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嵐襲来 03


 所は港町カルテリオの西へ広がる、名前だけは不穏な"狂信者の森"と呼ばれる土地。

 そこへと足を踏み入れたボクは、少しだけ警戒しながら周囲を見渡す。


 前回ここへ来た時は、おぞましい黒き魔物が大量に生息していたため、どうしても背筋へ寒気を感じてならない。

 けれど現在は冬の寒さも極まる時期なせいか、"奴ら"の姿は影も形も見えず、安堵に胸を撫で下ろした。

 生理的嫌悪感をもたらす存在だけに、勇者たちが殲滅したということはないはずなので、どうやら勝手に全滅してくれたらしい。



「なにをしているのだお前は?」


「い、いえ! ちょっと恐怖と安心に揺れ動いていまして……」


「……よくわからんが、わたしはこの土地に不慣れだ。早く案内をしなさい」



 件の魔物が消え去ったことで、安堵から力を抜いているボクへと、前を歩くお師匠様は怪訝そうに告げる。


 お師匠様がどうしてここへ来ているのかと言えば、薬を作るために必要となる香草や薬草を摘みに。

 薬師としての手ほどきをするという話しになったのが昨日のこと。そして翌日の早朝、帰路の疲れを癒す間もなく、お師匠様は早速ボクを森へ連れ出した。


 草原などは町の近辺にあるけれど、森となると少しばかり移動せねばならず、最も近いのがこの狂信者の森だった。

 木こりや野草摘みの人たちも来る場所だけれど、一応は魔物の類も出るだけに要人が必要な場所。

 けれど今ボクと一緒に居るのはお師匠様だけで、サクラさんはカルテリオで留守番をしている。もちろん怪我をしているというのが理由だけれど。



「と言われても、ボクだってそこまで詳しくはないですよ。数えるほどしか入ったことがないんですから」


「では手探りか。まぁいい、おおよそ薬草の生えていそうな場所の見当はつく」


「でもお師匠様、もし魔物が出たりしたら……」



 案内をするよう申し付けた側であるというのに、こちらが詳しくないと知るや否や、今度は平然と問題が無いと返す。

 なんというか我が道を行く人だけれど、逆にこの傍若無人ぶりがどこか懐かしい。


 とはいえそれよりも先に、まず心配しなくてはならないことが。

 黒い例の魔物は居ないようだけれど、他の魔物までも居ないという証明にはならず、ボクは再度周囲を警戒する。

 当初はまる助かオリバーに同行を頼もうと思ったのだけれど、2人共私情あって忙しいとのこと。

 それにお師匠様が、「護衛など不要」と言い放った以上、ボクはただ頷き了解する以外の道はなかった。



「魔物の1匹や2匹倒せぬようで、召喚士が務まるか」


「いやいや、メルツィアーノのアンデットとは違うんですから。普通は倒せませんって」


「……クルス、お前倒せぬのか?」


「まず無理ですよ。どう立ち向かえと」



 首を傾げるお師匠様に、流石にこればかりはと喰らい付く。

 極々弱い魔物であれば、ボクであっても辛うじて太刀打ちできないこともない。

 けれどもお師匠様が言うように軽く出来ることではなく、対魔物の役割は勇者に任せるというのが基本。

 もしこの世界で生まれ育った人間が普通に魔物を倒せるのであれば、そもそも勇者を召喚する必要などないのだから。



「やり様によっては十分戦えるのだがな……」


「是非見せてもらいたいところです。戦えるならボクもそう在りたいので」


「お前の懇願ならば仕方あるまい。丁度良いからな、今から見せてやろう」



 何のことかと思いお師匠様を横から覗き込むも、すぐさまその視線がこちらを向いていないのに気付く。

 視線の先を追ってみると、そこには木の陰から覗き込む影が1体。

 見れば比較的小型の魔物が、敵意剥き出しの形相で呻っている。どうやらこの魔物の縄張りに踏み込んでしまったらしい。



「もう少し大きい方が証明するには好都合だが、この程度で我慢しておくか」


「な、何を言ってるんですかお師匠様! 早く逃げないと!」



 小柄な魔物とは言え、普通の人間にとって遥かに高い壁であるのに疑いはなく、まず尻尾を巻いて逃げるのが賢明。

 けれどお師匠様は暢気な調子で、魔物との戦いを仄めかすのだった。


 ボクはすぐさま腕を引き逃げようとするのだけれど、お師匠様はそれを振り払うと、のんびり自身の肩へ下げていた鞄を漁り始める。

 いったい何をと思っていると、鞄から取り出したのは小さな小袋と水筒。

 そして小袋の中から小さな木の実らしき物を出すと、どういう訳かそれに水筒内の水をかけ、地面へと転がした。



「えっと……、それはいったい」


「いいから見ていなさい。あと静かに」



 人差し指を立て、沈黙を指示するお師匠様。

 ボクはどうにも状況がわからぬなりにも、ついその指示を聞いて口を噤んだ。


 魔物はなおもこちらを凝視し、食い殺さんと牙を剥く。

 その牙がボクとお師匠様を襲うべく迫ろうとした時だ、先ほど転がした木の実が、硬い音をして爆ぜたのは。


 大きく、そして強く鼓膜を揺さぶる破裂音。

 それによって魔物は大きく身体を撥ねさせ、驚きによって一目散に森の奥へ逃げていく。

 ボクはその光景を唖然としながら眺めていると、お師匠様は爆ぜた木の実を拾い上げ、納得がいかないような様子を見せる。



「少しばかり乾燥が足りなかったか。もっと大きな音になると思ったのだが」


「おししょうさま、それはいったい……」


