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蜃気楼の都 08


 都市アルガ・ザラの水源である、教会の地下に伸びる洞窟。

 その奥で遭遇した魔物をやり過ごしたボクらは、奥にある小さな横穴を発見し入ったところ、そこで探し続けていた亜人たちの姿を見つける。

 けれど残念なことに、十数人居る亜人たちは半分以上が既に事切れていた。

 残る亜人たちも食料の不足によってか衰弱し、今にも命の火は消えそうだったけれど、なんとか手持ちの少ない食料を渡し命を繋ごうとする。



「も、申し訳ない……。なんと礼を言っていいものか」



 渡した水筒から水を煽る亜人の青年。

 彼は生命を掴み戻したと言わんばかりに息を吐くと、力ない声で礼を口にした。


 本当であれば、もっと消化し易いような食事を摂って貰いたいところ。

 けれど持っているのは保存に長けた固焼きの菓子や乾燥したパン、あとは干し肉や干し野菜など。

 鍋で煮ることが出来れば多少はマシだけれど、こんな地下にあってはそれも叶わない。



「礼なんて別にいいわよ。それよりも、どうして貴方たちはこんな場所に? ずっと探していたのよ」


「俺たちをか……?」


「少々理由あってね」



 サクラさんは力なく座る亜人の青年に、単刀直入に状況を訪ねた。

 生き残った亜人たちは、今は極力身体を寄せ合った状態で横になり、毛布を被り暖を取っている。

 今のところ真面に話が聞けそうなのは彼だけで、本来なら休ませてあげたいところだけれど、少しばかり無理をしてもらわなければ。



「俺たちがこの町へ来たのは、10日ほど前の話だ。しばらく外へ出ていないから、時間の感覚が曖昧だが」


「10日前か……。その頃はもう、町に異常が起きていた後ね」


「ああ。どういう訳か人々がおかしくなっていたし、何故か食事をしても腹は満たされない。そこで急いで出立しようとしたんだが」


「砂嵐で出られなかった訳か。今の時期は頻発するって話だし」



 青年の話を聞く限り、亜人たちもアルガ・ザラへ辿り着くなり、すぐさま町の異常には気付いたようだ。

 とはいえ町を出ようにも嵐で立ち往生。仕方なしに持っていた僅かな食料を分け合い、なんとか耐えていた。

 しかし人数が多いだけに、食料はみるみる内に減っていく。

 そこでせめて水だけでも確保できないかと、水源地であるここの探索を始めたのだという。



「でも奥へ進んだ途端にリザードの群れに遭遇しちまった……。仲間も何人かやられて、生き残った連中だけでなんとかここへ逃げ込んだんだ」


「なるほどね。そしてここへ隠れている間に食料が尽きたと」


「……身体の弱い年寄りや子供から息絶えていった。だが俺たちじゃ、外の魔物と戦うなんて」



 グッと息を詰まらせ、項垂れる亜人の青年。

 逃げ出すことも出来ない町から、さらに狭い地下の空間へ追いやられ、目に見えて減っていく食料に恐怖する。

 そんな状況で、弱い者から次々に倒れていくのだ。きっとその状況は酷く精神を蝕んでいったに違いない。


 けれど流石は荒れ山に生きる流浪の民といったところだろうか、青年は拳を握って悲観を振り払う。

 既に切り替えたであろう顔を上げると、無理に平然さを作ってこちらへ問い掛けた。



「そういやあんたら、さっき俺らを探していたって言ったな」


「ええ、ちょっと探し人。シグレシア領内の山も含めて、延々追いかけてきたのよ」


「まさかお前ら、奴隷商か……?」



 一瞬警戒を露わとする青年。

 けれどそんな彼へ首を振って否定すると、サクラさんは真剣な様子で問い返す。



「アルマという名に聞き覚えは?」


「部族長の娘の名前だ。でもどうしてあの子の名前を? 確か奴隷商に攫われたはずだが、やっぱりお前ら……」


「違うってば。私たちはシグレシアの領内で、あの子を保護したの。それでずっと両親を探していた」



 またもや勘違いをしかける青年を制し、サクラさんは淡々と事情を口にしていく。

 ボクらが港町カルテリオへ移動する最中、偶然に見かけた奴隷商の馬車。魔物に襲撃され壊滅したそこで、辛うじて一人生き残っていたのがアルマであると。


 青年はその話を聞き、アルマがこの町に来ていると知るや、「そうか……」と小さく呟く。

 事情に納得し、無事であることに安堵したようだ。

 なにせ奴隷商によって攫われたが最後、永遠に会えぬ可能性の方が高かったのだから。


 しかし青年は安堵と同時に、一転して表情を暗くした。

 その様子にボクは酷く嫌な予感を受けたのだけれど、すぐさまその予感は正しかったのだと知る。



「……残念だがお嬢の親、部族長はもう居ない」


「どういうこと?」


「国境を越えた先で、病に倒れたんだ。埋葬も済ませている」



 青年が告げた言葉に、ボクとサクラさんは揃って無言のまま脱力する。

 そういう可能性は当然頭にはあった。なにせ危険な道中、魔物に襲われるともしれないし、彼が言うように病に侵される危険も孕んでいるのだから。

