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四つ足の矜持 06


 民家の屋根へ敷かれた板を踏む音が、混乱のざわめきと警鐘が鳴り響く夜闇へ混ざる。

 黒い弓手用の硬革鎧と、短くなった黒髪を纏い駆け跳ねるサクラさんの姿は、彼女と出会った春の時よりもずっとしなやかに見えた。

 あれから半年以上が経つけれど、魔物との戦いや幾度かの危険を経て、知らず知らずのうちに彼女は勇者として成長の足跡を残しているようだった。


 そんなサクラさんが手に持つのは、自身の身長近くもある大弓。

 元々長身な彼女と比較しても大きく見える無骨なそれは、王都に店を構える老舗武具工房製の品。

 ゲンゾーさんの紹介もあって作成されたその新しい武器は、外見からしてもこれまで持っていた物より、ずっと勇ましさを感じさせた。



「とりあえずやり方は前回と同じ、私が上で捜すからクルス君は矢筒をお願いね。遅れずについて来なさい」


「……とは言いますけど、今回のはかなり重たいので追いつけるかは」



 ネドの町で民家の屋上へ立つサクラさんは、一瞬立ち止まるとこちらを見下ろす。

 彼女は現在、背に一つだけの矢筒を背負っているのだけれど、大抵の場合はそれ一つで事足りるという事はない。今町に現れている"森の王"のように強力な魔物であれば特に。

 そこでボクが矢筒を持って下を走り、サクラさんを追いかける。このあたりの役割分担は春にヤツと出くわした時と同じだ。


 ただ今回弓が大型がしたのに合わせ、矢の方も少々ゴツくなっていて、当然その重量も増した。



「あれから少しは体力も養われたはずでしょ。死ぬ気で運んでくれると信じてるわよ」


「む、無茶ぶりを……」


「たぶん、これからはずっとこうよ。置いて行かれたくなかったら、精々大きくなりなさいな」



 抱えた矢筒3つの重さに息を切らすボクへと、サクラさんはカラカラと笑う。

 けれどまだ森の王を目視してもいないというのに、ボクは既に荒い息遣いをしているのは事実であるため、体力が足りていないというのは事実。

 サクラさんがより強力な魔物と戦えるようになるための武器だ、ボクもまた相応に力を付けていく必要に迫られていた。



 ひとしきり笑ったサクラさんは、仕切り直して再度夜闇の中を進んでいく。

 そんな彼女の側には、強力な魔物を相手にしようというのに、他に誰も連れ添う者が居ない。


 というのもネドの町へもう1組居た勇者は、つい先日他所の土地へ旅立ってしまったため。

 だからといってまる助に、「森の王へ立ち向かえ」なんて言えやしない。武器を持たせたのは、あくまでも護身のためだ。

 なので現状この町を守れるのはサクラさんだけであり、春に出くわした時よりもずっと不利な状況に、彼女自身緊張を露わとしているようだった。




「見えた! 一足先に行くから、用心して付いてきて」



 そうこうしている内に、民家の屋根を駆けるサクラさんは前方へと対象を発見する。

 目視するなり走る速度を速め、背に負っていた矢筒から一本を取り出すと、金属と木材で作られた巨大な弓へと番えた。

 サクラさんの腕は傷こそ塞がっているけれど、本当に完治したかはまだ不明。

 本当ならもっと時間をかけて慣らし様子を見たいところだけれど、突然の襲来にそれは叶わず、ぶっつけ本番だ。


 強靭な弓が強く撓り、目一杯引き絞るサクラさん。彼女はボクの目にも森の王が映ったところで矢を射放つ。

 そして突風を巻き起こすような錯覚すら抱かせる、猛烈な勢いで矢は魔物へと向かっていく。


 最初に手にした弓の時は、森の王の分厚い表皮と強靭な体毛に防がれ、碌な有効打とはなってくれなかった。

 けれども今は違う。新たな弓から放たれた攻撃は、刺さるというより砕くという印象すら抱かせる強力な一撃で、森の王は首元へ受けた矢の勢いでもんどりうって倒れた。



「だ、大丈夫ですか?」


「……たぶん。まだ違和感はあるけど、辛うじて持ち堪えてくれそう」



 たった一本の矢で森の王へ致命傷を与えたサクラさんへと、ボクは下から近づき声をかける。

 彼女は弓を支えていた左腕を軽く回すと、納得したように頷いた。


 あれだけ巨大で反発力の強い弓だ、身体への負担も想像を絶する物で、たぶんボクであれば碌に持ち歩く事すら儘ならない。

 けれども負傷明けなサクラさんの腕は、その強力な負荷になんとか耐えきったようだった。



「でも、残念なことにまだ残ってるのよね」



 矢によって地面へ繋ぎ止められた森の王だが、まだ抵抗を続けようとしている。

 その魔物を再度攻撃し仕留めたサクラさんは、スッと遠くへ視線を向けると、耳を澄ませ周囲の様子を窺ってからそう呟いた。



「確認されているだけでもあと2体。町中のどこかへ潜んでいるはずです」


「こいつは黒の聖杯をどうにかしないと、延々召喚され続けるかもね」


「今までこんなことは無かったはずなんですが……。聖杯の性質が変わったんでしょうか?」


「さてね。ただなんにせよ……」



 なんとも困ったことに、ネドの町へ現れた森の王は1体だけではなかった。

 警鐘の鳴らしかたによって伝えられた情報は、複数体が市街へと潜入したというもので、その数なんと3体。

 今サクラさんが1体を倒したとはいえ、2体もまだ残っているのであった。


 過去に類を見ない状況だけに、どうしてこのような事にと思いはするけれど、今はそこを論じている場合ではない。

 そう考え新たに一本の矢を抜き放つサクラさんは、遠くへ見つけたであろう魔物の影へと、手にした矢をビシリと向ける。



