辛酸 01
ロウハイクに対する襲撃は、意外なことに最初の一度で沈静化した。
おそらく彼の実力を見て脅威と感じた者によって差し向けられた連中が、ものの見事に壊滅してしまったのが原因。
もっともその中には、サクラさんが片付けた連中も含まれているのだけれど。
一方闘技戦の方はと言えば、現在4回戦まで進み、ロウハイクはその全てで難なく勝利を収めている。
脅威の新鋭を疎み寄越されたゴロツキの、全てを壊滅させたという評判も口伝に広がっており、まだ先は長いにも関わらず優勝候補の一角に名を連ねている。
そして当然その噂と評判は、ボクらへ闘技戦出場者探しを依頼した人間にも伝わっていた。
「いやぁ、真にもって素晴らしい。お二方が見つけて来てくれた闘技者が、ああも素晴らしい戦いを見せてくれるとは」
今回の依頼主であるベルガニーラ商会の主にとって、その評判は好ましいものであるようだ。
なにせ完全な無名の闘技者が彗星の如く現れ、話題の中心を攫っていった。そしてその噂には、商会の名が添えられるのだから。
「流石は勇者殿。依頼したのは正解でしたな」
「喜んでいただいて幸いです。そう言っていただけると、こちらも探した甲斐があるというものですから」
褒めちぎる商会主へと、サクラさんは笑顔となって返す。
相変わらずの外面の良さ。ただ彼女がこうして笑顔を張りつかせているのは、なにも依頼主に対する愛想ばかりとは言えないようだ。
町の人から聞いた噂もあって、この商会主からはある種の胡散臭さが感じられてしまい、その警戒感を表に出さぬためもあって。
それにまだ報酬を受け取っていない状態では、こうして愛想を振り撒いておかないと面倒臭いことになりかねないのだから。
そのサクラさんは張りつかせた笑顔のままで、肝心な報酬について言及する。
「ところで、お約束した件についてですが」
「もちろん覚えていますとも。良い闘技者を探して頂きましたし、色を付けてお支払い致しましょう」
「……金銭の方もですが、もう一つについては?」
「ああ、亜人たちについてですか。しかしなにぶん彼らは放浪の民、まだ行方は掴めておりませんもので」
おそらく、商会主は最初あえてとぼけてみせた。
その理由が当人も言っているように、まだ情報が得られていないためなのか、それとも他に理由があるのか。
普通に考えれば前者だろうけれど、噂のせいでどうにも変に疑ってしまう。
ただボクが抱いたその感想も、完全な思い込みのせいとは言えないのでは。そう思わせる発言が商会主から発せられるのだった。
「ですが……」
「ですが?」
「闘技者の彼がこちらの"望む結果"を出してくれるならば、お二方が望むものも早く見つかるやもしれません」
商会主の発した言葉に、サクラさんは珍しく鉄面皮の笑顔を崩しかける。
さてはこいつ……、とっくに亜人たちに関する情報を得ているのではないだろうか。
ただこちらはもう依頼を完遂し終えており、これ以上どうこうする余地などない。
もしやロウハイクの戦果次第で報酬を払い渋ろうというのだろうか。
などと考えてしまう商会主の言葉なのだけれど、彼はさらに意味深な言葉を吐き、こちらを困惑させるのだった。
「彼にも、そうお伝えください。"期待通りの成果"を期待していますと」
商会主のその言葉を合図としたように、サクラさんは静かに立ち上がる。
ボクは言葉の意味を計りかねながらも、彼女に倣って立ち応接間から出ると、無言のままで屋敷を跡にするのだった。
屋敷を背にダンネイアの郊外を歩き市街へ。
ロティーナさんとロウハイクの姉弟が営む店がある、住宅街の奥に続く路地へと入ったところで、サクラさんはボソリと呟いた。
「気に食わないわね」
「本当です。依頼そのものは達成しているはずなのに、勿体ぶったように出し惜しみをして」
「そうね。でもそれより、気になることが……」
ここに至ってようやく、我慢していた言葉を吐き出す。
商会主のした、こちらを脅すような言葉を指しているというのはわかる。
けれどサクラさんの言葉からは、憤りよりも不可解さが強く滲んでいた。
「気になること……、ですか?」
「あの人が言っていた"望む通りの結果"って、いったい何なのかと思って」
「そこは確かに。でも普通に考えれば優勝ですよね」
商会主がしていたどこか意味深な言動、やはりサクラさんも気になったらしい。
ベルガニーラ商会が属す派閥の、さらに上位へ位置するという商人の手前、優勝を狙うのは不可解だと言う噂。
