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嵐襲来 02


 2階の寝室から出て1階へ。お師匠様とアルマがリビングで腰かけている間、ボクとサクラさんは台所へと立っていた。

 散らかっている床に反して、まるで使用の痕跡が無い台所で湯を沸かし、出発前に買っていた茶葉を使って茶を淹れる。

 まだゴミによって雑然としているけれど、とりあえず片付けは後回しだ。


 全員分の湯を沸かし、茶から味が染み出るのを待つ。

 ただその間に延々無言であるはずもなく、ピタリとくっつくように近寄ったサクラさんは、小さな声で呟くのだった。



「てっきり男性だとばかり……」


「考えてもみれば、性別までは言ったことなかったかもしれませんね」


「クルス君の説明を聞いてる限りだと、頭の中へ完全に男性で像が出来上がってたわよ」



 どこか不満たらたらに、サクラさんはジトリとした視線を向けてくる。

 たぶん彼女は、お師匠様についてボクがした会話の幾つかを指している。

 特に言わんとしているのは、お師匠様が"恋人である勇者の女性と死に別れた後、メルツィアーノで隠居した"という部分。

 なるほど確かにここを切り取って聞けば、お師匠様が男性であると考えてもおかしくはない。



「クルス君の親代わりだっていうから、もっと年配を想像してたし……」


「確か今は30歳になったばかりくらいですよ。ボクを引き取ってくれたのが、18くらいの頃だって言ってましたし」


「……私と大して変わらないじゃない」



 これもまたサクラさんにとっては意外だったようで、自身の年齢と比較し深く息を吐く。

 とはいえ確か彼女の方が、お師匠様よりは若いはず。頑なに年齢の詳細は教えてくれないけれど。



「そういえば君のお師匠様、ディータさんだっけ、聞いた限りだと苗字が有ったわよね?」


「元々は王国東部に領地を持つ、貴族の出だそうですよ。序列が低いから家は継げないし、政略結婚の道具になるのも嫌だって飛び出したそうです」


「な、なかなかに破天荒な人ね……」



 ディエスティア・カリノ・ロイエンツというのが、お師匠様の本来持つ名前。

 あまりそれで呼ばれるのを好まず、ディータという愛称を使うよう口にするお師匠様だけれど、元来はシグレシア王国の貴族だ。

 五女だとかで家督を継ぐのは難しく、変なところへ嫁に出されるのも絶対に嫌であると、10歳にして家を飛び出し騎士団へ入ったらしい。

 なのでサクラさんの言うように、考えてもみれば相当に変わった人だとは思う。


 今はその家とも勘当状態で、まったく交流はないとのことだけれど、当人は気にした様子が一切ない。

 なので結局、召喚士となるのが向いていたのだろうと考えていると、話題の対象であるお師匠様が台所を覗き込んできた。



「そんなにくっついて、随分と仲睦まじいものだ」



 台所を覗き込むお師匠様は、近づき内緒話をするボクらを愉快そうに揶揄する。

 直後に驚き離れるのだけれど、サクラさんの方がこれには驚いてしまったらしく、慌てて言い訳めいた言葉を口にしていく。



「す、すみません! ちょっとクルス君に手伝いを頼んでいて」


「悪いなどとは言っておらんぞ。勇者と召喚士の関係が良好なのは、実に喜ばしいことだ。中には致命的に相性の悪い者たちも居るからな」


「べ、別に私たちはそんなんじゃ……」


「なんだ違うのか? てっきりクルスのやつが、年上の女房を得たのかと喜んだのだが」



 次々と発せられるお師匠様の言葉に、サクラさんは僅かに頬を赤く染める。

 なんだろう、少しだけ面白い。


 ただお師匠様のそれは本気ではなく、ただの冗談であったようだ。

 ひとしきり笑い声を上げると、出来上がった茶を持ってリビングへ行ってしまった。

 ボクとサクラさんは顔を見合わせ急ぎリビングへ戻ると、既に置かれた茶を前に揃って腰を降ろす。



「えっと……、それでお師匠様はいつ頃ここへ来たんですか? かなり長い期間、家を散らかし続けているように見えますけど」


「来たのは冬の頭だ。確かクラウディアと言ったか、協会支部の者に聞いたところによれば、お前たちが町を出てから3日後だな」


「そんなに前から……。せめて連絡の一つも下さいよ、知っていたら待ったのに」



 さっきの空気を払うように、席へ着くなり早速聞きたかったことを訪ねてみる。

 するとお師匠様は悪びれた様子など欠片もなく、飄々と指折り問いに返してきたのだった。



「わたしの筆不精はお前も知っているだろう。なにせ飽きる程届くお前からの手紙に、1度として返事を書いていないのだからな」


「情けないことを自信満々に言わないで欲しいです……」


「そう言うな。おかげでこのように広い家で、のんびり避寒としゃれ込むことが出来た。君たちがこの町で活躍し家を得たこと、わたしなりに感謝している」



 熱い茶を両の手で包み、暖を取るお師匠様は平然と言い放つ。

