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祭典 04


 都市ダンネイアに到着して2日目。

 その日は早朝から宿を出て、昨日受けた依頼を果たすべく、延々町中を歩き続けることとなった。

 昨日はあまりに遅い時間であったため、人を探すどころではなく、結局宿へ入り床へ就いたためだ。


 とはいえ強い人間の当てなどまるでなく、ほとんど無駄足も同然。

 辛うじて見つけた強そうな人間も、既に別の所属で闘技戦へ出場を決めているという状況で、途方に暮れるしかない。


 そして到着3日目の今日。

 当てがないからといって、誰も見つけられませんでしたと言うことも出来やしない。

 せめて多少なりと戦える人を見つけようと、ボクらは昼間から酒場を巡り続けていた。



「さて、どうしたものやら……」


「ダンネイアの目ぼしい酒場は全部回ってしまいましたね。町の人たちにも聞いてみますか?」


「それこそ徒労に終わりそう。酒場ですら碌な情報が得られないんだもの」



 ただ既にダンネイアの市街に存在する酒場は粗方廻った。

 まだモグリの営業をしていたり、本当に近所の人間しか知らないような、小さな酒場は残っているかもしれないが、どうにも望み薄に思える。

 かといってサクラさんの言うように、町の人たちに問うても強い人間を探せるとは思えない。



「いっそ変装したサクラさんが出場してしまいますか……」


「バレるでしょ。こっちの協会に照会されたら、国境を越えたのくらいすぐ判明するだろうし」



 もういい加減面倒に思え始め、ついつい適当な案を口にしてしまう。

 けれど大陸全土に跨って活動する勇者支援協会だ、国ごとに本部が異なるとはいえ、すぐにこちらの素性などわかるに違いない。


 ならばいったいどうしたものだろうか……。

 ボクは物珍しそうに街並みを眺めるアルマの手を引き、ダンネイアの市街を歩く。

 当てもなく進み、徐々に中心部から少し外れた、住宅街に近い地区へと移っていく。


 これは本格的に戦士探しが難航しそうだ。そう思った時、ふと目線を路地へやってみる。

 すると奥の方で女性がひとり、蹲って地面へ膝を着いている光景が目に入った。



「サクラさん、あそこ……」


「かなり調子が悪そうね。一応声を掛けた方がいいかも、見ぬフリをするのも気が進まないし」



 いくらこちらに時間が無いとはいえ、流石に倒れそうな人を放っても置けない。

 サクラさんはすぐさま路地へ飛び込むと、膝を着く女性へ近づき声を掛けた。

 その女性は眩暈でもしていたのか、少しだけ間を置いて、サクラさんへ「大丈夫です」と返す。



「医者を呼ぼうか?」


「いえ、お医者様は……。家に帰って休めば良くなりますので」


「ならせめて家まで送るわよ。荷物を貸して」


「そんな、見ず知らずの方にそこまでして頂くわけには……」



 女性は医者にかかるのを嫌がっているように、大きく首を振って拒絶する。

 ならばとサクラさんは彼女を抱き起こし肩を貸すのだけれど、他人へ迷惑をかけるのが嫌なのか、それともこちらを不審に思っているのか、女性は自力で帰ろうとする。

 けれどサクラさんは半ば強引に荷物を受け取ると、それをボクへ押し付け、彼女を抱き抱えるように歩き始めた。


 女性は少しばかり大丈夫という言葉を繰り返すも、強引なサクラさんの反応に諦めたのか、次第に家への道を口にしていく。

 サクラさんもその言葉に合わせ、狭い路地を右へ左へと進む。

 そうしてなかなかに入り組んだ細い道をしばらく行くと、少しばかり開けた場所に出る。どうやらここは、住宅街の中にある広場のようだ。



「わたしの家はあそこです。もう、ここまでで大丈夫ですので」


「なにを言ってるの、ここまで来たんだからちゃんと送り届けるわよ。まだ足がフラついてるじゃないの」


「も、申し訳ありません……」



 肩を貸すサクラさんは、彼女の指さした一角の家へと向かう。

 まだ女性は自分だけ出歩けるような状態ではなく、ここで手を放してしまえば、そのまま崩れ落ちてしまいそうに思えた。


 彼女の告げる家の扉を開け、ゆっくり中へと入り込む。

 ただそこを家だと思っていたけれど、実際には飲食店の店舗であったようで、薄暗い室内には幾つもの卓と椅子が並んでいた。

 サクラさんが女性を適当な椅子へ腰かけさせている間、ボクは勝手に厨房へ入り水を拝借する。



「落ち着かれましたか?」


「はい……。おかげさまで、なんとか」



 その水を飲ませてしばし、女性は徐々に顔色を良くしていく。

 かなり体調が悪いようで、コルネート王国内でも比較的暖かな地域とは言え、冬の最中に出歩いたことで悪化してしまったようだ。



「本当に、ご迷惑をおかけしました」


「構いませんよ。ですが偶然通りかかったから良かったものの、一歩間違えば寒空の中で倒れたままでしたよ」


「店を開けるために、食材を買いに行かなくてはいけなくて……」



 彼女は落ち着いたことで、ようやくしっかりとした声で話し始める。

 見ればボクが受け取っていた荷物の中からは、幾らかの野菜らしき物が見え隠れしていた。

