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糧 07


 その日ボクらは狩りにへ行かず、新しい装備の調達を行うことにした。

 ほぼ毎日、悪天候の日以外は魔物を狩っていたため、多少の疲れが溜まったというのもある。

 ただここまででそれなりの額を得たのに加え、タケルに触発されたのも相まって、矢の補充と自前の防具を手に入れようという算段だ。



「ああ君たちか、いらっしゃい」



 コルデーロ武具店の店主は、ボクらが最初に顔を出した時と変わらぬ様子で迎え入れてくれた。

 陽の入らぬ店内は変わらず薄暗く、壁にはそこかしこに武器がかけられている。



「新しい勇者にうちを紹介してくれたみたいだね、助かるよ」



 と店主は笑顔で礼を言う。

 もっともそういった目的も込みで、最初来た時にかなりのサービスしてくれたのだろうから、こちらとしても応えなければならない。

 それにこの町には他に武具店がないのだ、実際選びようがないと思い、ボクは心の内で苦笑した。



「それで、今日はどんな用向きかな」


「そろそろ自前の防具を揃えようかと思いまして」


「そうかいそうかい、順調にいってるようで何よりだ」



 店主によると、最初に防具を貸してから新しい物を買いに来るまで、早くても一か月近くはかかる場合がほとんどのようだ。

 ボクらが最初にここへ来てからまだ半月ほど。平均よりはかなり早い調子であったらしい。

 そういった統計を取れるほどに、多くの勇者へ武具を貸し出しているという店主には驚きだけれど。


 早速当初から目的としていた、弓手用の硬革製部分鎧を欲していると伝えると、店主はすぐさま取りに奥へと引っ込む。

 そう頻繁に売れる代物ではないそうで、店主が探している間、ボクらは壁に掛けてある弓のいくつかを物色した。


 幾つかの弓を見てみるも、壁にかかっているどれもが驚く程に値が張る。

 長く愛用するのであれば、こういった価格帯の物を買いたいと思いつつも、チラッと財布の中身を見て溜息をつく。

 いずれはもっと良い弓を手に入れたいところだ。



「待たせたね。今うちにあるのはこれくらいだな」



 戻って来た店主がそう言って台の上に置いたのは、今使っている薄茶色のものとは違い、それぞれ黒と赤に染められた2種の硬革製部分鎧だった。

 見たところ完全に同じ物。なので違いは色だけか。



「元々弓手用のはそこまで種類が多くはないからね、今うちにあるのはこれだけだよ。違いは色だけ、好きな方を選ぶとよい」



 残念ながら他に在庫が無いようで、選択肢はないようだ。

 これとは異なるものを欲するなら、注文をして作ってもらうか、遠方の町から取り寄せるしかないという。

 一応値段を聞いてみると、特注にしろ取り寄せにしろ随分と桁が増えてしまう。

 一方目の前にあるこいつは、然程高いとは言えないものであり、問題なく予算内に収まる範疇だった。



「そうね……、じゃあ黒で」


「お嬢さんなら、赤も似合うと思うんだがね」


「あんまり派手なのは好みじゃないの。新米勇者らしく、慎ましやかにいかせてもらうわ」



 意外にもアッサリ選んだサクラさんは、早速手にしたそれを身に着けていく。

 既に存在そのものがそれなりに派手な気はするけれど、あまりここいらを突っ込むのは野暮か。

 ただ長く艶やかな黒髪と合わさって、黒く染め抜かれた鎧が非常に馴染む。



「毎度あり。それじゃあ、貸した方は返却してもらうとしようかね」


「ありがとうございました。……それ、また別の勇者に貸し出すんですか」


「いや、こいつもそろそろくたびれてきた。限界が近づく前に処分するさ」



 短い間ではあるが、大切に使った防具を返す。

 ただてっきり手入れをして他の新米勇者へ渡るのかとおもいきや、もうこれでお役御免となるようだった。

 そう思えば多少惜しい気持ちが湧き出るも、流石に引き取る訳にもいくまい。



 普通の矢と少しばかり用途の異なる矢を補充し、ボクらはしばし町中をぶらぶらと巡っていく。

 この日一日を休みと設定はしたが、ここまで狩りをし通しであたったため、どう過ごしていいかがわからない。

