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祭典 06


 怒声、歓声、泣き声。人の発する様々な音が、この日都市ダンネイアを包み込んでいた。

 賭けによって跳ね上がる金銭を欲する者に、戦いを経て得られる栄誉を渇望する者。それらが混然一体となって、都市全体を溺れさせていく。


 ボクはそんな喧騒に満ち満ちたダンネイア市街を、住宅地に向け歩く。

 数日をかけて行われる闘技戦、今日はその初日。闘技戦の開幕となる正午に間に合わせるべく、彼を迎えに来たのだった。



「準備は出来てる?」


「ああ、オレは完璧だ。問題なく戦える」



 住宅地にある小さな広場。そこに面した酒場へ顔を覗かせ、ボクはロウハイクへと挨拶も省略し問う。

 すると彼はこちらを向くこともなく、鋭い面持ちで返すのだった。



「自信ありそうだね」


「自信がなけりゃ、闘技戦に出るなんて言わねェさ。それになんせこの町じゃ、闘技戦優勝は最大級の栄誉だ。一度は出てみたかった」


「栄誉、欲しいんだ? てっきりボクは……」


「もちろん一番欲しいのは金だ。金があれば人を雇って、姉貴を休ませてやれる。だがオレが優勝すりゃ、この店はもう少し繁盛するだろうよ」



 ここ数日幾度か会う事で、多少なりと親しくなったロウハイク。彼は意欲を口にし、その手は力強く握られていた。

 てっきり金銭だけが出場の動機だと思っていたけれど、実のところそうではないらしい。

 とはいえ根本にあるのは、結局自身の姉に関するものであるようで、ボクは彼の言葉に小さく口元を綻ばせるのだった。



「……なんだよ、お前までオレを笑う気か?」


「そんなんじゃないって。ほら、早く行こう。初戦から遅刻なんて洒落にならない」



 きっと当人も自覚し、密かに気にしていたに違いない。

 気恥ずかしそうにするロウハイクへと、ボクはわざとらしく視線を逸らし、会場へ向かうべく酒場を跡にする。



 戦意を高めるロウハイクの邪魔をせぬよう、無言のままで路地を歩いていく。

 角を曲がる時に、チラリとそれとなく彼を見てみると、案の定浅い息のまま鋭い視線で前方を見ていた。


 結局彼の姉であるロティーナさんは、出場そのものには猛反対であったらしい。

 なにせ自分が理由となって、弟が大きな怪我をしてしまうかもしれないのだ。そうなってはやりきれない。

 けれどロウハイクは一晩かけ、なんとか説得をしたとのことだ。


 ロウハイクを伴い路地を出ると、そこは正面に闘技場が見える場所。

 町の中央へ聳え立つ巨大な闘技場は、ボクがこの町へ来た初日に教会の建物だろうかと想像した物。実際にそこは、元々教会所有の施設であったそうだ。

 ボクらは揃って闘技場の入口へ向かうと、正面で今か今かと待っていたサクラさんが駆け寄ってくる。



「ああ、やっと来た。逃げ出したのかと思ったじゃないの」


「誰が逃げるか。夕飯の仕込があったからよ、少しでも進めたかったんだ」


「こんな試合直前に……。まぁいいわ、遅刻はせずに済みそうだし」



 サクラさんもなかなか来ぬロウハイクに、焦りを覚えていたらしい。

 暢気なロウハイクの様子に安堵と呆れを露わとするサクラさんは、軽く息ついてから彼の背中をトンと押す。



「とりあえず控室に行きなさいな。そろそろ受付の締切だし」



 見れば周囲からは人が居なくなっている。どうやら初戦の開始が近く、多くの人は会場へ移動しているようだ。


 そこでようやく慌てたのか、走って闘技場内へ向かうロウハイク。

 ボクらは彼の背を見送り、一足先に観客席へと移動しているロティーナさんのもとへ向かうことにした。

 けれど隣を歩くサクラさんは、あまり急ぐ様子がない。

 どうしたのかと思い見上げてみると、彼女はゆっくりと歩を進めながら、他の人に聞かれぬ小さな声で呟く。



「それとなく大会職員の人たちに聞いてみたけれど、やっぱり違和感はあるみたいね」


「ではやはり裏があると?」


「断言はできないけれど、キナ臭いと感じてしまうのは否定できないかな」



 閑散とした闘技場内の廊下を歩き、ボクとサクラさんはひそひそと言葉を交わす。

 この話は先日、宿に併設された食堂で酔っ払いから聞かされた、依頼主であるベルガニーラ商会に関する噂話に端を発したもの。

 酔っ払いによって聞かされた話を怪訝に思ったサクラさんは、ここまで密かに情報を集めていたのだ。



「私たちへ依頼してきた商会が、特定の派閥に属しているのは間違いない。ただ比較的新参なせいか、特別高い地位って訳じゃなさそうね」


「ならやっぱり、自分だけで他を出し抜こうとはしませんよね……」


「結束というか上下の繋がりが相当に強い集団みたい。上の商人を差し置いて、優勝を狙うってのはなさそう」



 あの時の酔っ払いが言っていたのは、サクラさんへ依頼をした商会が、もっと規模の大きな商会の傘下に在るという話。

 商人の中には特定の集団に属し、便宜を図り合う者が一定数居るとのことだ。

 ただそこには明確な上下関係が存在するそうで、上位に当たる商会を差し置いて、自分が優勝を狙うものだろうかというものだった。


 商人の世界に関して、ボクはよく知っている方ではない。

 けれど存外苛烈とも聞く彼ら商売人の関係は、きっと周囲を出し抜き突出しようとする者を、易々と見過ごしてはくれないのだろう。

 今回の依頼を受ける時、商会主の男から感じた妙な感覚は、ここに関わるのではと思えてくる。



「私たちはもう依頼そのものは完遂しているから、報酬の面は心配しなくてもいいと思うんだけど」


