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魔の機械 05


 まだ陽も昇っていない早朝から軽く朝食を摂り、空が白み始めた頃に町の外へ。

 大きな欠伸と共に、冷え込んだ空気を大きく肺へ取り込む。

 身体の中を万遍なく凍えさせる感覚に震えを起こすも、それによって幾分か目も覚めていく感覚を覚える。


 ここ数日ずっと続けている、カタリナを召喚した"黒の聖杯"探し。

 こんな朝早くから行動しているのは、彼女がこちらの世界へ来て最初に気が付いたのが早朝であったため。

 同時刻に黒の聖杯が現れるとは限らないけれど、出来るだけ同じ条件でという考えのもとだった。



「なんというか、とんでもなく楽ね……」



 そんな寒さ厳しい早朝の海岸、サクラさんは小さな岩に腰かけ、頬杖着いてボーっとした様子で呟く。

 すぐ近くではカタリナが身体から生やした武器を振るい、現れた魔物を相手にひとり戦っている。



「確かに楽ではありますけど、少しだけ心苦しいんですよね。こっちはただ待ってればいいっていうのが」


「本人がやりたいって言ってるんだもの、居心地悪いからって手を出すのもさ……」



 ボクとサクラさんが、ノンビリと戦いを眺めているのも理由がある。

 カタリナ自身の申し出によって、魔物が出た時は対処を任せているためだ。


 ここ数日の間ずっと、黒の聖杯探しをしながら出くわす魔物を、カタリナが片付けるという流れが延々と続いている。

 まだ傷が完全には癒えていないサクラさんを気遣ってというのもある。

 それに加え、カタリナは自身を発見し見つけてくれた礼を兼ねて、戦いに関しては極力引き受けようということだ。


 けれど腕を無くしたままで、延々と作業的に戦闘をこなすカタリナの姿に、ボクはどこか違和感を感じずにはいられない。

 そしてそれはサクラさんも同じであったようで、彼女は昨夜ふとこのようなことを言っていた。「まるでこのまま自分が壊れる時を待っているようだ」と。



「本当に、壊れるまで戦うつもりでしょうか?」


「もし元の世界に戻れないとなったら、王都へ連れて行かれるよりは自らの破壊を選ぶと思う」


「……では是が非でも、彼女を召喚した聖杯を見つけないと」


「なら捜索を再開するとしましょ。丁度片も付いたところだし」



 なんだかしんみりとした空気の中、立ち上がるサクラさんは目線だけで指す。

 そこには出くわした3匹の魔物全てを打ち倒し、無傷のまま地面へ立つカタリナの姿があった。


 帰りたいと願ったり、自身の破壊を望んでいそうだったりと矛盾はある。

 けれどボクらには彼女へ協力する他なく、少しだけモヤモヤとしたものを胸へ抱えつつ、再び捜索に移るべく立ち上がるのだった。




 その後昼近くまで、ボクらは海岸線を中心に延々と黒の聖杯を探し回った。

 当然カタリナを見つけた横穴も2度ほど確認したし、海岸から少しだけ離れた場所に在る林の中も見回っている。

 けれど結局この日も聖杯を見つけることは叶わず、揃って大人しくカルテリオへ戻るハメになった。



「もしかして移動してしまったんでしょうか?」


「ありえない話じゃないのよね。どういう理屈か宙に浮いてるし、中には瞬間移動するような物もある。移動くらい普通にするかも」



 その夜、ボクらは昼間は預けていたアルマを連れ、宿の前に建つ馴染の酒場へ食事に来ていた。

 そこで卓を囲みながら、ここまで一切見つけることが出来ていない、黒の聖杯の行方についてを相談する。


 ただ元々アレは、そう易々と見つかるものではない。

 一生に一度もお目にかかったことがない勇者や召喚士も居るくらいで、基本的に見かけるという経験の方が貴重なくらい。

 ボクらは幸いにと言っていいのか、2度ほど対面しているのだけれど、サクラさんの言うように移動していてもおかしくはない代物。

 カルテリオ近郊の森で見たそれは空高く浮いていたし、故郷のメルツィアーノで見た黒の聖杯は、短距離ながら転移するように移動していたのだから。



「明日からは、少し捜索範囲を広げますかね」


「広げた方がいいのか、それとも別の場所を探すべきなのか。もうサッパリ見当もつかないわ……」



 グッタリと、空になった皿が積まれた卓へ突っ伏すサクラさん。

 ここ最近は療養目的であまり動く機会が多くないだけに、ここ数日の捜索によって少々疲れが溜まっているようだ。

 かく言うボクもそれなりに疲労を感じており、明日は休息に当てた方がいいのかとすら思えてくる。