 いったいどうやって入ったのかは知らないけれど、連絡もなくカルテリオを訪れたお師匠様は、随分とこの地を満喫したらしい。

 散らかり放題な床を見れば、町の名物に舌鼓を打っていたのがよくわかる。

 この様子だと、目ぼしい名産の類は全て食べ終えてしまったようだ。



「本当はお前たちの顔を見て、すぐ帰る予定だったのだ。……ところでこちらも少々問いたいのだが」


「なんですか? ボクとサクラさんのことなら、さっき言った以上のモノはありませんよ」


「そうではない。ただ彼女の腕が気になってな」



 ちょっとだけ神妙な素振りを見せるお師匠様に、ボクは再びからかいが向いて来るのだと身構える。

 けれども問いたいのは別にあったようで、お師匠様はサクラさんに視線を向けると、彼女の包帯でぐるぐる巻きとなった腕を指した。

 一応上着の下に隠れてはいるけれど、袖や襟周りからは包帯が見えているせいだ。


 ボクは少しだけ気まずく思いながらも、大まかに経緯を説明する。

 とはいえ王城内での暗殺騒動などは、ゲンゾーさんから口外せぬよう厳命されているため、いかなお師匠様にも言えず誤魔化す破目になるのだけれど。



「……話しの一部に嘘が混ざっているようだが、大方事情があって言えぬのだろう」


「さ、察してもらえて恐縮です」


「魔物との戦いで負傷か。弓使いが両腕をというのは痛いが、勇者である以上そういった事は避けられぬからな」



 速攻で誤魔化していた部分を看破されてしまう。

 けれどお師匠様はとりあえずそこは置いておいてくれるようで、椅子から立ち上がりサクラさんへ近づくと、傷を見せるよう告げた。


 お師匠様は召喚士を引退後、メルツィアーノ郊外の家で薬師をやっている。

 サクラさんとアルマも一緒に泊まったあの家の近く、森の中へ少し進んだ場所に小屋があり、そこで採ってきた野草などから薬を調合しているのだった。

 まるで掃除が出来ぬ人なはずなのに、何度か見せてもらったその小屋だけは、完璧なまでに整理が行き届いていたのだから不思議な物だ。


 ともあれそこで作る薬の一部は、メルツィアーノの町にも渡しているけれど、主に売る先は騎士団。

 かなり評判が良いらしく、密かに儲かってもいるようだった。



「流石に骨の方は、薬でどうにかはできん。精々痛み止めを処方する程度だ。しかし左腕の傷は処置のしようがある」


「本当ですかお師匠様!?」



 左腕へ負い再び開いてしまった傷の状態を見るなり、軽々と治療は可能だと口にするお師匠様。

 一応医者にも診せているし、そちらでも薬を出してはもらったけれど、お師匠様謹製の物であればもっと効いてくれるはず。



「お前というやつは……。以前にもいくつか調合を教えたことがあるだろう、それを作ってやればいいだろうに」


「教えてもらったのは腹痛や消化不良に効く薬だけです。難度の高い薬を作るのは禁止されていました」


「そうだったか? ……当時はまだ幼かったからな、教える気になれなかったのかもしれん」



 一瞬お説教を食らいそうになるも、ボクはすぐさまそれを否定する。この辺りもまるで以前と変わっていない。

 ただだからこそか、お師匠様にはこの状況は都合が良いと考えたらしい。



「だが今なら問題はないだろう。折角の機会だ、彼女の傷を診るついでにお前にも、色々と秘伝を教えておくとするか」


「"自分の作る薬は一子相伝、易々と教えたりはしない"とか言ってませんでしたっけ?」


「だからお前に教えるのだろう。他に誰が居るというのだ?」



 お師匠様は懐の中から小さな袋を取り出すと、開いてから卓の上へと置く。

 それを覗き込んでみると、中には幾ばくかの乾燥させた植物が入っており、お師匠様が度々森に入り採っていた物であるのに気付く。

 今からこいつを使ってサクラさんの薬を作り、ボクへ伝授しようというようだ。



「悪くないわね。細かい傷とかは普段から結構あるし、クルス君が処置できるなら願ったり叶ったり」



 そしてサクラさんも、お師匠様の言葉へ飛びつく。

 彼女は勇者としては非常に優秀で、万全な状態であれば大抵の魔物はどうにかしてしまう。

 けれどどうしても戦いが常なため生傷が絶えない。森の中を進んだりするだけでも、枝葉で怪我をしたりもするのだ。



「南方では良い薬草が採れる。わたしはしばらく薬草採取を行うから、お前も同行するといい。ついでに術を盗むのも悪くはあるまい」


「それは……、そうかもしれませんが」


「では早速明日から取り掛かるとしよう。サクラ嬢も賛成していることだ、よもや反対はしないな?」



 提案というよりも、ほぼ強制に近い言葉だ。

 けれどもお師匠様の持つ薬草と製薬の知識があれば、今後サクラさんを助けていけるのではないか。

 それそのものに疑いの余地などなく、ボクは覚悟を決め「わかりました」と返すのだった。



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