡い光を発しているせいか。



「さて、問題は大人しく破壊させてもらえるかどうか」


「望み薄だと思います。これまでも魔物を召喚したり、転移したりと散々手こずらせてきましたし」


「そうよね……。今度はどんな妨害をされるやら」



 サクラさんはそう言って、自身の背へ手を伸ばす。

 狭い地下道の中、なんとか引っかからないよう背負っていた弓を手にすると、矢を番え構えた。

 さっきまでは弓など使えない狭さだったけれど、ここでなら彼女のが本領発揮出来るはず。

 なので戦力的には増したけれど、きっと一筋縄ではいかないに違いない。


 延々気にしていても仕方ないとばかり、サクラさんは番えた矢を勢いよく放つ。

 彼女の身長ほどもある巨大な弓から放たれる矢は、唸りをあげ黒の聖杯へと迫った。

 強力無比と思われる矢の一撃は、緩やかな弧を描き黒の聖杯を砕く……。と思われたのだけれど、矢は届くことなく弾かれてしまう。

 聖杯へと至る直前、真下から現れた水の壁によって、上へ逸らされてしまったからだ。



「また幻ですか!?」


「いや、たぶんこいつは本物ね。幻覚ではこっちの感覚を騙せても、物体にまでは作用しないはず」



 現にこうして黒の聖杯があった以上、町で起こっているおかしな状態はこいつの影響に違いない。

 なので現れた水流も幻覚の一種かと思うも、確かにサクラさんが言うように、勢いよく飛ぶ矢が弾かれたのだからこいつは本物なのだろう。


 サクラさんは射た矢が防がれるや否や、次の矢を番え素早く駆け出す。

 そうして角度を変えた先で再び鋭く矢を放つのだけれど、それは黒の聖杯に届く直前に、またもや同じ形で水によって防がれた。



「さて、どうしたものやら。ここの水はほぼ枯れてるみたいだし、水も異界から召喚してるのかしら?」


「まるで聖杯そのものが魔物みたいです。あんな防御手段があるだなんて」


「異世界らしくなってきた。こういうの嫌いじゃないわ」



 サクラさんは苦々しい表情をしつつ、手にした弓を下ろす。

 矢はまだあるけれど、射続けたところで同じ結果になるのは目に見えている。

 かといって接近戦を仕掛けても、矢の代わりに身体が弾き飛ばされるだけ。



「何か良い手はない?」


「手と言われましても。ボクにいったいどうしろと」


「お師匠様から色々と教わったんでしょ。打開の切欠が欲しいところね」


「せめてどういった攻撃が有効かを知らないことには……」



 懐へ手を入れたサクラさんは、服の内側へ仕込んでいた投擲用のナイフを放つ。

 けれどこれまた矢と同じく、地面から噴き出した水によって防がれてしまった。

 それによって、遠巻きでの攻撃は通用し辛いというのが確信できる。聖杯そのものには有効な筈だけれど、そもそも届かなくてはどうしようもない。


 そこで有効な手段を問われるも、ボクだってそんな手段は思い付かなかった。

 ボクが使えるのは、精々が魔物を驚かせたり行動を阻害する程度のものであり、超常の力を持つ相手を討つなど不可能。



「それにしても、もしかしてこいつが水を枯らしたんでしょうか」


「どうだかね。何処からともなく現れたこいつが水を枯らして町を変貌させたのか、それとも水が枯れたから現れたのか」


「枯れたから現れたって、そういう事もあるんです?」


「私の勝手な想像よ。まったくもって得体の知れない存在なんだから」



 防御以外には、まるで動く様子のない黒の聖杯。

 そのため距離さえ取れば危険はなく、こうして対策会議の如きやり取りができた。


 ボクはそこでサクラさんが発した、想像にすぎないという言葉に妙な感覚を覚える。

 黒の聖杯は、いまだもってどうやって発生するのかが不明なまま。たぶんそれは大陸中どこで聞いても、そう返ってくるはず。

 けれど以前に王城で書庫を漁った時に読んだ書物によれば、黒の聖杯は出現に一定の条件があるという話も。



「本当なら、洞窟の中みたいに狭い場所へは出現しないそうなんです。今までも見たのは広い場所だったですし」


「カタリナが居た海岸の横穴は? あそこはここよりずっと狭いけど」


「黒の聖杯そのものは、穴の外で発生していました。なのでこの場所へ現れたというのは……」


「地底湖の水が枯れて、水が無くなったからね。これだけ広ければ十分ということか」



 今まで黒の聖杯に遭遇してきたのは、森の中や平野部、それに開けた海岸。

 森の中は視界こそそこまで広くはないけれど、上を見上げれば空が見えたし、十分広い空間だった。

 黒の聖杯が現れる、最低にして唯一判明している条件だけれど、今までに関しては問題が無い。


 けれどその条件に照らして考えれば、ここのように狭い場所では本来黒の聖杯が現れるはずがない。

