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魔の機械 08


 静まり返った宿の一角。傾いた陽射しにより赤く染まったそこには、2つの影が壁に背を預けていた。

 一方はカタリナだ。彼女は自身の"左腕"へ触れながら、ジッと天井を眺めている。

 そして彼女の隣へ座るもう一方は、同じく黒の聖杯によってこの世界へと召喚されるも、平常な思考を失っていた元相棒。

 今はまるで動かなくなった同じ容姿を持つ彼女は、開いたまま光の無い瞳を、虚ろに地面へ向けていた。



「カタリナ、迎えの馬車が来た。立てる?」



 一言も発さず、もう何日もこの場でこうしているカタリナへと、サクラさんは近づき声をかける。

 すると小さく頷くカタリナは、左腕を床へ突きノソリと立ち上がった。



「腕の調子は?」


「悪くはありません。多少仕様は変更されていますが、基本的には同じ型ですので」



 サクラさんの問いかけに対し、カタリナは左の腕を掲げる。

 ボクが彼女を見つけた時点から、ずっと失われていたはずの左腕。それがどうして存在するのかと言えば、動かなくなった相棒のそれを移し替えたため。

 なんとも想像を絶する光景ではあるけれど、現にこうして問題なく動かせている。



「その子も連れて行くんでしょ、向こうへ」


「はい。先方の要望でもありますし、こうしてスペアパーツとしての活用も可能ですので」


「私も手紙で釘を刺しておいたから、あまり無茶な扱いはされないと思う。でももし変な真似をされそうになったら、暴れてでもこっちに逃げてらっしゃいな」


「サクラ殿には感謝を。そうならないよう願っていますが」



 スッと手を差し出すサクラさんと、その手を握り返すカタリナ。

 これから彼女は迎えの馬車に乗り、一路王都を目指して移動することになる。

 カタリナがこちらへ現れた時点で、サクラさんは王都に手紙を出しており、この国で勇者たちを監督する役割を担う、ゲンゾーさんと連絡を取っていた。

 彼から返ってきた手紙には、簡潔に「こっちへ向かわせてくれ」と書かれており、今回はそれに従う形になったのだ。


 彼女を王都へ向かわせることに、当然不安が無いわけではない。

 なにせカタリナのような存在は過去に例がないのに加え、彼女は召喚士によって呼び出された勇者ではなく、黒の聖杯により召喚されたいわば魔物。

 あれやこれやと手を出され、酷い目に遭ってしまうのではと思ってしまったのだ。



「クルス殿、そう不安に思うことはありません」


「ですが……」


「さっきもサクラ殿が言ったように、あちらの責任者とは話が付いています。それにこの世界の技術では、この身を調べたところでなにも判明はしない。いずれ諦めるはず」



 そんなボクの不安を読んだように、カタリナは近づいて告げる。

 確かに彼女の言う通りだ。何をどう調べたとしても、定かになるのは"理解不可能"という事実ばかりだと思う。

 それにゲンゾーさんは、酷い扱いをしないと手紙で約束してくれた。

 王都に行けば、きっとカタリナには穏やかな暮らしが待っていると信じる他ない。



「同意はないが、相棒も連れて行く。これで当面は不測の事態にも対応できるでしょう」


「なら良いんですけど……。くれぐれも体調には気を付けてくださいね」


「機械であるこの身に体調と言われても困りますが、善処しようとは」



 そう言ってカタリナは両の腕を差し出し、優しくボクを抱擁する。

 その瞬間、これまで一切変わらなかったカタリナの表情が、少しだけ緩んだように見えた。

 ただこれはボクの錯覚なのだろうと思っていると、サクラさんもこの異変を感じ取っていたようだ。



「貴女……、表情を変える機能なんて持っていたの?」


「一応仕様上行う事は可能です。基本的に使う機会はありませんが」


「使う機会なんていくらでもあったでしょうが! ……なんだか王都行きが心配になってきたわ」



 ボクもてっきり、彼女は表情を変えることが出来ないのだとばかり思っていた。

 けれども少しだけ身体を離し見てみると、カタリナの顔には柔らかながらも、ハッキリとした笑みが浮かんでいる。


 それを今までしなかったことで、サクラさんは不満気に文句を漏らす。

 けれどなんだかそれもわかる気がする。これから彼女は王都で、大勢の人と接するはずなのだ。

 無表情のままでは、上手くいくものも行かない気がしてならないというのは、本音に違いない。



「……まぁいいわ。ホラ行きましょ、外で馬車を待たせているんだし」


「了解しました。クルス殿、そちらの荷物を運ぶのを手伝ってはもらえませんか」


