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祭典 07


「それじゃ無事の初戦突破を祝して、乾杯!」



 陽も沈みかけた夕刻、ダンネイア市街の奥に在る住宅地へ建つ、小さな酒場の中。

 ロティーナとロウハイクの姉弟が営むそこで、サクラさんは機嫌よさ気に乾杯を告げた。


 闘技戦開催初日の今日、ロウハイクはなんと開幕戦から登場するハメとなっていた。

 相手は筋骨隆々とした男で、ロウハイクよりもずっと大きく、丸太のような腕から振り降ろす拳はいかにも恐ろしそう。

 けれどその拳も当たらねば意味を成さぬとばかりに、一度として掠りすらすることなく、ロウハイクがした数度の攻撃で沈んだのだった。



「つっても大したことなかったぞ。見かけ倒しもいいところだ」


「そんな事を言って……。お姉ちゃんがどれだけ心配したと思ってるの!」



 彼が強いというのはわかっていた。けれど想像以上の完勝に、気を良くし酒を煽るロウハイク。

 けれど試合中は真っ青となっていた姉のロティーナさんは、目元に涙を浮かべ自身の弟へ詰め寄る。

 その光景は姉と弟というよりも、仲睦まじい恋人のようにすら見えてならない。

 もっともロウハイクの方は気まずそうにするばかりで、やはり姉弟なのは一目瞭然なのだけれど。



「でもこの調子だと、それなりに上の方まで行けそうね」


「オレも今日のである程度自信が付いた。ただ毎年何試合かを見に行ってるが、上位へ進出するようなやっぱ連中は強ぇよ」


「勝ちを確信はできない程度には?」


「残念だがな。まったく勝機が無いとは思わないが、勝てると断言するのは難しそうだ」



 飲み干したジョッキに追加となる麦酒(エール)を注ぎ、自身とロウハイクの前へ置くサクラさん。

 彼女が発した言葉に、ロウハイクは意外なほど冷静に返していた。


 ボクやサクラさんは余所者であるため、毎年この都市で行われている闘技戦を見たことはない。

 そのため上位に勝ち進むような人たちが、どういった戦いをするかは知らなかった。

 けれどここダンネイアで生まれ育ったロウハイクは、そういったものを見て育っているのだきっと勝ち進むにつれ厳しくなっていく戦いに、緊張をするなというのは無理からぬこと。



