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嵐襲来 01


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 お願いですから、ちゃんと事前に手紙の一枚も書いてください。

 とても、とても心臓に悪いので。


――――――――――



 北西部の国境地帯、北部の町メルツィアーノ、王都エトラニア、そして中部の都市ネド。

 シグレシア王国内の各地を巡ってようやく、ボクらは居を構える港町カルテリオへと辿り着いた。


 宿を取るというまる助とリーヴスを、勇者支援協会カルテリオ支部で降ろし、ボクらは真っ直ぐ懐かしの我が家へ。

 壁面へ細く這う蔦が綺麗な、3人で住むには大きすぎる邸宅。

 そこの裏手に在る屋根の下へ馬を繋ぎ、水と飼葉を与えてから、一息つくため揃って家の中へ足を踏み入れる。


 しかしボクらはすぐさま絶句する。久しぶりに入った我が家の惨状に。



「……嵐でも起こったのかしら」


「そこは普通、泥棒が入ったと考えるところなのでは?」


「そんな次元じゃないでしょこれ。自然災害とかそれ系よ」



 扉をくぐった先にあったのは、本当ならば見慣れているはずな玄関。

 ただしそこには大量のゴミが散乱しており、足の踏み場すらない有り様であった。


 長くこの家を留守にはしていたけれど、その間を人に貸したりはしていない。

 もし仮に貸すとしても、もっと丁寧に使ってくれる人を選ぶだろうし、そもそもここまで汚すなど逆に難しい。

 なのでサクラさんは、これが人の手でされたものであると認識できず、有りもしない自然災害に結論を求めたようだった。



「これは……、ソースの付いた紙?」


「たぶん屋台売りの料理を包んでる物ですね。冬だからまだマシですが、これが夏場だったとしたら」


「……想像したくない状況ね。ゴロツキの溜まり場にでもなってたのかしら?」



 落ちていたゴミを摘まんで持ち上げるサクラさんは、重く溜息をつく。

 彼女の言うように、玄関に散乱したゴミの数々をみれば、自然災害以外だとそういった発想になるのだとは思う。

 けれどもボクは、この光景に見覚えがあるのだ。残念なことに。


 ガクリと肩を落とすサクラさんと、呆気に取られ目を見開くアルマを置いて、ボクは家の奥へと進んでいく。

 そしてリビング、台所と覗き込んで探す対象が居ないことを確認すると、次いで階段を踏み2階へと上がっていった。



「ちょっと、急にどうしたのよ」


「想像が正しければ、たぶん今頃ゴミの無い部屋に逃げ込んでるはずです。たぶん寝室のどこかへ」


「いや、言ってる意味がよくわからないんだけど。……でもそういえば、少し前にこんな光景を見たような」



 ゴミを踏まぬよう上がっていくボクを追いかけ、同じく2階へ向かうサクラさん。

 彼女はこちらの意図を計りかねたように質問してくるのだけれど、すぐさま散らかりまくった家が、自身の記憶に残るある光景と一致し始めたようだ。


 2階へ上がりまずサクラさんの寝室を開けると、こちらは何もなく無事なまま。

 次いでアルマの部屋も同じで、最後にボクの使う寝室を前にしたところで、サクラさんは家の惨状と自身の記憶に一致する点を見つけたらしい。



「クルス君、まさかとは思うんだけど」


「たぶんその想像で正解だと思いますよ。少なくともボクはそれ以外に思い当たりません」



 困惑気味なサクラさんの言葉に頷き肯定。

 そして眼の前で、どこか禍々しい気配すら漂う気がしてならない扉の取っ手を掴むと、意を決して開け放つ。


 扉の先には見慣れたボクの寝室……、であった場所が。

 玄関程ではないけれど、徐々に汚れ物が散乱しつつあるそこは、案の定想像した通りの光景。

 ボクはそんな惨状の中で歩を進めベッドへ近寄ると、呆れながらそこへ横たわる、現時点での部屋の主へと声掛けた。



「起きて下さい。起きて下さい"お師匠様"!」



 本や木の実などが転がり雑然としたベッドの上で、その人は全身をローブに多い丸まっていた。

 頭にはフードを被っているため顔は見えないけれど、こんな状況を作りだし、平然と人の家で眠りこけるようなの人間、ボクはこの人以外に知らない。


 勇者と召喚士であったボクの両親。

 その両親が戻ってこなかったことで、孤児となったボクを引き取り育ててくれた人。

 そして召喚士としての心構えなどを教えてくれた、親であり師でもあるこの人が、どうしてこんな場所に。



「やっぱりね。この汚れ放題な感じ、どこかで見たことあると思ったら、メルツィアーノに在ったクルス君の実家と同じだもの」


