蜃気楼の都 05
砂漠の都市アルガ・ザラに到着して4日目。
案の定と言うべきかどうか、緊張混じりに階下へ降りたボクらは、宿の主人によって追い出されるハメとなった。
怒り方は千差万別というか、ここの主人は懇願するように出て行ってくれと言うようで、前もって持っていた荷物共々追い出されたのだ。
「やっぱり覚えていませんでしたね……」
「日付も同じだったし、やっぱり最初の宿に客引きもされた。案の定こっちを覚えていなかったけど」
確認のため初日に泊まった宿へ移動したところ、昨日と同じく店主の客引きに遭った。
都合3日連続で顔を合わせているというのに、向こうはこっちを初見であると考えていたようで、その様子にはまるで不自然さを感じられない。
なのでサクラさんの言うように、ここアルガ・ザラではまるで同じ日が繰り返されているか、この光景が幻覚であるかのどちらかに思える。
「これはやっぱり、急いで亜人たちを探した方が良さそうね」
「本当にこの町に居るかはわかりませんが、もしそうなら助けないと……。いつまでもここに留まっていたら、それこそ命が危ないです」
見た目では食事が出来ても、まるで身体には吸収されない。水を飲んでも喉は癒されない。
となれば持って来た食料が尽きれば、そこで命が尽きるのと同義だ。
まだこの地にアルマの家族である亜人たちが居るかは不明だけれど、居るとすれば早々に助け出さなければ。
ボクとサクラさんは顔を見合わせると、亜人たちの捜索を再開する。
ここまでは体力の温存を優先したけれど、もうそうは言っていられない。
アルマをサクラさんに任せ、そちらとは別に手分けして聞き込みをしに動き回る。
とはいえ市街地で聞き込みをするも、まったく手掛かりらしき片鱗すら見つからず、ボクは郊外へと移動した。
砂漠との境に位置するそこは、風によって流れてくる砂が地面を覆い、人もまばら。
そんな場所へ建つ教会を見つけたボクは、軽くノックをし中を覗きこんだ。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」
シンとした教会に頭だけを突っ込み、中を窺いながら声を発する。
けれど静かな建物の中に声が反響し、無人であることを示すかのように返事はない。
亜人たちが身を寄せるとすれば、教会が最もあり得そうだと思ったのだけれど。
「し、失礼しますね」
返ってこぬ言葉へ逆に尻込みするが、他に心当たりがなく町の人からも情報が得られない以上、探す他ない。
ボクはとりあえず断りを入れながら、教会内へと足を踏み入れていく。
並べられた椅子や礼拝を行うための台座など、シグレシア王国でも同じ物が見られる教会。
それらはこれといって汚れている様子はなく、日常的に人が使っている様子が感じられた。
町の人に聞いたところ、ここアルガ・ザラで使われる水というのは、この教会の地下から沸き出しているのだという。
なのでそれを見張るためにも司祭が居るはずなのだけれど、まるで人の気配は感じられない。
「ここは、地下への入り口か」
教会の奥へと進み、少しばかり小さ目な一枚の扉の前に立つ。
古ぼけたそれを開いてみると、どうやらすぐ地下に向けて伸びているようで、真っ暗な通路が口を開けていた。
亜人たちを探すという目的には、あまり関係が無いのかもしれない。
けれど僅かな好奇心が刺激されてしまい、ソッと扉の向こうへと足を動かす。
「何をしておいでですかな?」
ただ地下への階段に足を乗せようとした時、突然背後からかかった声に、ボクはビクリと身体を震わせる。
進めるべく浮かせた足を硬直させ、ゆっくり背後を振り返ってみると、そこにはひとりの人物が立っていた。
見たところ教会の関係者であろう、簡素ながらも清潔なローブに身を纏った、壮年の男。
「す、すみません。誰も居らっしゃらないと思ったもので」
「お気持ちはわかりますよ。ここより続く地下は町の水源、他の土地から来られた方々が見せて欲しいと尋ねられる機会も多い。ですが出来ればご遠慮願いたいのです」
「すぐに退散します。失礼をしました」
「こちらこそ申し訳ない。町にとって大切な場所なもので、おいそれと人を入れることが叶わないのです」
現れたのは、きっと教会の司祭なのだと思う。
彼は少しばかり困った表情を浮かべたけれど、頭を下げ謝罪したボクへ今度は穏やかな笑みで返す。
どうやら注意をしただけで、本心から激怒している訳ではなさそうだ。
司祭から注意された以上、あまり長居するのも好ましくはなさそう。
なのでそそくさと教会を跡にしようとするのだけれど、本来の用件を思い出し立ち止まる。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんですかな? 私でよろしければ、お答えいたしますが」
「この町に亜人たちが訪れてはいませんか? たぶんつい最近の話だと思うのですが」
大小はあるけれど、大抵の町に一か所は存在する教会。
そこは多くの人が救済を求める場でもあり、亜人たちがアルガ・ザラへ来ているのであれば、立ち寄ってもおかしくはなかった。
なので司祭に亜人たちを知らぬか問うてみるも、彼は少しばかり考え首を傾げた後、軽く横へ振るのだった。
「この町は様々な事情を抱えた方々が訪れます。ですが亜人がというのは聞きませんな……」
あくまでも直感なのだけれど、司祭が嘘を言っているようには思えない。
いかにも純朴そうな外見はさておき、一瞬の躊躇いらしき素振りも見られなかった。
