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四つ足の矜持 07


 暗い天を衝く轟音。

 雲一つない空へ浮かぶ月が発する光は、ひときわ青く町を照らし、音の発生源である魔物の姿を浮かび上がらせる。

 そいつはこれまで見てきた"森の王"よりもさらに一回りほど大きく、巨躯から発せられる鳴き声は、まさに王を称するに相応しい。


 ネドの町中央に在る大通りへと、黒い巨躯を晒すそいつは、眼前の一点を凝視しつつ呻り声をあげていた。

 その先へ居るのは、森の王に比べればあまりにも小さく、そして脆弱な存在。

 黒と灰色の毛色で覆われた身体を震えさせながら、四つ足で地面を踏みしめ睨み返している。



「逃げなさいまる助! あんたじゃ無理よ!」



 その小さな存在、まる助の姿を見るなりサクラさんは大きく叫ぶ。

 見つけた魔物の姿を追い、辿り着いた場所で見つけたのはまる助が森の王へ立ち向かおうとする姿。

 けれども言うまでもなく、あの小さな体で立ち向かうにはあまりにも無謀な相手。

 それはまる助も理解しているはずだというのに、どうしてだと疑問がよぎるも、すぐさまその理由は当人の口から発せられた。



「こ、この町にでるマモノは全部たおすんだ!」


「おバカ、こんなの対象外に決まってるでしょうが!」



 本能へ訴える恐怖に晒され、尾を足の間へ巻き込みつつも抗い、唸り返すまる助。

 そんな中で告げた言葉は、サクラさんが提示した条件を守ろうというものだった。

 あまりにも愚直なその考えに、サクラさんも悪態つきながら駆ける。まる助を抱き上げる為に。


 けれども捉まえその場から離脱しようと試みる前に、森の王は強く吼える。

 その轟音と衝撃に腰を抜かしたか、身体へ固定した短剣ごと転がるまる助。



「クルス君、怪我しないように受け取ってよ」



 身動きの出来なくなったまる助の姿に焦ったか、サクラさんは一気に地面を蹴る。

 そしていまいち意味の解らない言葉を発し近付くと、急ぎ拾い上げるなり大きく腕を振るった。


 ここに至って彼女の言った意味を理解する。

 サクラさんは身体へ短剣を固定したまる助を、こちらへ向け勢いよく放り投げたのだ。

 迫る小さな身体と短剣に、鋭い恐怖を感じるものの、かといって避けてはまる助が怪我をしてしまう。

 そこで意を決したボクは、なんとか飛んでくるまる助の動きを予測し掴んだ。



「こ、怖っ……」



 辛うじてではあるけれど、短剣には触れず受け止められた。

 まる助は黒い目を見開き唖然としており、こちらも怪我がないことに安堵するも、すぐさまサクラさんへと視線を向ける。

 あえてこのような助け方をしたということは、そうしなくてはいけない理由があるため。


 そして案の定、まる助を投げたサクラさんは無防備な状態になっており、森の王が振り降ろす爪に晒されていた。

 けれども彼女は右の手で握る弓を振り、斧のような爪の一撃を辛うじて防ぐ。



「大丈夫ですか!? 怪我は……」



 流石に体格の差が歴然としている為か、大きく弾き飛ばされるサクラさん。

 まる助を地面へ降ろし駆け寄ると、彼女は引き攣った笑みを浮かべ、洒落にならない言葉を吐く。



「……全然、大丈夫じゃないわね。たぶん骨がいった」


「やっぱり逃げましょう。いくら戦う人が居ないからって、これ以上は……」


「悪くない提案だけど、今更逃がしてくれるかどうか」



 最悪の状況だ。咄嗟に弓で防ぐことには成功するも、元々痛めていた左ではなく、今度は右腕を負傷してしまった。

 それも骨がやられたということは、ほぼ攻撃という行動を取るのが不可能になったも同然。

 これではただでさえ不利な状況だというのに、勝てる手段はもうない。



「死ぬほど痛いけど、まだなんとか戦えるわよ。療養期間、かなり伸びちゃいそうだけどさ」


「それで済めばいいんですが……」


「済ますしかないでしょ。ここで倒れるつもりなんてサラサラないんだから」



 痛みの奔る左手で、弓を掴み立ち上がるサクラさん。

 一方で右腕はだらんと垂れ下がっており、碌に動かせないというのが明らか。

 顔からは汗がしたたり落ち、痛みの程がわかる。けれどもそこで無理を押して戦わなければ、生き残ることすらできない。

 なにせ目の前に立つ森の王は、牙を剥きこちらを食う気満々なのだから。


 ボクらの背後では、まる助が腰を地面に落としている。

