祭典 03
町に暮らす多くの人が寝静まった深夜、ボクとサクラさんは都市ダンネイアの郊外へ建つ、とある屋敷の前に来ていた。
夕刻頃に入った酒場で接触を計ってきた男。そいつが告げたのは、この町を拠点とするとある商人が、サクラさんへ依頼をしたいという内容だった。
この町へ来たばかりの、それも他国の勇者であるサクラさんにどうしてとは思う。
けれど実際には彼女個人を探してというより、勇者であるということが重要だったようだ。
今夜にでも会いたいとの事で、ボクらはこうして件の商人が住む屋敷へとやって来たのだ。
「大丈夫……、ですよね?」
「急に依頼があるなんて言われて驚いたけど、そこまで心配することはないでしょ。厄介そうな内容なら断ればいいんだし」
「そうではなく、アルマの事ですよ。一緒に連れて入っていいものかと」
ボクの発した不安の言葉に、サクラさんはアッサリと楽観的な言葉を返す。
けれどこちらが意図していたのは、今まさにボクの背で眠りこけているアルマについて。
心地よさそうにスヤスヤと寝息を立てる亜人の少女は、まるで起きる様子などない。
本当ならばこういった場へ行くのに、幼い子供を連れて行くのが好ましくないのは当然。
とはいえ見ず知らずの異国、アルマを預けられる場所に心当たりもなく、仕方なしに連れてきたのだった。
宿に預けるという考えもあったけれど、国境警備の騎士にも言われた通りだ、整った容姿のため狙われ易い亜人であるだけに、警戒するに越したことはない。
「事情は汲んでくれると思うけどね。預ける先がないんだもの」
「仕方ないですか……。わかりました、入りましょう」
サクラさんの言う通り、今から誰か信頼できる人間を探す訳にもいかない。
となれば連れて入る以外にはなく、ボクはようやく意を決し、正門の取っ手へと手を掛けるのだった。
簡単に開いたそこを越え、短い軒先の庭を進んで玄関扉へ。
ノッカーを掴んで何度か叩くと、中からは穏やかそうな執事が姿を現す。
ここへ来た理由を説明すると、執事はすぐさま納得。屋敷の奥へと案内し、一角に在る応接間へと通してくれた。
そこで出された茶に舌鼓を打ちつつ、しばし待つ。
ソファーで眠るアルマに膝を枕とし、次第にボクも釣られてうつらうつらし始めた頃、商会の当主であるという男が姿を現した。
「やあ、君たちが依頼を受けてくれるという勇者か。わざわざご足労かけるね」
やけに腰の低い、満面の笑顔を浮かべた男。
彼はベルガニーラ商会とかいう、ここダンネイアでそれなりに手広くやっている、商会の当主であると名乗った。
中年に差し掛かっているであろうその人物は、立ち上がるサクラさんと握手をしたあと、同じく立ち上がろうとするボクを制す。
たぶん眠っているアルマを見て、動かすのはしのびないと考えたため。
突然に呼びつけた不躾を気にしてか、やけに気を使ってくれる。
「まだ受けると決まっては……」
「それもそうだ。ただとりあえず、こちらの話を聞いていただけると幸いだ」
対面の椅子へ腰かけた商会主の男は、穏やかな笑顔を向けたままで早速話を始める。
腰の低さや気遣いもあって第一印象は悪くない。
けれどなんとなく、本当になんとなくなのだけれど、なんだか落ち着かない気分にさせられる。
そんな嫌な感覚を受けるボクに気付いているのか否か、男は用件を簡潔にまとめながら、依頼したいという内容を話していった。
「つまり私たちに、この町で話題に上っている"闘技戦"の出場者を見繕って欲しいと?」
「お耳が速いようで助かります。実は我が商会からも、1名参加させたいと常々考えておりまして」
商会主の男が告げたのは、勇者であるサクラさんの見識を用い、強そうな人間を見つけてほしいという内容。
近々この都市で行われる祭りにおける最大の催し、"闘技戦"という行事に参加するための戦士探しだ。
どうやら今町中で話題に上っている"闘技戦"という祭は、元々は教会が行っていた祭事らしい。
けれど年々規模が巨大化。現在は年に一度の一大行事となっているらしく、優勝者やその人物を支援した者には、多大な栄誉が与えられるのだと言う。
彼はそんな闘技戦へと、商会からも戦士を送り込み、栄誉を得たいと考えているようだった。
「仰りたい事は理解できました。しかしいかな勇者と言えど、人の実力を見る目までは保証できかねます」
「ご謙遜を。現に2年前の優勝者は、勇者によって推薦された闘技者でした。4年前も確かそうでしたか」
「中にはそういった目を持つ方も居られると思います。ですが私などは……」
サクラさんはやたら持ち上げてくる男に対し、謙遜を口にしていく。
対峙すればある程度実力はわかると、以前に彼女は言っていた。けれどそれはあくまで、相手が勇者であるという前提。
勇者ではない普通の人と戦う訳にはいかず、彼女もどう人の強さを評したものかわからないのだと思う。
それにしても、勇者であればこの国にも沢山居るはず。
