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糧 06


 協会での戦慄する出来事からしばし、ボクらは本日の狩りを終え帰路に着いていた。

 空を見上げてみれば雲一つない快晴。ボクの怯えきった心情とはうらはらに、実に清々しい良い天気だ。


 あの後ベリンダとミツキさんは、装備を揃えるために武具店へ向かった。

 ソニア先輩から教えてもらった、コルデーロ武具店を彼女たちにも教えたので、そちらに向かうそうだ。

 ついていって相談に乗るというのも少しは考えたのだが、それは彼女たちの今後のためにも良くはない。

 そう考え同行は自制したのだが、あの店の店主ならばそれなりに良くしてくれることだろう。



「流石にほんのちょっとだけ、大人げなかったかな」



 街道をノンビリと歩く中、サクラさんは大きく伸びをして呟く。

 何を意味する言葉なのかは言わずとも解る。先程の女の子2人組を威圧した行為についてだ。


 そうですね、とても大人げなかったと思います。完全に委縮しきっていましたもの。

 視線だけであんなにさせるなんて、サクラさんは元々別の驚異的なスキルを持っていたようだ。



「まぁ、……そうですね、多少」


「私もまだまだ青いわねー。あんな小娘にムキになって」



 とサクラさんは、少しだけ冗談めかして言い肩を竦めるのだが、どうにもその様子はまだ若干の怒りを湛えているように感じさせる。

 よほど腹に据えかねたのだろうか。抱えた怒りを冗談によって誤魔化し、なんとか治めようとしているようにも見えた。


 聞くのも悪いかとは思ったが、ボクは恐る恐る聞いてみる。

 ボク自身も腹は立ったものの、ベリンダが動かぬ以上、その場はギリギリまで耐えて収めようと思っていた。

 なのに普段人前では平静さを装い、頑丈な仮面を被り続けるサクラさんが、あのような行動に出た理由が気になったのだ。



「相手が弱いと知れば、寄ってたかって奪い取ろうとする。ああいうのは最低、虫唾が走る」



 静かで……、それでいてその声は、黒々とした怒気を孕んでいた。

 普段一緒に居る時のふざけた様な、そして気怠げな弛緩した空気とは大きく異なる。


 ああいう子は放っては置けない、そうサクラさんは呟く。

 案外彼女にもかつて、先程のミツキさんのように辛酸を嘗めた経験があるのだろうか。



「それよりも早く帰りましょう。ぼやぼやしてると日が暮れるわよ」


「ま、待ってくださいよ!」



 そう言って速める歩み。その歩幅はいつもより広い。

 まだ解消しかねている怒りを、それにぶつけているように思えてならない。

 ボクはそんなサクラさんを追って、少しばかり小走りとなる。

 ただどうにも足の長さが違うせいか、なかなか距離を縮められなかったのであった。



 そんな酷く疲労の嵩む移動を終え、町へと戻るなり協会の建物へと入る。

 早速そこで本日の成果をリュックから出し、専用のカウンターへと置く。

 だが現金化する前の査定を行うべく、それをジッと眺めたおじさんは、僅かに首を傾げ呟いた。



「今日は調子が悪かったようだな」


「……いまいち乗りきれなくて」


「そうなった理由はわからんでもない。ワシも少しは見ていたからな」



 ランプサーペントが3匹と、ウォーラビットが1羽。これが今日の成果。

 ここ最近持ち込んだ数を考えれば、この日はかなり少ないと言っていい。

 単純に遭遇した魔物の数が少なかったというのもあるけど、サクラさんの苛立ちというのもあるだろうか。

 この日はスキルの調子がどうも悪く、射た矢を初めて外すという事態になっていた。


 それでもしっかりと黒字になっているのだから、文句などあろうはずもないが、自身を制御出来なかったサクラさんは若干凹み気味。

 おじさんはおおよその理由を察してくれているようだけれど、かといって査定を甘くしてくれるような人ではなかった。



「ともあれ怪我をしなかっただけ十分か。あの連中も、一応全員が無事に戻ってきたようだな」



 おじさんが静かに呟いて向けた視線の先には、今朝見た新人勇者たちの姿。

 今朝サクラさんが委縮させた2人組も含め、勇者が総勢7人。

 それらがテーブルに載せた2羽のウォーラビットを囲み、意気揚々と互いの健闘を称えあっていた。


 曰く、「俺ら強すぎ」。「異世界の魔物が弱すぎるだけ」。「このままやってけばすぐ英雄になれる」と。



「連中は召喚士の助言も聞かず、全員揃って狩りをしたようだな。その成果があれだ」


「2羽だけ、ですか?」


「ああ、正直あれじゃ採算なんぞ取れんだろうに。なんせ召喚士も含めれば14人の大所帯だ」



