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嵐襲来 05


 バタン、と。駆ける勢いそのままに扉を開く。

 言葉もなく荒い息遣いのまま飛び込んだ我が家に入るなり、目に飛び込んできたのは見慣れた人たちの姿。

 キョトンとしこちらを向くアルマと、そのアルマに抱っこされ尻尾を振るまる助。

 そしてそれを微笑ましく眺めていたであろう、今はこちらを向き驚きに固まるサクラさん。


 ボクはそんな人たちが居るのを見るなり、ズカズカと進んでいく。

 そしてサクラさんの目の前へ立つと、大きな声で告げるのだった。



「踊りましょう、サクラさん!」


「踊……、はい?」



 けれども単刀直入に過ぎる言葉なせいで、上手く要件が伝わらない。

 サクラさんは当然理解が及ばぬようで、首を傾げ困った顔をする。



「えっと、……ここで?」


「広場です! お祭りの、最後のところで!」



 とはいえボクもまた順序立てて話をするのが難しく、ついつい浮かぶ端から単語を発してしまうばかり。

 ただここでサクラさんは何を伝えたいか察してくれたらしく、苦笑しながら確認を口にする。



「クルス君が言いたいのは、年越しの踊り相手として私を指名しようってことよね」


「は、はい。ダメ……、ですか?」



 平静に確認をされ、ボクは少しだけ冷静さを取り戻す。

 お師匠様に焚きつけられた勢いそのまま、何の確認も無しに申し込んでしまった。

 おかげで今になって勢いは減退、情けなくも縮こまり、言葉を待つばかりとなってしまう。


 そんなボクを見るサクラさんは、見下ろしながら浅く困ったように息を吐く。



「……どうしたものかしらね。実はもう何人もに申し込まれてて、返事を保留してるとこなのよ」



 サクラさんの告げた内容に、今度こそガツンと頭を殴られたような錯覚に陥る。

 お師匠様の予想通り、既に何人もが踊りの相手として立候補しに来ているようで、彼女はまさにより取り見取り。

 どんな相手であるかは知らないけれど、ボクはその中で戦って踊りの相手としての座を勝ち取らねばならない。

 もしその中に、男らしくサクラさんと並んでも見劣りせぬ体格の人が居れば、アッサリ負けてしまうのではという想像が巡っていく。



「そ、そうですよね……。もう遅すぎるかなって自分でも」


「なかなかカッコイイ人とか、渋めなおじ様も居て、ちょっと悩むところなのよね。……でもクルス君がどうしてもって言うんなら――」



 これはもう無理なのだろうかと、諦めが思考を支配しかける。

 サクラさんも乗り気なのか、少しばかり愉快そうな素振りを見せていたのだけれど、彼女が何かを言おうとしたところで、不意にまる助が怪訝そうな声を出す。



「どうしてウソつくんだサクラ? お前さっき全部ことわったじゃないか」



 突如まる助が発した言葉に、ボクは身体を硬直させる。

 その瞬間はどうにも意味が理解できず、目線を上げた先には慌てた様子のサクラさんの姿が。



「ちょ、なんでバラすのよ!」


「よくわからん(メス)だ。"クルス君が誘ってくるはずだから、ごめんなさいね"って言ってたの、おいらちゃんとおぼえてるぞ」



 まる助を黙らせるべく、頭を掴むサクラさん。

 けれども不可解そうにするまる助は、そんなことお構いなしに、自身が聞いていた内容を平然と口にしていく。

 話によればまる助がアルマを誘いに来た後、サクラさんの下へ町の住民たちが何人もやって来たらしい。

 そして寒い時期に手に入れるのが困難であろう花を手に誘う彼らを、サクラさんは速攻であしらったのだと。



「余計なこと言わないの、このバカ犬!」


「なんだと! せっかく人がしんせつに教えてやったというのに」


「あんたは人じゃなくて犬でしょうが! ああもう、いい感じにからかえたと思ったのに」



 サクラさんは大人げなくも子犬を掴み、頬を引っ張って文句を口にする。

 つまりはこういう事か、他に踊る相手の当てがあると伝えることで、ボクを凹ませその様子を見て楽しんでいたと。

 踊りの事をとぼけたのも、その一環であるらしい。

 人のことは言えた義理じゃないけど、なんとも性格の悪いものだと思う。


 けれどそれを知った瞬間、ボクは自身がホッとしているのに気付いた。

 少なくとも今夜の年を越す瞬間、サクラさんがどこの誰とも知らぬ相手と手を繋いではいないのだと。



「その、ならボクと一緒に」


「……私でいいのならね。でもこの町にだって、クルス君と齢の近い女の子は何人か居る。たぶん君が誘ったらその子も断りはしないと思うけど、それでも――」


「お、お願いします! サクラさんとがいいんです!」



 何とか声を振り絞り、一歩前へ出て再度誘いを口にする。

 するとサクラさんの頬には少しだけ赤みが差し、珍しく困惑したように視線を泳がせる。

 ボクはもう一度、前のめりとなって同じ言葉で申し込む。

 すると軽く咳払いする彼女は、照れた様子で苦笑すると、「了解」と言ってボクの頭を小突くのだった。



「サクラ、顔が赤いぞ」