 となればここが飲食店であるのに間違いはなく、この女性はここで働く従業員、あるいは店主であるのかもしれない。


 なにはともあれ、こうして無事回復したようなので一安心。

 ではボクらはここでお暇し、再び闘技戦へ出場する戦士を探そうかと踵を返しかけた。



「誰だテメェら!」



 しかしその動きは、入口の扉より発せられた声で留められる。

 そちらを見てみると、立っていたのはひとりの男。

 彼は鋭い眼光をこちらに向け、一目見て明らかな敵意を漲らせていた。



「姉貴から離れやがれ、クソ外道どもがぁ!!」



 何を勘違いしたのか、男は拳を握りしめ突進してくる。

 発言からして、今しがた助けた女性の弟なのだとは思うけれど、とんでもない誤解だ。

 たぶんある程度回復したとはいえ、まだ体調の悪さが見え隠れする女性の姿を見て、善からぬ想像を働かせてしまったのだろう。


 そんな推測が一瞬で頭を駆け巡るも、今はそれどころではない。

 なんとか回避を試みようとするボクだけれど、然程広くはない店内に、所狭しと椅子や卓が並べられている。

 ゆえに碌に身動きが取れないのに加え、男の動きと拳が思った以上に早い。

 すぐさま避けるのが無理だと判断し、ボクはなけなしの抵抗として身を固め目を閉じるのだった。



「まったく、随分と物騒な弟さんね」



 けれど待てど暮らせど痛みは襲ってこず、代わりにサクラさんの暢気な声が聞こえてくる。

 目を開けてみると、そこには男の拳を平然と掴み、なおかつ椅子へ腰かけたままなサクラさんの姿が。

 やはりこの辺りは流石に勇者、ボクから見て異常に素早い攻撃も、彼女にしてみれば亀が歩くも同然のようだ。



「ちょっと落ち着きなさいな。別に私たちは、お姉さんを脅してるわけじゃないんだから」


「なんだと。そんなこと信じられるか……!」


「ほ、本当よロウハイク! この人たちはわたしが倒れてるのを助けてくれたの!」



 サクラさんの言葉に食って掛かる男だけれど、その動きを止めたのは姉による一言。

 拳を掴まれたままで力を抜くと、まだ納得がいかないという素振りながら、一歩後ろへと引くのだった。



「姉貴、もしかして1人で買い出しに出たんじゃ」


「だって、ロウハイクだけに任せるのは……」


「そんなの気にしなくていいって言ったろ!? 身体弱いくせに、無理しないでくれよ」



 姉の言葉でようやく事態を飲み込めた男、ロウハイクとか呼ばれる彼は、心配そうな表情で姉に詰め寄る。

 見れば入口には幾つかの袋と食材が散乱しており、彼が食材の調達から戻って来た様子が窺えた。

 やはり女性の方はあまり身体が強くないようだけれど、弟にばかり負担を掛けまいと、自身で買い出しに出ていたらしい。



「……悪いな、いきなり殴りかかったりして」


「い、いえ。それはもう構いませんけど」



 ロウハイクはボクへ向き直ると、大人しく頭を下げ謝罪する。

 別にボク自身は怪我をしてもいないし、家族が危険と感じたが故の行動、あまり責める気も起きなかった。

 そこですぐさま気にしていない旨を告げると、彼は頭を上げ、次いでサクラさんへと向く。



「あんたもすまなかったな。……ところであんたら、もしかして勇者か?」


「そうよ。もっとも勇者なのは私だけで、こっちの2人は違うけど」


「道理で。簡単に止められたはずだ」



 あれだけ素早い拳だ。きっと当人も一角の自信を持っていたに違いない。

 それがアッサリと、しかも腰かけたままな細身の女性に止められたとあっては、彼女が勇者であると推測するのは簡単なはず。

 単純に髪色などから、そう判断したのかもしれないけれど。



「なかなか鋭い拳だったわよ。今まで町のゴロツキを軽く捻る機会はあったけど、そいつらとは比べ物にならないくらい」


「えっと、弟のロウハイクは店の料理担当ですが、用心棒も兼ねてくれているんです」



 突然に攻撃されたのにおかしな光景だとは思うけれど、サクラさんはロウハイクがした行動へ少しばかりの称賛を贈った。

 それに対し返したのは当人ではなく、姉である女性の方。


 コルネート王国そのものは治安の良い国とは聞くけれど、酒場というのはどうしても荒事の起こり易い場所。

 こういった小さな店であってもそれは例外でなく、万が一に備え自衛の手段は必要であった。

 この店に関しては、彼がそれを担っているらしい。



「なるほどね、あの動きはお姉さんと店を守るために培われたわけだ」


「ま、まぁな。自慢じゃないが、喧嘩を売られて負けたことは一度もねぇよ」


「ふぅん……」



 ほんの少し照れが混ざるロウハイクに、サクラさんはどこか意味深な視線を向ける。

 ボクはこの視線の意味を瞬時に理解する。さては彼を候補の一人とするのではないだろうかと。

 そしてこの予想は当たっていたようで、腰かけたままで身を乗り出すサクラさんは、ロウハイクへと提案を口にするのだった。



「ところでさ。君、闘技戦に出てみるつもりはない?」



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