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蜃気楼の都 04


 砂漠の都市アルガ・ザラに到着して3日目の早朝。

 この日もボクらはバタバタと慌ただしい足音を立て、大量の荷物を手に宿を逃げるように飛び出した。



「二度と現れんな! 次に来たら騎士団を呼ぶぞ!」



 宿の主人が発す怒声が、朝の大通りへと響き渡る。

 それによって押し出されたボクらは、揃って駆け大きな荷物を揺らし、手近な路地へと逃げ込んだ。

 深く息衝き、まだ怒鳴り続けている宿の主人による声を聞き流し、路地を進み適当なところで再び大通りへ出る。



「本当に、いったい何なんでしょうか。完全に昨日と同じでしたよ」


「挨拶をした途端に追い出されたわね。……どういう訳か、今度もこっちの顔を覚えていなかったし」



 どうしたことか、ボクらは2日続けて朝っぱらから宿を追い出された。

 起きてから顔を洗うために降りたのだけれど、井戸を借りようと宿の主人へ声を掛けたところ、浴びせられたのは怒号だった。

 昨日とは異なる宿のはずなのに、今度も宿の主人はボクらが宿泊客であると認識していないようで、勝手に部屋を使ったと見做され追い払われたのだ。



「本当に、理解が及びません。食べても膨れない腹に、飲んでも乾くばかりな水。それに朝になったら顔を覚えていない店主」


「こいつは本格的に、異常な事態が起こってると考えて良さそうね……」


「なら早く目的を果たしてしまいましょう。……とは言っても、こんなおかしな場所だけに亜人たちがまだ居るかは不明ですが」



 ソッと、アルマに聞こえぬようサクラさんへ囁く。

 このアルガ・ザラで、いったい何が起きているかは定かでない。なので早々に目的を果たし、真っ当な場所に戻りたいというのが本音。

 けれどもしこの地に亜人たちが居たとして、ここにこの幼い少女を置いてくのは難しい。

 なにせこの地で得た食料では用を成さないのは、アルマも同じなのだから。



「ともあれまた宿を確保しないといけません。活動の拠点がないと、身動きが取れませんから」


「また明日の朝になって追い出されたりしてね……」


「洒落になりませんよ」


「本当に、化かされてる気分。"蜃気楼の都"とはよく言ったものね」



 大きく息を吐き、通りを歩き次なる宿を物色する。

 後ろを歩くサクラさんは、なにやら嫌な言葉を発するのだけれど、それがどうにも否定できない。

 こんな意味不明な状況にあるのだ、同じ展開が繰り返されてもおかしくはなく、頭を抱えるばかり。

 これではサクラさんの言うように、蜃気楼の影響なのかとすら思えてくる。蜃気楼は実際に手へ触れることなど出来ないのだけれど。


 そんな逃避じみた思考をしつつ通りを歩いていると、大きな荷を背負うこちらの姿を見てか、ひとりの人物が声を掛けてくるのだった。



「旅人さん、本日のお宿はお決まりですか?」



 声をかけて来たのは、宿の店主と思わしき人物。

 見るからに旅の途中であるというこちらを見て、自分の店に引き込もうという算段のようだった。


 それ自体は問題ない。むしろ商売に熱心なのだと思うし、場合によってはオマケの一つも期待出来るかもしれないのだから。

 しかし宿の人間を見たボクは、返事をしようとする前に絶句する。

 目の前に立ち客寄せをしているのは、昨日ボクらを追い出した宿の店主。彼は満面の笑顔で、荷物を運ぼうと言わんばかりの様子だった。



「この町にはおいでになったばかりですか? でしたら当宿へ是非どうぞ、目一杯のおもてなしを――」


「ち、ちょっと待ってください。昨日の今日でどうして」



 捲し立てる宿の主人の営業攻勢に、ボクは一歩後ずさり制止を口にする。

 昨日の朝、あれだけ怒髪天で追い出した人間を、そう簡単に忘れたりするものだろうか。

 それにこの町へ来たばかりなのかと問うのも不可解。嫌味の類かと思うも、熱心に営業を掛ける様子からは、そういったものも感じられない。


 サクラさんとアルマを横目で見ると、彼女らも困惑を露わとしている。

 考えている事はたぶん同じ。あれだけ怒って追い出した相手に対し、どうして今度は笑顔で向かってくるのかというものだ。



「す、すみません。今回はちょっと」


「……そうですか、残念ですな。では気が向かれたら、またいらして下さい。いつでも、どのようなお客様でもお待ち申し上げておりますので」



 混乱し理解が及ばぬ中でも、ボクはなんとかこの場は断りを入れる。

 店主の意図するところは定かでないけれど、昨日の今日で暢気にあの宿へ泊まれるほど、こちらの神経は図太くない。


 断りの言葉を発すると、店主は一瞬悩むも引く。これ以上強引に客引きをしても、逆効果だと考えたためのようだ。

 こちらを見送るその店主から、そそくさと逃げるように場を跡にする。

 そうしてしばし行ったところで、振り返っても見えなくなったのを確認すると、ボクらは無言のままで顔を見合わせた。



「ねえクルス、あのおじちゃん……」


「言いたい事はわかるよアルマ。でもボクらにもよく状況が呑み込めないんだ」



 渋い表情を浮かべるアルマは、ボクを見上げ口を開く。