そこが妙だというのはわかるけれど、基本的に望む結果とは優勝という最大の成果であるはず。
でもサクラさんは商会主が口にしたのは、また別の意図であると考えているようだった。
「例の噂ってのもあるけど、なんだか優勝を指しているのとは違うように思えるのよね……」
「ロウハイクにも伝えるよう言ってましたよね。一応彼にも聞いてみますか?」
「私たちとは別であの人と会ってるらしいし、案外何か話を聞いてるかも」
ボクらはベルガニーラ商会から依頼され、結果ロウハイクを探し出した。
けれど彼は彼で、その後商会と闘技者としての契約を交わしている。
そのため闘技戦で勝利する度に商会主と会っているようで、ボクらが聞いていない別のなにかを聞いている可能性はあった。
ならば当人に聞くのが手っ取り早いと、路地を進み店へと向かう。
しばし行くと最近見慣れた小さな広場が姿を現し、そこに面した店へとノックもなく入り込む。
「クルス、サクラおかえりー」
店へ入るなり出迎えてくれたのは、日中ここへ預けているアルマだ。
闘技戦開催初日にロティーナさんと観戦して以降彼女に慣れ、大会期間中は店を閉めているということもあり、彼女にお願いしているのだった。
すぐに店の奥からはロティーナさんも出てきて、穏やかな様子で会釈する。
「目的としていたお話は聞けました?」
「サッパリですね。まだ全然情報が得られていないようで」
出てきて水に濡れた手を拭くロティーナさんは、ボクらにベルガニーラ商会から亜人たちの情報が聞けたかを問う。
こうも近しく接していることもあって、彼女らにはこの国へ来た理由を大まかに話しているためだ。
ただ先ほどのやり取りに関しては、あえて誤魔化すことにする。
なにせロティーナさんにこれ以上妙な心配をさせ、体調を悪化させるのは好ましくない。
「ところで、ロウハイクはどこへ……」
ロティーナさんも気にかかるけど、今はまずこちらだ。
店に入るもまだ姿を見せぬロウハイクを探し、ボクとサクラさんは視線を巡らせる。
すると店の奥へある厨房から、彼はノソリと姿を現した。
「ここだ。オレに用か?」
たぶん厨房の奥へ居たであろうロウハイクは、出てくるなり静かな声を発す。
この日は闘技戦が全試合休み。当然ロウハイクも試合はなく休養に当てている。
開催期間中この小さな酒場は休業しているはずであり、料理担当でもある彼もやる事はないため、暇を持て余していたのかもしれない。
ただそのロウハイクを見ると、どこかおかしな様子に気付く。
一見して普段通りなのだけれど、どことなく調子が悪そうにも見えるし、不機嫌であるようにも思えてならない。
「ちょっと貴方に聞きたい事があってね。部屋を借りていいかしら?」
「ああ……、構わねェよ。客用の個室で良けりゃな」
「ならそこを借りるとしましょ。悪いけどロティーナ、もう少しアルマをお願い」
サクラさんはロウハイクへと近寄り、グッと方に腕を回し告げる。
ロウハイクはそれに困惑しながらも了承し、指先を見せの奥へと向けた。あちらに客間があるのだろう。
ボクはアルマを再度ロティーナさんへ預けると、揃って奥に在る部屋へ。
そこへ入り扉を閉め、置かれた椅子へ適当に座るなり、すぐさま本題を切り出す。
するとベルガニーラ商会の主から聞いた内容を聞いたロウハイクが、様子をおかしくしていくのに気付いた。
「その様子だと、そっちも妙な話を聞かされたようね」
「……まぁな。正直愉快じゃない話をされた、命令っていう形でよ」
おそらく何か、依頼主から善からぬ話をされていたのではと想像はしていた。
サクラさんがそのことへ言及すると、ロウハイクは隠し立てするのも無理であると考えたか、早々に白状する。
「次の試合、手を抜けと言われた」
「手を抜けって、つまりワザと負けろってこと!?」
ロウハイクの発した内容に、ボクはつい立ち上がり大きな声を出してしまう。
すぐさま口元を押さえ座り直すと、身を乗り出し同じ言葉を囁き問うた。
「お前ら、次の相手が誰か確認したか」
「まだだけど……、誰なの?」
「ラネオンていう商人が雇った闘技者だ。前年の3位に入賞した男だな」
「……ラネオン? あ、それって」
ロウハイクが口にした名に、ボクは聞き覚えがあった。
それは依頼主であるベルガニーラ商会の属する派閥で、そこの上位に位置すると噂されている商人の名。
彼からそれを聞いたボクは、やはりこの件はキナ臭いものがあるのだと、再認識せざるを得ないのだった。