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糧 09


 森の王による襲撃から一夜明け、ボクとベリンダは早朝から協会のロビーに居た。

 協会支部の責任者であるおじさんや、駐留する騎士団の幹部へと状況の説明をするためだ。


 サクラさんとミツキさんは、まだ揃って夢の中。

 昨夜は夜中に叩き起こされて命がけの戦いを演じたのだ、もう少しくらい眠らせてあげても罰は当たらないはず。

 その代わりボクとベリンダは一睡もできていないのだけど、2人とも騎士団所属の身である以上、こればかりは避けようがなかった。



「では君が確認したのは、兵士が1人に女性の勇者が2人で間違いないね?」


「はい。途中何人かの兵士が負傷するのは見ましたが、死亡を確認したのはその3名だけです」



 問われるのは戦闘となった経緯や、目についた被害など事細か。

 普段の弱い魔物を狩る程度ならばしない報告も、事が自然災害級の扱いをされる、強力な魔物となれば話は別。

 犠牲もそれなりに出てしまっただけに、口頭での報告で済まさせてもらえるだけ御の字だ。



「よもや勇者が2人も犠牲になるとは……。いや、あんな化け物が現れて2人で済んだのが救いか」



 そう言って、壮年の騎士団幹部は溜息をつく。

 聞く者によっては少々角が立つ言葉だけれど、きっとそれは本心から出た言葉。

 本来ならば森の王は、勇者を伴うとは言えボクらのような新米が、そう簡単に退治できるような相手ではないというのが第一。


 そしてもう一つ。勇者を召喚するための召喚士育成には、かなり長い月日が必要。言うならば莫大な費用がかかっている。

 そうやって呼び出した、高額な戦力である勇者の損耗が2人で済んだ。という意味で出た言葉なのだろう。


 人間味を欠いた発言の様にも思えるが、これも仕方のないこと。

 ボクらのような当事者たる召喚士はともかく、国としては勇者を一種の兵器として見ているのだから。



「もっとも、死んだのが2人というだけで、戦力としてはもっと減っているようだが」


「と仰いますと?」


「生き残った新米の5人の勇者も、内3人は使い物にならん。完全に怯えきってしまっておる」



 話を聞けば、ボクらと同じく深夜に飛び出した中で生き残った新米勇者5人は、運よく森の王に遭遇せず済んだらしい。

 しかし全てが終わって駆け付けた時に見たのは、つい数時間前まで仲間と呼んで談笑していた少女2人の、変わり果てた姿だった。


 方や胸を貫かれ即死。方や潰れた下半身だけを残し、残りは魔物の胃の中だ。

 彼らはその凄惨な光景を見て、今現在自分たちが存在している世界の姿を悟った。

 武器をその場で投げ捨て、帰してくれと泣き叫び、半狂乱となる者も居たらしい。



「あとの2人もどうなる事やら……。喪失状態で会話もままならん」



 サクラさんを始め、彼らは皆これといった戦いの存在しない世界からやってきたのだ。

 生まれながらにして魔物の存在を隣に育った在ったボクらとは、その耐性が異なるのは当然。


 だがこちらの都合で召喚しておいて勝手ではあるが、これがこの世界の在り様だ。

 勇者として生きていく以上、適応してもらわなければならない。

 その適応が叶わなければ、勇者に開けた未来は待っていないのだから。



「とりあえずは以上だ。少ないがこれは取っておきなさい、貢献に見合った額とは到底言えないがね」


「……頂戴いたします」



 ボクとベリンダの手へと、騎士団幹部からズシリと重い感触の麻袋が渡される。

 本来であれば確実に討伐依頼の出されるような存在、森の王を討ったことにより、協会と国から出された報酬だ。


 支払われた報酬は大陸共通通貨で、現在のサクラさんの稼ぎにして約半年分。それを2組で等分している。