 一応カタリナを王都へ連れて行く期限は定めていない。

 なのでそれが無難であるかと思っていると、隣で果実水を飲んでいたアルマが、ボクの袖を引くのに気付く。



「カタリナはごはん食べないの?」


「ああ、……彼女は要らないんだってさ」


「おなか空かないの?」



 至極尤もなアルマの疑問。

 ボクらは現在3人で食事をしているのだけれど、この場にはカタリナが同席していない。

 どうやら彼女は栄養の摂取を必要としないらしく、食事時は宿の一室で休息を摂っているのだった。

 いったいどういう理屈なのかとサクラさんに問うてみるも、「よくわかんないけど、太陽光ででも動いてるんじゃない?」と、よくわからない返答を頂戴してしまった。



「お魚おいしいから、カタリナも食べればいいのにね」


「そうだね。この町で獲れたのは絶品だし」


「アルマが持っていったら食べてくれるかな?」



 無邪気な言葉を口にするアルマへと、ボクは少しだけ困りつつ返す。

 カタリナは外見的には人と酷似しているけれど、そうではない上に生物でもないということなので、流石に食事はしないとは思う。

 とはいえアルマにそれを理解してもらうのは難しく、どう説明したものかと悩んでいると、そんなボクらの会話を聞きつけたのか、1人の漁師が近寄ってきた。



「なんでぃ、俺らの獲った魚を食わない不届き者が居るってのか」


「いえ、食べないというか食べられないと言うか……」


「この町に住んでて魚を食わないなんぞ、碌でもないヤツだ。連れてきな、説教してやっからよ」



 近付いてきた漁師の男は、随分と酒に酔っているようで、酒精の強い息を吐きながら悪態つく。

 もっとも別に本気で怒っているという様子ではなく、ただ絡んで話し相手となって欲しがっているだけのようだった。


 そんな漁師の悪態を適当にあしらうと、すぐさま最初の話題を忘れたように、普段の漁に関する話へと移っていった。

 酔っ払いの相手をするのは少々面倒だけれど、たまにはこういった付き合いをするのも大事かと、ほんの少しだけ酒を飲みつつ話を聞いていく。

 ただのんびりと話を聞いていると、不意に漁師はつい最近出くわしたであろう、とある出来事について話し始めた。



「そういやよ、少し前に船の上から妙なもんを見たんだが……」



 会話の中で突然に思い出したのか、男は漁の最中に見たあることを口にする。

 いったい何をと思い問うてみると、数日前に漁から戻ってくる途中の船上で、砂浜に強く輝く物を見かけたのだと言う。

 卓へ突っ伏したままで、酔っ払い除けに眠ったフリをしていたサクラさんは、その話を耳にするなり起き身を乗り出す。



「それって、いつ頃の話ですか!?」


「いつって……、3日くらい前の話だが」


「時間は!? 出来るだけ具体的に!」



 酔っ払いの漁師へと詰め寄るサクラさんは、胸ぐらを掴まんばかりの勢いだ。

 けれど漁師が見たという謎の発光、それが探している黒の聖杯によるものであるという可能性は高そうで、現状他に手掛かりが無い以上はここに縋らないと。



「確か夜が明ける前、まだ深夜か……。港へ戻る最中だったからよ」


「場所は詳しくわかる?」


「東へ少し行った先の海岸だ。林の手前に在る大岩の所だったか」



 カルテリオから伸びる海岸の、大岩がある場所。

 そこはカタリナを見つけた横穴があるすぐ近くで、ボクらも延々探し続けていた辺り。

 どうやら場所そのものは間違っていなかったけれど、探していたよりももっと早い時間帯が正解であったらしい。



「助かったわ。お礼をしないとね、今日の所は好きなだけ飲んで頂戴」


「お、悪いなねえちゃん。それじゃ遠慮なく」



 さっきまでのグッタリとした様子から一変、サクラさんは意気揚々笑みを浮かべる。

 漁師の男に礼代わりとして今夜の酒代を約束すると、彼女は大急ぎで酒場を飛び出していった。

 たぶん宿へと向かい、カタリナにこの話を伝えるつもりに違いない。


 ボクもまた卓の上へ代金を置くと、アルマを連れ後を追う。

 そしてすぐ正面に建つ協会支部兼宿屋へ入り、1階部分へ降りて来ていたカタリナの姿を見つける。

 彼女は先ほどの話をするサクラさんから事情を聴くと、無言のままで立ち上がった。


 いつもと同じ、変わることがあるのかすら疑わしい表情。

 けれどこの時ばかりは、カタリナの纏う空気がとても張り詰めたものに思えてならなかった。



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