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辛酸 06


 都市ダンネイアで行われた闘技戦。

 最終日の決勝戦後にあったゴタゴタの影響で、結局大会そのものが記録上、不成立という締まらない結果に終わってしまった。

 そのためロウハイクの優勝は参考記録扱いで、優勝賞金の支払いも無しという悲しい事態に。

 もっとも一番の混乱は、公的に行われていた賭けも不成立となったため、ロウハイクに賭けた大勢の人が大暴れした点だろうか。


 とはいえそんな状況にあって、不幸中の幸いと言えることもある。

 商人たちを殴り倒したロウハイクは騎士に拘束こそされたものの、翌日には釈放されたということだ。



「しっかりと回収してきたぜ。こいつが必要なんだろ?」


「悪いわね。お金の方はともかくとして、こればかりは諦められないもの」



 その釈放されたばかりなロウハイクは、顔の数か所に手当の跡を残したままサクラさんへ一枚の紙を手渡す。

 それを受け取ったサクラさんは穏やかな笑みを浮かべ、彼に小さく礼を口にした。



「もちろん本音を言えば、報酬のお金も欲しかったけどね」


「流石に無理だろうさ。なんせ連中は闘技戦そのものをぶっ壊したんだ、賠償金であんたらに払う報酬どころじゃないだろうよ」


「叩いたって小銭一枚出て来やしないかもね。……こいつが残っていただけマシと思うしかないか」



 ロウハイクから受け取った紙片を振り、サクラさんは深く息をつく。


 これはベルガニーラ商会が集めていた、亜人たちの行方について調べていた情報。

 本来なら直接受け取るべきなのだけれど、ロウハイクに代わり連中が騎士団に拘束されたため、報酬受け取りのため殴り込むことすら出来なくなった。

 ロウハイクは事態の関係者であるため、騎士たちを挟み辛うじて回収が許されたのだ。


 亜人達に関する情報とは別に、金銭も報酬として受け取るはずだったけれど、こちらの回収はまず不可能だと思う。

 ロウハイクも言っているように、買収工作やら八百長をやらかしたせいで、闘技戦そのものへ大きな痛手を与えてしまった。

 おかげでベルガニーラ商会と商人ラネオンは、その私財ほぼ全てを没収されてしまうらしい。資産だけで補える損失ではないけれど。



「それじゃ、目的も果たしたし行くとしますか。世話になったわね」


「お互い様だろ。むしろ圧倒的にこっちが世話になってるっての」



 金銭を得られなかったのは惜しいけれど、ともあれこれでアルマの家族を追える。

 肝心な亜人たちの情報を受け取ったサクラさんは、別れを惜しみ涙ぐむアルマを抱き抱えると、ロティーナさんとロウハイクの姉弟に別れを告げた。

 ボクからは見えないけれど、紙片に記されていた情報はこの町を指してはいないようだ。

 ならばダンネイアを離れ、次なる場所へ移動をしなくてはいけない。


 ロウハイクの隣に立っていたロティーナさんは、出立の言葉を聞き深く頭を下げる。



「道中お気を付けて。皆さんの旅が、無事目的を果たせるようお祈りしています」


「ロティーナこそ。貴女たちも、この町を離れるんでしょう?」


「はい。お店は守れましたけれど、闘技戦の一件で奇異の視線は向けられてしまいますから。他の町へ行って、心機一転お店を再開したいと」



 別れを告げるロティーナさんへ、サクラさんが今後のことを訪ねると、迷いを一切感じさせぬ言葉で、彼女は穏やかに返すのだった。


 ロウハイクは優勝賞金こそ得られなかったけれど、そこまで勝ち進むたびに賞金は支払われていたため、馬鹿に出来ない額が手元には残されている。

 2人はその額の内せめて半分をと、揃って申し出ていた。

 けれどサクラさんはそれを固辞、全額をロティーナさんに突き返したのだった。


 結局姉弟はそのお金を元に、住み慣れたこの地を離れるのだと言う。

 行き先は未定らしいけれど、国内では闘技戦のことは有名だ、何処へ行っても優勝に相当するロウハイクは引く手あまたとなる。

 彼はその名声を利用し騎士になるのだと言っていた。



「それじゃ、行きましょうクルス君」


「はい。2人共お元気で、また機会があれば!」



 振り返り町の正門へ向かうサクラさんに呼ばれ、ボクは姉弟へ深く礼をする。

 再会の日が訪れるかはわからない。けれどもし会えたとしたら、きっと喜びと共に言葉を交わせるに違いない。

 そう思ったのは向こうも同じなようで、旅立つボクらへ大きく手を振ってくれていた。



 サクラさんの背と担がれているアルマを追い、都市ダンネイアの市街を小走りで通り抜けていく。