「知らんのか? こいつは王国の西部地域で採れる実で、一度乾燥した後で水に触れると、今のように破裂するという性質を持つのだ」



 淡々と告げるお師匠様の言葉に、ボクはようやく理解が及ぶ。

 王国西部の乾燥地帯で採れる木の実の種子であるらしく、乾季の間に地面へ落ちて乾燥し、雨季になって雨に触れると爆ぜ、より遠くへ種を飛ばすという性質であるらしい。

 つまりお師匠様はそれを知って、魔物を追い払う手段として利用したのだった。

 なんとも不思議な物もあると感心しつつ、そういった代物を魔物対策にするという発想がまるで無かったのに気付く。



「これとは別に、発火作用のある葉も持っているのだがな。試してみるか?」


「いえ、そっちは仕舞っておいてください……。森の中で使うのはちょっと」



 メルツィアーノへ出没していた魔物は、朝になれば消えてしまう類であったため、こうしてお師匠様が魔物を追い払うのを見るのは初めて。

 なのでこんな手段があるとは知らなかったのだけれど、案外お師匠様は召喚士として現役の頃から、こうやって自身の勇者を助けていたのかもしれない。

 そう考えると、サクラさんの後ろで戦いが終わるのを待つばかりな自身が、少しだけ恥ずかしく思えてならなかった。




 魔物を撃退したお師匠様は、その後森の中をフラフラと歩いていたかと思うと、本当に薬草の自生する箇所を発見してしまう。

 感心よりも逆に呆れてしまうボクを余所に、慣れた様子で幾ばくかの薬草を採取すると、途中で見つけた草花を拾いながら町へ戻っていった。


 カルテリオの町へ戻るなり、庭の一角を占領し大きな布を広げる。

 そこへ採取した薬草や香草、木の実や花などを並べていくお師匠様は、一昼夜乾燥させるのだと告げた。



「ところでサクラ嬢はどこへ行ったのだ? 見当たらぬようだが」


「家の中でのんびりしてると思ったんですけど……。ちょっと探してきますね」



 家へ帰り作業を終える頃になっても、サクラさんが顔を出してこない。

 さては寝てるのだろうかと思い、広い家の中を一通り見て周るも、彼女はどこにも見当たらなかった。


 もしかして外出しているのだろうかと考え、玄関に向かったところで、丁度扉を開くサクラさんの姿が。

 彼女はどういう訳か埃まみれで、服の至る所を木屑や塗料らしきもので盛大に汚していた。



「どうしたんですか、その格好は……」


「いやちょっと商店のおっちゃんたちに捉まってさ、祭りの準備を手伝ってたのよ」


「祭りって、年越しのですか? その怪我で」



 困ったように笑うサクラさんは、自身の服についた埃を払う。

 そういえばこのカルテリオでは年を跨ぐ日、盛大に祭りを催すのだと聞いた。

 年末も近い今の時期、広場や大通りではその準備が引っ切り無しに行われており、冬場で海も時化ている事が多いため、漁師たちもそれに駆り出されている。



「大丈夫大丈夫、流石に重い物を運んだりはしなかったって。看板の色を塗ったり、広場の飾り付けをしたりさ。たまにはこういうのも悪くないかも」


「ならいいんですけど……。あまり無理はしないで下さいね、まだ治りきっていないんですから」


「肝に銘じておくわよ。で、そっちはどう? 良い薬草が手に入ったかしら」



 少しばかり心配になるも、サクラさんは至って元気そう。

 どうやら祭りの準備の手伝いがそこそこ楽しめたようで、むしろ良い気晴らしになったと言わんばかりだった。

 遊ぶ場所と言えば酒場くらいしかない町だ、傷が開かぬよう大人しくし続けるのも面白くないだろうし、結果的には良かったのかも。


 ボクは愉快そうなサクラさんの様子に安堵しながら、持って帰った薬草類について話すべく口を開きかける。

 けれどそれに答えたのは、丁度庭から家の中へ戻って来たお師匠様だ。



「なかなか悪くはない。どうやらこの辺り一帯は、それなりに良質の薬草が生える土壌のようだ」


「では気にいられたんですね。いっそこちらへ越してきますか? クルス君も居ることですし」


「なかなかに魅力的な提案だ。わたしも愛弟子をこき使い易くなるからな」



 満足気なお師匠様へ向け、サクラさんはとんでもない提案を口にする。

 お師匠様の側も満更ではなさそうで、軽く顎へ手を当てると、頷きながら良案であると返すのだった。

 ただ少しだけ会話へ乗って遊ぶと、その言葉を否定するように首を振る。



「だが遠慮しておくとしよう。親代わりの人間が近くにいたのでは、こやつも安心して色恋にうつつを抜かせぬであろうからな」


「あら、クルス君色恋の当てがあるの? ちょっと聞かせてみなさいよ」



 どこまで本気であるのか、お師匠様とサクラさんはニタリと笑み、揃ってボクを見下ろしてくる。

 これはいけない。久方ぶりの嫌な気配に、つい後ずさってしまう。



「でもクルス君、あまり自分に自信が持てないようなので、女の子相手に自分を売り込めるかどうか。身長とか色々と小さいのを気にしてるのかしら」


「なんだ、こやつのは成長しておらんのか?」


「一度偶然に見ちゃったんですけど、すごく"カワイかった"ですよ」


「やれやれ、困ったものだ。そんなところまで父親に似ずとも良かろうに」



 妙に和気藹々と、ボクをダシにして言葉を交わすサクラさんとお師匠様。

 たぶんこれは揃ってボクに対し、ちょっかいをかけるという意図が合致したが故。

 ボクはそんなやけに気を良くし話す2人の前から、隠れるように逃げ出すのであった。



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