 サクラさんの嗜好や趣味も把握しきれてはいないのに加え、地方の小さな町であるここには、これといって遊ぶ場所もなかった。



「仕方ないわよ。こうしてノンビリ食べ歩けるだけで十分でしょう」



 適当な露店で買った焼き菓子を口に放り込み、ゆっくりと歩くサクラさんは落ち着いた声で呟く。

 何だかんだ言ったところで、実際に前へ出て魔物と戦っているのは彼女だ。

 そんなサクラさんからしてみれば、こうやって長閑な空気の中気楽にしていられるだけで、十分休息になっているということか。



「サクラさんがそれでいいなら、ボクは別に構いませんけれど」


「いいのよ、これで十分。向こうでも休みの日はずっと家で寝てばかりで……、っと、あれは」



 ボクとしては、もう少し有意義な休息を摂って貰いたいと考えていた。

 ただサクラさんは気楽な調子で、今の状態で問題ないと返すのだが、その途中でふと進む先へ視線を留める。

 見れば大通りの向こうから、ベリンダとミツキさんの姿が見えてくる。


 2人は初めての狩りから戻って来たばかりのようで、歩き方からは少しばかりの疲労感を感じさせた。

 大きく手を振ってみると、こちらに気付くなり同じく大きく手を振ってくる。

 成果のほどはよくわからないけれど、無事怪我もなく帰ってこられたようだ。



「どうでしたか、初めて魔物を相手にした感想は」


「その……、なんとかなりました。ベリンダのおかげです」



 近づくなり、単刀直入にミツキさんへ問いかける。

 すると彼女は恥ずかしそうにしながらも、少しばかり嬉しさを表に出した表情で、隣に立つベリンダに視線を向け告げた。

 そんな彼女の言葉に、言葉を詰まらせるベリンダ。

 どうやら彼女の労は報われたようで、目には僅かに滲む物が見えた気がした。


 適当な店に入り、2人の休憩を兼ねて話を聞くことにする。

 そこで嬉しそうに話すベリンダによれば、町の外へ行くなりまず、素早さに劣る魔物を探し狩ることにしたようだ。

 ミツキさんの武器は、自身の身長ほどもある大槌。ならばボクらのように、ウォーラビットやランプサーペントを狩るのは難しいはず。



「魔物に慣れるって点じゃ良かったけど、たぶん素材の買い取りは期待できそうにないかも」


「どうして。一応売れそうな素材は回収したんでしょ?」


「店の中だから見せるのは止めておくけど、かなりグチャグチャな有様なのよ。こうなるとわかっていたから、別に気にはしないけどさ」



 どうやら2人が最初の獲物として狙いを定めたのは、硬い甲羅を持つ魔物。

 のそりと動くそいつであれば、慣れぬミツキさんの攻撃でも確実に当てられると踏んで。

 ただその代わり、最も買い取り額の高い甲羅はミツキさんの大槌により粉砕、肉の方もあまり芳しい状態ではないと言う。


 昨日見た、新たに召喚された勇者集団と同じ状況だが、ミツキさんの場合は一人で行っただけまだマシか。

 それでも大した額にならぬのは同じで、しばらくはベリンダが支えながら、徐々に慣らしていくとのことだった。



「わたしも早く、サクラさんみたいに戦えるようになりたい……」


「そこまで急ぐ必要はないわよ。もちろん強くならなくていいって訳じゃないけど、今はまだこの世界に慣れるのが先決じゃないかな」



 ボクとベリンダが話す横で、向かい合うサクラさんとミツキさん。

 ミツキさんからしてみれば、必死の思いでようやく一匹の魔物を狩った自身と比較して、サクラさんが雲の上に居る存在のように思えてしまっているのだろうか。

 声からは憧れに近い感情が、強く漏れ出しているのがよくわかる。



「使う武器も違うし、貴女には貴女の戦い方があるはずよ。彼女とよく話して一緒に頑張っていけば、そのうち上手く戦えるようになるから」



 そんなミツキさんに対し、サクラさんは聞いていれば当たり障りのない、無難な返答をしているのがわかる。

 きっとそれはベリンダに気を使って。あくまでも彼女の相棒はベリンダ、自身はそこへ必要以上に口を出さぬという姿勢だ。



「……ちょっとだけ、良い人かもね」


「サクラさんのこと?」


「正直今は嫌いじゃない。口惜しいのは確かだけど」



 憧憬の視線を向けるミツキさんを、横目で見たベリンダは聞こえぬよう小さく呟く。