 そうして彼女らに追いつくと、手元の紙片へ視線を落とすサクラさんに、以後の行動を訪ねた。



「このまま北上する。どうやら亜人たちはとっくにこの町を通り過ぎたみたいだから」


「留まらなかったんですか? 少々物騒な町ではありましたけど、亜人たちにとってそこまで危険にも思えなかったんですけど」


「より安全な土地を求めたのね。なにせ裏で悪だくみをする商人が居たんだもの、案外判断は正しかったのかもよ」



 ダンネイアから少しばかり北へ行った先、コルネート王国南部に広がる砂漠地帯への移動を口にするサクラさん。

 ボクはそれに対し、亜人たちの行動が不可解だと考えたのだけれど、返されたのは少々言い返しようのない言葉。

 確かにあんな輩が居たのでは、亜人たちも安寧とした時間を過ごすのは難しそうだ。


 けれど向かう先が砂漠地帯というのは、なかなかに厳しい道行だと思えてならない。

 "砂塵の女王"などという異名を持つこの国の特徴、広大な砂漠地帯は、多くの者を阻む死の台地であると聞く。

 乾き、飢え、生者を拒む不毛の地。夏は灼熱、冬は凍えるその地域は、土地に慣れぬ旅人を容易に死へ至らしめると。



「でも最近はそうでもないみたいよ」


「と、言いますと?」


「酒場にひとりで行った時、砂漠越えの速い移動手段が確立されたって話を聞いた。そいつを使えばなんとか」



 まだ見ぬ砂の大地を空想し、不安感に肩を落とす。

 けれどそんなボクへサクラさんは苦笑すると、光明とも言える話を切り出した。

 いつの間にひとり酒場へ行ったのかというのはさて置き、彼女が聞いたというその話が本当であれば、砂漠越えの危険性は下げられる。

 願ってもないその言葉に、ボクは目を輝かせるのだった。



「多少お金はかかるそうなんだけどね。……それを考えると、やっぱり報酬は惜しかったか」


「仕方ありませんよ。他の町へ移るなんて言われちゃ、やっぱり報酬が欲しいなんて言えませんし」



 ボクが肩を竦めながら発する言葉に、サクラさんはくすくすと可笑しそうに笑む。

 こっちは亜人たちの情報が手に入っただけで上々。お金はロウハイクとロティーナさんに渡しておく方が、きっと有意義というものだ。



「目的地は都市アルガ・ザラ。砂漠の中に在るっていう、オアシスを中心に出来た町らしいけど」


「どれだけ速い移動手段かは知りませんが、ある程度の食料は必要かもしれませんね。今のうちに買っておきますか?」


「そうね……、砂漠が近づくと値も上がるだろうし」



 先の目途が立つのに安堵するのも束の間、今度はまた別の不安点が目についてくる。

 そこで万全を期し、ボクらはこの町で手に入る分を、より多く確保しておくことにした。


 サクラさんは手近な食料品店へと入り保存食を。

 ボクとアルマは町中にある有料の井戸へ向かい、持つ水筒へ入れられるだけの水を流し込む。

 その最中、次に水を入れる水筒を取り出してくれるアルマの頭を撫で、ソッと囁くのだった。



「アルマ、もうしばらく待ってね。あとちょっと、あとちょっとで会えるから……」



 柔らかな毛の下にある、アルマが亜人であると示す大きく垂れた耳。

 それを撫で、追い続けていた彼女の家族との再会を口にする。


 最初に出会った頃のアルマは、奴隷商によって攫われた衝撃からか、幼さもあって多くの記憶を閉ざしていた。

 けれど出自が判明するに伴い、まだ全てではないけれど同族や家族について、記憶を取り戻している。

 その家族がこの国に居るのは間違いない。長く保留されていたけれど、ここに至ってようやく家族のもとへ帰してあげられるのだ。



「クルス、いっしょに行くんだよね?」


「もちろんだよ、ちゃんと会えるまでね。……でもそうなると、ボクらとはお別れだ」



 幼いながらも、アルマはここを十分理解しているようだ。

 彼女を亜人たらしめる特徴の尾が、力なく垂れているのに気付く。


 もう半年以上、こうして家族同然に暮らしてきたのだから、離れ難いのは当然。

 けれどいつか別れが来るというのはわかりきっている。

 近付くその日を遠ざけることもできず、ボクはアルマに覚悟を促しながら、柔らかに撫でることしかできなかった。



「でもその時までは、一緒に旅をしよう」


「アルマと、クルスとサクラと?」


「そう、3人で。楽しい想い出を作りながらね」



 ボクの胴へしがみ付くアルマを撫で、もうしばらく先の別れを惜しむ。

 そうしてポケットから小さな菓子を取り出すと、涙目を浮かべそうになるアルマの口へ放り込み、笑みを浮かべ抱きしめるのだった。



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