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蜃気楼の都 01


 南部の都市ダンネイアを出発し、真っ直ぐ北へ向かって約2日。

 乗合馬車を乗り継ぎ辿り着いたのは、広大な砂漠を目の前に望む小さな都市だった。

 目の前に砂漠が存在するという以外には、これといった特徴の無いその町で、ボクはアルマと手を繋ぎサクラさんの後ろへ立つ。



「そいつは少々ぼったくり過ぎってものじゃない? なにも乗り捨てるなんて言ってはいないんだから」


「最低でも3日は使うんだろう。その日の内に返すってのならまだしも、日を跨ぐんじゃ1ディニアだってまけらんねえよ」



 到着するなり真っ直ぐ向かったのは、砂漠の砂すら掴めてしまう町の端。

 そこへ行くなりサクラさんは、とある店へ入り店主との交渉に臨んだ。


 サクラさんが行っているのは、砂漠を渡るための移動手段である"砂上艇"の確保交渉。

 しかしそれなりの額であるというのは噂通りだったようで、少しでも安くしようと、こうして交渉を行っているのだった。



「あいつを見りゃわかるだろ。一艘作るのにも相当な手間だ、壊されて戻って来ようものなら大損なんだよ」


「魔物の襲撃とかならご心配なく。こう見えても腕にはそこそこ自信があるもの」


「勇者なら戦いの方は心配しちゃいない。単純に操縦が難しいって話をしてるんだ」



 店主が背中越しに指さした先には、屋外へ係留された小舟が。

 とは言っても、それは海や湖に浮かぶための物ではなく、黄金色の砂上を走るための代物。

 10人も乗れば一杯なその小さな船へは、大きな帆が備えられており、こいつで風を受け進むのだという話。

 見れば水の上で使うそれと異なり、おそらく砂漠を進むためであろう奇異な形状をしているため、作るのに相当な技量が要るに違いない。



「……まあ、勇者の反射神経なら上手いことやれるかもしれんが」


「だったら」


「しかしそれとこれとは話が別だ。妥協案として、傷一つ付けず戻ってきたら割引分を返してやる。それでどうだ?」



 一瞬成功しかけたかと思う説得に、サクラさんは畳みかけようとする。

 けれど店主は待ったをかけ、すぐさま現実的と思える妥協点を口にするのだった。



「ぐっ……。仕方ないか、それでいいわ」


「毎度あり。助かるぜ、最近は使う人間がめっきり減っていてよ」


「なら少しでも割り引いて客寄せしないさいよ……」



 これ以上の交渉を経ても、きっと良い結果は得られそうもない。

 提示された案を渋々ながら了承したサクラさんは、店主の言葉に嘆息しながら財布を開くのだった。


 ともあれこれで、砂漠越えの目途が立った。

 道中立ち寄った町や村でも、亜人たちについての情報は集めている。ただやはり亜人たちが砂漠へ向かったというのは間違いないようだ。


 となれば向かうは砂漠の中央付近に位置する、小都市アルガ・ザラ。別名"蜃気楼の都"。

 広大かつ危険な砂漠ではあるけれど、時間を掛けて迂回すれば安全に旅は出来る。けれど時間という制約のある旅人は、危険を冒してでもここを進む。

 そういった人々を相手とし、砂漠越えの経由地点として栄えているのがそのアルガ・ザラという町。

 この町に入った時にも、亜人たちが砂漠越え行ったという話は聞いた。なのでまず間違いなく、彼らはそこを経由しているはず。





「とりあえず明日ね。食料は補充したし、朝一で水を汲んだらすぐ出発よ」



 移動手段の確保も済んだボクらは、ひとまず宿へと移動した。

 この日はもう夕方に近く、寒さ厳しいこの時間から出るのは少々気が引けたため。

 冬場である今の時期であれば、朝から出た方が多少はマシであると、船を借りた店の店主に言われたのだ。

 その宿の酒場で食事をするサクラさんは、手にしたジョッキを置き告げる。



「砂漠では特別魔物が多くないって聞くけれど、用心するに越したことはない。船の操作は私がするから、クルス君は見張りをお願いね」


「サクラさんの方が遠くを見渡せますし、ボクに頼るより確実なはずですけどね」


「流石に一度も動かした事の無い船を操作しながら、見張りまでこなすのは難しいわよ。そういう訳だから、アルマもお願いね」



 コルネート王国に広がる広大な砂漠地帯には、僅かな種類ながら魔物が存在する。

 中にはここにしか存在しない強力な種も居るそうで、砂漠越えを気温や地形以上に危険足らしめる理由となっていた。

 たぶんサクラさんであれば、それなりに強力な魔物にも対処は出来るはず。

 けれど遭遇しないに越したことはなく、矢の補給も儘ならないため極力避けていくという結論は当然のものだった。