「まずは全部討伐するのが先決。もし偶然聖杯を見つけられたら、全力でぶっ壊すだけよ」


「は、はい!」


「良い返事ね。さあ、さっき以上に飛ばすから着いて来なさい!」



 グッと膝を曲げると、屋根を蹴り壊さんばかりの勢いで跳躍するサクラさん。

 ボクはそんな彼女を追って、なおも重たい矢筒を抱え走り出した。



 都市の規模と人口にしては入り組んだ市街を、右へ左へと曲がり進んでいく。 

 上を行くサクラさんは軽々と建物の間を飛び越えていくのだけれど、下を走るボクはそうもいかず、ひたすら道に沿って走るしかない。

 彼女と……、勇者と同じ能力を持てればとは思うも、そればかりは手が届くはずもなく、ただひたすら重い矢筒を抱え走るしかなかった。



「クルス君、換えを頂戴」



 ただ2頭目となる森の王を倒した時点で、抱える矢筒の数は減ることになる。

 というのも2頭目のヤツは、最初のと比べて少々頭が回ったようで、サクラさんは若干ながら苦戦を強いられてしまったから。

 おかげで数本の矢を消耗し、新たな矢筒を受け取るため上から叫んでいた。


 ボクは重たいそれを、なんとか上に放り投げると、少しだけ躊躇い考えていたことを口にする。



「サクラさん、もしかして痛みがあるんじゃないですか? さっきなんて矢の軌道が変わりませんでしたし」


「ホントよく見てるわね。でも大丈夫よ、もう少しなら」


「無理をしないで下さい。……と言っても難しいですけれど」



 勇者の中でも極一部に発現する"スキル"と呼ばれる能力は、非常に有用なものも多い。

 サクラさんには、飛翔する物体の軌道や勢いを修正するというスキルが発現し、弓使いである彼女にとってとても実用的なものだった。

 けれどもそれとて無条件に使える訳ではなく、ある程度当人の思考に左右されてしまう。

 つまり一定以上の集中が行えていないと、上手く働いてくれないのだ。


 彼女はやはり左腕の傷が痛むのか、集中を多少欠いてしまっているようで、その証拠とばかりに額へは玉の汗が浮いている。

 きっと相当な痛みを堪え、弓を射続けているに違いない。



「あと1頭倒したら、しっかり休息を摂らせてもらうって。クルス君が呆れるくらいにさ」



 月明かりだけが町を照らす中、痛みのせいでどこか青褪めて見えるサクラさんの表情。

 けれど言葉では決して弱音を吐こうとはせず、彼女は背負った矢筒から新たに矢を取り出す。

 ただサクラさんが矢を掴んだ直後、ボクのすぐ横へと屋根の上から、何か重い物が落下してきたため反射的に飛び退った。


 そいつはサクラさんの使っていた大弓。

 やはり腕の状態が思わしくはなく、遂には重い弓を支えきれなくなったらしい。



「ごめんクルス君! ……け、怪我とかしてない?」


「怪我をしているのはそっちでしょう! もう無理ですよ、ここで引かせてもらっては」


「他に戦える人が居ないんだもの、ここで私が引くと被害が出てしまう」


「とは言いますが……」



 実際他に勇者が居ないのだから、仕方がないというのはある。

 大きな体躯のため家の中にまで突っ込んでは来ないけれど、朝になったら去っていくような魔物でもなく、このまま嵐が過ぎ去るのを待つのも無理。

 比較的近場である王都に応援を要請したとしても、来るまで数日は掛かってしまうし、偶然通りかかるのを期待もできない。

 となればサクラさんが無理を押して倒すしかなく、撤退を口にしたボク自身それは叶いようもない希望だとわかっていた。


 やはり怪我を悪化させてしまうのを覚悟の上で、彼女に戦ってもらうしかないのかと唇を噛む。

 けれどそんなボクの背後へと、不意に足音が近づいて来るのに気付く。

 ほとんどの住民たちは家の中に隠れている。まさか背後から森の王がと思い振り返るも、現れたのは見知った顔。



「ど、どうしたんですか、こんなところへ」


「お前たちに知らせることがあってな……」



 姿を現したのは、協会の職員であるおじさん。

 彼は気休めのような軽装の鎧を纏い、肩で息をし膝に手を着いていた。

 おじさんは元は騎士であったと聞くけれど、勇者でもなんでもなく当然森の王に叶うはずがない。

 なのにどうしてここにと困惑していると、おじさんは緊張した様子でこちらを焦らす言葉を吐くのだった。



「あいつらが姿を消した。宿の中に居ない」


「あいつらって、まる助とリーヴスが!?」


「おそらく魔物を探しに行ったんだろう。まったく、大人しくしてろと言ったのに……」



 無謀。その一言が一気に頭を支配する。

 勇者としての経験も少なく、たぶん他の勇者より少々実力の劣るまる助であれば、それこそ餌とされに行くも同然。

 屋根の上から飛び降りてきたサクラさんも、険しい表情で焦燥を露わとする。



「あの子たちを探すより、魔物の方を見つけた方が早そうね」


「ですがサクラさん、腕が……」


「今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ。あの子たちが森の王へ出くわす前に、なんとしても仕留めるわよ!」



 そう告げるなり、落ちていた自身の弓を拾う。

 ただ手にし持ち上げた瞬間、サクラさんの表情は痛みに強く歪む。

 けれどそのような事を気にしてはいられないと呟く彼女は、激しく汗を滴らせながら、痛めていない右の手で弓を持ち上げるのであった。



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