 ベリンダは自分は何の役にも立っていないからと、半分を受け取るのに難色を示していたのだが、ボクとてそこまで人にどうこう言える程の活躍をしてはない。

 彼女も色々と要り様になるだろうし、何よりボクらだけでは仕留められなかった。なので半ば強引に押し付ける。



「ごめんねクルス……。あたしも加勢できればよかったんだけど」



 ミツキさんの側に居なかったベリンダは、協会を出てすぐ市街中心部での混乱に巻き込まれたらしい。

 確かにあの時、町の西側に比べ中心部は少々騒がしかった。

 聞けば逃げ出そうとする者たちや、状況の説明を求め騎士らに詰め寄る人々で一悶着あったという。


 その中でミツキさんとはぐれ、沈静化を試みる騎士団に協力を要請されたため、全てが終わるまで合流できなかったそうだ。

 当の本人であるミツキさんはというと、他の新米勇者が勝手に西門へ向かうのを見て、自分も行かなければという判断をしてしまったらしい。

 生き残ったミツキさんはともかく、それが死んだ者の命運を分けてしまったようだ。



「気にしないでいいんだよ。ボクだってそんなに役には立ってないし」


「でも……」


「ボクらはただ、勇者を助けていけばいいんだよ。直接戦いに参加しなくても、今のベリンダにはそれができているからさ」



 それだけ告げると、彼女は小さくゴメンと呟き、それ以上の会話が生まれることはなかった。



 聴取を終えたボクらは、一旦そこで解散をする。

 かといって眼が冴えてしまったため、このまま眠ることもできない。

 昼過ぎに起きてきたサクラさんへ、ここまでの経過とボクが受け取った報酬の話をするや否や、彼女は開口一番真剣な様子で、「新しい弓を買いましょう」と告げた。


 昨夜の戦闘で、自身の技量と持つ弓の非力さを痛感したのだろう。

 だがそれにはボクも賛成だ。この近辺のように、森の王などの例外を除けば弱い魔物ばかりの土地と違い、余所にはもっと強力な魔物が徘徊している。

 となるといずれは今の安い弓では事足りなくなってしまう。


 そこで簡単な食事を終えるなり、早々にコルデーロ武具店へと向かう。

 森の王討伐によって得たお金を元に、予算内で可能な限り良いものを買うつもりだ。



「なるほどな……。ちょっと待つといい、当座を凌ぐには良い物がある」



 店主へと事情と予算を説明すると、すぐさま店の奥へと引っ込んで行く。

 そうして持ってきたのは、一振りの大きな長弓。金属と木材で出来ており、見るからに重そうな代物だ。



「そいつならここに置いてあるどの弓よりも、格段に威力は高いはずだ。と言っても、余所に行けばもっと上等なのはあるがね。そうだな……、値はこのくらいでどうだね」


「こんなに安く……」


「なぁに、少々重いのに加え、扱いが難しいせいで長年仕舞われてた売れ残り売れさ。でも手入れは続けている、問題ないと保証するよ」



 かなり高そうに思えた弓だが、店主が提示した額は想定の半分以下。

 試しに店の裏手で撃ってみると、確かに今までの物よりは格段に重く狙いがつけ辛いとサクラさんは言った。


 それでも難なく狙いとする場所へ命中させていくのは、彼女の技量の高さか、それともスキルの影響が多分にあるのか。

 どちらにせよ彼女にとっては、重さという難点は多少あるにせよ、扱いの難しさはそこまで影響を感じさせないものだった。



「本当にいいんですか?」


「お前さんたちは、この町を護ってくれたからな。それに……」



 店主の老人は続けて、「お仲間に出来る数少ない手助けだ」と告げた。

 なるほど、この店主が勇者たちへ武具を貸し与えていた理由がこれでわかった。

 店主もかつてはこの世界へ召喚された、勇者の一人であったのだという。

 ある時自身のミスによって召喚士を死なせてしまい、以来一線を退きこうして武具屋を営むようになったのだそうだ。


