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魔の機械 06


 頃合いを見計らって町を出発し、輝く星と月明かりで照らされる深夜の砂浜へ。

 カルテリオから東へ少し移動した先に在る、大岩を目印とする場所。

 そこへ辿り着いたボクらは、暗い中で声を潜めたままその時を待っていた。



「本当に現れると思いますか……?」


「そこばかりはあの人を信用するしかないわね。酒に酔っての妄言でないことを期待しましょ」



 腰へ差す短剣の柄へ手を当て、サクラさんはボクの発した不安混じりな言葉に微笑む。

 酒場で会った漁師が話していた、この場に現れたという謎の発光現象。それが黒の聖杯によるものか、それはまだ定かでない。

 実際には鉛色をした聖杯からは、ドス黒い粘液状の物体が零れそこから魔物が生まれる。なので発光するというのは、ここまでの知識にないもの。

 けれど他に手掛かりはないのだ、ボクらにはこれへ賭けるしか手はなかった。



「お二方、あとは自身だけで対処するので、戻っていただいても」


「水臭いことを言わないの。今更帰れなんてさ」



 ただ当のカタリナは、ボクらに若干の申し訳なさを感じていたらしい。

 ここまで来ればあとはなんとかしてみせると言うも、そこは速攻でサクラさんによって払いのけられてしまう。

 彼女の言う通りだ。黒の聖杯にも色々とある、どんなのが現れるとも知れない状況で、カタリナだけを置いて帰れようはずがなかった。

 カタリナもそう言われては追い返せないのか、再び周囲を探る作業へと戻る。



「そろそろなはずです。いつ現れてもいいように――」



 ボクもまた黒の聖杯が現れる瞬間を流さぬよう、注意を口にしながら周囲へ視線を巡らせようとした時だ。

 最後まで言い終わらぬうちに、突如視界の端へと強い輝きが。

 それはほんの一瞬だけなのだけれど、腰を抜かしてしまいかねないほどの勢いで、砂浜の夜闇を打ち払わんばかりの発光する。


 その光に目が眩み、腕で自身の目元を覆う。

 冷静になったところで腕を除け、まだ少しだけ白む視野の中、ボクは光を感じた方向を窺った。



「大当たり! クルス君、投網を!」



 それを自身の目で確認するよりも早く、サクラさんの大きな指示が飛ぶ。

 無意識のうちに声へ反応し、背嚢へと手を伸ばしたボクは、そこに納めていた網を探った。

 手を突っ込み漁る最中に見てみれば、確かに光っていた先には宙へ浮かぶ鉛色の物体が。これまで2度ほど見てきた、黒の聖杯と呼ばれる物が浮かんでいた。


 半ば賭けで当てにしたけれど、漁師が見たというそれはまさに目的の物。

 さっきの発光現象こそが、黒の聖杯が出現する瞬間なのかと思いつつ、ボクは探していた投網を手にしサクラさんへと渡す。



「行くわよカタリナ。援護して」



 サクラさんはそう告げると、受け取った投網を手に駆け出す。

 前もって打ち合わせしていた通りに、カタリナも彼女と並走して走り、黒の聖杯へと接近していった。


 ボクの知る限り、黒の聖杯そのものは攻撃をして来ない。

 けれどそこから現れる魔物は、個体によっては脅威となりえるだけに、対処をする必要へ迫られる。

 漁師たちから預かった投網を使い、試しに黒の聖杯捕獲を試みるサクラさんの脇を守るため、カタリナは並走しているのだった。



「矢が通用するんだから、こいつで捕らえることも出来ると思うんだけど……」



 サクラさんは一抹の不安を感じつつも、接近した聖杯へ手にした網を投げる。

 経験が無い割には器用に広がったそれは、上から覆いかぶさるように勢いよく迫っていく。

 初回にしてやったかと思うボクであったけれど、被さってくる網を嫌がるかのように、浮かぶ黒の聖杯は地面スレスレまで下降、素早い動きで網をかいくぐっていった。



「食器の分際で舐めた真似をしてくれるじゃない」


「サクラ殿、自身にはアレが兵器の類には見えないのだが、人工知能でも組み込んであるのですか?」


「さて、どうだか。でもこっちをおちょくるだけの思考能力は持ってそうね、今のを見る限りだと」



 口元を不快気に歪ませるサクラさん。

 確かに黒の聖杯は、無機物かつ小さな食器然としている見た目に反し、これまで見た限りでは意志のようなものを持っている気がしてならない。

 そう思えるほどに、聖杯の動きには人が操っているような、知性らしき空気を感じずにはいられなかった。


 そんな黒の聖杯を見て、カタリナは小さく呟く。



「アレが、この身をここへ運んだ"門"か」


「そう、この世界へ混乱をもたらす原因の一つね。見覚えは?」


「ありません。自身が居た世界では、このように科学で証明できない現象は存在しないのと同義です」


「まあ……、言わんとすることはわかるけど」



 距離を取り、再び宙を浮遊する黒の聖杯。

 カタリナは自身をこの世界へ召喚したそれを眺め、感慨のこもった空気を醸し出す。


