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嵐襲来 04


 お師匠様が突然ボクらの前に現れてから数日。

 年を越すまであと半日となったこの時、ボクは市街中心部に在る広場の一角に居た。

 そこへ所狭しと並べられた卓の一つを占領し、上に大量の料理を並べる。


 周囲には同じように卓へ料理と酒を乗せ、愉快気に大きく声を上げる人々の姿。

 年越しの祭も徐々に盛り上がり、酒が入ったことで陽気さに拍車をかける住民たちの声が、至る所から沸き立っていた。



「ニンゲンの(オス)。こっちにもその焼いたのをよこすがいい」



 そんな騒々しい中で座るボクへと、目の前から舌っ足らずながらも偉そうな声が響く。

 見れば卓を挟んで置かれた長椅子には、ごくごく小さな身体がチョコンと座り、ボクへ黒い掌を向けていた。


 その向き合って座る相手、まる助はこちらの皿に乗っている、魚を塩で焼いただけの料理を欲す。

 黒く潤んだ瞳は、旺盛な食欲を表すように輝いており、ボクは苦笑して皿ごとまる助へ渡した。



「すっかり慣れたよね、魚を食べるのも」


「うむ、おっきい(オス)にウマい食い方を教わったからな。今では大好物だぞ」


「ていうか名前の呼び方が戻ってるし……」



 このカルテリオへと共にやって来たまる助は、当初こそ肉の味を恋しがっていた。

 けれども数日の間にすっかり魚を好むようになったらしく、今も皿を前にがっつき、黒い口元を盛大に汚している。

 いつの間にか呼び方が名前から元に戻ってしまっているけれど、これはまる助が強気に出る時の癖なので、余程目の前の料理が欲しかったらしい。



「それって、オリバーのこと?」


「そうだそうだ、たしかそんな名前だったな。でっかくて曲がった剣を持ってるヤツだ、宿の前にある店でよく会うぞ」



 現在まる助とその相棒である召喚士のリーヴスは、勇者支援協会カルテリオ支部でもある、クラウディアさんが営む宿へ泊まっている。

 その正面に建つ酒場は、宿と契約し食事を出しているため、同じ勇者であるオリバーとよく顔を合わせていたようだ。


 まる助からそんな話を聞いていると、噂をすればなんとやら、そのオリバーが現れまる助の横へと腰を降ろす。



「2人共、祭りは楽しんでるカイ」


「おかげさまでね。ようやくお師匠様の苛烈な特訓から解放されて、休息を楽しんでるよ」


「そいつは良かった。あの美人なオシショーさんに手ほどきをってのは、少しだけ羨ましいケドさ」



 異界の国"ニホン"の人ではないというオリバーもまた、この世界へと召喚された勇者のひとり。

 彼は現在宿を引き払い、町中の一角に建つ家を拠点としている。

 ボクらの住む家ほどではないけれど、それなりに大きな家を町長からあてがわれたようで、そこで召喚士のカミラと一緒に暮らしていた。


 そのオリバーは少しばかり身を乗り出すと、これが用件であるのかひそめた声で問う。



「ところで、ひとつ聞きたいんだけどサ。祭りの最後、年越しの瞬間はダレと踊るんダイ?」


「踊り……?」


「なんだ知らないのカ。陽が暮れたらこの広場は片付けて、踊りの会場にナルんだヨ。それで夜中まで踊るってわけサ」



 なにやら浮足立った様子で、オリバーは大仰に腕を広げ告げる。

 どうやら祭り最大の催しはその踊りのようで、大勢の住民たちが心待ちにしているとのこと。

 基本的には配偶者や恋人とするそうだけれど、そういった相手が居ない人間は意中の相手を誘うそうで、オリバーはボクらが誰を連れるか知りたがっているようだ。



「男同士ってのは御免だしサ、やっぱり女の子と踊りタイと思うのが普通だヨネ」


「えっと、オリバーはカミラとじゃないの?」