なのでこの教会に亜人たちが来ていないというのも、本当なのだと思う。
ただもしサクラさんが言っていた、この町が同じ日を繰り返しているという話が本当だとして。
一笑に付してしまいかねないその仮定が事実であったなら、司祭が亜人たちのことを知らなくても当然かも。
おそらく亜人たちがアルガ・ザラへ来たのは、ここ最近なのだから。
「……そうですか、ありがとうございました」
「もしそういった話を聞いた時には、使いの者を出しましょうか?」
「いえ、そこまでは結構です。……たぶん、ボクのことを覚えてはいないでしょうし」
親切な申し出をしてくれる司祭だけれど、ボクは彼の言葉に断りを告げる。
直後に小さな声で発した内容が聞き取れなかったであろう司祭は、怪訝そうにするのだけれど、ボクは何でもないと返し教会を跡にした。
教会から出ると、乾いた涼しい空気に身を晒し市街へ向け歩く。
さて、次はどうしたものだろうか。
サクラさんの予想だと、アルガ・ザラがこのような状態になったのは、今から20日近く前ではないかということ。
それは宿のカウンターに置いてあった暦表の日付けが、揃ってその時期で止まっているという事から来るものだった。
砂漠へ入る前に立ち寄った町で聞いた限り、亜人たちがここへ向かったのは丁度その頃。
なので彼らもまたボクら同様、この状態の町に辿り着いたという事になる。
「とりあえず、サクラさんたちと合流しよう。場所はこの町の支援協会だったっけ」
一通り周ってはみたけれど、亜人たちについて明確な手掛かりは得られなかった。
とはいえ教会に来ていないというのもまた情報であり、それを伝えるためにもサクラさんと合流しなくては。
サクラさんとアルマは、ここまで周っていない場所で聞き込みをした後、アルガ・ザラにある勇者支援協会に行くと言っていた。
急ぎそこで合流するべく市街に向かおうとするのだけれど、少しばかり視線を町の外へ向けた先にある光景に、息つき肩を落とす。
「まだ当分出られそうにないな……。食料はまだあるけど、出来るだけ残しておかないと」
視線の先に在る光景を凝視し、背負う荷物の心配を呟く。
ボクが視線を向けるのは、都市アルガ・ザラの外に広がる広大な砂漠地帯。そしてそこに起っている砂嵐。
町には影響がそれほど出ていないけれど、ここ2日ほどずっと続いているそれは、町の外へ脱出するのを阻むように渦巻いていた。
得体の知れぬ町の状況に、一度撤退してはという考えは当然のように持った。
無難とも思えるその選択だけれど、それを阻んだのがこの砂嵐。
まるで町から逃げ出すのを許さぬかのように、幾つも起こり続けているそれだけれど、この時期にはそう珍しくはないのだと聞く。
なんにせよ、まだしばらくこの町に足止めを食らうハメになるようで、せめてその間に亜人たちを見つけなければ。
そうしてボクが市街に戻り、少々わかりづらい場所に建つ勇者支援協会に戻った時、サクラさんとアルマは1階部分のロビーで腰を降ろしていた。
彼女らに近付くと、こんな状況での別行動だったためか、心配に想っていたであろうアルマが抱き着いてくる。
「戻ったわね。どうだった?」
「サッパリですね。郊外の教会を覗いてきましたけれど、亜人たちは居ませんでした」
「こっちもまるでダメね。もっとも町の人間がする証言は当てにならないし、本音を言えば全部の家に乗り込んで、虱潰しにしたいところだけど」
少々乱暴なサクラさんの言。だけど町の人間が同じ日を繰り返しているというのが事実であれば、それが一番現実的かもしれなかった。
なにせ明日になれば、誰もかれもがこちらの事を忘れているのだ、追いかけてくる人間などいない。
なのでやはりサクラさんの言うように、少々無茶でも虱潰しにするべきなのかも。
そんな事を考えていると、サクラさんは自身の隣へ座るアルマの頭を撫でる。
見れば幼い少女は不安気な眼差しで、ボクらを交互に眺めていた。
「大丈夫よアルマ。きっと見つけ出してみせるから」
「うん……」
「そのために遥々来たんだもの。絶対に、会わせてあげるから」
自身に対して決意を表明するように、アルマの頭を抱くサクラさんは告げる。
そうだ、少しだけ弱気になりつつあったけれど、ボクらがここへ来たのはひとえにアルマのため。
奴隷商によって家族と引き離された不憫な少女のため、国境を越えてでも目的を果たすのだ。
誓いの言葉を発するサクラさんの様子に、自身も決意を新たにする。
そして慰め終え離れた所で、ボクもまたアルマの頭を撫でた。
「それにしても、どうしてこの町はこんな事態に……」
決意を新たに、アルマの両親探しを続ける気概は沸いた。
けれどアルガ・ザラの状況をなんとかしなくては、なかなか目的の亜人たちへ辿り着けないのではないか。
そう考え呟くのだけれど、サクラさんは平坦な口調で返す。
「本当はもうわかってるんでしょ? こんな事が起きるなんて、原因としては一つしか考えられない」
彼女の発した言葉に、ボクは口を噤んでしまう。
……そうだ、言われるまでもない。こんな異常事態が起こる要因なんて、知る限りでは一つしかないのだから。
その心当たりへ思い至ったボクの様子に、サクラさんは小さく頷く。
「"黒の聖杯"。こんな事を引き起こすなんて、私が知る限りあれくらいしかない」
サクラさんが断言するように呟くそれに、グッと力んでしまうのを感じ、ボクは知らず知らずと眉間に皺を寄せてしまうのだった。