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辛酸 03


 ロウハイクが命じられた、意図的に敗退するという八百長行為。

 対戦相手の不用意な発言によって、それは成されずロウハイクの勝利という形で試合を終えた。


 このような不正、個人的には破綻して気味が良いというのが本音。

 しかし依頼主からしてみれば、ロウハイクの勝利は裏切り以外の何物でもない。

 そして反旗を翻したと判断した連中は、思いのほか早く行動を起こしたようだった。



「これは酷い……。滅茶苦茶じゃないですか」


「試合の直後に来たのね。2人や3人じゃない、もっと大勢で壊して周ったみたい」



 ロウハイクの試合を終え、ロティーナさんとアルマと合流後。

 姉弟の営む住宅街の小さな酒場へ戻って目にしたのは、荒らされ備品の尽くが破壊された光景だった。

 置かれた卓や椅子の脚は折られ、皿は割れ散乱し、僅かに置かれていた食材は踏み潰され床を汚す。

 間違いなく、ロウハイクが命令を無視したことに対する報復だ。


 サクラさんが言うように、たった1人が短時間で行えるものではない。

 数人が一斉に押し入り、暴虐の限りを尽くし破壊を行う姿が目に見えるようだった。



「留守にしていたのが不幸中の幸いですね」


「当面は護衛が必要かもしれないわね。ロティーナ、大丈夫?」



 揃って闘技戦を見に行っていたため、ロティーナさんはこの場へ居ずに済んだ。

 この光景を見る限りだと、相当に依頼主は頭へ血が上っているらしい。

 なのでおそらく今後もこのようなことは続くことは想像に容易く、抵抗する力を持たないロティーナさんの護衛は必要となりそうだった。


 そのロティーナさんへと、サクラさんは優しく問う。

 すると自身の胸に手を当てなんとか平静を保っていた彼女は、小さく頷くのだった。



「は、はい。戻ってくる途中で、少しは予想していましたので……」



 ロティーナさんは自身が営む酒場のあまりな変わり様を眺める。

 けれど思いのほか冷静であるようで、深く息をつくとしっかりとした声で、事態を在るがまま受け入れるのだった。

 彼女には帰宅途中、八百長云々については話をしている。

 それに加え闘技戦開催初日に襲撃を受けたことを考えれば、こうなると想像していてもおかしくはない。



「すまない、姉貴! オレが軽率な行動をしたばっかりに」


「……ううん、いいのよ。ロウハイクが望まぬ負けに甘んじるくらいなら、お店が汚れるくらい」



 ロウハイクはそんな自身の姉に対し、申し訳なさそうに頭を下げる。

 けれどここまでに諸々の事情を承知していたロティーナさんは、柔らかな笑みを湛え弟を抱きしめるのだった。


 彼女は当初こそ、自身の弟が闘技戦へ出場するのに難色を示していた。

 けれど戦いを続け勝ち進んでいくにつれ、徐々にロウハイクの意志を尊重してあげるようになったらしい。

 弟が苦渋に塗れ負けを選択するのに比べれば、安いものとは言わないけれど、店くらいどうってことないと言わんばかりだった。



 ボクらはそんな2人を、微笑ましく眺める。

 けれどそんな空気は長く続けさせてもらえないようで、半分壊れた扉が乱雑に開かれると、数人の男たちが酒場へ足を踏み入れた。



「失礼するよ」



 そう口にし入ってきたのは、腰の曲がった老年の男。

 見たことのない顔。それに店を荒らしに来たにしては、随分と小柄だ。



「ああ、なんということか。たださえ貧相な店が、これではただの廃墟。誰がやったのかは知りませんが、このような傍若無人は許しがたいものですな」



 老人は大仰な素振りで、かつわざとらしい演技がかった口調で告げる。

 すると老人の背後へ、ボクらへ闘技者選定を依頼してきたベルガニーラ商会当主が姿を現す。

 その素振りと現れた人間によって、ボクはすぐさまこの老人が誰であるのかを理解した。



「勝手な推測だけれど、もしかして貴方がラネオンとかいう商人かしら?」


「実に素晴らしい洞察力だ、お嬢さん。いかにも、お初にお目にかかる」



 失笑するように口元を綻ばせるサクラさんは、ボクが想像したのと同じ名を口にする。

 すると老人は動揺した素振りなど微塵も見せず、彼女の発した推測を肯定するのだった。

 おそらく最初から、自身の正体を隠す気などさらさらなかったのだと思う。



「テメェがそうか! よくも店を!」



 当然ロウハイクにとっては、店を破壊された憎い相手。

 叫ぶと同時に床を蹴ると、老人を殴り掛からんと拳を握る。

 けれどそれは咄嗟に間へ割って入ったサクラさんに止められ、ここに至ってようやく小さな動揺を浮かべたラネオンとかいう商人は、咳払いしジロリと横に立つ男を一瞥する。



「な、なんと粗暴な男だ。これであれば賢い選択が出来ぬのも無理からぬこと。そうは思わぬか?」


「仰る通りです。私めの不徳の致すところ」


「まあよい。小童の狼藉に腹を立てる程、未熟な神経をしてはおらんよ」



 ラネオンの発した言葉に、隣へ立つベルガニーラ商会の当主は深々と頭を下げる。

