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魔の機械 04


 まだ日も昇り始めて間もない早朝。

 都市カルテリオの北側に設置された唯一の門から出て、取り囲む城壁に沿いぐるっと南へ移動。

 一面の砂に覆われた海岸線を歩きながら、サクラさんは遠くを指さし問う。



「カタリナ、あの魔物に見覚えは?」


「保有するデータに該当するモノは存在しません」


「そう。……ならあっちのは?」


「同様です。自身が製造された世界において、あのような形状をした生物は確認されていないはず」



 サクラさんが指さした対象。そしてそれを凝視するカタリナ。

 非常に遠く、ボクにとっては麦粒程度にしか見えない魔物の姿を、彼女らは揃って確認していく。


 おそらくカタリナは勇者ではなく、世間的には魔物と呼ばれる類。

 けれども勇者たちと同じく、やたらと目が良いという点では同じであるようで、ボクの目には到底判別不可能な影へと、自身の知識にないと首を横へ振っていた。



「てことは、そいつが召喚したのはカタリナだけって可能性もあるわね」


「自身はその際機能不全に陥っていましたので、件の"黒の聖杯"という現象を、確認できていないのが悔やまれます」


「そこは仕方ないんだから、気にしなくてもいいわよ。……っていうか、アンドロイドも悔やむっていう感情あるのね」



 彼女らが何をしているかと言えば、この周辺へ出没する魔物に、カタリナの知る物が含まれていないかという確認。

 もし知る個体が居たならば、彼女を召喚した黒の聖杯が活動している証拠となるため。


 とはいえこの海岸線一帯、もともと魔物の数がそこまで多くはない。

 海の中には一定数の魔物が存在するけれど、それらは餌を使って誘き寄せないと、陸地にはまず上がってこないのだ。

 一応確認としてそちらも昨日試したけれど、結局知らないとの事だった。


 ボクはそんな2人の横へ並ぶと、なんとか記憶を掘り起していき、浮かんだ可能性についてを口にする。



「これまで活動していなかった、新たな黒の聖杯かもしれませんね……」


「そんなことってあるの?」


「あくまでも一説にはですけれど。黒の聖杯を召喚する黒の聖杯、なんて存在も推測されてはいます」



 基本的には、草原地帯から迷い込んだ魔物くらいしか現れぬこの海岸線。

 そんな場所へと召喚されたということは、新たにここで活動する黒の聖杯が現れたと考えるのは、とても自然であると思える。

 現に魔物の活動領域は年々広がっており、何処かの誰かが立てたこの仮説は、なかなかに信憑性があるものとして受け入れられていた。



「だとすればイタチごっこね。嗚呼、勇者の戦いに終わりはないのであった! 完」


「終わらせるのは当分先にして下さい。せめて一生困らない分を稼ぎ切るまでは」


「なんって夢の無いお子様かしら。もう少し遊び心を持ってくれると、お姉さん嬉しいんだけど」


「申し訳ありませんね。ご存じだと思いますけど、つまらない程に現実主義なもので」



 ボクとサクラさんは一面砂ばかりで、魔物の影がほぼ見えない砂浜で軽口を叩き合う。

 するとそんな様子を見ていたカタリナは、表情こそまるで変えないものの、気持ちほど穏やかな声色で感想を口にするのだった。



「サクラ殿とクルス殿は、仲が良いのですね」



 ここまで3日ほど、聞かれたことに対し返答するばかりなカタリナだけれど、初めて自主的に喋ったように思える。

 それがきっとサクラさんには嬉しかったようで、彼女へ近付き肩に腕を回し肯定する。



「やっぱりなんだかんだ言って相棒だもの。仲が良好じゃないと、一緒に旅なんて出来ないって」


「そうなのか。おそらく、それは喜ばしいことなのですね」


「まぁーね。んで、カタリナにはそういう相手は居なかったの? 作ってくれた技術者とか、一緒に組んでいた同僚とか」



 カタリナから色々と話を聞く好機と考えたらしく、サクラさんは畳みかけるように問うていく。

 なんだかボクも徐々に彼女の話が気になってしまい、周辺の魔物を探すという作業の傍ら、つい聞き耳を立ててしまっていた。

 女性同士のこういった会話、あまり踏み込んで聞かない方が無難だとは思いつつも。



「……自身にも、向こうで僚機と言える個体が存在する」


「なるほど、それでそれで?」


「自身が帰還を果たしたいのは、当然軍の任務を放棄できぬというのもあるが、おそらくそいつの存在が理由でもある」



 促すサクラさんによって、カタリナも興が乗ったのかもしれない。

 先ほどよりも徐々に口は滑らかとなっていき、なかなかに意外な内容を告げるのであった。



「な、なんていうかアンドロイドにしては、やたら人間味のある生々しい話ね……。でも嫌いじゃないわ、話してみなさいな」