 ただ地底湖から水が枯れ、空間が広がったことで条件が整ったというのであれば、納得はいく。



「けどそれがわかったからと言って、どう対処すればいいのかは不明ですが……」


「そう? 案外重要かもよ、その情報」



 しかし出現した理由が推測できたとはいえ、解決するために役立つかは別問題。

 ボクは至った根拠の利用法がないと息吐くのだけれど、一方のサクラさんはそうではないと考えたようだ。

 いったいどういう意味かと問うてみると、彼女は明確な自信はないようだけれど、頭に浮かんだことを口にしていく。



「黒の聖杯が広い場所じゃないと出現できないだけなのか、それとも広くないと居続けられないのかは知らない。けれどもし仮に後者だとしたら」


「……ここが狭くなれば、活動が停止すると?」


「仮定に仮定を重ねた推測だけどね。試してみる価値はありそう」



 この広い地底湖の水が減ったことによって、必要な空間が確保されたというのは、あながち間違った推測ではないはず。

 ならば今度はこの広い空間を埋めることによって、その条件を排除してやろうという案だ。



「ですがどうやって。水は枯れてしまったんですよ」


「水ならさっきから、ヤツがしこたま出してるじゃない。それに水以外にも、この空間を埋めるモノはある」



 サクラさんは視線を黒の聖杯へ、そして親指を立て自身の背後を指す。

 その先に在るのは、ボクらが通ってきた地下の細い道。



「リザードたちですか。……上手く召喚してくれるかどうか」


「物は試しよ。精々上手く挑発してやるとしますか!」



 サクラさんはそう告げるなり、弓を背負い短剣を握る。

 そして身を低くし地面を蹴ると、勢いよく黒の聖杯へ突進を仕掛けたのだった。


 黒の聖杯は、異界から魔物を召喚する。

 それと同じ仕組みなのだろうか、本来ならば枯れているはずな水源からではなく、異界から水を召喚しているようだった。

 きっとサクラさんはその水に加え、リザードを召喚させることによって、この空間を埋めようと考えているのだ。


 なかなかに無謀な案だと思わなくもない。

 けれどボクにはそれに勝る手段を出すことが叶わず、一見して無茶なそれに乗る他なかった。



 短剣を手に黒の聖杯へ迫るサクラさん。

 ただ当然のように、知能らしき物を備えているであろう聖杯は、そんな彼女を妨害するべく行動を起こす。

 迫るサクラさんの前に立ち塞がるように、矢を弾いた水の壁を巻き起こした。



「クルス君、リザードが出たら頼むわよ!」



 サクラさんはそう叫ぶと、水の壁を避けながらもなお接近していく。

 すると黒の聖杯の防衛衝動なのだろうか、鉛色をした杯からはドス黒い液体が溢れ、大量に地面へと滴り広がっていった。

 案の定、その黒い粘性を感じる広がった液体からは、無数の影が沸き出てくる。

 そいつらは次第に形作られ、リザードの姿へと変容していった。


 生み出されたリザードは、本能なのか黒の聖杯がした命令なのか、サクラさんへと迫っていく。

 十数匹に及ぶそれらが一斉に集まり彼女を囲もうとしたところへ、ボクは持っていた残り少ない薬品の一つを投げ込んだ。



「サクラさん、息を止めて下さい!」



 投げる動作のまま、サクラさんへと叫ぶ。

 彼女はその言葉を耳にするなり、理由を問うことなく口と鼻を塞ぎ、ご丁寧に目まで閉じてくれた。

 その直後、投げた小瓶は地面へ落ち割れると、中からは数枚の小さな紙片がこぼれ、動く空気によって舞い上がる。

 とはいえ普通の紙ではない。お師匠様から譲られた手帳に記されていた、門外不出の製法で作られた薬品の浸みこんだ紙だ。


 舞う紙は空気へ触れるなり一気に酸化、燃え上がったかと思うなり、炎を周囲に撒き散らす。



「……想像以上に威力が。お師匠様、やっぱり使い辛いですよコレ」



 サクラさんの周囲で巻き起こった炎は、あまり乾燥に強くはないリザードを焦がしていく。

 これはお師匠様の手帳に記されていた中でも、最も火力のある代物だ。

 ただその手帳にも記されていたけれど、少々火の勢いが強いため、周囲に燃える物がある場所では使えない。

 けれどこんな状況であれば、役立ってくれるようだ。



「なかなかやるじゃないクルス君。でもちょっと髪が焦げちゃったから、後でお仕置きね!」


「そ、そんなぁ!」



 とはいえやはり火力が強すぎたようで、サクラさんにまで被害は及んでしまう。

 彼女は肌を焼かれ怯んだリザードの数体を屠りながら、不穏な言葉でボクを脅すのであった。



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