「だと良いんですが……」


「根拠はないけれど、どちらにせよこれ以上は深く関わらない方が賢明かもね」


「ボクらはそれでいいですけど、あの2人はそうもいきませんよ」



 まだ明確に断じることは出来ないけれど、妙な気配が漂い始めた依頼であるだけに、サッサと報酬だけ受け取って立ち去るのが賢明。

 元来が余所者であるのに加え、そもそも他国人であるだけにそこは問題がない。

 けれど当事者であるロウハイクとロティーナさんは、そうもいかないはず。

 こっちが引っ張り込んでいるだけに、そこを放って退散というのは余りにも薄情に思えた。


 それに商会から受け取る報酬には、アルマの両親に関する情報が含まれている。

 金銭の方はともかくとして、こちらを受け取るまで逃げ出すのは叶いそうになかった。



「なんにせよ、まだ確証がない上に実害もないんだから、皆の前では表に出さないようにしましょ」


「そ、そうですね。特にロティーナさんには、これ以上心配の種を増やさないようにしないと」



 会場から漏れる歓声が響く、闘技場の通路。そこを歩き会場へ入る直前で、ボクらは互いに確認するように言葉を発す。

 特にロティーナさんへはこの話を、絶対に聞かせる訳にはいかない。

 ただでさえ弟のロウハイクを心配し通しなのだ、これ以上の心労は本当に体調へ影響を与えてしまいかねなかった。


 そのロティーナさんにこの話は黙することを決意し、会場へと踏み入れる。

 すると一気に身体を襲う、声、声、声。

 地響きすら感じかねない轟音と、実際に人々の踏み鳴らす足によって揺れる床。

 それらが混然一体となって身体を襲い、奥底から震えるような衝撃を受ける。



「こいつは凄いわね……。どこのスポーツかコンサート会場かって感じ」


「その例えはよくわかりませんけど、確かに凄い歓声です」



 身体を襲う空気の震えに、サクラさんも感嘆の声を漏らす。

 闘技場の中央にある円形の舞台。そこを見下ろすように取り囲む石段の椅子には、大勢の人たちが所狭しと腰を降ろしていた。

 ただその人数が尋常ではなく、数百どころでは済まない。

 数千、いや容易く万に達するであろうその人波は、都市住民たちの大半が集っているのではと思えるほど。



「サクラさん、クルスさん、こっちです!」



 そんな光景へ驚愕するボクらは、狭い通路を移動していく。

 するとしばし歩いたところで、降り注ぐ声の中に聞き覚えのあるものが混ざるのに気付く。

 こちらの名を呼ぶその声に反応し振り向いてみれば、階段状になっている座席の一角で、ロティーナさんが立ち上がり手を振っていた。



「すみません、場所を確保していただいて。それにアルマの世話まで」


「構いませんよ。アルマちゃんも大人しくしてくれていましたし」



 ロティーナさんのところへ行き、頭を下げる。

 彼女はボクらが会場の外で動いている間、ここで場所を確保しアルマの世話までしてくれていたのだ。

 一応席そのものは指定で確保しているのだけれど、人の話によれば無視されることが多々あるらしく、これが原因で度々殴り合いが起きてしまうらしい。


 ロティーナさんはボクらが座ると、おずおずと問い掛ける。



「あの……、弟は」


「大丈夫ですよ。ちゃんと間に合ったはずですから」


「……そうですか。良かったのかどうなのか」



 やはり彼女はまだ、完全には納得していないようだ。

 願わくば遅刻の末に失格になってくれればと、そんな考えを持っていたのだと思う。

 とはいえそのような事になれば一大事。ロウハイク自身もベルガニーラ商会と契約を交わしたため、下手をすれば違約金を払わねばならないのだから。



「ここまで来たんです。弟さんを信じて、覚悟を決めては? 厄介事を持ちかけた私が言うのもなんですが」


「そ、そうですよね……。わたしがあの子を信用してあげないと!」



 とはいえ流石は小さいながらも店を切り盛りしている主人。

 サクラさんの言葉に、ロティーナさんは大きく頷くと拳を握り、自身を説得するように気持ちを切り替えた。

 こうなればあとはロウハイクが怪我をせず、出来るだけ勝ち上がるよう祈るばかり。


 そうこうしていると、円形の舞台上へとひとりの人物が姿を現す。

 派手派手しい格好をしたその男はおそらく審判。その審判は舞台の中央へ立つなり、片腕を多き振り上げ闘技者の名を叫ぶ。



「1回戦第1試合、コムザ木材組合代表、リンベルガ!」



 どうやら開会の挨拶や前置きなどは省略し、早速開始されるようだ。

 審判が闘技者の片方を叫ぶと、一方に開いた出入り口から、屈強な体躯をした男が姿を現す。


 この闘技戦、基本的に一対一で延々と進んでいく。

 参加者数がそれなりに多いため、進行には数日を要するのだけれど、最も盛り上がるのは準々決勝以降と大会初日の今日であるとのこと。

 さて、最初はどんな人が戦うのだろう。そしてロウハイクはいつ出てくるのだろうと思っていると、審判は対戦相手の名を叫ぶ。



「ベルガニーラ商会代表、ロウハイク!」



 ……まさかの開幕試合。

 本当にギリギリで間に合ったのだと思い安堵すると同時に、隣へ座るロティーナさんへと視線を向ける。

 さきほどはなんとか持ち直し、自身の弟を応援すると決めていた彼女。

 しかし案の定と言うべきか、初っ端に出てきた弟の姿を目にした途端、彼女はフッと意識をやり崩れ落ちそうになっていたのだった。



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