 ただこうしてしっかり観察しても、彼女はこれに見覚えが無いという。

 存在が一般的に認知されているこの世界でも、そいつは長く得体の知れない存在であり、こういった現象を聞いたこともない向こうの人には、謎そのものであるようだった。


 さて、ではどうしたものかとサクラさんは腕を組み思案する。

 試みた投網による捕獲は難しそうで、ならばどう捕まえたものかとボクも頭を捻るのだけれど、そうしていると突然に黒の聖杯が振動を始めた。

 この光景は見たことがある。聖杯が魔物を召喚する時に見せる動きそのもので、ボクとサクラさんは慌てて身構える。



「サクラさん、破壊は……」


「今はまだムリよ。カタリナが帰る手がかりがこれしかないんだから」



 ボクら勇者と召喚士の本分は、この世界に発生する黒の聖杯を破壊すること。

 なので咄嗟に破壊を促してしまうのだけれど、すぐさま今回の本題を指摘される。

 聖杯が現れてからの流れで、自分でも思った以上に混乱してしまっていたらしい。


 なんとか冷静さを取り戻そうと、自身の頬を強く叩く。

 そうしている内に聖杯の振動は激しさを増し、徐々に傾き中から粘度を感じさせる、ドス黒い液体を滴らせ始めた。

 その液体は夜闇の中でも尚黒く、砂浜を染めていく。



「来るわよカタリナ、戦闘の準備を!」



 サクラさんはそう叫ぶと同時に、自身の持っていた短剣を構え直す。

 カタリナもそれに反応し、どういう理屈か身体へ仕込んでいた大きな刃を備え、一歩前へと踏み出した。


 染み広がる黒い液体からは、ノソリと影が這い出てくる。

 出現しつつある魔物の姿に、ボクら3人は警戒と緊張を増していく。

 けれど徐々に影が形を成し、姿をハッキリとさせていくにつれ、サクラさんが驚きに目を見開くのが手に取るようにわかった。



「カタリナ……、私の目が正常だとしたら、今目の前に貴女が居るように見えるのだけれど」


「正常であると判断して問題ありません。自身と同型の機体です」



 黒の聖杯から現れたのは、人の姿を持つ存在。

 それもカタリナとまったく同じ外見を持つモノで、ボクは驚愕に声を上げることもできなかった。

 彼女は自身と同じ存在が、無数に製造されているとは言っていた。けれど寸分の狂いもなく複製された存在に、硬直し困惑の度合いを増してしまうばかり。



「それも先日お話した個体です」


「話したって、……もしかして貴女の僚機?」


「保有するデータと型番を照会した結果、該当したので間違いはありません」



 淡々と告げるカタリナだけれど、発した言葉は焦燥感を狩り立てるもの。

 ボクにサクラさんという相棒が居るように、カタリナもあちらの世界で共に行動していた相棒が存在する。

 それが今目の前に現れた、彼女と同じ外見をした存在であったのだと。



「なら戦う必要なんてないわね。貴女が話せばあの武器も収めてくれるでしょ」


「……そうはいかないようです」



 現れたカタリナの相棒は、既に手へ武器らしき物を持っている。

 けれど彼女が声を掛ければ戦闘を避けられると考えたのだけれど、すぐさまそれはカタリナ自身によって否定された。


 彼女は武器を収めることなく、相棒であるという対面の存在へ向け刃を向ける。

 見ればその相手もまた武器を持ち、カタリナとまるで変わらぬ容姿であるはずなのに、より攻撃的な空気を撒き散らしていた。

 あえて、その雰囲気を言い表わすとすれば……。



「……魔物」



 咄嗟に浮かんだ言葉が、無意識に口をつく。

 理性を持ち言葉を交わせるカタリナ。対して目の前のそいつは、同じ外見ながら意思疎通というのが不可能であると言わんばかりに、無機質で暴力的な気配を持つ。

 カタリナと同じであり、なおかつ正反対。人に害をなす魔物と呼ばれる存在がそこには居た。


 そんな空気に呑まれかけていると、突如カタリナと同じ姿の魔物は地面を蹴る。

 刃を持って向かう先はボク。瞬く間に迫る姿に反応すらできず、振るわれる刃は真っ直ぐに首元へと迫った。

 切り伏せられる。そう瞬時に確信し、なけなしの防御として瞼を閉じかける。



「クルス殿、退避を」



 けれど刃の冷たい感触は身体を襲わず、代わりに聞こえたのはカタリナの声。

 ハッとし目を開けると、彼女が腕から生やした刃が、寸でのところで斬撃を阻んでいた。

 その事実に驚きつつもボクは急ぎ走って、情けない動きでサクラさんの後ろへと隠れる。


 短剣を構えるサクラさんの後ろから、顔を半分覗かせる。

 視線の先には右の腕から刃を生やしたカタリナ。そして両腕から刃を生やし、カタリナと対峙する同じ顔をした魔物。

 ボクは張り詰めた緊張感の中で対峙する、金属の身体を持つという両者を見て、音がするほどにゴクリと喉を鳴らすのであった。



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