 彼らの持つ武器を見ると、5人が長剣で残りが槍と斧、見事なまでに全員が近接武器ばかり。

 そいつを握って全員で魔物を取り囲み、タコ殴りにしたのだろうか。

 テーブルに置かれた魔物は全身が傷だらけで、毛皮としての利用価値がとてつもなく下がっているどころか、肉としても酷い有様であることが容易に想像できた。

 どうやらマトモに血抜きもされていないようで、傷口は黒々と固まり見るも無残な有様だ。



「一応は初回だからな、今回だけはそれなりの値で買い取ってやる」


「いいんですか?」


「良くはない。だが生きて帰ってくれただけマシと思うしかない」



 これまで何人も、すぐさま命を落とした勇者を見てきたのだろう。

 おじさんは肩を竦めて息吐くと、買い取り時に支払うであろう、幾枚かの硬貨を取り出していた。

 ただ折角の獲物があの有様だ、買い取っても犬の餌にすらならないかもしれない。


 ボクは若干呆れて、勇者たちの次に彼らの召喚士たちへと視線を向ける。

 彼らはボクの視線に気づいたのか、一瞬だけ罰の悪そうな顔をし、すぐさま目を逸らした。

 当然のことながら、彼らもこの状況がよろしくないというのは当然理解しているようだ。



 彼らの後に、ボクらは今日の獲物を買い取ってもらうと、そのままおじさんに断りを入れて外へと食事に出た。

 理由は言わずもがな。おばちゃんたちの作る、量だけは多いが味は壊滅的な夕食を避けようとしてだ。

 それを理解しているためだろうか、おじさんはそれを咎めるどころか、穏やかな表情で見送ってくれた。



「何か食べたいものはありますか?」


「肉ね。ガッツリと。あとお酒」


「肉はともかく、お酒は抑え目にしてもらえると助かるんですが……。っと」



 さていったい何を食べたものかと、ボクらは揃って夕闇に染まる町を歩く。

 多くの飲食店が立ち並ぶ通りへ入り物色していると、対向から2人組の男女が歩いてくるのが見えた。ソニア先輩とタケルだ。



「やあ、今から食事?」


「これからな。お前らもそうなら、一緒に行かねえか?」



 なにやら機嫌の良さそうなタケルは、気安い口調で食事への誘いをしてくる。

 彼とは同室になって以降、随分と打ち解けてきた。今では互いに呼び捨てが基本となるくらいには。



「いいね。ボクらも協会の食事時が近いから、逃げ出してきたとこだし」


「じゃあ決まりだな。どっかそこら辺の酒場にでも入ろうぜ」



 上機嫌のタケルはそう言って、席の空いてそうな酒場を見繕い入る。

 サクラさんやソニア先輩も別に異論などはなさそうで、彼の後に続きそのまま入っていった。


 入ってすぐ適当に頼んだ料理を待つ間、来た麦酒やジュースを手に乾杯。

 昼間の暖かさによってかいた汗を取り戻すように、大量に注がれたそれを一気に飲み干す。

 ただその大きなカップを置いた時、ボクはタケルのある変化に気が付いた。



「そういえばさ、装備換えた?」


「ふっふっふ、ようやく気が付いたかねワトソン君」



 いったいワトソン君というのは誰のことなのか。

 おそらくボクを指しているのだろうが、突然に名前を変え呼ばれても困る。

 サクラさんはタケルの発した意味を理解したようではあるが、苦笑気味な顔を向けるだけで何も言ってはこなかった。


 タケルをよくよく見てみれば、今朝までは焦げ茶色をした硬革の部分鎧だけだったのが、今では金属製の胸甲を身に着けている。

 手もこれまでのように革製グローブではなく、甲までを覆うガントレットになっているようだ。



「随分と立派だね。どうしたのさ」


「ようやく金が貯まってきたからな、ソニアがもうそろそろ買ってもいいかもって」



 自身の身体を纏うそれを、自慢げに撫でるタケル。

 ソニア先輩はこれまで弱い魔物で少しずつお金を貯めて、まずは可能な限りの装備を入手するのが先と言っていた。

 強い相手を探すのは、それからでも遅くはない。装備と実力、その双方が一定の水準に達したら、挑むのを許可したいとも。

 同期たちの全てが先に召喚を済ませ、独り黙々と訓練を続けてきた先輩にとって、タケルが非常に大切であるという表れだ。


 その先輩はサクラさんと顔を寄せ合って、なにやら深刻そうな面持ちで会話をしている。

 なにやら化粧品がどうの日焼けがどうのと、ボクとタケルがしている話の内容とは大きく違う方向に走っているようだ。



「それでよ、装備もようやく買えたことだし、明日にでも別の町に行こうと思うんだ」


「明日!? ……また随分と急な話だね」


「一応前々から言ってただろ。いつまでもこの町に居ちゃ実力も伸びないから、装備を揃えたら別の町に移るってよ」