 その店主に支払いをし別れを告げる。

 帰り際に一言「生き残れよ」とだけ告げられると、彼は他にいうことはないとばかりに店の扉を閉めた。



「それで、これからどうするの」


「どう、と言いますと?」


「そろそろ別の町に行こうとか考えてるんでしょ? その行き先よ」



 コルデーロ武具店からの帰り道、サクラさんは不意にそう切り出す。

 考えているものはお見通しだったようだ。元々隠すつもりもなかったのだけれど。



「ほとんどの勇者はこの町を出ると、大抵最初は王都へ向かうんですが……」


「なにか問題でもあるの?」


「いえ、王都そのものは別に問題ないんです。ただあそこは勇者がかなりの数集まるせいで、正直過剰供給気味なんですよね」



 召喚された勇者たちの多くは、より良い装備が手に入る場所を求めて、より暮らしやすい場を求めて王都へと向かう。

 単純に人口の多い土地の方が、名声を得やすいというのもあるようだ。


 ただ必要とされる勇者の数に対し、王都を拠点に活動しようと考える者の数は多すぎる。

 王都周辺一帯では、勇者同士で魔物の取り合いなんてのも珍しくはないと聞く。

 実際のところ、勇者という戦力が足りず困っているのは地方だ。

 各地方では勇者がなかなか訪れないため、碌に魔物を退治するのも叶わず、町を完全に壁で覆いその中で暮らしているという土地も多い。


 優先的にそちらを助ければとは思うものの、騎士団は勇者に対しそういった要請は行っていない。

 というのも騎士団主導で方々へ割り振った結果、勇者の機嫌を損ね他国に流出されるのを恐れている。というのは実しやかに流れる噂だ。



「サクラさんはどこか、行ってみたい土地はありますか?」


「行きたい土地って言われても、私はまだこっちの地理がよくわかってないから。……そうだ、私魚介が食べたい」


「魚介……、ですか」


「召喚されてからずっと、延々肉ばかりで正直飽き始めてたのよね。たまには魚が食べたい、だから海」



 海……、か。

 肉に飽きたという感覚は正直理解に苦しむところではあるけど、案外異界の人はそういったものなのかもしれない。

 一度だけ珍しく見かけた川魚を食べるも、それではサクラさんの欲求を満たすには足りなかったようだ。


 ここは大陸の南岸に位置する国であるため、ひたすら南に行けば海へ行き当たる。

 港町も点在しているため、海の魚が食べたいのであれば、そこへ向かうというのが無難だろうか。

 サクラさんへそのことを告げると、「いいね、決まり」と言ってニカリと笑っていた。



 早速翌日には出発することにしたボクらは、協会に戻るまでの時間を移動のための準備に費やした。

 長距離移動の最中必要な保存食や消耗品を確保し、偶然目的地へと向かう行商人らが居ないかを探す。

 運よく見つかれば護衛も兼ねて移動できるので、ちょっとした収入にもなって一石二鳥。

 偶然酒場で港町へと向かうという行商人が居たので、交渉し同行することになった。依頼料は安かったが、なにも無しで移動するよりは良い。


 そして夜、協会の食堂へ集まったところで、ベリンダとミツキさんに翌日の出発を告げた。

 案の定ミツキさんは寂しそうな、そして不安そうな表情を浮かべる。



「寂しくなります。それに、不安です……」



 彼女のその言葉は、きっと本心からのもの。

 それに協会に居る勇者は、実質彼女一人となってしまう。

 7人居た他の勇者の内2人は命を落とし、残りも今後戦うだけの気力を取り戻せるかは不明。

 当面はミツキさんが非常時などに、孤軍奮闘この町を守らなければならない。


 森の王のように強力な魔物は、そう度々襲来するものじゃない。

 でももし再びあのような事態に襲われたらと考えると、彼女が不安に思うのも当然だった。

 それに自分を勇気づけ、守ってくれた頼れる同郷の人が居なくなるのだから。