 そんな彼へと、近場の路地の中から飛び出してきたリーヴスは近付く。どうやら姿を消したまる助を探し続けていたようだ。



「逃げようまる助! ここは2人に任せて」


「だ、ダメだリーヴス……。おいらのせいで、さくらは怪我したんだ」


「君にはムリだよ。あんな大きな魔物、叶いっこないだろう!」



 彼は近寄るなり、すぐさま退避を口にする。

 最初に立ち向かったのはまる助であり、その相棒たる召喚士が口にする内容としては、一見無責任にすら思えてしまう。

 けれども彼の言っている事は間違いではなく、たぶん居ては邪魔になってしまうというのを理解しているが故。

 それに自分の勇者だけは生かしたいという思考は、同じ召喚士として十分に理解出来る物だった。


 しかし、まる助にはその選択が許容できなかったらしい。

 震える脚のままで立ち上がると、小さな身体を前傾させ、闘争心を露わとするのだった。



「……小さいマモノだけ倒しても、おいらは強い勇者になれない」


「別にいいじゃないか! 弱くたっていいんだよ」


「おいらはそれじゃイヤなんだ。おいらには気高い血が流れてる、だから戦うんだ!」



 犬には犬の、子犬には子犬なりの矜持が存在する。

 リーヴスがする必死の制止にも関わらず、まる助は叫び一気に駆け出した。

 身体へ巻き付けたベルトと器具で固定された短剣を、森の王へと奔らせるべく。


 リーヴスの手をすり抜けるまる助は、ボクとサクラさんの横を駆け抜け猛然と突進していく。

 だが直線的に向かうだけの攻撃など、いかな知能の低い魔物相手でも早々通用などしない。

 接近に合わせて振り回された前足によって、身体の小さなまる助はいとも簡単に弾き飛ばされてしまった。



「なんて無茶な!」



 宙を舞うまる助を視界にとらえ、ボクは急いで受け止めるべく走る。

 さっきと同じく短剣の刃は恐ろしいけれど、今はそんな事を言ってはいられないと駆け、今度は僅かに腕を傷付けながらも受け止めた。


 森の王の太い脚で弾かれたのだ、まさか既に手遅れかと嫌な予感がよぎり見下ろす。

 ただ呻くまる助を見てみると、意外にもまるで怪我をしていないのに気付く。

 この小さな身体だからこそ、軽々と飛ばされたことが逆に功を奏したのだろうかと考えるのだけれど、どうやらまた異なる理由があるのかもしれない。

 そう思ったのは、サクラさんが森の王に対し異変を感じたためだ。



「なんであいつに血が……」


「どうしたんですか?」


「クルス君、まる助に血はついていない!?」



 少しだけ離れた位置で怪訝そうにするサクラさんは、ボクへと妙な確認の言葉を向ける。

 その意図はよくわからないけれど、ともあれ一応まる助を見てみるも、やはり怪我らしき物は一切していない。ただあえて言えば、別のところには血が付着していた。



「武器に血が……。どうして」



 まる助が身に着けている短剣には、べっとりと血が付着している。

 けれど身体には傷が見当たらないし、ついさっきは綺麗だった。

 それにボクはさっき受け止めたことで僅かに怪我をしたけれど、当たったのは短剣の鍔部分であり、こうもハッキリ見えるほどに血は流していない。

 ならばどういうことかと思うも、すぐさま魔物の方を見てみると、地面に着いた脚から夥しい血が流れているのに気付いた。



「なんにせよ、これは好機ね。矢を頂戴!」



 なぜかまる助が無事であり、加えてどういう訳か森の王は手傷を負った。

 そんな状況は酷く思考を混乱させるけれど、こちらにとって降って沸いた勝利の切欠となるかもしれない。

 サクラさんがそんな状況を見逃すはずもなく、すぐさまボクへ矢を渡すよう要求してくる。


 そしてボクが矢筒から矢を抜こうとした時、地面へ降ろされていたまる助もまた戦いへの意志を再度燃やそうとしていた。



「おいらもやるぞ。自分ではじめたケンカだからな」


「……本当に、大丈夫なのかい?」


「ニンゲンの(オス)、いやクルス。おいらの言葉にニゴンはない!」



 強く戦意を言葉とするまる助。

 一端の勇者であると言わんばかりなその言葉に、彼を止める気が引けたボクは、軽く頷きサクラさんの下へ駆ける。

 きっとまる助は小さい身体ながら、徐々に勇者としての意地を持ちつつあるのだろうと、そう思えてならなかった。



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