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魔の機械 07


 まるきり同じ容姿に、同様の武器。

 走る動作なども含め何もかも同じな両者の違いは、左の腕が健在であるか否か。

 黒の聖杯という存在によって召喚されたカタリナと、その相棒であるもう一人は夜闇の中で刃を交え、文字通り火花を散らしていた。



「カタリナ、傷が増えているから下がって!」


「そうはいきません。今の貴女は本調子ではない、前衛を務めるのはこちらの役目」


「本調子じゃないのはそっちもでしょうに」



 ただ完全にカタリナに任せてもおれず、時折側面や背後から、サクラさんが短剣を振りかざし接近を試みる。

 とはいえ本来扱う弓とは異なり、さほど得意とはしていない短剣であるせいか、あまり上手く攻撃を仕掛けられてはいないようだった。



「それにしても、本当に一言もしゃべらないわね……」



 カタリナが囮となっている隙に、背後からの攻撃が仕掛けるも失敗したサクラさんは、大きく飛び退り呟く。

 さっきはカタリナと向こうの違いが、左腕の有無であると考えた。けれど違いはもう一つある。

 カタリナが言葉を解し平静な思考をしているのに対し、もう一方は一言も口を開くことなく、自我を喪失したかのようにただ攻撃的な衝動を振るうばかり。

 雰囲気はまさに魔物然としており、本来同種の存在であるというカタリナの言葉が、到底信じられないと思えるほどだった。



「どういうことですか、なんでカタリナだけが……」


「理屈はサッパリね。でも黒の聖杯によって召喚された存在にとって、こっちが普通なんだと思う。カタリナだけが特別なのよ」



 飛び退ってきたサクラさんへと、今の状況について問う。

 黒の聖杯によって召喚されたという点で、カタリナと彼女の相棒は同じであるはず。

 なのに外見に反しその性質はまるで逆、カタリナの相棒であったという同じ外見の存在は、さながら狂戦士のようだ。


 それは当然彼女も理解していたらしい。

 切り結んだ後で少しだけ距離を取ったカタリナは、サクラさんへと近づき決意の混じった言葉を口にした。



「破壊を行います。助力を」



 カタリナが告げた内容に、ボクとサクラさんは息を呑む。


 ボクらは彼女から、元の世界へ戻りたいとする理由を聞いている。

 属する軍の任務へ復帰するため。それが第一の理由だったけれど、カタリナにはもう一つ戻ろうとする理由があった。

 自身の相棒と共に任を全うし、最後解体される時を待つというものだ。


 ただ考えてもみれば、その点に関してはある意味で解消されている。共に処分を待つ相棒が、こうしてこちらの世界に来てしまったのだから。

 けれどそんな折角会えた相棒を、どうして破壊するなどと。



「破壊!? ……一応聞いておくけど、どっちを?」


「当然両方です。僚機を機能停止後、黒の聖杯の破壊を行います」


「まだ望みはあるはずでしょ。帰る手段だって、相棒の目を覚まさせる可能性だって!」


「聖杯の捕獲が困難を極めることは、既に承知のはず。それにこちらでは詳細な解析を行う設備がありません、加えて――」



 サクラさんはカタリナの決定を受け入れがたいのか、時折向かってくる攻撃を捌きつつ叫ぶ。

 けれどもそんな説得に首を横へ振るカタリナは、こう決めるに至った理由を、淡々と口にしていった。



「先ほどから僚機と接触を計ってはいますが、一切応答がありません。通信機能の障害とは考え難いため、基幹部分に重大な損傷を受けていると考えます」


「……説得がどうこうって次元じゃないという事ね」


「機能停止をさせる以外に手段はないと判断します。助力の要請を」



 カタリナの言葉に、グッと唇を噛みしめるサクラさん。

 きっと彼女はここまで、こう考えてきたに違いない。見知らぬ世界へ放り出された同類を、可能ならば帰してやりたい、と。

 けれど可能性は残しつつも、それを果たすことが現実的ではないと突き付けられた。


 もう、こうする以外の道は残っていないのだと思う。

 共に解体を待ちたいと思うほどの相手に対し、カタリナがそう断言しなければいけ程なのだから。



「……わかった。乗りかかったどころか、完全に船へ乗りこんでしまっているもの。気の済むまで付き合ってあげる」


「感謝します」


「んで、具体的にはどうするの? 単純に片腕が無いだけ、カタリナの方が不利でしょ。かと言って私も短剣の扱いは得意と言い難いし……」



 仕方なしに、カタリナの相棒を破壊することへの協力を口にする。

 けれど人数はともかくとして、戦力としては案外五分五分といったところ。なにせ彼女らは揃って片腕が使えぬため、本来の力を発揮できない状況。

 けれどカタリナには勝算があるらしく、腕を一振りし、生やしていた太い刃を収めながら告げる。



「問題はありません。内蔵火器を使用すればですが」


