祭典 02
荒れた大地の所々へ、目印のように石を埋め込んで作られた道。
乾燥した砂と冬の冷たい風、そしてこれらに反し照り付ける強い陽射し。
これが"砂塵の女王"との異名を誇る、コルネート王国を象徴する風景そのものであった。
とはいえもっと国の中部へ行けば、それなりに自然が豊かで水も豊富であると聞く。
ここいら南部一帯は少々標高が高いせいもあって、冬の寒さが一段と感じられやすいようだった。
「見えてきましたよ。あれがたぶん目的の……、なんて名前でしたっけ」
「"ダンネイア"ね。クルス君、なんだか国を出た途端急に頼りなくなった気がするんだけど……」
「し、仕方ないじゃないですか! ボクだって他国へ行くは初めてなんですから」
国境間近の小さな町から出ていた乗合馬車に乗って、寒々しい荒涼とした街道を走り一日ほど。
進む先へと見えてきたのは、茶色い石壁によって囲われた、そこそこ大きそうな都市の姿。
ただ一瞬その名が出て来ず、サクラさんからジトリとした視線を頂戴してしまう。
「それもそうか。この世界では、国境を越える機会なんてそうはないのよね」
「向こうの世界では、普通に行き来したりするんですか?」
「別に簡単にって訳じゃないけどさ。特に私たち勇者が居た国は、島国だったから」
咄嗟にしてしまった言い訳だけど、サクラさんは意外にもアッサリそれに納得をしてくれた。
そういえば聞いたことがあるような気もする、彼女ら勇者の故郷は、広大な海に囲まれた国であると。
船の類はあるのだと思うけど、陸路に比べ大きな危険を伴う海上移動だ。易々と他国には行けないのだろう。
ただ目下サクラさんは、他に気になる点があったようだ。
乗合馬車を繰る御者に聞かれぬよう、ボソリと小さな声で話しかける。
「それよりもよ、本当に大丈夫なの? お金とか」
「問題はありませんよ。通貨は大陸共通貨幣ですから、問題なく使えます」
「そうじゃなくて、物価とかさ……。大抵こういった場所って、水とかが高価なイメージとかあるんだけど」
サクラさんが気にしていた内容を聞き、ボクは少しだけ苦笑してしまう。
確かにここコルネート王国は東のアバスカル共和国と並び、人口も多ければ国土も広い、いわば大陸に覇を唱えるような大国。
それに対してボクらが居を置くシグレシア王国は、行ってしまえば大陸の中でも田舎に分類される土地。
都会の方が物価が高いというのはよく聞く話しなだけに、サクラさんの不安もわからなくはなかった。
それに乾燥地帯であるこの地域では、水が貴重なのは言うまでもない。
サクラさんが主に気にしているのは、こちらに関してだろうか。
「この乗合馬車もあちらに比べれば高いですけど、問題なく使っていける額ですから。もう払っちゃってますし。それに今から向かうダンネイアは、地下水が豊富だって話も聞きます」
「なら入った店が、阿漕な商売をしててぼったくってくる可能性とかは……」
「そこは店が健全に営んでいると信じる他ないかと……。特別治安が悪い国でもないようですし、きっと大丈夫ですよ」
たぶんサクラさんもまた、踏み入れたことのない国に幾分か緊張しているのだと思う。
なんだか少しだけ神経質になっているようで、普段はピシリと伸びた背も丸まり気味。
ボクはそんな彼女を前に、もうちょっとくらい頼り甲斐のある姿を見せるべく、狭い馬車の中で立ち上がり告げるのだった。
ただこれが更に隣国のアバスカル共和国であったなら、もっと警戒を要するのかもしれない。
なにせあちらは大陸内でも有数な治安の悪さで有名。他国の特使がスリに遭ったなんて話も聞くし、公然と奴隷市場まで存在するのだから。
ボクはアルマの身内が、コルネートに移動したのが救いであったと、胸を撫で下ろす気分だった。
そんなやり取りを繰り返していく内に、乗合馬車は都市ダンネイアの門をくぐっていく。
周辺の荒涼とした光景に反し、石壁の内側に広がる市街の光景は、豊かであるのに気付いた。
「家が木造……、ですね。こんなに石ばかりの土地なのに」
「中部地域は森も多いんでしょ? ということはわざわざ、そこから運んで来てるのね」
「贅沢ですね。手間も費用もばかにならないはずなのに」
砂塵の女王と呼ばれる国にしては、市街の道などはとても小奇麗だ。
丁寧に毎日掃除をしているのか、ゴミなどはほとんど落ちてはいないし、多いはずの砂だってちゃんと均されている。
白いローブ状の装束を纏った人々は身綺麗で、国境付近に在る地方の都市にしては、随分と羽振りは良さそう。
なにやら国としての豊かさのようなものを感じてならない。
「クルス、おなかすいたよ」
乗合馬車から降り、ボクとサクラさんはダンネイアの光景に感嘆の声を漏らす。
そうしていると、手を握り歩くアルマがこちらを見上げてきた。
その幼い少女は自身の腹を押さえ、呟くと同時に訴えるような目をしている。
もう夕刻が近い。朝は軽く済ませたし、乗合馬車の中であったため昼は食べ損ねていたせいだ。