「残念ながら断られちゃっタヨ。恥ずかしいんだって」



 肩を竦め残念がるオリバー。

 彼の召喚士であるカミラは、あまり口数も多くなく割と内向的な性格であるため、人前でオリバーと踊るのは耐え難かったに違いない。

 だからといって男友達と踊るのも愉快ではないようで、自身は他に踊れる相手を探しているようだった。



「仕方ないカラ、クラウディアでも誘って踊るとしようカなって」


「そうかそうか、あたしは仕方なしで選ばれるような女ってことかい」



 笑いながらオリバーが名を挙げたのは、自身も散々世話になっていたであろう、協会支部のクラウディアさん。

 けれどもその言葉を口にするなり、ボクは彼の背後へ件の人物が立っているのを見て背筋を凍らせる。

 それは当人も同じであったようで、声が聞こえるなりぎこちない動作で振り返り、引きつった笑みを浮かべた。



「……や、やぁクラウディア。今日も凛々しくてステキだネ」


「そいつはどうも。ところであんた、酒場で出す料理の手伝いはどうしたんだい? ツケをそれで払うって聞いたけど」


「いやぁ、折角の祭だしサ。堪能しないと勿体ないと思っテネ。ほら、後でちゃんとツケはお金で払うカラ」


「おじさんはあんたを当てにして、手伝いを減らしてるって言ってたわよ。自分で言い出したんだからちゃんとやりな!」



 しどろもどろになり言い訳を口にしていくオリバーだけれど、クラウディアさんには通用しない。

 彼の襟をガシリと掴むと、有無を言わさず引っ張っていってしまった。


 ボクとまる助は連行されていくオリバーを眺め、その姿が消えたところで顔を見合わせる。

 そして今の光景を見なかったことにすると、先ほどの話の続きをするのだった。



「……えっと、まる助はどうするの? 年越しの踊りは」


「リーヴスとするのは嫌だぞ。(オス)同士でなどぜったいにだ。だからアルマをさそってみる」


「まぁ別に構わないと思うよ。その時間に起きているかは微妙だけど」


「では今から一緒に昼寝をしておくとしよう。ベッドをかりるぞ!」



 踊りの相手についてを振ると、すぐさま出てきたのはアルマの名。

 相棒のリーヴスに次いで気の合う相手であり、まだまだ子犬であるまる助にとっては、やはり子供同士ということで接し易いようだ。

 体格的にも踊りの相手としては多少マシな方なので、他に選択肢はなさそうだった。


 そのまる助は目の前に置かれた皿を空にするなり、椅子から飛び降り、ボクの了承を待つ間もなく駆け出していく。

 途中で女性たちの黄色い声に愛想を振り撒きつつも、一路アルマが居る家へ行ってしまった。



「愉快な友人たちを持ったものだな」



 オリバーに続いてまる助も去り、ひとり残されたボクは卓へ頬杖着く。

 若干行儀の悪い体勢と理解しつつも、果実水の入ったジョッキを持ち煽っていると、背後から聞き覚えのある声が。

 振り返らずともわかる。お師匠様のものだ。



「いつから見てたんですか?」


「お前が魚を渡したところからさ。犬の勇者とはわたしも初めて見たぞ」


「たぶんこの国で唯一だと思います。案外大陸中を探してもまる助だけかも知れませんが」



 今しがたまる助が座っていた場所へ、ドカリと荒く腰を降ろすお師匠様。

 卓の上にある空食器を乱雑に端へ寄せ、自身が持って来た酒と料理を置くと、そのまま貪るように食べ始めた。


 見れば周囲の男性陣は、現れたお師匠様の姿に目を点としつつも、食事をする様子に表情を苦笑へ変えていく。

 養子であるボクから見ても美人なのだから、こういう部分をどうにかすれば、かなりモテると思うというのになんとも残念だ。

 もっとも当人はそういったことに感心が無いようだけれど。