「火器って……。でも貴女が持ってるってことは、向こうにも同じ物があるんじゃ」


「いいえ、元々我々は近接戦闘を主とした武装を有しますが、自身は遠距離からの支援戦闘を行えるよう仕様変更がなされていますので。前衛は頼みます」



 カタリナはよくわからない説明を口にしていくと、前衛を担うよう頼み少しだけ後方へ下がる。

 その言葉を聞きサクラさんが前へ出るのを見て、彼女は立ったままでグッと前傾姿勢を取った。


 いったい何をするのかと思っていたのだけれど、直後にボクは異様な光景を目にする。

 カタリナの背が纏う衣服ごと割れたように見えると、そこから金属の光沢も露わな2本の細い"腕"が現れたのだ。

 言葉もなく絶句し、これが幻覚の類であるのかと目を擦る。

 ただそれをしても見える光景に変わりはなく、直後にカタリナの発した声と共に、轟音が鳴り響くのであった。



「サクラ殿、右へ回避を」



 平坦ながらも強い声に、サクラさんはおそらく無意識に反応する。

 言葉通り彼女から見て右へ飛ぶと、これまでサクラさんが立っていた箇所を通過する、無数の光にも似た軌跡。

 それはカタリナの背から現れた腕より発されたもので、数えるのも不可能なほどに放たれた幾つかが、敵となったカタリナの元相棒を抉るのが見えた。



「こんなの持ってるなら、出し惜しみしてないでサッサと出しなさいよ!」


「申し訳ありません。なにぶん補給が不可能な手段ですので」


「……この世界に、あんたのそれが必要になる敵なんて早々居ないわよ」



 寸でで移動したサクラさんからしてみれば、自身の真横を通過したそれは、相当に肝を冷やすものであったらしい。

 悪態を口にしつつも、動揺のためか内容は少しばかり方向が逸れ気味だ。


 それにしてもカタリナがした攻撃、似た物をボクは見たことがある。

 王都の王城でサクラさんが仕留めた、同郷の元勇者である男が持っていた武器、"ジュウ"とかいうそれに酷似していた。

 来た世界は違えど、小さい金属の塊を撃ち出すという仕組みを持つその武器は、凶悪無比な代物であるのに違いはないようだ。



「でもこれで十分勝機は見えたわね。畳みかけるわよ!」


「了解。……対象の破壊を実行します」



 カタリナの攻撃によって、武器を生やした相手の腕は片方吹き飛んでいる。

 これで条件は五分以上。仕組みはよくわからないけれど、向こうに今のような手段は使えないようなので、あとは仕留めるばかり。


 ただ勝ちが見えたからこそか、カタリナの言葉には若干の躊躇いらしいものを感じてならない。

 けれど彼女はそんなものを行動には現さず、再度腕から刃を生やし自身の元相棒へと迫った。



 そこからの展開はほぼ一方的だったと言っていい。

 思いのほか受けた損傷が大きかったためか、相手は碌に回避行動を取ることも出来ず、サクラさんとカタリナの攻撃を受け続ける。

 一撃二撃と喰らうにつれ、徐々に動きを鈍くしていく。

 まるで変わらぬ人形のような表情だけれど、この時ばかりはボクにも見るのが耐え難かった。



「カタリナ、トドメは私が……」


「いえ、自身に任せてもらいたい。そこを押し付ける気はありません」



 幾度かの攻撃によって限界を迎えたか、ガクリと膝を着き抵抗の動きすら見せぬ元相棒。

 そんな相手の前へ立つカタリナは、きっと良かれと思ってしたサクラさんの申し出を遮った。



「残念だ、僚機よ。願わくばあちらで共に、然るべき時を待ちたかった」



 カタリナの声は、普段とそう変わるものではなく聞こえる。

 けれどボクにはこの時ばかりは、とても悲痛な色が混じっているように思えてならない。


 それを証明するように、腕から伸びる刃を振り上げるカタリナは、少しだけ逡巡する。

 けれどすぐさま意を決したようにそれを振り降ろすと、肩口から切り裂かれたカタリナの元相棒は沈黙、膝を着いたまま脱力し身動き一つしなくなった。


 直後、カタリナは自身の背から生えた金属の細い腕を一方へ動かす。

 先端から唸るような低い音が短く発され、それと共に今度は遠くから、金属の砕ける音が響く。

 見れば砕けた黒の聖杯が地面へ落ち、滲むように砂浜へと溶け消えていくところだった。



「サクラ殿、クルス殿。一つ頼みごとをしていいだろうか」



 自身を召喚した黒の聖杯も破壊し、動かなくなった相棒を前にしばしの沈黙を続けたカタリナ。

 彼女は少しして納得したように顔を上げると、ボクらへ申し訳なさそうに声をかけて来た。

 ボクとサクラさんは一瞬だけ顔を見合わせると、すぐさまその申し出に頷き返す。



「すまない。我々は兵器として製造されたが、壊れたままここへ捨て置くのは耐え難い」



 神妙な様子で、静かに語るカタリナは片方の腕だけで相棒を抱えると、カルテリオへの帰路を歩き始めるのだった。



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