 ボクはそんなベリンダの様子に、少しばかり笑みを溢す。

 ミツキさんを取られたようで口惜しいのかもしれないが、上手くすればこの2人も仲良くなってくれるのではと。

 もっともそうなった頃には、ボクらもこの町を離れなくてはならないのだけど。


 儘ならないなと思い、軽く首を振る。

 だがそうしていると、突然に店の扉が開かれ一人の男が入ってきた。

 彼はボクへと顔を向けるなり、真っ直ぐ小走りとなって近寄ってくる。



「クルス、ようやく見つけたぞ」



 店に入って来たのは、つい最近までボクやベリンダを指導していた教官。

 騎士団の施設を出て以降、サクラさんのスキルを調べるために顔を合わせて以来なのだが、どうやらこの調子だとボクを探して来たようだ。

 ただいったい教官が何の用だろうと思っていると、彼はボクとサクラさんを交互に見て、ここまでどういった魔物を狩ってきたかを訪ねた。



「えっと、ウォーラビットとランプサーペントを中心にです」


「他には? 大型の魔物を相手としたことは?」


「まだありません。防具だって今日ようやく新調したところですし」


「そうか……。だが今のところ、この町に居る勇者の中ではお前たちが最も経験を積んでいることになるな」



 どうにも教官の意図するところがわからない。

 いったいなにがと思い問い返すと、教官は緊張の面持ちで、危険が迫っている可能性を口にした。



「ここ数日、西にある森の近辺で魔物の動きが不審なのだ。弱い種の魔物だけではない、小動物の類も一斉に見なくなった」


「そういえば、家畜も多く消えているって話を……」


「強力な魔物が発生したのかもしれん。今は騎士団の人間が調査を行っているが、もしそうであったとしても手出しは出来ない。我々には、勇者という強力な戦力が居ないのだからな」



 つまり教官はこう言いたいのだ、もしも本当にそんなやつが現れたとしたら、ボクらに対処を頼みたいと。

 この町に滞在する中で、一番経験を積んだ勇者を探しているのはそういうことだ。


 魔物という存在はそもそも、この世界へ元々存在するものではない。

 元は"黒の聖杯"と呼ばれる、正体すら不明な物体だか現象によって異界から召喚されたものであり、弱く数の多い個体はそれらが野生化し繁殖したもの。

 一方で数の少ない強力な個体は、繁殖という行為が行えぬため、この世界へ生息しているわけではない。

 自然災害のように突然発生する"黒の聖杯"により、前触れなくこの世界へ生まれるのだ。



「現在経験を積んだ勇者を何人か派遣するよう、王都に交渉を行っている。だがもしそれが不調に終わったり、派遣される前に人前へ現れたなら」


「ボクらが戦わなくてはならない……、ということですね」


「非常に心苦しいが、そういうことになる。見た限りではあるが、サクラ嬢が今いる中では最も強い戦力だ」



 タケルは既に町を離れた。ミツキさんは1人で魔物を倒したが、まだ非常に弱い個体を1匹だけ。

 新たに召喚された勇者たちは……、頭数に入れるのは不可能だろう。

 となると残るはサクラさんだけ。現実として、他に戦える人間は居ないのだから。


 まだ確定はしていないものの、ボクとしてはそのような危険な役割放り出して、サクラさんを連れて今すぐ町から逃げ出したい。

 だが一応は騎士団所属の身、拒絶など許されてはいない。それにサクラさんは、乗り気であるとは言わないまでも、意外に平然としていた。



「承知しました。微力ではありますが、万が一の時には真っ先に駆けつけます」


「……申し訳ない。ただ貴女だけに任せてしまうなど、己が無力を痛感します」



 一瞬、サクラさんがまた余所行きの顔を出したのかと思いきや、どうもそれとは異なるらしい。

 どこか達観したような、まるで損な役回りをするのは慣れていると言わんばかりの雰囲気だ。


 そのサクラさんの纏う空気が、なにやら妙な不安感を掻き立てられる。

 ただ教官の下げる頭に、ボクは横から口を挟むことが出来ず、この日はそのまま協会の宿へ戻り、眠りにつく事しかできなかった。



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