「あんた犬なんだから、色とかわかんないはずでしょうが!」


「おいらをそんじょそこらの犬といっしょにするなよ。この世界に来た時から、色はわかるようになったんだ」


「くっそぉ……。あんた今夜一晩目を閉じてなさい!」



 そんな様子を揶揄するまる助に、サクラさんは食ってかかる。

 たぶんこれも、照れ隠しの一つなのだとは思う。


 面白そうに笑うアルマが見る中で少しだけそれは続き、いい加減双方ともに疲れ始めた頃、サクラさんは誤魔化すように再度咳払いしこちらを向く。

 そして手招きしボクが近寄ると、彼女は小さな麻袋を寄越した。



「服屋が踊り用の衣装を貸してくれるらしいから、そいつで合うのを見繕ってきなさいな」


「それはいいんですけど、衣装代くらい自分で払いますよ?」


「お詫びよ、お詫び。さっきのね」



 そう言うサクラさんにトンと背を押され、玄関から放り出される。

 彼女は準備が出来たら広場で集合との旨を告げると、そのまま扉を閉め鍵まで掛けてしまうのだった。



 いったいどうしたのだろうとは思うも、折角教えてもらったのだからと、大通りの一角に建つ衣料品の店へ。

 祭りの最中でも開けていたそこでは、既に大勢の人間が踊りの際に着る衣装を手にしていた。

 それらはどうも祭りで使う伝統的な格好なようで、揃ってなかなかに派手な色遣いをしている。



「ああ、来た来た。勇者さんから話は聞いてるよ」



 ボクの姿を見かけるなり、店主は笑顔で近づく。

 そして棚の上に置いていた袋を手に取るなり、急に押し付けてくるのだった。

 状況がよくわからないながら、とりあえず預かっていたお金を渡すと、店主は「健闘を祈るよ」と告げ、他のお客の方へ行ってしまう。


 ボクは大勢の客でごった返す店内から、押し付けられた袋を手になんとか這い出す。

 そこで袋の口を開き中を覗くと、案の定中にはさっき見たのと同じような、けれど少しだけ仕立ての良さ気に見える衣装が。



「……もしかしてサクラさん、前もって頼んでおいた?」



 歩きながら袋を覗き呟くのだけれど、そう考えるのが普通だろうか。

 実のところサクラさんは、この衣装を予約してくれるくらいには、ボクと踊るつもりでいてくれたのだと。

 なんだかそれが嬉しく、まだ始まってもいないというのに小躍りしたくなる心境だった。



 衣装を受け取ったところで、街並みは徐々に暗く染められていく。

 大通りには普段見られぬ松明が多く掲げられ、祭りの本番が近付きつつある気配を感じる。

 そろそろ広場の卓も片づけられ始める頃で、それが終わると広場は今度は踊りの場へと変わっていく。


 なら早くこの受け取った衣装に着替えてしまおうと、ボクは協会支部兼宿で部屋を借りるために移動する。

 そこで店主のクラウディアさんの許可を貰い、空き部屋で衣装へと袖を通し、若干の緊張をしながら彼女の前へと出た。



「どう……、でしょうか。変じゃありません?」


「大丈夫だって、悪くないと思う。思ったよりも似合ってるじゃない」



 着替えたボクの姿を一目見て、クラウディアさんは太鼓判を押してくれる。

 黒地に色とりどりの布を張り刺繍を施したその服は、到底普段使いするような代物ではなく、とても派手で気恥ずかしさを感じてしまう。

 けれども祭りの中で使う衣装としては、案外このくらい派手で丁度良いのかもしれない。


 ボクはクラウディアさんの言葉に安堵し、彼女へと礼を告げる。

 そして緊張しながらも、急ぎ広場へ向かおうとするのだけれど、彼女によって待ったを掛けられた。



「そういえば君、お師匠さんについて薬学を学んだんだって?」


「ええ、短い期間なのでほんの少しですけど。それでも幾つかは覚えました」


「ならそいつを使って、今度からサクラを助けてあげられるわね」



 少しだけ感慨深げに、頷き呟くクラウディアさん。

 薬師としての特訓はまだ数日しか行っていないけれど、お師匠様はひたすら実用的な製造法を教授してくれている。

 なので質という点では到底お師匠様に及びはしなくとも、とりあえず怪我をしたサクラさんの助けになれる程度な、最低限の知識は得つつあるはずだった。


 ただクラウディアさんが一体何を言いたいのだろうと思っていると、彼女は近づきボクの肩へポンと手を置く。

 そして穏やかな視線をこちらに向け告げた。



「サクラはきっと、そんな君を認めてくれる。だから自信持ってぶつかっておいで。今なら踊りの相手くらい、堂々と務められるはずだからさ」


「は、はい!」



 またもや背中を押され、協会から放り出される。

 今度は扉を閉められなかったけれど、クラウディアさんは満足気に腰へ手を当てて見送っていた。


 なんとなくだけど、彼女の言葉に勇気を貰えた気がする。

 街並みを照らすランプや松明の明りが醸し出す雰囲気に、踊りのために用意された衣装。そしてクラウディアさんがくれたお墨付き。

 それらに後押しされたボクは、祭り最大の催しが行われる、町の中央広場へと向かい駆け出すのだった。



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