 気持ちは十分に理解できる。昨日の今日でああも態度が変わっては、なにか善からぬ物を感じてしまうのは仕方がないこと。

 けれどなんだか、そういったモノとは違う感じがする。

 サクラさんへ視線を向けてみると、言葉を交わすことすら必要なく、態度からは彼女も同意見であることが窺えた。



「ともかく、あそこ以外の宿を探しましょう。詳しい話は腰を落ち着けてからで」



 そう言って再び歩き始め、人の徐々に増え始めた大通りを行く。

 道中宿を探しながら移動し、ついさっき追い出されたばかりな宿の前を再びコソコソと通り過ぎていく。

 その際に向かいに在る雑貨屋へ目を移すと、見えるのは昨日と同じく、ガラス越しに見える多くの商品が並んだ棚。

 棚に置かれた商品の一つである、少々変わった見た目をしている人形を手に、喜んでいる少女の姿を目にした瞬間、ボクは無意識に立ち止まった。



「どーしたのクルス?」


「いや……、あの子を昨日も見たような……」



 雑貨屋の類であろうその店で、買ってもらっているであろう風変わりな人形を手に取り、喜びの笑顔を満面に浮かべる少女。

 微笑ましい光景、だけどボクはこれと同じものを、昨日も見やしなかっただろうか。


 あまりにも鮮明なその光景に、ボクは白昼夢か既視感ではないかと疑う。

 けれど目の前に建つ商店を眺めるサクラさんも、全く同じ言葉を吐くのだった。



「私も見た。同じ女の子、同じ動き。それは保証する」


「さ、サクラさんもですか!?」


「ええ、でも今はともかく移動を。宿に行って、それから話せばいい」



 サクラさんはボクの肩へ手を置き、この場からの移動を促す。

 確かにここはついさっき追い出された宿屋の正面、もし宿の主人に見つかって、町に駐留する騎士を呼ばれようものなら、要らぬ騒動となりかねない。

 目の前の光景は気にかかるけれど、サクラさんの言うようにまずはここから移動しなくては。


 視線を店から逸らし頷くと、踵を返し通りを歩く。

 少しばかり行った先に、これまで泊まった2か所とは異なる宿を見つけ、そこで部屋を借り荷物を置く。

 今度は食堂に降りず、荷物から取り出した水を軽く飲んで息を整えると、ボクは早速サクラさんへ問うた。



「さっきの話、本当なんですか?」



 店の前で発した彼女の言葉、それには確信めいたものを感じた。

 見た少女の顔や動きなど、気になる点は複数あったようだけれど、サクラさんは昨日見たのとまったく同じ少女であると断じた。

 ボクにはそれが気のせいや既視感の類であるとは思えず、返される言葉を待つ間に息を呑む。



「間違いないと思う。まったく同じ動きで、同じ人形を抱えて喜んでいた」


「どういう事なんでしょうか? 2日続けて同じ買い物をしてるってのは、考え辛いですし」


「……突拍子もない考えだけど、考えられる可能性としては、この町では何日も同じ日が繰り返されてるってものね」


「まさか、いくらなんでもそれは……」



 確かに突拍子もない説なのだとは思う。サクラさんが至って真面目な表情だとしても。

 言葉通りの意味に捉えるとすれば、毎日同じ動き、同じ会話、同じ食事を摂っているということだろうか。

 それにもしそうだとしたら、この町の人間たちは気付かず同じ日を過ごしているということになる。



「ありえない、と思う?」


「流石に無いと思いますが……」


「普通に考えたらそうよね。けれどそう考えてしまう理由はいくつもあるのよ」



 サクラさんはベッドの上に腰を降ろし、頭を抱えながら淡々と告げていく。

 同じ時間に吹いた風や、商店に並んでいた品の数々、道行く人々の交わす会話などによってこの結論に至ったらしい。

 なかなか卓越した記憶力だと思うと同時に、そこまで根拠となる要因が重なることに驚く。



「あと決め手になったのは、宿に必ず置いてある暦表ね」


「暦表、ですか。そういえば昨日の宿では、随分と日付がズレていましたけれど」


「昨日の宿だけじゃないわ、最初に泊まった宿とここに置いてある物、全てが同じ日付よ」



 業界的なお約束なのか、宿には大抵受付へ暦を記した表が置いてある。

 昨日見たのは、20日ほど前の日付が記されていた物。けれどサクラさんは、ここも含め全てが同じ状態であると言い切った。


 まさかと思うも、こうも断じられては信じる他ない。

 試しに見て来ればいいと口にするサクラさん。その言葉を信じない訳ではないけれど、念のため階下に降りてそれとなく覗くと、確かにそこには同じ日付が表示されていた。


 唖然とし戻ってくるボクへ、見たかと言わんばかりに胸を張るサクラさん。

 張られた薄いそれから視線を逸らし、ボクもまた椅子へ腰を降ろす。



「もしくはさっきも言ったように、この町そのものが幻覚であるって可能性ね。こっちだとすれば、何を食べても腹に溜まらない理由の説明はつくもの」


「まだどちらとは言えないってことですか」


「なにせ過去に経験の無い事態だからね。……明日の朝、起きたらわかるんじゃないかな」



 一転して険しい表情となるサクラさん。

 彼女は話についていけず首を傾げるアルマの頭を撫で、何が起きてもおかしくはないと呟くのだった。



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