「大丈夫、貴女ならきっと上手くやれる。それにまた会えるわよ、互いに生きて勇者をしていたらね」



 と言って手を握るサクラさんを見つめるミツキさんの頬は上気し、視線は熱を帯びていた。

 きっとこの短い期間で、二人の間には固い友情が芽生えたのだろう。実に良いことだ。



「ねぇクルス……」


「ん、なに?」



 その一方で、ベリンダはボクへ何かを言いたそうにする。

 だがなにかを言おうとしては口籠り、視線を合わせれば逸らされる。先程からそんな事を繰り返していた。

 そうこうした末に、結局彼女の口から聞かされた言葉は、「元気でね」の一言だけだった。



「もちろん。ベリンダもまた会う時まで元気でね」


「……うん」



 そうボクは笑顔で返す。

 彼女たちならばきっとこれから先上手くやっていけるはずだ。また無事で再会できると信じよう。

 ボクは満面の笑顔で、そしてベリンダは若干困ったような苦笑いで固く握手を交わす。

 ただそこでふと横からの視線を感じて振り向くと、サクラさんとミツキさんがジトリと、意味深な視線でボクを見ていた。



 その夜は少しだけ良い料理とお酒を頼み、会話に花を咲かせた。

 今は勇者も減ってしまったため、台所を切り盛りするのはおじさんに戻っている。


 朝が早いため酒量は少しに抑えたのだが、サクラさんはまだまだ飲み足りないといった風で我儘を言ってボクを困らせる。

 そんな様子を意外そうに見る二人は、可笑しそうに笑っていた。


 食事が終わると、ほろ酔いとなったサクラさんの手を引き、彼女の部屋へと送り届ける。

 普通に一人でも歩けるはずであるのに、駄々をこねてボクに連れて行かせようとしているのだが、これも新しいからかいの手法なのだろうか。

 途中で軽く脇を突かれたり、背後から抱き着いてきてボクの反応を楽しんでいる。



「……ねえ、クルス君」


「どうしました?」



 部屋へと戻る廊下、サクラさんは唐突に立ち止まり、背後からボクへと抱き着いたまま問いかけてくる。

 酔っているはずなサクラさんの言葉には、どこか真剣な色が纏うように思えた。



「今回の件でさ、また召喚される子が増えるのかな?」


「……そうですね、そうなると思います」


「碌に訓練もされてない子を、またいきなり外へ放り出すんでしょうね」



 きっと、いや間違いなくそうなる。

 今回散っていった勇者を召喚した彼ら以外にも、ボクよりも年下の召喚士見習いたちが、騎士団の施設内で幾人も訓練を続けていた。

 勇者が数を減らしたことによって、一両日中には彼らも同様に勇者を召喚する破目になるはず。



「美月が生き残れたのはあくまで偶然、一歩間違えばヤツに食われていた」


「はい」


「勝手に呼び出しておいて、武器もマトモに与えないで戦わせる。まったくここは、とんでもない世界ね」


「……す、すみません」



 そこでサクラさんは抱き着いていた身体を離し、「クルス君のせいじゃないけどね」「おやすみ」とだけ言って軽く手を振り、部屋へと戻っていった。

 ボクの背には彼女の温かい体温と、柔らかい感触だけが残る。


 これから先、ボクは彼女をどれだけ危険な目に合わせてしまうのだろうか考えると同時に、一つ思い出したことがあった。

 森の王と戦っている最中、きっと余裕がなかったためだろうけど、サクラさんはボクの名前を呼び捨てにしていた。

 それがボクには嬉しく、一歩彼女に近付けたように思えてならない。

 いずれそれが普通になるように、気兼ねせず名だけを呼んでくれるようになるその時まで、サクラさんを支えていこう。


 拝啓お師匠様、ボクはサクラさんの本当の相棒となるべく、明日共にこの町から旅立ちます。



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