「ともあれこれで、報酬は確定したんだから喜びなさいな」


「そう……、だよな。少なくとも、この初戦分だけで当面は店を維持できる」


「おまけに大会の初戦で、ああも見事な勝ちを収めたんだもの。依頼人も色を付けてくれるかもよ」



 ロウハイクは思いのほか慎重に考えているようだけれど、これで最低限の結果は残せた。

 だからといってわざと負けるなんてのは許されないし、ボクらだってそれでは立つ瀬がない。

 けれどもこの姉弟については、これで当面の憂いは解消されたと言って間違いはなかった。



「ならもう何試合かは勝たねぇとな。報酬が多いにこしたことはない」


「それじゃ今日はゆっくり休むことね。明日は1回戦の続きだけれど、明後日にはまた試合がある。次に備えておいて」



 サクラさんはそう言うと、椅子から立ち上がり上着を羽織る。

 勝利後の祝杯として設けた場ではあるけれど、早々に切り上げるため料理や酒は少なめに用意していたのだ。

 それに一通り手をつけたところで、お暇しようということだった。



「なんだ、もう帰っちまうのか?」


「言ったでしょ、身体を休めておきなさいって。勝利の余韻に浸って、朝まで飲み続けるなんてのは無しよ」



 規模の大きな大会であるだけに、この日だけで1回戦の消化はならず。明日はその続きが行われ、2回戦は大会の3日目以降に行われる。

 なので明日は丸一日を休養に当てなくてはいけない。当然店も休みだ。


 ボクらは揃って店を跡にすると、細い路地を抜けて自分たちが泊まる宿へ向かう。

 ベルガニーラ商会の持ち込んできた依頼に対し、少々疑念というか怪しいとおもうところはある。けれどそう簡単に契約を反故にしたりはすまい。

 ならあとは彼の実力次第。もうロウハイクを信じ、観戦しながら亜人たちに関する情報が集まるのを待つばかり。

 そう考え歩いていたのだけれど、前を歩くサクラさんが不意に立ち止まり、ボクと手を握るアルマはぶつかってしまう。



「クルス君、アルマを連れて先に帰ってて」


「ど、どうしたんですか? 忘れ物でも……」


「忘れものっていうか、アフターサービスかな。変な連中が店の周りをウロついてた」



 どうしたのかと問うてみると、サクラさんは不審な言葉を吐く。

 変な連中、というのがどういった人間を指しているのかと思うも、すぐさまそれらしい事へ思い至る。

 ロウハイクが闘技戦の開幕試合で倒したのは、確か前年の準々決勝まで進出した人間。

 あんな目立つ状況で実力を示したのだ、他の闘技者やそれを雇った側が、善からぬ企みをしてもおかしくはなかった。



「……気を付けてくださいね」


「問題ないって。見たところただのゴロツキだったし、軽く捻ってやるから」


「いや、過剰に怪我をさせないようにという意味ですって。サクラさんが怪我するとは微塵も思っていません」



 サクラさんは店の周囲に見られた、不審な連中を排除しようと考えたようだ。

 それを止めるつもりなどはまるでないけれど、ボクは若干の心配をしたため言葉を発す。当人は勘違いをしてしまったようだけれど。



「少しは心配してくれてもいいじゃないの。……って、向こうの連中は当人に任せないといけないかもね」


「どういう意味ですか?」


「こっちも狙う対象だってことよ。面倒臭いことこの上ないわ」



 サクラさんの妙な言い様を怪訝に思い、彼女の視線を追って振り返る。

 すると視線の先では、路地の角から出てきた複数の男たちが、手に棍棒などを持ち鋭い目つきで歩く姿が。

 なるほど闘技戦で活躍したロウハイクだけでなく、どういう意図か彼と関わっているこちらも排除しようとしているらしい。

 こうして武器を手に出てきた辺り、あちらも似たような状況なのだろうとは思う。



「念の為に聞いておくけど、話し合いをしに来たって訳じゃないのよね?」



 面倒臭そうに軽く息つくサクラさんは、腰へ手を当て現れた男たちへ問う。

 まず無いとは思うけれど、手にした武器があくまでも脅しのためであり、話をするための小道具として持っているだけという可能性があったため。

 けれど男たちは問いに対し一言も発さず、殺意と思える圧を発しながら迫ってくる。



「……だそうよ。少しだけ下がってて、手短に"お話"してくるから」


「ではボクらは目の届く所に居ますね。逃げた先にも居たら困りますし」


「そうしておいて。あとこれもお願い」



 仕方なしに相手をしようと、背負っていた弓を放るサクラさん。

 ボクは繋いでいたアルマの手を離し、飛んできたそいつを慌てて全身で受け取ると、ズシリとした重量級のそれに身体中の骨が悲鳴を上げる。


 弓はサクラさんが主に使う武器ではあるけれど、いくら何でも勇者ですらない一般人に使うような代物ではない。

 鈍器代わりには使えそうだけれど、まだまだ新品の部類。

 いずれは傷が付くとはいえ、こんな状況でそうなるのは避けたいというのが本音のようだった。



「さあ、アルマ。もう少し後ろに行ってようか」


「サクラは?」


「サクラさんはちょっとした"お話"があるそうだから。それと少しの間、目と耳を塞いでようね」



 キョトンとし状況の理解できぬアルマを連れ、ボクはそこから離れた場所へ移動する。

 そしてアルマの目元を覆い隠し、本人に耳を塞がせると、振り返って準備完了の合図を送った。


 それを見るなり、サクラさんは男たちへと一気に接近。

 振り上げられた棍棒の動きを合図に、なんとも乱暴な話し合いを始めるのだった。

 とはいえ両者に隔たる実力は、巨大な壁と言うには到底足りない。

 軽く振り上げた足の一撃、払うように振るった腕の一薙ぎ。そして額へ放った指の一発で、易々と男たちは地面へ沈んでいく。


 蹂躙というより、羽虫退治のようにすら見えるその光景。

 連中がサクラさんを勇者と知っていたかどうかは不明だけれど、ある意味で可哀想とすら思えてしまう。

 たぶん、誰かに命令されて襲っているのだろうし。



「しまった……、全員気絶させちゃった」



 戦闘とは到底呼べぬ、圧倒的な自衛行動も一段落。

 男たち全員が地面へ転がった光景に、サクラさんはやり過ぎたとばかりに舌を出す。



「これでは誰に命令されたのか聞き出せませんね。縛り上げて起きるのを待ちますか?」


「今回は騎士にでも通報しておけばいいんじゃない。きっとまた懲りずに寄越してくるだろうし、次に来た時にでも」



 目を閉じさせたままのアルマを抱き上げ、転がった男たちを小突くサクラさんの下へ。

 ボクは適当に路地へ転がった荷紐を目で指し、拘束しようかと問うのだけれど、彼女は首を振って不要を告げた。

 確かにこの様子だと、また似たような出来事に遭遇しそうに思えてならない。



「それよりも店に戻ろ。ロティーナさんが心配だし」


「ロウハイクはいいんですか?」


「そっちは問題ないでしょ。今頃ボコボコにされた人間がうず高く積み上がってるって」



 軽く身体に付いた埃を払うサクラさんは、僅かに早足となって元来た道を戻る。

 けれども本当に心配して救援に向かうというよりは、労をねぎらおうという意図が主であるように思えた。


 そして実際店へ戻ってみると、十数人に及ぶ荒くれ者たち全員が、ロウハイクによって壊滅した光景に出くわすのだった。



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