 確かにそんな話はしたが、折角仲良くなったというのに寂しい限り。

 ただ寝耳に水ではあるものの、なんにせよソニア先輩とタケルが一歩前進したことに変わりはない。

 ならば素直に、彼らの旅立ちを祝福してあげるべき。


 そんな2人へ祝いの言葉を述べるのだが、タケルには少々気がかりなことがあるようだ。

 彼は少しだけ何かを言い澱むと、他に聞こえぬよう小さな声で耳打ちする。



「実はよ、今日農家のおっちゃんから聞いたんだけど……」


「ん?」



 ソッと潜むようにタケルが話したのは、最近町の西側で家畜が多く居なくなっているという話。

 単純にそれだけであれば、現れた魔物によって捕食されたと考えれば済む。

 それはそれで困った事態なのだけれど、別段珍しくはないだけに、原因が判明すれば勇者へ討伐依頼が出されるはず。

 ただ彼が言いたいのは、そんな簡単な話ではなさそうだということ。



「消えた家畜の数が多すぎるんだってよ。魔物が大量発生してるか、デカイやつが現れたか」


「穏やかじゃないね。状況が判明するまで、西側には近づかない方が無難かも」


「十分気を付けろよ。俺たちはまだ新米なんだ、ヤバそうなのはベテランに任せときゃいい」



 そう言うタケルの表情は、普段の意味不明な言動をする時と異なり、至極真面目だ。

 ここ数日で、多少彼の印象は変わってきたようにも見える。

 装備が変わったことも影響してるだろうけど、覚悟の備わったというか、少し顔つきに精悍さがましたようだ。



 タケルの忠告に頷き了解したボクらは、その後美味しい料理に満足し、協会の宿へと戻った。

 その戻る道すがら、サクラさんは気付かれぬようボクにソッと耳打ちをしてくる。

 「私たちも頑張りましょ」と。あの2人に触発されたようで、その表情からは夕方までの不機嫌で沈んだ様子は感じられなかった。


 ならばボクも頑張らねばならない。

 とりあえずは、少しはお金が貯まってきたので、新しい装備を見繕っても良い頃合いかもしれない。




 翌朝、ボクがベッドから起き上がった時には、隣に並ぶベッドは既に空となっていた。

 荷物も全て無くなっていて、ベッド上にある毛布が乱れていなければ、最初から誰も居なかったと錯覚しかねない。


 朝食を食べに出るべく階下へ降りると、そこにはサクラさんの姿はあるものの、当然ソニア先輩は見当たらなかった。

 去ってみると呆気ない。これが勇者と召喚士の宿命とはいえ、どこか寂しい気もしてしまう。



「おはようクルス。そっちも今から狩りへ出るの?」



 なんとなく物悲しい感傷へ浸る。そんなボクらへと、すぐ背後から元気な声がかかる。

 振り返ってみると、そこには装備一式を纏った状態で立つベリンダとミツキさんの姿が。


 2人はこれから初めて魔物を狩りに向かうのか、どこか朝の面持ちを浮かべている。

 ミツキさんの背には、彼女の身長ほどもあろうかという大槌。

 あまり体格に恵まれているようには見えない彼女には、些か不釣り合いに見える武器だ。



「ボクらは今から食事に出ようかと思って。……大丈夫?」


「ちょっと怖気づいちゃったみたいでさ。今檄を飛ばしてたとこ」



 どこか所在なさ気に、視線を泳がせているミツキさん。

 初めて魔物を相手にしようというのだ、不安感が増しつつあることは想像に難くない。

 そんな彼女へとサクラさんは近づき、ソッとミツキさんの頬に手を当てる。



「貴女"たち"なら大丈夫。ここいら一帯に転がってる魔物くらい、何てことはないわよ。彼女の言うことにちゃんと耳を貸していれば、きっと上手くいくから」



 穏やかな微笑みを湛え、囁くような声でそう告げると、サクラさんはそのまま外へと歩いていく。

 一瞬呆然とした後、その後ろ姿へ「ハイ!」と元気よく返して見送るミツキさんの眼は輝いていた。

 ソニア先輩の次は、ミツキさんを籠絡したようだ。


 一方でベリンダの表情は渋い。たぶんミツキさんの反応が面白くないのだろう。

 確かにボクが逆の立場なら、ベリンダと同じ想いを抱いた可能性は高そうで、気持ちはわからないでもない。

 ただちゃんとベリンダの立場を立ててくれる言葉を添えているだけに、あまり不満を口にするのも憚られるようではあった。


 そんな2人は、一足先に町の外へと向かっていく。

 ソニア先輩とタケルのように、彼女たちとも近いうちに別れの時は来てしまう。

 きっとそれは、ボクらがこの町を出るという形なのだろうけれど。


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