 サクラさんは皿に乗せられた小さな果物を手にすると、アルマへ穏やかにお願いをしながら口元へ差し出す。

 それを直接頬張り、甘さに頬を緩めながら咀嚼するアルマ。

 彼女は果物を飲み干すと、元気よく手を上げる。



「わかった! アルマも見てるね」


「流石はアルマ。クルス君よりも断然よい子」



 そう言って卓越しにアルマの頭を抱きしめる。

 サクラさんにしてみれば、アルマに比べボクはずっと可愛げがないとは思うし、たぶん小生意気な存在に違いない。

 なので別段そこは気にしていないし、抱き着かれるアルマを見て嫉妬もするわけはない。

 むしろ今の内に、こうしてじゃれ合って貰いたいくらいだ。なにせアルマとの別れは、一歩進むごとに近付いているのだから。



 サクラさんもそれは重々承知していたのだと思う。

 そこからは向かい合って座っていたアルマを隣へ座らせ、柔らかな毛の頭と耳を撫で、口へ果物を放り込んでいく。

 一見して餌付けのようにすら見える光景だけれど、彼女なりに別れを惜しんでいるのだと思う。


 それはアルマが満腹で眠るまで続けられ、うつらうつらと舟を漕ぐ少女を部屋へ連れて行くと、ボクは階下へ戻り酒を傾けるサクラさんの前へ再度腰を降ろす。



「眠った?」


「それはもう一瞬で。相当に疲れていたみたいです」


「道中ほとんどが乗合馬車だったけれど、小さい子供には辛い行程だものね」



 明日の砂漠行きを考えてか、酒ではなく果実水を呑むサクラさん。

 彼女は運んだアルマについてを問うと、ジョッキの中身を全て煽り、追加の注文を2人分すると卓へ頬杖突き息を吐く。



「寂しいですか?」


「……正直ね。なにせ何か月も一緒に暮らしたんだもの、当然情は沸くってものでしょ」


「離れていた時間も長かったですけどね。でも迎えに行った時の喜びようを思い出すと、サクラさんの気持ちはわかります」



 どこか呆然と宿の天井を眺めるサクラさんは、寂しさを隠そうともしない。

 彼女の頭にある思考は、今話した通り。

 年の離れた妹のように思っていたアルマが、家族のもとへ帰ろうとしているのだ。好ましい状況だとわかっていても、離れ難いという想いは否定できない。



「クルス君には特に懐いていたもの。私より君の方が辛いと思ってたけど」


「そこは否定しませんけど、もう覚悟は決めましたから」



 サクラさんの言うように、アルマは共に居る時はほとんどボクにくっついていた。

 なので自身の比ではないと考えたらしく、彼女は心配そうな視線を向ける。

 でも都市ダンネイアで、アルマとはそういった話をしておいた。

 向こうも別れは辛いと思うけれど、両親との再会の喜びが、寂しさを上回ってくれると願うばかりだ。



「それにボクにはサクラさんが居ますから。きっと大丈夫です」


「……クルス君って、最近妙に小っ恥ずかしい発言するようになったわよね」


「年越しの祭以降、少しそういった抵抗は薄れました。サクラさんが恥ずかしそうにする顔も見れますし」


「言ってくれるじゃない」



 両親と再会したアルマにはその両親が側に居てくれる。けれどボクにはボクで、サクラさんという相棒が隣に立ってくれているのだ。

 だからきっと大丈夫。しばらくは寂しさに襲われると思うが、そう考えるだけで多少なりと気が楽になる。


 サクラさんへそんな言葉を向けると、案の定彼女は軽く頬を染める。

 直後に薄く微笑むと、追加で届いた果実水を手に持ち、ボクの側へ置かれたジョッキへ音を立て当てた。



「精々お互い傷を舐め合うとしましょ。だからちゃんとアルマを帰してあげる、きっとあの子のためにはその方が良いはずだから」


「早ければアルガ・ザラでお別れですね。それまでは、出来るだけくっついていてあげようと思います」



 乾杯をするサクラさんに頷き、ボクもまた薄く笑顔を浮かべる。

 残り少ない時間、出来るだけ笑顔のままでいてあげよう。それがアルマにとっても望ましいことだろうから。


 そう考えジョッキ内の果実水を飲み干すと、サクラさんは立ち上がる。

 小銭を卓の上へ置き料金を支払うと、小さな欠伸をして就寝を告げた。



「それじゃ、もう眠るとしますか。私はアルマと一緒のベッドだけど、クルス君も来る?」


「……一応、遠慮しておきます」



 しかし部屋へ向かう前に、さっきの言葉に対する仕返しが待っていた。

 サクラさんが向けてくるからかいの言葉に一瞬だけ動揺しつつも、ボクはなんとか平静を装い肩を竦めるのだった。



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