「は、はい!」



 嘆息するサクラさんは、少しして諦めたように息を吐く。

 そしてカタリナの頭へ手を置くと、穏やかな様子で出発を促すのだった。


 カタリナは頷くと、壁にもたれ動かぬ相棒を抱える。

 ボクはそんな彼女の頼みを聞き、手近な卓上へ置かれた包みを持ち後ろを着いて歩いた。

 外へ出ると、すぐ目の前には大きな馬車が停まっている。

 1人2人で使うには、少々大げさすぎる馬車であるとは思うけれど、カタリナとその相棒は外見に反し相当な重さ。このくらい必要なのだ。



「しっかり渡してよ。おっさんがどうしてもって言うから、特別に頼んで作って貰ったんだから」


「承知しました。これは直接当人へ手渡すとお約束を」



 サクラさんと言葉を交わすカタリナへと、ボクが持っていた包みを渡す。

 中身はここカルテリオ特産の魚介を乾した物が詰められており、王都へ行く際の土産となっている。

 これでゲンゾーさんの機嫌を取り、カタリナの立場を楽にしようという目論見だ。


 それを受け取るカタリナが、動かぬ相棒と共に馬車の荷台へと移る。

 彼女はそこから一度顔を出し、こちらに挨拶をしようとしたところで、ボクは意を決して声を発した。



「あの、やっぱりボクらも一緒に……」


「気持ちはありがたい。だがクルス殿、貴方は自身の相棒と共に居るべきです。なにせ彼女はまだ、身体が完治していないのだから」


「……そうかもしれませんが」


「こちらのことなら気にする必要はありません。魔物程度であれば、容易に撃退は可能ですから」



 しばしの時間を共に過ごした彼女が、今はもう言葉も発せぬ相棒と共に運ばれていくのがしのびない。

 ならば一緒に王都までと思うも、それは柔らかに振られる首の動きに制された。

 ではせめて町の外まではと申し出るも、彼女は新たに得た左の腕を差し出し、ボクの頬を撫でる。



「感謝します、クルス殿。あの時に貴方が見つけてくれなければ、この身は潮風に晒され続け、状況の把握や修復も儘ならなかった」


「あの時はただ混乱してて……。でも困っていたんですから、助けるのは当然じゃないですか」


「この身は人ではないが、ある程度人と関わってきた経験から言わせてもらいます。存外それは難しいことで、厄介事を避けるべく逃げてもおかしくはない」



 淡々としながらも、どこか穏やかな口調で語るカタリナ。

 背後へと立つサクラさんと共に、その話を聞いていくにつれ、徐々にボクは寂しさがこみ上げ始めていた。



「次に会った時も、同じクルス殿でいてもらいたい」


「……わかりました。近いうちに、必ず王都へ会いに行きますね」


「ではこの身が耐用年数を越え、朽ちてしまわぬ内に」



 カタリナはそれだけ口にすると、静かに荷台の窓を閉める。

 馬車はそのままゆっくりと走り始め、夕陽に染まったカルテリオの市街を、北に向け走っていくのだった。


 馬車の影が見えなくなり、徐々に夜闇が周囲を覆い始める。

 立ったまま見送り続けたボクも、いい加減諦めが付いたところで振り返ると、そこにはまだサクラさんが立ちボクを見下ろしていた。



「こうして別れを経験し、少年はまた大人になるのね」


「……からかわないで下さいよ。それに前も言いましたけど、ボクはもうとっくに成人した大人です」


「目頭に涙を浮かべて、そんな生意気なことを言われてもねぇ」



 単純に笑顔を浮かべ慰めてくれるのかと思いきや、彼女が発したのはこちらをからかう発言。

 ただそれに文句を口にするも、すぐさま手痛い反撃を食らう。

 慌てて目元を袖で拭うと、確かに僅かながら濡れており、無意識のうちに涙目となっていたのは誤魔化しようのない事実だった。



「お、大人だからこうなるんですよ! ……たぶん」


「それは言えてる。大人の方がこういうのに弱いもの」


「……サクラさんもなんですか?」



 意外なことに、ボクがしたなけなしの抵抗を肯定するサクラさん。

 そんな彼女へおずおずと尋ねてみると、ニカリと笑われ頭を掴まれる。



「たぶんね。それよりも、アルマを連れて早く食事に行きましょ。お腹空いた!」


「わ、わかりましたから。あんまり強く掴むと痛いですって」


「今日は呑むわよ。クルス君も付き合いなさい」



 ボクの頭を掴んだままで揚々と宿の中へ戻り、空腹を口にするサクラさん。

 そんな彼女の様子は、なんだか寂しさを紛らわそうとしているように思えてならなかった。



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