 ならばアルマの母親はと問うと、彼はまたもや言い辛そうに言葉を詰まらせ、少ししてから口を開く。



「そっちはもう少し前のことだ。お嬢が奴隷商に攫われた時に受けた傷が元でよ……」


「そう……。アルマを連れて来なくて正解だったわね、こんな話聞かせられやしない」



 青年の話を聞くボクは、力なく地面へ腰を落とし頭を抱える。

 せめて片方だけでもと思っていたら、まさか両親共にとは。

 家族に会わせてあげると約束し連れてきたというのに、これでは本当にどう説明していいものか。


 俯くボクらへと、亜人の青年は次いで、その両親とは別にアルマには妹も居ると告げる。

 ならばその妹はどうしたのかと問うと、彼は視線を一方へやり、またもや暗い調子で話す。



「そこに居る短髪の小さい女の子がそうだ」


「……そこって」


「本当に、お嬢にどう話したもんだかな。俺にはわかんねえよ」



 彼が向けた視線の先には、ボクらがここへ辿り着いた時には既に息絶えていた人たちが並べられている。

 見れば青年が口にした特徴に合致する少女が横たわっており、ボクは愕然とした気持ちになった。



「長くお嬢の面倒を見てくれたあんたらに頼むのも、おこがましいとわかっちゃいるんだが……」


「わかっています。アルマに話すのは……、ボクらがした方がいいでしょうし」


「悪いな。俺の口からは言えたもんじゃない」



 ここに至って、グッと涙を溢す青年。

 こっちだってキツイのは否定しないけれど、流石にこんな宣告まで任すというのは酷というもの。

 それにいっそ亜人たちとは会わない方が、アルマにとっては気が楽なのではないか。



「なんにせよ、全てはここから脱出してからになりますけど」


「でもその前に私たちはやることがあるわよ」


「わかっています。おそらく奥にある、黒の聖杯を破壊しないと」



 アルマの家族には、終ぞ会う事は叶わなかった。けれどまだ亜人たちが幾人か残っているだけ、まだマシであると受け取るしかない。

 その亜人たちを助けるには、ひとまずこの状況をなんとかしないと。

 黒の聖杯を破壊し、まずは地下に発生する魔物の発生を止める。そしてアルガ・ザラを本来の姿に戻す。

 これらが叶って初めて、事態が打開出来るのだと思えた。



「水と食料は置いて行く。もう少しだけこの場で耐えていて」


「ああ……。すまないな」


「気にしなくていいわよ。せめて貴方たちだけでも助けないと、こっちもアルマに顔向けできないもの」



 亜人の青年と言葉を交わし、サクラさんはすっくと立ち上がる。

 ボクも彼女と共に小さな岩の亀裂部分へと向かい、再び這ってそこから出ると、短剣を抜いて元来た道を戻るのだった。


 強い警戒感を発し、ゆっくりと歩く。

 そしてリザードから逃げる為に飛び込んだ狭い横道へ辿り着くと、ボクの耳にはヒタリヒタリと、リザードの歩く音が無数に聞こえ始めた。

 いい加減撒いた薬品による麻痺も収まった頃で、きっとこちらの姿を見つけるなり、一斉に襲い掛かるに違いない。



「倒すのは容易だけれど、この狭い中じゃ突破は難しいかも。だから……」


「動揺させるだけでいいですか?」


「十分。なかなか頼りになるじゃない」



 ソッと奥を覗き告げるサクラさんに、ボクは鞄の中から取り出した物を見せつつ返す。

 彼女はそれを見てニカリと笑むと、最大限に近い賛辞を返した。

 どうやらサクラさんの役には立てそうだ。諸々を教授してくれたお師匠様には感謝しなければ。


 手にしたそれ、大振りな乾燥した実へと最後の一本となった水筒を手にし、少しだけ中に入った水を掛ける。

 すると水が浸みこんでいく実から、ミシミシと軋むような震えが手へ伝わってきた。

 それを感じるなり急ぎリザードが居る方向へと放ると、硬く跳ねる音が鳴った直後、耳をつんざく破裂音が響き渡った。



「今の内に突破するわよ!」



 突如発生した轟音によって、大勢のリザードからは動揺が漏れる。

 その隙を逃すことなく横穴から出て突進し、手にした短剣で進路上のリザードを屠っていくサクラさん。

 ボクもまた彼女の後ろをついて走り、追加で幾つかの薬品をばら撒いていった。


 お師匠様がボクへ数個残してくれた、シグレシアの西部で採れる木の実。

 水を含めば破裂し、四方八方へ種を飛ばすという性質を持つそれは、飛んだ種そのものにはさして効果はない。

 けれど破裂時の音が非常に強烈で、こんな狭い空間で間近に聞こうものなら、意識くらい失ってもおかしくはなかった。


 動揺が広がるリザードの波を突破し、暗い地下を走っていく。

 手にしたランプは激しく揺れ、まともに正面を照らすことが出来てはいないけれど、それでもなお勢いを止めず進む。

 そして2度ほど遭遇したリザードを斬り捨て、抜けた先にはだだっ広い空間が。

 ボクらは目の前に現れた空間で息を整え、小さな明りを頼りに目を凝らし、そいつが浮かんでいるのを目にするのだった。



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