屋敷を見る限りそれなりに金は持ってそうなのに、どうして偶然居合わせたボクらではなく、この国の協会を通しそちらへ依頼しないのだろうか。
ボクはそう怪訝に思っていると、こちらの考えがわかったのか、男は困った様子で理由を述べた。
「貴方がたが他国の勇者であるというのは存じています。なにせこの国の勇者たちは、賭けに参加する以外は、あまり積極的に闘技戦へ関わろうとはしませんので」
「どうしてですか? 出場が不可能だというのは聞きましたけれど」
「紳士協定のようなものです。実際に勇者が連れてきた者が優勝する率は高いため、支援協会主導で関わるのを自粛しているそうで」
さきほども言っていたけれど、現に勇者が見出した戦士は非常に勝率が良いという。
そのため勇者を味方に付けての選考合戦に拍車がかかり過ぎたらしく、高額での引き抜きが横行したのだそうな。
故にこの国にも存在する勇者支援協会が待ったをかけた。引き抜き費用で破産までする商人が出てしまったせいで。
なんとも間抜けな理由ではあるけれど、ともあれそういった事情もあって、この国の勇者は関わろうとしないらしい。
ただ例外的な抜け道もあるらしく、その内の一つが今回のように、偶然滞在していた他国の勇者に助力を求めるというもの。
2年前と4年前の優勝者も、そうして選出された人間なのだそうな。
「報酬は弾みますよ。そうですね、このくらいでどうでしょう」
「……悪くない額ですね。でも正直路銀には困っていませんし、人探しもしなければいけないので」
男が示してきた額は、なかなかのもの。
けれどサクラさんはそれが高額であると認めはしたものの、受けることには消極的な態度を示す。
なにせボクらがこの国へ留まれるのは、たったの2ヶ月程度。
これが無ければ依頼を受け、祭りと闘技戦を楽しんでもいいのだとは思う。
けれど実際にはあまり悠長にしている暇がなく、すぐにでもアルマの両親探しに向かう必要があった。
「人探しですか……。もしどのような方かお教え頂ければ、協力できるやもしれません」
「その代わり協力をしろ、とでも仰るつもりかしら?」
「そこまでは申しません。ですがわざわざ国境を越えてまで探されるなど、余程捉まえにくい相手と邪推します」
ニコリとした笑みを崩さぬまま、男はなにやら言葉へ含みを持たせて来る。
たぶん男からすれば、良い交渉材料を得たと思ったに違いない。
こちらの事情を逆手に取られたようで、少々癪に思えなくはない。
けれど逆に考えればこれは好機。コルネート王国での土地勘もなく、頼る人の伝手も無いのだから、現地の人間の助力があるに越したことはなかった。
おまけに彼は商人だ、一定の情報網を持っていることは想像に難くなく、ここで乗っておいた方が有利に働く可能性も高そう。
「探しているのは、この子の家族です。ここより南の山地を越えてきたと思うのですけれど」
「亜人の子供ですか。確かにそういった部族が居るというのは、聞いたことはありますね」
サクラさんも同様に考えたようで、仕方ないとばかりに眠るアルマの頭を撫で、探す対象についてを口にした。
撫でた頭からは、アルマを亜人たらしめる長い垂れた耳が覗く。
それを見た商人の男は、腕を組みしばし思案しているようだった。
「……わかりました。部下に指示して調べさせておきましょう」
「よろしくお願いします。一刻も早く会わせてあげたいもので」
「ですが少々時間がかかります。その間は」
「もちろん、そちらの依頼は受けましょう。得た情報を報酬として」
そう言ってサクラさんは立ち上がると、再度商人の男と握手を交わす。
これで契約成立。案外結果的には、悪くない取引になるのかもしれないなどと思ってしまう。
けれどやっぱり少しだけ、男から妙な空気を感じてならない。なにか、隠し事をしているような……。
ともあれ一応約束を交わした以上、闘技戦へ出場する戦士を探さなくては。
もう夜も遅いけれど、ボクらは早速そのために出発することにした。
男と別れ屋敷を出て、市街へ戻り夜のダンネイアを歩く。
「参ったわね……。でも亜人たちの行方を探す手がかりになりそうなのは救いか」
「協会支部に頼むって手もありますけど、情報源が多いに越したことはありませんからね」
「大人しく魔物を狩る方が楽そうだけど、こうなった以上しっかり探すしかないわね」
あまりこういった作業が得意ではないのか、サクラさんはどこか渋い表情だ。
けれど当人も言っているように、アルマの両親を探すには渡りに船。
情報とは別に金銭の報酬も出してくれるようなので、好都合だと思っておくべきかもしれない。
「でもクルス君、なんだかあの人に不信感を持ってたみたいだけど」
「気付かれてましたか。……なんというか、特別根拠があるわけではないんですけど」
「言わんとしてることはわかるけどね。私もあの人は、全てを話していない気がするし」
ただサクラさんも、ボクと同じ印象を受けていたらしい。
その事が少しだけ嬉しいと思いつつも、彼女も同じ考えに至っていたというのが、悪いことを暗示しているように思えてならなかった。