「なんていうか、申し訳ありません……。というかどうしてお師匠様がカルテリオへ」


「そこは当人に聞くしかないでしょ。とりあえず起こしてから」


「そ、そうですよね。お師匠様、起きて下さい! クルスが帰ってきましたよ、おししょーさまー!!」



 ここへお師匠様が居る理由は定かでないが、それを知るためにはまず起こす必要が。

 そこで眠る身体へ触れて揺らしながら、何度も耳元で呼ぶのだけれど、なかなか起きやしない。

 この辺りは昔とまるで変わっておらず、ならばベッドの毛布を引っぺがそうかと手を掛けたところで、ようやくお師匠様は寝返りうち声を出す。



「なんだい……。五月蠅くて眠れやしない……」


「眠れなくて結構です。お師匠様、帰って来たので起きて下さい。それとここに居る理由の説明も!」


「ああ……、クルスか。まったくお前は、昔と変わらず騒々しい」


「誰のせいですか! ほら、サクラさんの前なんですから、しっかりしてくださいよ」



 大欠伸をするお師匠様は、まだ思考のハッキリとせぬ声でボクの名を呼ぶ。

 一瞬懐かしいその声に涙ぐみそうになるも、呆れた様子で目を見開くサクラさんの前で、これ以上の醜態を晒すのは勘弁願いたいところ。

 そこで無理やりに上体をベッドから起こすのだけれど、直後にお師匠様は小さく反応する。



「サクラ……? ああ、そうかい君がクルスの」



 お師匠様の意識を覚醒させたのは、サクラさんの名前だった。

 ようやく少しだけ顔を上げたお師匠様は、フードの下で目を僅かにギラつかせ、若干緊張気味に立つ彼女を眺める。

 一方のサクラさんは直立してから頭を下げ、自己紹介を口にした。



「お、お初にお目にかかります。私、クルス君によって召喚された勇者の、宮代さくらと申しま――」


「この子から届いた手紙で知っているよ。っと、こんな体勢では失礼だな」



 小さく口元で微笑むお師匠様は、サクラさんの紹介を不要と告げる。

 お師匠様宛の手紙には彼女について色々と書いたので、たぶん口で話す以上の内容を承知しているに違いない。


 そんなお師匠様は、ベッドの上で座ったままでは流石に良くないと考えたか、ノソリと起き出す。

 けれどもいったい何時間眠っていたのか、少しばかり頭がフラついたようで、立ち上がるべく床へ足を着くなり倒れそうになっていた。

 咄嗟に近付き、お師匠様の身体を支えようとするサクラさん。

 そのおかげかフードが頭から外れ、お師匠様の顔が露わとなったところで、サクラさんは妙なうめき声を上げるのだった。



「ヴぇっ!?」


「……なんなんですか、そのカエルが潰れたような声は」


「だ、だってその……」



 フードの下から現れたお師匠様の顔を見るなり、サクラさんはまたもや目を見開く。

 そして慌て果てた様子を見せるのだけれど、珍しいその姿が少しだけおかしく思えてしまう。


 サクラさんの目の前に見えたお師匠様の容姿は、輝くような金色の髪に、すらりと整った眉目。たぶん相当に整った容姿の部類に入るのだと思う。

 それに髪色と同じ瞳で覗き込まれたことで、たぶん慌ててしまったのだとは思う。

 けれどサクラさんが驚いたのには、もう一つ理由があったようだ。



「えっと。少々失礼なことをお尋ねしますが、クルス君のお師匠様は女性で?」


「もしやこの子から聞いていなかったのか」


「はい……。私はてっきり男性だとばかり」



 どうやらサクラさん、お師匠様の事を男であると思い込んでいたらしい。

 メルツィアーノとカルテリオ、2か所の惨状を見れば確かに、ズボラな男性像を想像してしまうかもしれない。

 それに考えてもみれば、お師匠様の性別などボクは口にした記憶が無い。ただ単に、"お師匠様"という呼び方をしていただけで。



「ははは、この子の説明不足で誤解させたようだ。まぁわたしの方は、それで困ることはないのだがね」


「なんと言いますか、大変失礼を……」


「気にすることはないさ。ところでこちらは君のことを知っているが、君がわたしのことを知らないのは不公平だな」



 恐縮し通しなサクラさんに対し、お師匠様は愉快そうに笑う。

 そして自身とそう変わらぬ身長のサクラさんの手を取り真っ直ぐ立つと、汚れた部屋に似合わぬ流麗な礼をし名乗った。



「はじめまして。わたしがクルスの師匠、"ディエスティア・カリノ・ロイエンツ"だ。"ディータ"と呼んでくれて構わんよ」



 そう言ってスッと差し出す手。

 サクラさんはその手を慌てて握り返しながら、一瞬チラリと助けを求めるように、ボクへ視線を向けるのであった。



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