 ボクはそんな白々しいやりとりへ、密かに腹を立てた。

 なにが"腹を立てるほど未熟ではない"だ。現にこうして姉弟の店を破壊し、今はこうして圧を掛けに来ているというのに。


 そんなボクの感情を知ってか知らずか、たぶん気付いてはいるだろうけれど、サクラさんは一歩前へ出る。



「悪党の親玉が何用? また店を壊しに来たってのなら、流石に止めさせてもらうけど」


「悪党とは心外な。それにワシは店を見舞いに来ただけ、この細腕で破壊などとてもではない。それにお主、確かベルガニーラが雇った勇者ではなかったか?」


「お生憎様。私が受けた契約はもう完了済みだもの、これ以上そっちに協力してやる義理なんてないわ。もっともそっちはまだ然るべき報酬を払っていないのだけれど」



 飄々とサクラさんの悪態を受けるラネオン。

 さっきはロウハイクの圧力にたじろいだけれど、この辺りは長年承認をやっている年の功だろうか、すぐに持ち直す。

 とはいえ口にする内容は、自身がこの事態を引き起こした張本人であるということを、平然としらばっくれる内容。

 それだけにサクラさんの背後では、ボクとロウハイクは憤りに表情を歪め続けていた。



「それは良くないな。ではベルガニーラの代わりに、ワシが報酬を払ってやろうではないか」


「だからこっちに協力しろと? 店を破壊しての恫喝の次は、勇者をけしかけようって魂胆かしら」


「そのような物騒な真似、善良な一介の商人にはとてもとても」


「前もって言っておくけれど、私は下種の下に着くのは御免よ。人として最低限の誇りがあるもの」


「……小娘が!」



 サクラさんとラネオンが交わす、刃を突き立てるようなやり取り。

 ギスギスと音を立て軋むような空気に、ボクは徐々に憤りではなく、不気味さや恐れに似た感情を抱き始めていく。


 ただどちらかと言えば両者のやり取り、サクラさんの方が微妙に勢いはあるだろうか。

 ラネオンも白々しさに拍車をかけていくのだが、鋭く向けられる勇者の眼光には、流石に抗うのが難しいようだ。

 小娘と呟き歯軋りする相手へ一層強い視線を向けると、遂には一歩たじろぐのだった。



「グッ……。まぁいい、今日はそこの小僧に用があって来たのだ」


「オレにか? まさかまた……」


「わかっているではないか。決勝にはワシがもう1人送り出した闘技者が出る、あとはわかるな?」



 ようやく本性を曝け出したラネオン。

 ヤツは具体的な行動こそ口にしないものの、実際には明確に負けを強制する意思を示した。


 ただこの言い様だと、既に決勝へ至るまでの対戦相手は買収済みと見える。

 案外今年の闘技戦に限らず、これまでの大会もずっとこうして勝利が買われ続けてきたのかもしれない。

 そう思うとやり切れず、闘技戦そのものが酷く安っぽいものに思えてならなかった。

 きっとその感情は、ボクよりもロウハイクの方が強いのは間違いなく、彼は身体を震わせ怒号を発した。



「ふざけんな糞ジジイ! 闘技戦は町の誇りだ、誰がそんな八百長なんぞ」


「誇りだと? これまでもさんざん同じことは行われてきた、今更正々堂々などと青臭い話を聞く気はない」


「テメェ……!」



 やはり過去の闘技戦でも、買収工作は公然と行われていた。

 その話を聞くロウハイクは愕然としながらも、憤りを露わとしていく。

 これまで出場こそせぬものの、ずっと憧れ続けていた舞台。そこが賞金とは別の意味で金の色で染まっていたという話は、彼にとって耐えがたいようだ。



「よく考えることだ。正しい選択をすれば、この先店は見逃してやる」


「この店を潰そうってのか!」


「忠告はしたぞ、どうなるかはお前の心がけ次第。それとお前もだ、報酬が惜しくなければどうするか考えることだ」



 ラネオンはロウハイクとボクらへ、脅しという名の言葉を投げる。

 これに応じなければ店を潰す。そしてまだ支払われていないボクらへの報酬も、無効になると告げたのだ。


 ラネオンは拳を握るロウハイクを置いて酒場を跡にしようとする。

 けれどその背へ向け、しばし口を閉ざしていたサクラさんは、静かながらも強い警告を発するのだった。



「こっちも一応警告しておくわお爺さん。悪辣も過ぎれば、いつか身を滅ぼすわよ」



 サクラさんの発した警告に、一瞬ビクリと身体を震わせ、ラネオンは慌てて酒場から出て行く。

 横に居て言葉を向けられてはいないボクでさえ、背筋を凍らせる彼女の声。

 怒気と殺意が混ざったような、精神を引き裂かれんばかりなそれを受けて、真っ当に言い返せる人間などそうは居ないようだ。


 逃げるように去っていったラネオンへ向けられたそれは、サクラさんのドス黒く染まった感情を表すよう。

 店を潰す云々もだけれど、こちらの報酬を踏み倒そうとするのも勘弁ならなかったようだ。特にボクらにとって必要な、亜人たちの情報を。

 ボクはサクラさんの発した強烈な敵意の余波を受け、密かに背筋を震わせるのであった。



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