「ともあれ、お前が上手くやれているようで安心した」


「手紙には書いたじゃないですか。……もしかして、信用されてませんでした?」


「見栄を張っているのではと疑ったのは事実だな。現に召喚士見習いの頃、同期と仲良くしているなどとわたしを謀ったではないか」



 ジョッキの中身を早々に空とするお師匠様は、穏やかな口調で安堵を口にするも、直後に反論の出来ぬ言葉を吐く。

 実際召喚士の見習いとして騎士団へ入った直後、お師匠様への見栄や安心させたいがために、ボクは友人たちができたと嘘を書いたのだ。

 文面の矛盾や何かを切欠にしてか、どうやらお師匠様にはそれがバレていたようで、ニヤリとしながらボクの肴を一切れ奪っていく。

 ただちゃんと読んでいてくれた事に、ボクは少しだけ嬉しくなる。



「それで、先ほどの男がしていた質問の答えはどうなのだ?」


「踊り……、の話ですよね」


「他に何があるというのだ。是非とも聞いておきたいな、お前が意中とする相手が誰なのか、親代わりとしては非常に興味がある」



 興味津々、お師匠様は身を乗り出し耳打ちを要求する。

 酒の勢いもあってか、普段はあまり興味の無さそうな色恋の話に食い付いてしまったらしい。

 そんな状況につい口籠らせるのだけれど、やれやれとばかりに頭を振るお師匠様は、手にしていたジョッキで軽くボクを小突く。



「もっともそんな事を聞かずともわかるか。クルス、お前はあの娘を好いているのだろう?」


「あ、あの娘ってなんのことですか」


「誤魔化そうとしてもバレバレだ。勇者と召喚士というのは、どうしてもそういった関係になり易い」



 お師匠様の言葉に、今度こそ完全に沈黙してしまう。

 誘うのであればサクラさんをと考えていたのは事実。けれどもそこを当てられた以上に、お師匠様がもっと踏み込んだ部分について口にしたためだ。



「……相棒なんですから、好きなのは当然じゃないですか。きっとお互いに信頼し合っていますし」


「お前というヤツは。わたしがそういう意味で言っているのではないことくらい、理解しているであろうに」


「うっ……」


「お前からの手紙には亜人の娘についても書かれているが、大部分は自身の勇者についてだ。サクラさんがサクラさんがサクラさんが、こればかりなのだから誰が見てもわかる」



 畳みかけてくるお師匠様は、こればかりは誤魔化させるつもりはないと言わんばかり。

 その圧力に負け、ボクはついつい身体を縮ませ俯いてしまう。


 時折オリバーあたりからは、同じ件でかわかわれるのだけれど、自分でもよくわからないというのが本当のところ。

 ボクはサクラさんへの好意を持ってはいる。そこは疑いはない。

 でもそれが勇者に対する憧憬によるものなのか、お師匠様やオリバーの言う感情なのか、自分自身でも定かに出来てはいなかった。

 ただサクラさんが大きな怪我をしたり、男から言い寄られる姿を見ると、胃に鉛を仕込まれたような辛さを覚えるのは確か。



「あの娘、実のところかなりモテる類と見た。今頃引っ切り無しに踊りの誘いを受けているはずだぞ」


「てことは今頃……」


「案外踊りの相手は決まってしまったかもな。……なんということか、不肖の弟子がヘタレている間に、サクラ嬢が善い人を見つけてしまうとは」



 お師匠様の言葉を聞くなり、ボクは無意識に立ち上がる。

 サクラさんが見知らぬ男と手を繋いで日を跨ぎ、そのまま朝まで帰ってこないという想像をしてしまい、我ながら強い動揺を感じてしまう。

 「だが今ならまだ間に合うかもしれんなぁ」と続けるお師匠様の言葉を背後に聞き、ボクは家へ向け走り出してしまうのだった。



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