「このような内容、サクラ殿は本当に興味があるのですか?」


「色んな意味で興味津々よ。単純に自分の周囲で、こういった話が不足気味だってのもあるけど」



 こう言っては語弊があると思うけど、サクラさんも案外この手の話が嫌いではないらしい。

 近頃だとオリバーとカミラの2人などはそれらしい話があったし、酒場の給仕をしている娘が、近所の大工をしている青年とそういう噂を聞いた。

 それについ最近、ボクと年越しの踊りを一緒に踊ってくれたというのに、これだけではサクラさんの色恋に関する欲求を満足させるに至っていなかったようだ。

 もっともそういうのとは別な理由で、関心を向けているようだけれど。



「その僚機って、男性型の見た目なの?」


「我々には性差というものは存在しません。外観も性能も自身とまったく同じ、異なるのは型番だけ」


「あ、じゃあ恋愛云々って話ではないわけね……」


「そのような人間同様の感情は組み込まれては。あえて言うならば戦火を共に越えた、残り少ない相棒です。耐用年数の問題でおそらく同時に破棄される計画だが、ヤツだけそうさせるのは好ましくない」



 淡々と語るカタリナの声は、起伏こそ無いもののどこか感情の色が強く滲んでいる気がする。


 ともあれカタリナが言うことを察するに、その相棒だけを死なせるのはしのびないのだ。そして願わくば、共にそうなりたいと願っている。

 どうにも理解できない感情ではあるけれど、サクラさんの言う"アンドロイド"とかいう存在は、案外そういうものなのかもしれない。



「……そんな話を聞かされたんじゃ、是が非でも送り返さなきゃね」



 伏し目がちとなったサクラさんは、思う所があったのか神妙な様子で呟く。

 そして納得したように頷くと、ヨシと自身に気合を入れて再び魔物を、黒の聖杯を探すべく周囲へ視線を向けた。



 なんだかしんみりとした空気になり、気まずさを感じてしまうボクは、冬の寒さと雰囲気を防ぐように上着の襟を締める。

 ただそうしたところで、視界の端へと1体の魔物が映った。

 草原から迷い込んできたと思われるそいつは、この周辺ではさして珍しくもないカマキリ型の魔物。

 越冬できぬため冬場は多くが死んでしまうそれだけれど、中にはこうして丈夫なのがしぶとく生き残っている。


 まだ折れた腕が完治していないサクラさんは、弓の代わりとして持つ短剣を引き抜く。

 そしてボクもまた、お師匠様に教わった撃退用の薬剤を鞄から取り出すのだけど、ふとカタリナが前へ出てきたのに気付く。



「任せて頂きたい。世話になっている礼もある」


「大丈夫なの? 故障してもここじゃ修理なんて望めないけど」


「この数日で、ある程度まで修復は進みました。あれくらいであれば十分対処は可能と判断します」



 そう言うカタリナは、砂地を深く踏み進んでいく。

 彼女の一見して不用意に見える接近に、魔物は組し易い好都合な餌と考えたか、勢いよく接近し尾に備わった刃を振るった。


 ただそれはあえなく空を切り、逆にカタリナによって掴まれてしまう。それも鋭利な刃となった部分を。

 そんな箇所を素手で持つことにも驚いたけれど、その後はもっと驚愕。

 本来強固であるはずなその刃を握力だけで砕いたかと思うと、カタリナの腕からは今まで無かったはずの刃が出現、魔物を縦に真っ二つとしてしまった。



「なんていうか、軍事用の名に恥じぬ能力ね」


「お褒め頂いたようで、恐縮です」


「でもあえて言わせてもらえれば……」



 カタリナが見せたその戦闘能力に、ボクは唖然とする。

 なるほど確かに軍用戦闘用と形容されるだけのことはあり、こんな存在が人の手で無数に作りだされる異界というのは、とんでもない場所だと思い知らされた。


 ただ一方で同じ光景を見ていたサクラさんは、カタリナを称賛しつつも難しい表情を浮かべる。

 理由はわかっている。彼女の戦いを見せられ感嘆の息を漏らしたボクも、直後に同じことを思ったのだから。



「……貴方が砕いた尾の部分、あそこってそこそこの値段で売れるのよね。宿代一泊分を軽く超える額で」



 サクラさんが指を差した先には、無残にも砕かれた魔物の尾が。

 希少な金属を含むこの尾は、装飾用としてそれなりに活用できるものであり、カルテリオの特産ともなっている代物。

 1体分採取すればそれなりの額となるけれど、それは綺麗な状態であっての話。見事に破壊されては、きっと買い取り額を査定するクラウディアさんに足元を見られてしまう。



「それは、……記憶の消去を申請します」



 どことなく微妙な空気の中、カタリナはなんとか言葉を吐き出す。

 相変わらず表情に変化の無い彼女だけれど、今した発言に関しては先ほど同様、とても人間臭さが漂うように思えてならなかった。



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