そう言われてみれば、ボクもなんだか空腹感を覚えてしまう。
サクラさんと目を合わせると、彼女も思い出したように頷き、食事へ行くのに異論無しとの言葉を口にした。
ならば適当な店を探そうと、多くの飲食店が軒を連ねる一角へと移動する。
その途中でそれとなく街並みを眺めていると、たぶん町の中央付近にあたる場所に、巨大な建造物が見えた。
大きな石造りのそれは、一見して教会か何かだろうかと思うも、雰囲気としてはそれらしい印象を受けない。
いったい何だろうと訝しむのだけれど、首を捻るボクへ前を歩いていたサクラさんは立ち止まり、目の前に立つ店を指した。
「ここなんてどう? なんだか流行ってるみたいだし、たぶんボッタくりてことはないでしょ」
「その話、まだ続いてたんですね」
「空腹が落ち着けば、この心配も何処かへいってしまうかもよ。とりあえず入ろう、私もお腹空いた」
彼女はもう我慢できないとばかりに、店の扉へと手を掛ける。
開いた扉の奥からは、大勢の人間が発する喧騒が漏れ聞こえ、この店がそれなりに繁盛していることを窺わせた。
さっきの建物も気にはなったけれど、空腹感がそれを追い払う。
腹の音が鳴り始める前にと、ボクらは中へ入り適当な椅子へ揃って腰かけた。
早速置かれたメニューを開き、無難そうな品を注文してから、それとなく周囲を見回してみる。
「なんだか、やたら屈強な男が多い気がします」
「それは思った。筋骨隆々っていうか、ムキムキマッチョというか、ともかくそういう感じ」
「……なんだかよくわかりませんけど、強そうですね。勇者の姿はないようですが」
サクラさんの言うムキ……、なんとかはよくわからないけれど、この酒場に居る人間の多くが強そうな見た目をしている。
力仕事を生業としている人や職人という雰囲気ではなく、たぶん町の警護を生業とする傭兵であったりだ。
格好からして騎士らしき人物も多いようで、妙に多いその比率に困惑してしまう。
「ああ、そういうこと……」
「どうかしたんですか?」
「聞き耳を立ててみるといいわよ。客層の理由がわかるから」
ただサクラさんはどこか納得したように、肩を竦め呟く。
状況は不明だけれど、とりあえず彼女の言うように、不自然とならぬよう客たちの会話に耳を澄ませてみる。
すると聞こえてくる内容から、酒場が屈強な人間ばかりである理由が伝わってきた。
『今年の闘技戦も優勝はザイエンで決まりだろう。昨年はあれだけ圧倒してたからな』
『だがヤツは出てこないかもしれないぞ。しばらく前に腰をやったと言っていた』
『ならザノ商会が雇った闘技者はどうだ? 昨年の4位だ』
客たちが交わす言葉を盗み聞き、ボクもおおよその状況を理解する。
たぶんこの町では、近々大々的に戦いを見世物とした催しが開催されるに違いない。
この盛況ぶりは、それ目当てで来た観客や参加者たちによるものだ。
『そういや去年の闘技戦には"勇者"が紛れてたが、今回はちゃんと確認してんだろうな?』
『毎年1人は潜り込んできやがるからな。なもんで今年からは、全員身元を検めるそうだ。協会の連中も立ち合ってな』
『勇者なんて参加しようもんなら、結果が見えちまうからな……。賭けも成り立ちゃしねぇ』
ただどうやら彼らの言う"闘技戦"とやら、勇者の参加が禁止されているらしい。
元来こちらの世界で生まれた人間と勇者では、比肩するのも馬鹿馬鹿しいほどの差が存在するのだから、それも当然。
勇者が参加してよいとなったら、たぶん参加者の全員が勇者でないと釣り合わなくなってしまう。
「残念、ちょっとだけ面白そうって思ったのに」
「もしかして出るつもりになったんです? ダメですよ、そんな事をしている暇はないんですから」
「わかってるって、ちょっとした冗談じゃない。それにどの道出場は無理そうだし」
サクラさんは少しだけおどけた調子で冗談と口にする。
けれどもボクには本気で残念がっているように見えてしまい、乗合馬車でされたジトリとした視線をやり返すのだった。
彼女はその視線を笑顔で射落とすと、給仕に酒を注文する。
どちらにせよ、ボクらはこの国へ2ヶ月程度しか滞在できないのだ。
もし勇者が出場できたとしても、あまり悠長にしている暇はないため、全力で説得したに違いない。
ボクは勇者出場不可という仕組みへ密かに感謝しつつ、届いた料理をアルマと分け合いつつ安堵する。
しかしふと視線を上げた時、サクラさんの背後から近付いてくる影を見つけ、食事の手を止めた。
「失礼、勇者殿とお見受けする」
「そうですが……、貴方は?」
声をかけて来たのは、町中でよく見かけた白いローブと同じ物を纏った男。
どこか怪しげな彼はサクラさんへと一礼し、この町で商いをする人間に雇われているのだと口にした。
そして断りを入れて席へ座ると、この場の席は全て自身が持つと告げ、声をかけて来た用件を話し始めるのであった。